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身体が冷えた日

 オヴァンがハルナ達と出会うより少し前……。


 オヴァンは仲間である『オクターヴ』の面々と旅をしていた。


 ある日、オクターヴの一向は大陸の南に向かって足を進めていた。


 神殿からの依頼を受けたためだ。


 南の島、アルカデイアにデッドコピーが出現するのでそれを討って欲しいと頼まれた。


 六人の冒険者達は徒歩で南を目指していた。


 本来は乗り物に困るようなパーティでは無いが、今はリーダーの一存で歩きだった。


「南の島か~。楽しみだね。オヴァン」


 そうオヴァンに話しかけたのはパーティのリーダー、『ナジミ』だった。


 服装の雰囲気は昔と変わりないが、体はもうすっかり大人になっていた。


 彩度の無いショートカットを揺らしながらニコニコとオヴァンを見る。


「遊びではないぞ」


 窘めるように言ったのは『弓使いのヤンダー』だった。


 年齢はオヴァン達よりも少し上。


 口数が少なく、慎重な性格。


 身長は158セダカと小柄。


 鷹のような鋭い目に尖った鷲鼻と、迫力のある人相をしていた。


 灰色の髪を首の後ろで縛っていて、服の色は限りなく黒に近い緑。


 刺すような眼光は黄金の色をしていた。


 愛用の長弓を旅袋に入れず背中に背負っている。


 彼は弓の名手であると同時に遺跡探索のエキスパートでもあった。


「相変わらず固い奴だな」


 軽い口調でそう言ったのは『大盾使いのサンド』だった。


 2ダカールを超える巨漢で、自分の体ほども有る高重量の大盾を用いる。


 パーティの壁役だった。


 ボサボサの髪は暗い青色。


 だらしのない頭髪に対し、瞳は無垢な少年のような澄んだ空色をしていた。


 オヴァンと同い年だが、顔の彫りが深いためにオヴァンよりも老けて見える。


 男前では有るが、色男では無い。


 そんな容貌をしていた。


 体には茶色い皮の防具を纏い、その上から紺色のマントを羽織っていた。


「どんな依頼も遊びみたいなもんだろ。今の俺達にとっちゃさ」


「そんなこと言って、調子に乗ってヘマしないでよね」


 からかうような口調で言ったのは『リメイカーのラック』。


 スレンダーなナジミに対し、肉付きの良い女性的な体型をしていた。


 髪はウェーブがかった長い茶髪で、瞳も茶色い。


 立っているだけで男を惹きつけるような美女で、パーティの華のような存在だった。


 得意なフレイズは地属性のもので、特に樹木を操るフレイズを得意とした。


「けど……今の私達を脅かす存在というのも考えられませんよね」


 のんびりと言ったのは『神官のナルカミ』。


 身長184セダカのすらりとした体躯で、艶やかな金髪を腰まで伸ばした美男だった。


 瞳の色は涼やかな薄緑。


 服装は神官の正装である白の衣装。


 彼は神官の嗜みとして、回復フレイズなどを得意としている。


 そのリメイクの威力は通常なら死亡が確定するような重症の人間でも蘇生してしまうほど。


 パーティでの主な役割は前衛の補助だが、剣を持たせても一流という万能の戦士だった。


「俺達を脅かす存在か……」


 オヴァンが呟いた。


 その顔には竜の仮面は無かった。


 仮面は旅袋の中に仕舞ってある。


 未だ呪いを受けていないので『素顔』のまま日の下を歩いていた。


「俺達は……『邪神』に勝てると思うか?」


 オヴァンは真面目に問いかけたつもりだった。


 だが、唐突な問いを受けて他の面々はきょとんとした顔になった。


「プッ……」


 思わず噴き出したのは大盾使いのサンドだった。


「ハハッ! 邪神て、お前、真顔で何言ってんだ」


 サンドの手がバシバシとオヴァンの背を叩いた。


 優男ならそのまま地面を転がっていくような威力でオヴァンの背が打たれた。


 だが、巨漢であるサンドに叩かれてもオヴァンの体幹はびくともしない。


 オヴァンの言葉を冗談だと思ったのか、周りのメンバーもくすりと笑っていた。


 唯一、ナジミだけが真剣な顔をしていた。


 『邪神』は居ない。


 居たとしても500年前に滅びた。


 『女神』と『彼女が率いる五人の騎士』によって倒された。


 そう言い伝えられていた。


 転生者であるオヴァンとナジミだけがその伝説に疑問を抱いていた。


「真面目に考えてくれ」


 オヴァンが苦笑した。


「真面目と言いましても……邪神がどのような存在かを決めなくては、考えようがありませんよ」


 ナルカミが苦言を呈する。


「デッドコピーよりは強いだろう」


 オヴァンは漠然と答えた。


「そんなの当たり前じゃない」


 ラックが呆れて言う。


「デッドコピー二体三体くらいなら、私達は負けないわ」


 本来、デッドコピーというのは最高級の冒険者が何人も集まってようやく倒せるレベルの化物だ。


 だが、オクターヴの面々はインターバル8。


 個人でデッドコピーを打倒し得る怪物として認定されていた。


 その怪物達がパーティを組んでいるのだ。


 最早デッドコピーですらも彼等の敵では無かった。


「あなたの言う邪神っていうのはデッドコピー何体分くらいなのかしら?」


「逆に……デッドコピー何体までなら勝てる?」


「お前一人ならどうだ」


 そう言って口を挟んだのはヤンダーだった。


「お前一人ならデッドコピーを何体同時に相手に出来る?」


「さあな……」


 オヴァンは首を傾げた。


「一口にデッドコピーと言っても個体によって能力は異なるが……」


「実在する相手ですら曖昧なのに、実在しない邪神への想定など、出来るわけが無い」


「ふむ……」


「何を小難しく考えてやがるんだ? お前ら」


 サンドはそう言って笑った。


「何が来たって、俺達が負けるわけねぇだろ」


「なんたって、俺達はオクターヴなんだからな」


「そうだね」


 ナジミがくすりと笑った。


「そうか……」


 オヴァンも微笑んだ。


 ……その直後だった。


 黒い雨が降ってきたのは。


「雨だ」


 最初にそれに気付いたのは弓使いのヤンダーだった。


 ヤンダーの言葉を受けてオクターヴの面々は空を見上げた。


 いつの間にか、皆の頭上を雨雲が覆い包んでいた。


 真っ黒な雨雲だった。


「ど、どうして!? 『天気予報』では晴れだって……!」


 悲鳴のような声を上げたのはナジミだった。


 この世界において、神殿が行う天気予報は絶対のものだった。


 どれだけ屈強な人間でも黒い雨に降られればひとたまりもない。


 だから、天気予報は正確でなくてはならないし、実際に正確だった。


 その天気予報が外れるということは、一種の信仰が裏切られるに等しいことだった。


「落ち着け」


 ヤンダーがいつもよりやや強い語調で言った。


「『傘』を持っているだろう。それを使え」


「う、うん……」


 そう言われてナジミは旅袋へと手を入れた。


 傘とは『雨を防ぐためのテンプレート』のことだ。


 ノート石のはまった首輪で、体の周囲に雨を弾く膜を形成してくれる。


 通常の雨傘と違い、手を塞がずに行動をすることが可能だった。


 雨天での戦闘を行うための高級魔導器。


 製造が難しく、価格は1000万マケルを超える。


 一般人には手に入らないが、オクターヴである彼らにとっては数ある装備の一つでしか無かった。


 傘を取り出すため、全員が旅袋へと手を入れた。


 だが……。


「ぐうっ……!?」


 突然にナルカミがうめき声を上げたかと思うと、どっと倒れた。


 何が起きたのか、肩から血を流していた。


「な、何!?」


 ナジミが泣きそうな声でキョロキョロを周囲を見た。


「落ち着け」


 ヤンダーが言った。


「『上』だ……!」


 ヤンダーの言葉を受け、ナルカミ以外の全員がヤンダーと同じ方向を見た。


 そこに……『怪物』が居た。


 黒い、人に似た姿をした化物だった。


 化物は背中の羽を羽ばたかせることもせずに空中でぴたりと静止していた。


 化物には顔が無く、表情も無い。


 不気味だった。


「な……何だって言うの……!?」


 傘を身につける余裕も無く、ナジミの声は震えていた。


 ナジミは天才だった。


 いや……オクターヴのほぼ全員がそうだったと言って良い。


 敗北を知らない。


 オクターヴは敗北を知らない天才達が集まって出来たパーティだ。


 だからこそ、逆境に弱かった。


 ナジミは武器を構えることもせず、震えて上を見上げていた。


 化物の手がそんなナジミに向けられた。


 嫌な予感がした。


 それでもナジミの足は動かなかった。


「ぼうっとしてんじゃねえ!」


 そう叫び声を上げたのはサンドだった。


 サンドが大盾を構えてナジミの前に立った。


 直後……。


 化物の手から『黒い水弾』が放たれた。


 水弾は一直線にサンドへ、その奥に居るナジミへと向かった。


 水弾は速く、鋭く、到底回避出来るような速度では無い。


「があっ……!」


 分厚い大盾が紙切れのように貫かれた。


 デッドコピーの体当たりを受けてもびくともしなかった名品だった。


 その大盾に丸い穴が開けられた。


 水弾はそのままサンドの腹を穿ち、腹わたを引き裂いた。


 さらにサンドを貫通した水弾がナジミの太腿に血飛沫を舞わせた。


「あっ……」


 信頼していたサンドの守りが破られ、ナジミは呆気なく地に倒れた。


 ナジミには自慢の『光剣』を振るう機会さえ与えられなかった。


 やや遅れて、サンドの巨体も崩れ落ちた。


 ナルカミ、サンド、ナジミの三人が地面へと倒れ伏していた。


 世界最高のパーティが、あっという間にその半数を倒されていた。


「かっ……ははっ……何の冗談だ……これは……」


 泥水に顔を埋めたサンドの口端が悲痛につり上がった。


「化物め……!」


 ヤンダーが黒い化物を睨み、弓を構えた。


 ただの弓では無い。


 テンプレートだった。


 ヤンダーは素早く狙いをつけると矢を放った。


 矢は黄色い光を纏いながら化物へと飛んだ。


 化物は矢を避けようとはしなかった。


 テンプレートの強化を受けた矢が化物の体に突き刺さった。


 口の無い化物が低く呻いた。


 化物の矢傷から黒い体液が流れた。


「血だ……! 殺せるぞ……!」


 ヤンダーの言葉はオヴァンに向けられたものだった。


 パーティのリーダーはナジミだが、精神的支柱はオヴァンだ。


 誰もがオヴァンに期待していた。


 オヴァンは『大剣』を構え、必勝の機をうかがっていた。


 大剣は『黄昏の大剣』と言われるオリジナル。


 幾度となくデッドコピーを屠ってきたオヴァンの相棒だった。


 敵は空に居る。


 今はヤンダーに任せ、敵が隙を作った瞬間に大剣で脳天を割るつもりだった。


 ヤンダーも自分の役割はわかっていた。


 オヴァンへと繋ぐため、さらに矢を射ようとする。


 ……だが、敵の攻撃は激しかった。


 矢を射るヤンダーに対し化物が翼を羽ばたかせた。


 翼からは羽が分離し、数百本の羽がヤンダーへと殺到した。


「ぐぅ……」


 避けようとして避けられるような温い攻撃では無かった。


 鋭い羽がヤンダーの全身をズタズタに裂いた。


 大陸最高と言われた弓使いは為す術もなく倒れた。


 もし全員に気構えができていればもう少し上手く戦えたかもしれない。


 だが、不意打ちのように始まった一戦。


 足並みが揃わないままにパーティは一人また一人と数を減らしていった。


 これで残りは二人になった。


 次に化物が顔を向けたのはリメイカーのラックだった。


 ラックはフレイズを詠唱していた。


 恐らくは化物を倒すための起死回生の呪文だろう。


 だが、化物はフレイズの完成を待つほど悠長では無かった。


 無防備なラックをめがけて化物が急降下した。


 その爪でラックを切り刻もうと、みるみると近付いてくる。


 愚策だった。


「そこまでだ」


 上段からの一撃。


 化物の両脚をオヴァンの大剣が切り裂いていた。


 赤熱を纏ったオリジナルは化物の両脚を容易く割いた。


 化物はラックに辿り着くことなく地面に墜落した。


 化物の両腿からどくどくと黒い液体が流れ出していた。


 人間であれば致命傷だ。


 だが、これは人間ではない。


 オヴァンは二撃目を加えるために再び大剣を振った。


 追撃を許さずに化物は飛翔した。


 両羽を使い、化物は空へ逃れようとした。


 空に逃げられればオヴァンの攻撃手段は限定される。


 しかし、オヴァンには焦りは無かった。


 次の瞬間、ラックのフレイズが完成していた。


 ラックの前方の地面にサークルが出現し、そこから巨大な木の杭がせり上がった。


 杭は化物を追いかけるようにうねり、化物の腹部を貫いた。


 化物の腹に穴が開くが、それだけでは終わらない。


 化物の胴より太いその杭はそのまま穴を押し広げ、化物の腹部を引きちぎった。


「ヒギヤアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 化物が悲鳴を上げた。


 化物の顔が再び地上の泥水を舐めた。


 刹那、オヴァンの大剣が化物の頭部へと叩き込まれた。


 化物の頭部は中央から真っ二つに引き裂かれた。


 ……それでようやく絶命したのか。


 化物の体は黒いドロドロの粘液へと変わっていった。


 それと同時に雨雲は晴れた。


 オヴァンとラックは晴天の下に立っていた。


 化物だった粘液は黒い煙を上げながら蒸発していった。


 化物は消えても仲間たちは倒れたままだった。


「治療を頼む」


 オヴァンはラックに言った。


「ええ。わかってるわ」


 ラックが広範囲の回復フレイズを詠唱した。


 回復はラックの得意分野では無いが、それでも平凡なリメイカーよりは遥かに優れている。


 フレイズの詠唱が終わると周囲に巨大なリメイクサークルが展開された。


 傷が癒え、倒れた仲間たちが続々と立ち上がってくる。


 服も同時に再生され、襲われる前の姿に戻っていた。


 危機は去った。


 オヴァンはそう思った。


 『元通り』だ。


 また同じように『冒険』を続ければ良い。


 オクターヴは終わらない。


 そう思っていた。




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