黒よりも闇のようで
オヴァン達の上空に現れたドラゴンの鱗は闇のような黒色だった。
巨体だけあって、その羽音は大きい。
シューターであるミミルはドラゴンの接近に気付かなかったことを内心恥ずかしいと思った。
『黒いドラゴン』はバサバサと周囲の風を唸らせながら牧場へ降りてきた。
そしてオヴァン達からさほど離れていない所に着地し、寝転んだ。
人怖じしない性格のようだ。
「大きい……!」
着地した黒竜の全貌を見てミミルは感嘆の声を上げた。
15ダカールという体躯はトルクが乗っていたシルヴァと比べても二回りは大きい。
一方、オヴァンは値踏みするような視線をじっと黒竜へ向けていた。
「オヴァンさん」
ハルナが書いた。
「何だ」
ハルナの言葉を受けてもオヴァンは黒竜から視線を外さない。
「あなたが好きな大きいドラゴンですね」
内心に妙にピリピリしたものを感じつつハルナは言葉を綴った。
「別に、ただ大きければ良いというものではない」
「そうでしょうか?」
ハルナの目にはオヴァンが大きなドラゴンに執着しているようにしか見えなかった。
「というか……あれではまだ『小さい』」
「そうなのですか?」
ハルナは意外に思った。
眼前の黒竜は始祖を除けばハルナが見た中で最大のドラゴンだった。
始祖以外の全てのドラゴンはオヴァンの眼鏡に適わないということだろうか。
大きさだけで無いというのなら、始祖の何がオヴァンの琴線に触れたのか。
ハルナにはオヴァンが考えがわからなかった。
「最低でも『60』……って、何を言わせるんだ」
何が彼をそうさせたのか。
オヴァンの声が珍しくうわずった。
「はぁ」
現状を理解出来ないハルナは曖昧に書くことしか出来なかった。
「ねえ! この子は!? この牧場の子なの!?」
ミミルは黒竜の登場に完全にテンションを上げてしまっていた。
顔全体をわくわくと輝かせながらカルネに問いを浴びせた。
そんなミミルに対してカルネは満更ではないといった感じで答えた。
「彼女はウチで一番大きい子で、名前はスマウス」
「スマウス? 彼女? この子、『女の子』なの?」
「うん」
ミミルはカルネとスマウスとに視線を交互させた。
「やっぱり男の子の方が女の子よりも速いのかしら?」
人間の世界では女性は膂力で男性には勝てないことが多い。
……ええと、前にも言ったかな?
女神が一人で作った世界では男女の差は平均より小さいことが多いよ。
稀にだけど、女性が男性より強い世界も有るね。
もし普通の世界の男の子がそんな世界に行ったら……。
プライドをへし折られてしまうかな?
それとも……。
おっと、話を戻すよ。
……。
「いや、目に見えるほどの差は無いね」
カルネは問いに答えた。
「じゃあ、この子にする! きっと速いわ!」
「うん。きっと速いだろうけど……」
カルネは困ったような顔をした。
だが、単純に困っているのではなく、少し悪戯っぽい感情が籠められているようにも見えた。
「けど、彼女は『無理』だ。止めておいた方が良い」
「無理って、何が? もう予約が付いてるのかしら?」
ミミルは黒竜スマウスの脚を見た。
脚に紐がくくられているのが借り手がついたドラゴン……。
だが、スマウスの脚には紐らしきものは見当たらなかった。
「いや。そうじゃないよ。彼女は……」
「絶対に人を背に乗せないんだ」
「絶対に?」
「うん。少なくとも今まで人を乗せたことは無いね」
「何故だ?」
そこへ口を挟んだのはオヴァンだった。
こっちの質問には答えなかったのに勝手だなとミミルは思った。
「きっと、プライドが高いんだと思う」
「ほう?」
オヴァンは感嘆するような声を上げた。
「ドラゴンの始祖は人を自分より下の存在として見ていて、決して背を許すことは無かったらしい」
「ひょっとすると……彼女もそう思っているのかもしれないね」
「先祖返り……か?」
オヴァンの口端がにやりと吊り上がった。
一方でミミルの表情は芳しく無い。
「そう……残念ね」
ミミルが耳を垂れ下げ、スマウスを諦めようとしたその時……。
「気に入った!」
オヴァンが覇気に満ちた声で言った。
「ブルメイ?」
ミミルは不思議そうにオヴァンを見た。
その時……。
ミミルの耳に、新たなドラゴンの羽音が聞こえてきた。
どこかで聞いたような……。
なんとなくそう思いながらミミルは羽音の方を見た。
ミミルの視線の先に居たのは見覚えの有る白いドラゴンだった。
そして、その背には白銀の竜騎士が跨っていた。
トルク=カーゲイルだった。
トルクはオヴァン達の近くに……いや、カルネの近くにシルヴァを着陸させた。
ドラゴンから降りたトルクはミミルの存在に気付いたようだ。
「ミミルさん、奇遇ですね」
トルクは兜を外すと真っ先にミミルに向かって声をかけてきた。
「ええ。レースで乗るドラゴンを探しに来たの」
ミミルも気さくに返事をした。
「止めておいた方が良いですよ」
トルクは真顔になって言った。
「勝てないから?」
「ええ。ここのドラゴンは質が良くない」
カルネが側に居るというのにトルクは遠慮なく言った。
ハルナはちらとカルネを見たが、表面上は動じているようには見えなかった。
「もしレースに出るのなら、カーゲイルのドラゴンをお貸ししましょうか?」
「良いの?」
トルクの誘いに対してミミルは心惹かれたようだ。
「いらん」
そこへオヴァンが割って入った。
「あなたは……?」
トルクとミミルが出会った時、オヴァンはそれを遠巻きに見ていた。
トルクはオヴァンとミミルの関係を知らない。
彼は不審げな視線をオヴァンへと向けた。
「オヴァンだ。こいつは俺と一緒にレースに出る」
オヴァンはミミルの斜め前に立った。
完全にではないが、ミミルとトルクの間を遮る形になった。
そして……。
「ドラゴンはもう決まった。カーゲイルとやらの羽つきトカゲは必要無い」
ことさらに挑発的な言葉をトルクへとぶつけた。
「失礼な人ですね」
トルクは顔をしかめた。
「ミミルさん、友人は選んだ方が良いですよ」
「先に侮辱をしたのはそっちの方だと思うが?」
「侮辱……? ああ。ここのドラゴンが弱いのは厳然たる事実です」
「どうかな?」
二人は睨み合った。
オヴァンの眼光は鋭い。
じっと睨み返すトルクにはオヴァンに物怖じしないだけの胆力が有った。
「こら! 喧嘩しないの!」
ミミルは子供を叱るような口調で怒鳴った。
「む…………」
オヴァンが口を噤んだ。
ミミルはトルクと話を続けることにした。
「それで、ユーは何しに牧場に?」
……この時のミミルの口調はこんなに珍妙では無かったような気もする。
まあ、大体合っていると思うので気にしないでもらいたい。
「ここへは商談に来ました」
「商談って?」
トルクはスマウスを指差した。
「あのドラゴン、スマウスを買いたいんですよ」
「けど、あの子は人を乗せないんでしょう?」
乗れないドラゴンを買ってどうするのか。
ミミルは不思議に思った。
「ええ」
トルクは頷いた。
「スマウス自身は使い物になりませんが、『強い子を産む雌』としては十分な魅力が有る」
トルクがそう言った瞬間、オヴァンの目がスッと細まった。
トルクはオヴァンのそんな様子に気付いた様子も無く話を続けた。
「気性の優しい雄とかけ合わせれば良いドラゴンを産んでくれるはずです」
「かけ合わせる?」
森の奥で住んでいたミミルはドラゴンについて何も知らない。
それどころかドラゴンの子供がどうやって産まれてくるのかも知らなかった。
「ええ。強いドラゴン同士に子を産ませれば強いドラゴンが産まれてくる」
「ドラゴンの飼育の基本ですね」
ミミルへの言葉を語り終えるとトルクはカルネの方を見た。
「それで、スマウスを売ってくれる気にはなりましたか?」
本題である商談を始めるようだった。
「お断りするよ」
最初から答えは決まっていたのだろう。
カルネはすぐに首を横に振った。
「やはり、僕と君たちではドラゴンに対する考え方が違いすぎる」
「私達が間違っているというのですか?」
トルクは自分が正しいという自負を隠さずに聞いた。
カルネもトルクが間違っていると言うつもりは無かった。
「君たちのやり方に口を出そうとは思わない」
「僕はただ、ウチの子達にはのびのびと幸せに暮らして欲しいんだ」
自分には自分のやり方が有る。
カルネはそうやってトルクとの間に一線を引いていた。
「幸せ? ただダラダラと毎日を生きるのがドラゴンにとっての幸せだと言うのですか?」
トルクの糾弾するような問いを受けてもカルネの表情は揺るがなかった。
「違うかな?」
そう短く言った。
「強い雄と結ばれ強い子を産んだ方が、無為に人生を過ごすより誇らしいことなのではないですか?」
自信満面に語るトルクの考えは果たして正しいのか。
部外者であるミミルにはわからなかった。
ただ、カルネのまっすぐな瞳がトルクの思想を否定していた。
「彼女自身がそう思うなら、自分の意志で君たちの牧場へ行くだろう。強い雄に会いにね」
カルネはスマウスを見ながら言った。
スマウスはカルネ達のことなどどうでも良さそうに羽を休めていた。
「けど、彼女はまだここに居る。彼女自身が選んだことだ」
「僕は……それを尊重したいと思う」
カルネの言葉が終わるとトルクはシルヴァの方へと歩み寄っていった。
ミミルはトルクが帰るのだろうかと思ったが、違った。
トルクはシルヴァの鞍の後ろに積んである大きな袋を手に取った。
ずっしりとした重みがあるそれを持ってトルクはカルネの前に立った。
「2000万マケル有ります。これでスマウスを売って下さい」
「2000万……!?」
ミミルは息を呑んだ。
ミミル達から見ると2000万マケルと言うのは目玉が飛び出るような大金だった。
一方で、優れたドラゴンの値段として考えるとそこまで法外な値段とも言えない。
ドラゴン競売の歴史を見ると5000万以上で落札されたドラゴンも居る。
しかし、1000万以上というのは並のドラゴンに付く値段では無かった。
トルクが本気でスマウスを評価しているということが見て取れた。
ただし……子を産ませるためだけの雌としての評価ではあったが。
「お断りするよ」
それだけの大金を積まれてもカルネの意見が曲がることは無かった。
「はぁ」
トルクは溜息をついた。
「意地を張って良いんですか? 牧場経営は上手く行っていないと聞きましたが」
「それは……」
柔和だが毅然としていたカルネの顔が初めて曇った。
「ドラゴンの幸せと言っても、経営が傾けば結局はドラゴンを飢えさせることになる」
それを知ってか知らずか、トルクは言葉を重ねた。
「あなたのやり方は間違っている」
自身の正しさを疑わないトルクに対し、カルネは困ったように笑う。
「正しいことだけでは息苦しいよ」
多少思うところがあってもカルネが譲ることは無かった。
そんなカルネの頑固さに慣れているのだろう。
「……また来ます。次は色良い返事を期待しています」
トルクは苛立った様子もなくそう言った。
「ミミルさんも、またお会いしましょう」
「ええ。またね」
ミミルに別れの挨拶をするとトルクはシルヴァの背に飛び乗った。
シルヴァは小さく羽ばたくと風のように舞い上がり、牧場から飛び去っていった。
「この牧場、上手く行ってないの?」
トルクの姿が消えるとミミルは遠慮なく聞いた。
「ちょっとね」
カルネは少し気まずそうに答えた。
「ドラゴンが売れないのでしょうか?」
ハルナが看板を挟んだ。
「いや。買いたいと言う人は居るんだよ。ドラゴンは滅多に子を産まない。『売り手市場』なんだ」
「……おまけに、『狂ってしまうドラゴン』も居るしね」
「狂う?」
「知らないの?」
「ええ。私、色んなことを知らないの。教えてくれる?」
「……うん。産まれたばかりのドラゴンがおかしくなってしまうことが有るんだ」
「おかしくって……どうなるの?」
「個体差は有るけど……大体は人を襲うようになる」
「どうして?」
「さあ。ドラゴンに関してはわかっていない事が多いんだ」
「そう……。人を襲うなんて、大変ね」
「うん。まあ、人死にが出ることはあまり無いけどね」
「どうして? 人が襲われちゃうんでしょう?」
「大抵の場合、狂った子ドラゴンはその親に殺される。だから、人に危害が及ぶことはあまり無いんだ」
「……大きいドラゴンはあまり狂ったりしないんだけどね。理由はわかっていない」
「自分の子供を殺さなくちゃいけないなんて……悲しいわね」
「うん……。そういうこともあって、ドラゴンというのはとても貴重な存在なんだよ」
「だから、カーゲイル産みたいな立派な奴じゃなくても、欲しがる人は沢山居る」
「それなのに儲かっていないのですか?」
ハルナが疑問を挟んだ。
「うん……。僕が買い手を選んでしまうんだよね」
「戦争には使って欲しく無いなとか、この人はちゃんとウチの子を大事にしてくれるのかなって」
「だから、生活は少し苦しい」
「うん……。経営者としては彼らの方が正しいんだ」
カルネはトルクが飛び去った方の空を見た。
「けど、割り切れないんだよね」
そして軽く頭をかいた。
「ドラゴンは頭が良くて、良く人に懐く。言葉もわかる」
「ちゃんと教えればね、文字だって読めるようになるんだよ」
「へぇ。凄いのね」
「うん。心優しくて、子供と遊んでくれたりもするんだ」
カルネは懐かしそうに牧場のドラゴン達を見た。
「僕も、子供の頃はここのドラゴンとよく遊んだよ」
「だからかな……。家畜というよりは友達という気がしてしまってね」
「それで、彼らをあまり商売道具にしたくないという気持ちが有るんだ」
「けど……牧場経営っていうのは商売なんだから、本末転倒だよね」
困ってはいるが後悔はしていない。
カルネはそんな顔をして笑った。
「俺に売れ」
それまで黙っていたオヴァンが急に口を開いた。
「え……?」
カルネはオヴァンを見たが、オヴァンの瞳はカルネには向けられていなかった。
オヴァンはじっと吸い付けられるようにスマウスを見ていた。
「俺はこいつが欲しい」
「ブルメイ、今の話を聞いてたの? この子は人を乗せないのよ」
ミミルは『ブルメイって案外バカなのね』といった顔でオヴァンを見た。
一方、オヴァンの表情は揺るがなかった。
自信に満ちた目でスマウスを見ていた。
「人を乗せない? ドラゴンなら当然だろう?」
その言葉にも一切の揺らぎは無い。
「え……?」
ミミルは困惑した表情を見せた。
オヴァンはさらに言葉を重ねた。
「ドラゴンとは、速く、強く、何よりも気高くなくてはならない」
「誇りを失ったドラゴンなど、ただの羽の生えたトカゲにすぎない」
「この世界の連中は、簡単に人に背を許す売女ばかりだった」
「だが、こいつは違う」
「始祖を除けば、こいつは俺がこの世界で出会った初めてのドラゴンだ」
「だから……俺はこいつが欲しい」
「貰うぞ」
オヴァンはニッと暴力的な笑みを浮かべた。
彼はこんな笑い方をする人だったのか。
ハルナが意外に思った次の瞬間、オヴァンは跳躍していた。
スマウスへと。
オヴァンの両足がスマウスの背中を踏んだ。
瞬間、スマウスの巨体が暴れだした。
脚を、羽を、首を、尾を乱暴に揺るがし、オヴァンを振り落とそうとする。
スマウスの足が地響きを起こす。
暴れるスマウスに対し、オヴァンは振り落とされないように努めた。
常人なら一瞬で落とされていただろうが、よく粘る。
しばらくはドラゴンの上でバランスを取っていたが……。
「ブルメイ!」
「オヴァンさん!」
ハルナとミミルが見守る前でオヴァンは派手に振り落とされてしまった。
強かに背中を打つ。
地面に落下したオヴァンにハルナ達が駆け寄った。
「オヴァンさん! 大丈夫ですか?」
ハルナはオヴァンの意識の有無を確認するために呼びかけた。
それから回復のフレイズを綴ろうとする。
「フッ」
その時ハルナの視界に映ったのは予想外の笑みだった。
「ブルメイ……?」
痛みを感じた様子も無いオヴァンにミミルは呆気にとられる。
「フフッ……ハッ……ハハハハハッ!」
背中を強打したばかりだと言うのにオヴァンは楽しそうに笑っていた。
「大丈夫? 頭打った?」
オヴァンは頭おかしい人になってしまったのではないか。
ミミルが心配して尋ねた。
「平気だ」
オヴァンは何事も無かったかのように立ち上がった。
そして、少し遠くに立っている『厩舎』の方を指差した。
「お前達、ちょっと建物の中にでも行っていろ」
「どうして?」
「彼女を『屈服』させる」
オヴァンは自信と暴力性の混じった笑みを崩さなかった。
普段の穏やかな微笑とは全く異なる。
邪悪とさえ言っても良い笑みだ。
雄が居る。
ハルナはなんとなくそう思った。
さしたる理由もなく頬を火照らせてしまう。
「プライドが高い女だ。自分が屈服する所を他人に見られたくは無いだろう」
「ちょっと待ってよ……!」
物騒な顔つきのオヴァンの前にカルネが立ち塞がった。
今のオヴァンは怖い。
可愛いドラゴンのためで無ければカルネも彼の前に立とうとは思わなかっただろう。
「屈服って……何をする気なのさ? 困るよ……あんまり乱暴な事をされたら……」
少し声を震わせながらカルネが問うた。
怯えながらもその目はまっすぐにオヴァンを見ていた。
カルネと目が合ったことでオヴァンは彼を怯えさせていたことに気付いた。
オヴァンは暴力的な笑みを収めると努めて穏やかに言った。
「別に、指一本触れるつもりは無い」
「けど……」
いきなりスマウスに飛び乗ったオヴァンのことをカルネは信用しきれなかった。
「ただ、俺の『男としての器』を見せるだけだ」
「本当に乱暴なことはしないんだろうね?」
「父の名に誓って」
「そこまで言うならわかったけど……本当に頼むよ?」
カルネはオヴァンの前から退いた。
その両脚は少し震えていた。
オヴァンは内心悪いことをしたと思いつつ、謝るつもりは無かった。
自分はただ笑っただけだ。
強ければ怯えることも無いだろう。
そう考えていた。
「わかっている。ただ、少し二人きりにして欲しい」
「信じるからね?」
「ああ。猫乗り達も連れて行ってくれ」
「うん……」
カルネは猫乗り達の方へ向かった。
そして猫乗り達に事情を話すとオヴァン以外の全員で厩舎へと入っていった。
ミミル達が入った厩舎の中は普通の民家と大差無かった。
厩舎と言っても別に中でドラゴンを飼うわけではない。
元々、ドラゴンは狭い空間を好まない。
それに加えてこの国では雨が降らない。
雲の上に有るからだ。
だから、雨避けの建物も必要が無かった。
雨が降らないということは雨水を使えないということでもある。
必要な水に関してはテンプレートを用いることで調達していた。
食事さえ用意出来ればドラゴンを養うには十分だった。
もっとも、ドラゴンは人の何倍も食べるので、食費だけで大変な負担になるのだが……。
「いったい、何をするつもりなのかしら?」
ミミルはそう言って自分達が入ってきた扉の方を見た。
「指一本触れないと言っていましたけど……」
ハルナにもオヴァンが何をするのかはわからなかった。
「男がどうとかも言っていたわね」
「まさか、『いかがわしいこと』をするつもりなのではないでしょうか」
冗談のつもりでハルナが書いた。
「いかがわしいことって?」
だが、ミミルには伝わらなかったようだ。
「いえ……」
耳年増なのは自分だけだと気付いてハルナは赤面した。
体は成熟していても、ミミルはまだ恋をする年では無いのだろう。
ハルナはそう考えた。
……その時、轟音が鳴った。
音だけではない。
厩舎全体が巨大な嵐にでも吹かれたようにビリビリと震えた。
「っ……!?」
耳の良いミミルが真っ先に体を震わせた。
ハルナは平然としていたが、内心では強く緊張していた。
強大な爆裂魔法を放ったような音が間断なく鳴り響き続けた。
「な……何なの……!?」
ミミルはおどおどとしながら体を丸める。
「この音は……!」
カルネだけが何かに気付いた様子だった。
「オヴァンさんが危ないかもしれない……!」
爆音はまだ止まない。
だが、カルネは迷わずにドアに向かった。
ドアノブを掴んだカルネの手をハルナが止めた。
「ハルナさん」
カルネは驚いてハルナの方を見た。
ハルナがじっと見返してくるのでカルネは動けなくなってしまった。
動けなくなったカルネに対してハルナは言葉を綴った。
「待って下さい」
「けど……オヴァンさんが……」
「彼を信じましょう」
オヴァンの事は信じる。
それが一度は人間不信になりかけたハルナの行動指針だった。
ハルナを押しのけることも出来ず、カルネは立ち尽くした。
しばらくじっと立っていると、ふと音が止んだ。
「終わった……?」
そう言ったカルネの顔には焦りの色が見えた。
しばらく様子を窺っていると、やがてドアが外側から開いた。
カルネが視線を向けると扉の向こうにはオヴァンが立っていた。
オヴァンは特に傷を負った様子も無い。
平然としていた。
「終わったぞ」
オヴァンはそう言ってから猫乗り達に視線を向けた。
旅袋から金貨を取り出す。
「悪いが、もう帰ってもらって良い」
オヴァンは取り出した金貨を一枚ずつ猫乗りに渡していった。
羽猫の渡し賃としても少々高い。
「帰りはあいつに乗っていく。猫を怖がらせて悪かったな」
それから全員で厩舎を出た。
オヴァンに見送られ、猫乗り達が飛び去っていった。
猫乗りの姿が見えなくなるとオヴァンはスマウスの方へ歩き出した。
ミミル達もオヴァンの後に続いた。
オヴァン達がスマウスの前へ立つと彼女は頭を下げた。
オヴァンはスマウスの頭を撫でた。
スマウスは嫌がることなくすっと目を閉じた。
「信じられない……スマウスが人になつくなんて……」
カルネは目の前の光景が夢なのではないかと思った。
動揺するカルネに対してオヴァンは大きな袋を放った。
「わわっ……!」
慌てて受け止めた袋には確固たる現実の重みが有った。
カルネが袋を開くと中には大量の金貨が入っていた。
「『結納金』だ。4000万マケルで良いか?」
「…………はい」
カルネはかくかくと絡繰人形のように頷いた。
……。
オヴァン達がカルネの牧場を訪れる少し前……。
トゥルゲルの一角。
そこに『盗賊達のアジト』が有った。
外見はこの国に良くある豪邸と何ら変わりがない。
だが、近所に住む者達はその建物が何であるか気付いていたし、関わらないようにもしていた。
幸い、盗賊たちはアジトの周辺では騒ぎを起こすことが無かった。
最上階の一室で、盗賊のリーダー、ダジル=スネイルが昼間から酒を喇叭飲みしていた。
身長が2ダカール有るがっしりとした体躯の大男。
綺麗に剃った頭に、筋骨を見せびらかす露出の多い服装をしていた。
肌にはところどころ傷が有り、喧嘩慣れしていることが窺い知れた。
ダジルは大きな椅子に腰を掛け、両脚を前の机に放り出していた。
部屋内を見回すと、床や机に酒瓶が転がっているが見える。
相当の酒好きらしい。
ダジルがぐびぐびと酒を進めていると、入り口の扉が勢い良く開いた。
間髪入れずに部下が駆け込んでくる。
「お頭……仲間が捕まりました……」
「ヘマしやがったのか」
ダジルはさらに酒を進めた。
「それが、トルクの奴に……」
部下がそう言った瞬間、ダジルの歯が酒瓶の口の辺りを噛み割った。
「っ……!」
不機嫌そうなダジルを見て部下は怯えた表情を見せる。
ダジルは口に入ったガラスをバリバリと噛み砕いて嚥下した。
「カーゲイルの若造か」
「はい……」
「目障りだな……」
ダジルは唇の間から舌を伸ばした。
ガラス片を食したはずの口から伸びた舌は全くの無傷だった。
「あの若造……どうしてやるか……」
ダジルは邪悪に微笑んだ。




