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ライバルズ

 オヴァンがスマウスを手に入れた翌日、トルクは再びカルネの牧場を訪れた。


「気は変わりましたか?」


 シルヴァの鞍の後ろには先日と同じく金貨が詰まった袋が置かれていた。


 カルネが首を縦に振ればいつでも即金で支払う予定だった。


「いや。何度来ても彼女を売ることは出来ない」


 カルネはトルクの申し出を断った。


 当然だった。


 事情を知らないトルクにもこの返答は想像がついていた。


 もう何度も繰り返されてきたことだからだ。


 この時のトルクに焦りは無かった。


 スマウスは優秀なドラゴンだが、必ず手に入れなければならないものではない。


 この牧場を訪れることはカーゲイルの数多有る事業のほんの一欠片に過ぎなかった。


 カーゲイルは大きな組織だ。


 トルクが冷静なのはそれだけが理由ではない。


「お金が必要なのでは?」


 経営難という弱味が有る以上、カルネはいつか折れるのではないか。


 トルクはそう予想していた。


 だが……。


「いや……」


 カルネは首を左右に振った。


「当分の間は『大丈夫』になったからね」


 その言葉はトルクにとって予想外のものだった。


 穏やかだったトルクの心中がどくりと波打った。


「どういうことです? スマウスは……また散歩ですか?」


 トルクは内心の動揺を隠しながらスマウスの姿を探した。


 トルクの視界内にスマウスの姿は見当たらなかった。


 スマウスは散歩が好きなドラゴンだ。


 牧場に姿が無いのは珍しいことでは無かった。


「うん。もうじき帰ってくるよ」


 ドラゴンは利口だ。


 どれだけ遠出をしても、必ず元の牧場に帰ってくる。


 カルネは遠くの空を見た。


 それに釣られてトルクも空を見上げた。


 空には何頭かのドラゴンが飛んでいたが、どれもスマウスとは異なっていた。


 スマウスの巨体と比べるとどれも矮小に見える。


 それはシルヴァも同じだったが、トルクはシルヴァを矮小なドラゴンだとは考えていなかった。


「そういえば、この間……」


「へぇ」


 トルクはカルネに対して多少嫌味だが、仲が悪いわけではない。


 二人はぼつぼつと世間話を始めた。


 トルクがカルネと他愛ない言葉を交わしていると、やがて、遠くにドラゴンの影が見えた。


 影は徐々に近付いてくる。


 全ての光を包み込むような黒。


 一目見てスマウスだとわかった。


 結局は今回も徒労なのだろうかな。


 トルクは近付いてくるスマウスの姿をぼんやりと眺めた。


「な……!」


 両者の距離がある程度縮まった時、トルクの目が見開かれた。


 トルクはスマウスから目を離すことが出来ず、彼女が降りてくるまでの間、棒立ちになった。


 スマウスはトルク達のすぐ近くに着地してきた。


 実際はトルクではなくカルネの近くに降りてきたのだろう。


 スマウスの巨体がずんと牧草を踏みしめた。


 いつもならすぐにだらけて眠るところだが、この日のスマウスは毅然としていた。


 スマウスが地面に降りてきたことで、トルクは自分の見たものが間違いでは無かったと知った。


 決して人を乗せないはずのスマウスの背に人影が有った。


「これは……! どういうことですか……!?」


 トルクは掴みかからんばかりの形相でカルネに詰め寄った。


 カルネは少し意地悪い微笑を浮かべてトルクに言った。


 トルクを困らせたいわけでは無かったが、妙に自慢したい心地だった。


「『買い手』がついた。これが話をお断りする理由だ」


 そう言ったカルネの声音は少し誇らしげだった。


 トルクはスマウスの鞍の上の人物を見た。


 鞍の先頭にはオヴァンの姿が有った。


 先日はただ、無礼な男という認識しか持っていなかった。


 ……実際にどちらの方が無礼だったのかはさて置くが。


 服装を見ても少し洒落ているだけの野蛮な冒険者という風にしか見えない。


 戦闘時でも無いのに仮面を被っているのも変に思えた。


 猛々しい竜の仮面は周囲を威圧しているかのようだ。


 とにかくまともな人物には見えない。


 そんな男があのスマウスを乗りこなしている。


 それがトルクには信じられなかった。


 三人乗りの鞍の上にはハルナとミミルの姿も有った。


 ……これは余談だが、最初オヴァンはスマウスに鞍と手綱を付けることに反対していた。


 初乗りで上空20ダカールから落下してすぐに気が変わったようだが……。


 さておき、トルクはスマウスの側面へと走り寄って行った。


 スマウスの隣に立つと、鞍の上のオヴァンを見上げる。


「あなたは確か……ミミルさんのご友人ですね?」


 冷静に話しかけたつもりだったが、周囲から見るとその声は少し歪んでいた。


「オヴァン=クルワッセだ」


「オヴァンさん……。いったい……どんなトリックを使ったというのですか!?」


 トルクはついに声を荒げてしまった。


 トルクはオヴァンが正攻法でスマウスを乗りこなしたとは思っていなかった。


 何かインチキをした。


 そう思いたかった。


「トリック? 何の話だ?」


 オヴァンにはトルクが何を言っているのかわからなかった。


 自分がスマウスに乗れたのは当然のことだと思っていた。


 物体が上から下に落ちるのと同じ。


 自然の理に沿ったことが起きたに過ぎない。


 だが、トルクから見たオヴァンは不思議の塊のような存在だった。


「私は……始祖様を除けばこの国に存在するどんなドラゴンだって乗りこなすことが出来る」


「その私に唯一背を許さなかったのがこのスマウスです……!」


 トルクはスマウスに振り落とされた日のことを覚えていた。


 それがトルクがスマウスに拘る理由の一つにもなっていた。


「あなたのような馬の骨に背を許すはずが無い……!」


 トルクにはドラゴン乗りとしての誇りと驕りが有った。


 オヴァンを侮辱することになっても気にせず、自分の本心を吐露した。


 カーゲイルの竜騎士が負けることなど許されなかった。


「随分な言いようだな」


 食ってかかられてもオヴァンは平静だった。


 先日まで、オヴァンの機嫌はすこぶる悪かった。


 その頃のオヴァンであればもっとキツい言葉を返していたかもしれない。


 だが、スマウスを手に入れたことでオヴァンの機嫌は上向いている。


 トルクの若さを好ましく眺める余裕も産まれていた。


「残念だが、トリックなんてものは使っていない」


「だったらどうして……!」


「彼女にとってはお前より俺の方が魅力的な男だった。それだけの話だ」


「ありえない……!」


「どうしてそう思う?」


「私はカーゲイルの『次期当主』だ……!」


「ドラゴンに関して誰かに負けるなんてことは……有ってはならないんだ……!」


 声を荒げるトルク。


 それを正面から受け止めるオヴァン。


 張り詰めて見えるその状況で……。


「ねえ、ブルメイ、薬……」


 オヴァンの後ろから間抜けな声が聞こえてきた。


 顔を青くしたミミルの言葉だった。


 ドラゴンに乗るのは初めてだったが、やはり酔ったらしい。


「ほら」


 オヴァンは旅袋から黒い錠剤が入った瓶を取り出し、ミミルに寄越した。


「ありがと……」


 ミミルは大量の錠剤を取り出すと一息に飲み込んだ。


 外見の美しさと仕草のだらしなさのギャップが笑いを誘う。


 少し肩の力が抜けたトルクはミミルがオヴァンを別の名で呼んだことに気付いた。


「ブルメイ……?」


 トルクはオヴァンの名を口にした。


「何だ?」


 呼ばれたと思ったオヴァンが返事をした。


「竜の仮面……ブルメイ……。あなたはまさか……『オクターヴのブルメイ』……?」


 幾度となくデッドコピーの脅威から世界を救ってきた伝説のパーティ、オクターヴ。


 その名は大陸中に轟いており、雲の上のトゥルゲルであっても例外では無かった。


「そうだ。いや……。そうだった」


「だった……?」


「オクターヴは……『解散』したんだ」


「なるほど……」


 オヴァンの正体を知ってトルクの動揺は和らいだようだ。


「失礼しました」


 英雄と言われる男に敬意を払い、トルクは頭を下げた。


「構わん」


「伝説の冒険者と言われる方になら、スマウスが背を許したのも理解は出来ます」


「ですが……」


 トルクの眼光が力を増した。


「私はスペシャリストです。ドラゴンのことで冒険者に負けるわけにはいかない」


「勝負です! ドラゴンレースであなたを倒し、私が上だと証明してみせます!」


「わかった。金でも賭けるか?」


 オヴァンの返答は食後にカードの誘いを受けたかのような気安いものだった。


 トルクはオヴァンの冒険者的な気質に少し落胆を覚えた。


「そんな低俗なことはしません。これは、誇りをかけた勝負です」


「そうか」


「それでは、レースの日にお会いしましょう」


「望む所だ」


 言いたいことを言うとトルクはシルヴァの背に飛び乗った。


 そして先日と同じ方角に飛び去っていった。


「勝算は有るのですか?」


 気軽に勝負を受けたオヴァンに対し、ハルナが疑問を抱いた。


「勝てるんじゃないの? こっちのドラゴンの方が大きいんだし」


 薬を飲んで顔色が良くなったミミルが言った。


「いや……」


 オヴァンはミミルの言葉を即座に否定した。


「まともに戦ったらまず勝ち目は無いだろうな」


「えっ?」


「相手はこの大陸で最高級の乗り手らしいからな」


「素人の俺が、体格に恵まれただけの練習不足のドラゴンで勝てるわけが無い」


 この世界においてオヴァンはなるべくドラゴンと関わらないように生きてきた。


 ドラゴンに乗るのは昨日が初めてだったし、レースに出た経験など無かった。


 トルクがレースに自信を持っていることはその言動から明らかだ。


 どうやら優勝を狙える実力者らしい。


 言ってみれば、これは初心者とプロの勝負だった。


 オヴァンの弱気な言葉を聞いて、スマウスは首を回して彼を見た。


 ドラゴンは人の言葉がわかる。


 オヴァンが言ったことも完全に理解しているのだろう。


 オヴァンにはこの世界のドラゴンの言葉はわからない。


 だが……。


(負けないのね!)


 プライドの高い瞳がそう言っているようだった。


「気の強いやつだ」


 パートナーの勝ち気を見てオヴァンは微笑んだ。


「俺もそうだ。負けるのは嫌いだ。だから勝ちたい思う」


「私も勝ちたいわ」


「ですが……どうすれば勝てるのでしょうか?」


「そうだな……」


 オヴァンは俯くと二本の指で自分の顎をつまんだ。


 ……。


 トルクは自宅である『カーゲイルの大邸宅』へと戻った。


 豪邸が多い地域だが、カーゲイル宗家の本邸はそれらの家々よりもさらに大きい。


 だが、トルクにとってはただの見慣れた自宅に過ぎなかった。


「お帰りなさいませ。お兄様」


 トルクが玄関の戸をくぐった所で『妹のシルク』が声をかけてきた。


 トルクとは少し年が離れていて、まだ背が伸びきっていない。


 顔はトルクに良く似ているが、十代後半のトルクと比べてもまだ幼かった。


 丸みを残したシルクの顔のすぐ上にはトルクと同じ緑銀色の髪が有った。


 トルクに比べて長く伸ばした髪は将来の美貌を予感させる。


 首から下には甲冑を身に着けていた。


 色は白銀。


 敬愛する兄を意識して誂えたものだった。


 トルク達が鎧を着ているのは、カーゲイルが商人の家であると同時に武門の家柄でもあるためだ。


 商談をこなしながら体を鍛え、武術の腕も磨く。


 それがカーゲイルの人間に与えられた定めだった。


 シルクも年若いながら重い鎧を着こなしている。


 若いのに偉い……などと褒められることは無い。


 カーゲイルの人間であれば当然。


 シルク本人も、周りの者達もそう思っていた。


「ただいま。シルク」


 トルクは妹に挨拶を返した。


「またあの牧場に行っていたのですか?」


 シルクは咎めるような口調で言った。


 トルクがスマウスに執着していることをシルクはあまり賢いことだとは思っていなかった。


「うん」


 トルクは軽く頷いた。


 普段は形式張った口調で話すトルクだが、妹の前でだけはくだけた口調になる。


 シルクは兄に対しても敬語を使った。


 その必要は無いとトルクが言ってもシルクはその固い言葉遣いを崩さなかった。


「別に、他所のドラゴンに執着することも無いのでは無いですか?」


「そうかな?」


「ええ。貧乏牧場のドラゴンよりもカーゲイルのドラゴンの方が優れているに決まっています」


 シルクは驕っていた。


 カーゲイルの人間であれば珍しくはない驕りだった。


 トルクは彼女と比べると冷静だったが、やはりカーゲイルを継ぐ者としての自負は有った。


「……そうかもしれないね」


 トルクはスマウスの威容を思い浮かべた。


 トゥルゲル全体で見ても一二を争うほどの巨躯。


「私とシルヴァであれば、あれと競っても負けない……はずだ」


 オヴァンとの約束が有った。


 トルクはスマウスと戦って勝たなくてはならない。


 たとえそれを操るのが伝説の英雄であったとしても。


「当然です。お兄様に勝てるドラゴンなど存在するはずがありません」


 シルクは兄のことを無敵の存在だと思っていた。


 強く美しい理想の男。


 他の男達は完璧な兄にどれだけ近付けるかを競っているだけの存在だと思っていた。


 無論、兄が負ける姿など想像出来なかった。


「うん……」


 だが、当のトルクの表情はどこか薄暗い。


「……お兄様?」


 シルクは不思議に思った。


 それは普段兄が見せたことのない表情だった。


「どちらにせよ、スマウスのことは諦めることになったよ」


 トルクは苦笑を浮かべた。


「……諦める? 見放したのではなく?」


「買い手がついたんだ」


 シルクの顔が不機嫌そうに歪んだ。


「あの牧場主はお兄様を差し置いて、別の方にドラゴンを売ったというのですか?」


「うん」


「許せません!」


 シルクは怒声を上げた。


 事情を知らないシルクは兄が嫌がらせを受けたかのような印象を受けた。


 カーゲイル宗家の長男に無礼を働くなど、このトゥルゲルであってはならないことだった。


「シルク、はしたないよ」


 トルクも思うところが無いでは無かったが、シルクと比べると冷静だった。


 トルクが優しい口調で窘めるとシルクは頬を少し染めて俯いた。


「申し訳ありません……」


「ですが、やはり許せません」


 シルクは語勢を弱めて怒りの言葉を繰り返した。


「お兄様以上にドラゴンを上手く扱える方などこの世に存在しません」


「そのお兄様の申し出を断って他の方にドラゴンを売るだなんて……」


「そんなの、酷い侮辱です」


「うん……。私も普段ならそう思ったかもしれない」


「何かあったのですか?」


「乗ったんだ」


「え……?」


「私が乗れなかったドラゴンに、あの男は乗った」


「あの男……?」


「オヴァン=クルワッセ」


「オヴァン……?」


 シルクは困惑した。


 妙な響きで大陸の人間が使う名前では無いように感じられた。


「聞いたことのない名前です」


「彼はオクターヴのブルメイだ」


「ブルメイ……。伝説の英雄ですね。オヴァン=クルワッセというのは?」


「『二つ名』のようなものかな?」


 名の知れた冒険者には本名以外の通称が与えられることが有る。


 最高峰の冒険者であるオクターヴの面々はその全員が二つ名を持っていた。


 『風刃』のナジミ、『鉄塊』のサンド、『神眼』のヤンダー、『大樹』のラック、『不死』のナルカミ。


 そして……。


 オヴァンの二つ名はシルクも聞いたことがあった。


「二つ名? 確か彼の二つ名は……」


「うん。どうして別名を名乗っているのかは知らないけど、冒険者にはよくあることなのかな?」


「……お兄様が乗れなかったドラゴンを冒険者風情が乗りこなしたと言うのですか?」


 風情。


 確かに、オクターヴのブルメイは世界を幾度となく救った英雄だ。


 だが、雲の上に有るトゥルゲルにおいては竜騎士こそが至高の存在。


 竜騎士達は冒険者を野蛮な存在として見下していたし、実際、冒険者には乱暴な人間が多い。


 シルクから見た英雄ブルメイは決して尊敬の対象にはならなかった。


「乗りこなしたとは言えないのかもしれない」


 トルクはオヴァンがスマウスに乗っている所を少ししか見ていない。


 だが、最高のドラゴン乗りであるトルクは他のドラゴン乗りの腕を瞬時に見抜く目を持っていた。


 そのトルクが見たところ、オヴァンの腕はお世辞にも優れているとは言えない。


 ひょっとしたら実力を隠しているのかもしれないが、そんな器用な人間には見えなかった。


「だけど……スマウスは彼を拒まなかった」


 トルクは笑った。


「私に乗れないドラゴンというのは他の乗り手にも乗れないものだと思っていた」


「それが今日、覆されたんだ。世界がひっくり返ったような気分だよ」


「別に大したことではありません」


 シルクはムキになって言った。


 シルクがそのような態度を取ったのは彼女がトルクの妹だからというだけの理由では無い。


 トルクはカーゲイルの誇りだ。


 カーゲイル宗家に縁が深い人間であれば、皆自らの誇りを守ろうとするだろう。


「そのドラゴンがお兄様ではなく冒険者風情を選んだのだというのなら……」


「そのドラゴンには殿方を見る目が無かったのでしょう」


 トルクは決して悪くない。


 その前提で組み立てた理屈をシルクは語った。


「……うん」


 トルクはそんな妹の言葉を少し息苦しく思った。


 綺麗な空気を吸いたい。


 そう思ってトルクは窓を見た。


 窓の奥には空が見える。


 雲の無い空。


 トゥルゲルの空だ。


 オヴァンは今この空を飛んでいるのだろうか。


(講談師のおじさんから何度も聞いた……)


(オクターヴのブルメイ……)


 トルクは自分の胸にふつふつと湧き上がるものが有るのを感じた。


 ……。


 やがて、夜になった。


 冷たい山上の夜闇をトルクは相棒のシルヴァと共に駆けた。


 通常、ドラゴンは夜を嫌い、あまり飛びたがらない。


 大抵のドラゴンは夜になると顔を伏せ、じっとしているものだ。


 だが、シルヴァは違った。


 トルクが望むならどんな時間でも飛んだ。


 たとえ、紅い月が照らす真夜中でも。


(負けない。私はカーゲイルの長男だ)


(たとえオクターヴのブルメイが相手でも……それは変わらない)


「私達は世界一速い……そうだろう? シルヴァ」


 トルクの言葉はきっとシルヴァに伝わっていた。


 相棒が吠えた。


 トルクはシルヴァが自分を肯定してくれているのだと思った。


 物心ついた頃からずっと一緒に居た相棒。


 その咆哮が内に溜まった澱みを洗い流してくれる気がした。


 ……世間的な指標において、シルヴァは実は最速のドラゴンではない。


 中型のドラゴンの中ではシルヴァが最速だった。


 しかし、カーゲイルの牧場にはもっと体躯に優れたドラゴンがいくらでも居る。


 10ダカール超えのドラゴンも珍しくは無かった。


 シルヴァの体長は僅かに8ダカールでしか無い。


 それでもトルクはシルヴァを選んだ。


 二人は同じ年に産まれ、一緒に育った。


 父親は彼に練習用の子ドラゴンを与えたつもりだった。


 頃合いが来ればもっと大きく立派なドラゴンを与えるつもりだった。


 だが、トルクが乗ったシルヴァは何よりも速かった。


 シルヴァは最速のドラゴンではない。


 にもかかわらず、トルクとシルヴァが敗れたことは無かった。


 この空を征するのは自分達だ。


 そう信じていた。


 ……。


 同時刻、カーゲイル宗家の本邸の前に賊達の姿が見えた。


 王の城とでも言うべき館だったが、政敵の少なさから最小限の警備しかされていない。


 正門前には一人の門番が立っていた。


 賊達はあろうことか、門番の方へと堂々と近付いていった。


 賊の一人が門番に金の入った袋を渡した。


 金を受け取った門番はあろうことか賊を門の中へと引き入れた。


 賊達は兵士を先頭に本館に近付いていく。


 正面玄関を避け、窓から館の中へ。


 手引の兵士が館の警備状況を把握しているのか、人に出会うことなく進んでいく。


 やがて賊達が辿り着いたのはカーゲイル家の『地下宝物庫』だった。


 宝物庫の中には金銀財宝が敷き詰められていた。


「ウヒョォ~!」


 賊達は目も眩むほどの財宝に飛びついていった。


「おい、そっちじゃねえだろ。目当てのモンは」


 『リーダー格の男』が仲間達を諌めた。


 ダジルではない。


 盗賊の幹部とも言うべき男だった。


 ダジルはアジトの部屋で部下達が朗報を届けるのを待っていた。


「けど、このお宝を目にしちまったらなぁ」


「あぁ、旅袋さえありゃあなぁ。いくらでも持ち出せるのに」


「良いからとっとと探せ。『アレ』を持って帰らないとお頭にぶっ殺されるぞ」


「けど。どれが何だか……」


「説明を聞いてなかったのか?」


 リーダー格の男が呆れて言った。


「『オリジナル』ってんだから、でかいノート石が嵌ってるはずだ。そいつを探すんだよ」


 そう言われても賊達は財宝の方に夢中だった。


「しょうがねえな……」


 賊達は持っていた袋に財宝を詰められるだけ詰め込むと、ようやく目当ての物を探し始めた。



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