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天上の豪雨

 ダジルは自らのドラゴンを一直線にトルクへと進めた。


 少し遅れて部下達のドラゴンもそれに続く。


 無法者にしては統制が取れた動きだった。


 お互いを邪魔することなく効率的な連携をもってトルクを襲う。


 盗賊達はそれぞれが竜騎士の長槍を手にしていた。


 使いこなすには資質が必要なはずの長槍を盗賊達は軽々と振るってトルクに襲いかかってくる。


 荒事に慣れた男達は膂力に優れていた。


 トルクは負傷したシルヴァを操るが流石に動きが鈍い。


 背に跨るトルクにもシルヴァの羽の痛みが伝わってくるようだった。


(私の不注意で……済まない……)


 内心詫びながら、トルクはシルヴァに回避の指示を送る。


 回避するのが精一杯のトルクは徐々に追い詰められていった。


 トルクはふと、青空を見上げた。


 そこには谷の出口が有る。


 上に逃れさえすれば、カーゲイルの仲間を呼ぶことも出来るだろう。


(谷から出たら……レースは失格だ)


 ダジルが襲撃の場をレース場に選んだのもそれを見越してのことだろう。


(それがどうした)


 谷に潜んでいたダジルは知らないことだが、既に滅茶苦茶になったレースだ。


 オヴァン=クルワッセが、竜面の蛮人が全て台無しにしてしまった。


 この状況で谷から出たとしても大した不名誉にはならないだろう。


 トルクは理性ではそう考えていた。


 だが……。


(オヴァンさんはまだ後ろを飛んでいるはずだ……)


 オヴァンより先にゴールしたい。


 トルクの理性を安いプライドが縛った。


「多勢に無勢だなぁ。カーゲイルの坊っちゃんよぉ!」


 トルクに逃げる様子が無いのを見るとダジルが口を開いた。


「誰ですか……あなた達は……!」


 トルクは苛立たしげに問うた。


 会話の間にも盗賊達はトルクへの攻撃を緩める様子は無い。


「なぁに。ちょっとウチの部下がアンタに世話になってなぁ!」


「こそ泥の類ですか……オリジナルを盗んだのもあなた達ですね……?」


「知らねえなぁ」


 ダジルは白々しく嘲笑った。


 その笑みを見てトルクの疑問は確信へと変わる。


「アンタのオヤジは利口だったぜ。一々俺達に手ぇ出そうなんてしなかったからな」


「それをお坊ちゃま、下らん正義感でやってくれたもんだ」


「ドラゴンを下らない犯罪に使う下衆め……!」


「はぁ? ドラゴンが何だってんだ?」


 カーゲイルにとってドラゴンはただの道具に過ぎない。


 だが、一流の道具にはそれを産み出した者の誇りが宿る。


 名刀に鍛冶師の誇りが宿るように。


 カーゲイルはドラゴンに対して生き物としての愛情を持たない。


 だからといって、ドラゴンをどう扱われても構わないと思うほど無感情でも無かった。


 カーゲイルにとっても盗賊にとってもドラゴンは等しく道具だ。


 金儲けのための道具だ。


 だが、その言葉の意味には大きな隔たりが有った。


「わかってもらおうとも思わない!」


 ダジルには自分の気持ちを理解することなど出来ないだろう。


 トルクにはそんな確信が有った。


 何より、理解して欲しいなどとは微塵も思わなかった。


「なら、そろそろ死になァ!」


 ダジルのドラゴンが口を開いた。


 口の奥でバチバチと『雷光』が弾けている。


 暴威を持つ吐息、『ブレス』の兆候だ。


 ドラゴンのブレスは予備動作が大きい。


 回避は難しいことでは無いが、ダジルの部下達がトルクの進路を遮っていた。


 普段のトルク達であれば容易に包囲を突破出来ただろう。


 だが、今の負傷したシルヴァでは厳しかった。


 殺意が篭ったブレスがトルクへと放たれようとしていた……。


 だが……。


「ぬおっ!?」


 側面からダジルのドラゴンにぶつかって来たものが有った。


 巨大な重量にダジルのドラゴンは弾かれ、ブレスは対象を見失う。


 雷のブレスがあらぬ方向に放たれ、ダジルの部下のドラゴンの羽を焼いた。


「うわあああっ!」


 ドラゴンが一頭、墜落していった。


 ドラゴンは逆さまになって墜落し、乗り手の体を押し潰した。


 ドラゴンには息があるようだが、乗り手はぴくりとも動かない。


 恐らくは絶命したのだろう。


「何だァ!?」


 ダジルは部下の絶命は気にも留めず、苛立ちの声を上げた。


 ドラゴンに体勢を立て直させ、自分にぶつかって来た物を見た。


 それは体長15ダカールは有る漆黒のドラゴンだった。


「オヴァンさん……!」


 トルクが驚きの声を上げたが、それよりも驚いたのは盗賊達の方だ。


 トルクへの攻撃の手を休めてじっとオヴァンの方を警戒した。


 次に動いたのはハルナだった。


 各々の沈黙を隙と見て、スマウスの背にフレイズを綴る。


 ハルナが素早くフレイズを完成させるとシルヴァの直下の谷底にリメイクサークルが出現した。


 シルヴァの体が淡い光に包まれる。


 シルヴァの羽に刺さった矢が抜け、傷が消滅していった。


 最早、シルヴァの体調は万全と相違無い。


「チッ……」


 好機が失われたのを見てダジルは舌打ちした。


「レースの参加者か……。時間をかけすぎたな」


「楽しそうなことをしているな」


 オヴァンはのんびりとした様子でトルクに声をかけた。


「それは、あなたはそうでしょうね」


 あなたのような野蛮人は。


 トルクはそんな皮肉をこめたつもりだったが、オヴァンは気に留めなかった。


 一方、トルクへの攻撃を止めたダジルはオヴァンを視界に収めたままドラゴンの高度を上昇させた。


「まずはてめぇらから始末してやる」


 ダジルはオヴァン達のことを運の悪い可哀想な連中としか認識していなかった。


 まずはゴミを排除して、それから本業に戻る。


 そういう腹積もりでダジルはオヴァンへと殺意を向けた。


「くたばれ!」


 ダジルのドラゴンが大口を開いた。


 雷光走る口腔はオヴァン達へと向けられている。


 スマウスは低速度で滞空していた。


 ここから急加速してブレスを回避するのは難しい。


 状況を見てハルナはテンプレートを走らせようとする。


 だが、ドラゴンのブレスを防ぐほどのフレイズとなれば、長大な上級フレイズでなければならない。


 遠距離戦ならともかく、今から防御を完成させるには敵との距離が近すぎた。


(ドラゴンと接敵した時点でフレイズを綴っておくべきでした……)


 ハルナは自身の詰めの甘さを悔いた。


 だが、何故か焦りは無かった。


 ……オヴァンが前に居るからだ。


 一瞬してハルナはその事に気付いた。


 ハルナがフレイズを完成させるよりも早く、雷のブレスが放たれた。


 常人なら即死するレベルの雷撃がオヴァンへと迫る。


 ツォイギン!


 だが……。


「何だ……!?」


 オヴァンを見下していたダジルの顔が戸惑いに染まった。


 ブレスが……オヴァンに届かない。


 雷のブレスがオヴァンに直撃する寸前で消滅していく。


「ブレスが……?」


 リメイクで防いだのか?


 ダジルは一瞬そう考えた。


 ダジルは先程ハルナがシルヴァの傷を癒やしたのを見ている。


 だが、ダジルはすぐにその考えを捨てた。


 ダジルはずっとオヴァン達を見ていたが、彼等の直下にリメイクサークルが出現することは無かった。


 つまり……?


「テンプレート……まさか……オリジナルか?」


 ダジルはオヴァンの仮面を見た。


 仮面の上にはハルナのリメイクによる紋様が走っていた。


 ダジルはそれがブレスをかき消したのだと考えた。


 ブレスの直撃を防ぐほどの魔導器。


 さぞかし名のある業物に違いない。


 あるいはオリジナルか。


 ダジルは獲物が増えた状況を好ましく思い、舌なめずりした。


「お頭ァ!」


 そんなダジルの気分を害するように部下が情けのない声を上げた。


 オヴァンがブレスを防いだのを境に、盗賊達のドラゴンに異常が生じていた。


 明らかにオヴァンに対して怯え、動きを乱している。


「お頭……! ドラゴンが怖がって……!」


 盗賊達はダジルに対して救いを求めるような声を上げた。


「なんとかしやがれ! それでもドラゴン乗りか!」


「『トカゲ乗り』だろう?」


 盗賊達の隙を見逃さず、オヴァンは賊のドラゴンに飛び乗っていた。


 常人の限界を超えた跳躍に盗賊は反応出来ない。


 オヴァンの手が賊へと伸びる。


「えっ……?」


 オヴァンは罪のない撮影スタッフにしたように賊をドラゴンから投げ落とした。


「うわあああああっ!」


 一人投げ落として、次に。


「ば……化物っ!」


 悲鳴と共に盗賊達は谷底へと消えていく。


 彼らはレース参加者ではないのでパラシュートを装着していない。


 この高さから落とされれば到底無傷では済まないだろう。


 乗り手を失ったドラゴンは狂乱に駆られて彼方へと飛び去っていく。


 素早く動くオヴァンに盗賊達はブレスの狙いを定めることすら出来ない。


 盗賊達は次々にその数を減らしていった。


 その時……。


「落ちろォ!」


 ダジルの手から『雷光』が放たれた。


 雷光はオヴァンが乗っているドラゴンへ向かう。


 それを察知したオヴァンはスマウスへと跳躍した。


 ドラゴンの上にはまだ賊が残っていた。


 ダジルが放った雷光が仲間であるはずの盗賊を焼く。


「あああああああっ!」


 雷光に打たれた賊のドラゴンが墜落していった。


 ダジルの手下達は全滅。


 谷を飛ぶドラゴンは僅か三体になった。


(紋様が……)


 ハルナはスマウスの背に戻ってきたオヴァンの仮面を見た。


 リメイク防御の紋様がその線を一対減らしていた。


 つまり、先程ダジルが放った雷撃はリメイクちからによるものということになる。


 ダジルにはフレイズを唱えた様子は無かった。


「あの雷撃……テンプレートによるものでしょうか?」


 ドラゴンを一撃で撃ち落とすほどの威力だ。


 もしそうであれば、オリジナル級の魔導器に違い無かった。


「違うな」


 ハルナの疑問を耳聡く聞きつけたダジルがそれを否定した。


「これは正真正銘、俺のリメイクさ」


「フレイズも無しでリメイクを使えるはずが有りません」


 それが世界の理だ。


 神が作った理を覆すことなど人間に出来るはずが無い。


 ダジルは嘘をついている。


 ハルナはそう考えたが、オヴァンの考えは違った。


「転生者か」


 オヴァンが問うた。


「転生……?」


 ミミルが怪訝そうに呟いたが答えを返す者は居ない。


 オヴァンの言葉を受けてダジルはにぃと笑った。


 その時、ダジルの右腕が光を放った。


 ノート石が放つような紅い光だった。


「つまり……お前もそうなんだろう?」


 ダジルは問い返した。


「生身でそんな力、出せるわきゃねえからな」


「どうかな」


「この加護さえ有れば、俺はどんなフレイズでも一瞬で放つことが出来る。俺は無敵だ」


 無敵……それが事実か否かはさておき、リメイクを苦手とするオヴァンには分の悪い相手だった。


 遠距離からリメイクを連発されるだけでオヴァンは絶命を免れ得ないだろう。


「見ろよ!」


 ダジルの腕が強く強く輝いた。


 直後……。


 天から地へと強大な雷光が降り注いだ。


「ひゃあっ!」


 ミミルが悲鳴を上げた。


 雷光は強く地面を穿ち、大穴を開けた。


 地上に居たダジルの部下達は跡形もなく焼失していた。


 さらに、余波を受けただけでオヴァンのリメイク防御の紋様が消滅していた。


「今のはわざと外した。お前がビビる顔が見たかったんだが……反応薄いな?」


「ビビってるさ」


「そうかよ。次は当てる。ブレスは防げても、俺の本気のリメイクは防げねえぞ」


(……だろうな)


 ダジルは一瞬でリメイクを発動出来る。


 たとえ接近戦を仕掛けても、せいぜい相討ちが良いところだろう。


 オヴァンは死を意識しながら口を開いた。


 余裕が有るフリをしてダジルへと話しかける。


「それだけの力を持ちながら、どうしてこんなことをやっている」


「どうして? 楽しいからに決まってんだろうがよ?」


「女神はそんなことのためにお前に加護を与えたのでは無いだろう」


「ヘッ。そんな口約束知ったことかよ」


「つまり……」


「お前は『邪神を倒すつもりは無い』ということだな?」


「当たり前だ!」


 ダジルが右腕を天に掲げた。


「なるほど……」


「それなら安心だ」


 オヴァンは薄く笑った。


「皆仲良く消し飛びやがれ!」


 紅い紋様がひときわ強く輝く。


 ハルナとミミルは恐れに体を硬直させた。


「え……?」


 呆然と声を放ったのはダジルだった。


 攻撃は来なかった。


 ダジルの加護はフレイズを成立させることなく消え失せていた。


「ど……どうして……? 俺の神の力が……!」


「『加護の力』は『邪神を倒すという誓約』で成り立っている」


 オヴァンが竜面の下から冷たい眼差しを向けていた。


「思うだけならまだしも、それを口にまで出してしまえばお終いだ」


「う……嘘だろ……?」


「悪いが、真実だ」


「仲間と同じところに送ってやろう」


 オヴァンは谷底へと視線を向けた。


「近寄るんじゃねえ!」


 ダジルは懐に手を入れ、そこから仮面を取り出した。


 猫の仮面だった。


 額にはオヴァンの仮面と同様にノート石がはまっている。


「仮面……?」


「気をつけて下さい! それはオリジナルです!」


 ハルナが警告の言葉を送った。


「ヘヘッ。オリジナルってのは凄い力を持ってるんだろう?」


「こいつでてめぇをギタギタにしてやる!」


「ふむ……」


 魔導器とはつまり、複雑なリメイクを機械的に発生させる道具だ。


 テンプレートであれ、オリジナルであれ、オヴァンにとっては厄介な代物だった。


 ハルナはオリジナルを警戒してオヴァンのリメイク防御の紋様を補充した。


 これで多少の攻撃には耐えられるはずだ。


 ……オリジナルの一撃を受けきれるかどうかは定かでは無いが。


 オリジナルの真価を発揮される前にダジルのドラゴンに飛び乗ろうか……。


 オヴァンはそう考え、脚に力をこめた。


 だが……そんなオヴァンの動きがピタリと静止した。


「雨……!?」


 驚愕の声を上げたのはトルクだった。


 ぽつぽつと降る雨が皆の体を濡らし始めていた。


 雲の上の国に、『降るはずのない雨』が降っていた。


 黒い雨だった。


 雨は徐々に勢いを増し、ざあざあと雨音を立て始めた。


 ハルナとミミルは戸惑いながら、オヴァンは殺意をこめて天を仰いだ。


 そこに『化物』が居た。


 人と似た姿をしているが、明らかに人間では無い。


 身長は170セダカほど。


 人の体に硬い黒革を強引に巻きつけていったような異様な外見。


 頭の左右には紅い角。


 耳や目鼻は見当たらない。


 指先は鋭い鉤爪のようで、背中には黒い翼を生やしている。


 黒い化物は羽ばたくでもなく上空に静止してオヴァン達を見下ろしていた。


「こいつは……!」


 オヴァンは全身の筋肉を軋ませて呻いた。


「知っているの? ブルメイ」


 そう尋ねるミミルの声音には怯えが混じっていた。


「こいつは……『俺のパーティ』を『壊滅』させた奴だ……!」


「ブルメイのパーティって、『オクターヴ』……!?」


 それは……『この世界で最強の冒険者達』を表す言葉だったはずだ。


「……そうだ」


 オヴァンは化物を睨みつけた。




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