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馬酔い猫

諸々修正。箇所が多いので詳細は割愛。

 巨大イカの襲来から数日の航海を経て、船は無事に港へとたどり着いた。


 別れを惜しむ船員達と言葉を交わし、オヴァンは船を降りた。


 オヴァンの後にハルナが続き、クローとミミルも続いて陸へ上がった。


 四組の足が港町の地面を踏みしめた。


 彼らにとっては久々の大地の感触だった。


「…………」


 ハルナは名残惜しそうに船を振り返った。


(結局オヴァンさんとの仲を深めることが出来ませんでした……)


 船の旅は陸上よりも暇を持て余すものだ。


 暇が有るということはそれだけ関心が異性に向かいやすくなるということでもある。


 そんな絶好の機会を為す術無く逃したことでハルナの心中はどんよりと曇っていた。


 イカを退治してからというもの、オヴァンは船乗り達の集まりに呼ばれることが多くなった。


 『年頃の女』を放って『むくつけき男達』が『狭い船室』で何をしていたのか。


 ハルナの疑念……被害妄想はさらに深まることになった。


 そんなこんなで、ハルナの顔色は少しおかしい。


 だが、そんなハルナよりもさらに尋常ではない顔色の人物が居た。


「うぅ……」


 言うまでもない。


 ミミル=ナーガミミィだった。


 ミミルはふらふらと身体をよろめかせ、見るからにオカゲンが悪そうだった。


「もう二度と船には乗らない……」


 ミミルは肺腑の奥底から怨霊のような声を絞り出した。


「そうか。頑張れ」


 近くに立っていたオヴァンが気のない慰めの言葉を発した。


「どこに行きましょうか?」


 ハルナがオヴァンに問いかけた。


「酒場に行ってみるか。何かオリジナルに関しての情報が手に入るかもしれない」


「わかりました」


 妥当だと思いハルナは頷いた。


「旦那」


 そこへクローが声をかけた。


「何だ?」


「旦那はオリジナルを探してるんですか?」


「ああ。言ってなかったか」


「さて……。聞いたような……聞かなかったような……」


 クローは曖昧な笑みを浮かべて言った。


「それでしたら、東の『トゥルゲル』に行くのが良いと思いやすぜ」


「トゥルゲル?」


「へぇ。山の上、『雲の上に有る国』で、『竜騎士の国』とも呼ばれていやす」


「りぅ……」


 突然、ミミルが珍妙な鳴き声を上げた。


 本人は竜騎士? 格好いいわねと言ったつもりだったが、周囲の人間には伝わらなかった。


「雨雲の上に国があるんでクロスも出ないって噂ですぜ」


「へぉ……」


 ミミルがまた鳴き声を上げたが、大した意味でもないので敢えて訳さない。


「聞いたことは有る。行きたいと思ったことは無いが」


「……それで、そのトゥルゲルに何が有るんだ?」


「毎年、ドラゴンを使った『ドラゴンレース』が開催されるんですが……」


「下らん」


 オヴァンの一刀がクローの言葉を断ち斬った。


 普段あまり怒らないオヴァンの声に微かな怒気がこもっていた。


「旦那?」


 クローは怒気の正体が掴めずに戸惑った様子を見せた。


「そんなものは下らんと言っている」


 オヴァンが再び言った。


 怒気を隠すつもりは無いようだった。


「レースは盛況という話ですがねぇ……」


「それで、その下らんレースが何だと言うんだ」


 オヴァンがクローを睨んでいた。


 クローは自分のペースを崩さずに話を続けた。


「へぇ。実は、レースの『優勝賞品』にオリジナルが出品されるという話で」


「賞品だと? 俺はそんな下らんレースに出るつもりはない」


「おかしなオヴァンさん、いったいどうしたと言うんですか?」


 いつもと異なるオヴァンの様子を見てハルナは思わず看板を挟んだ。


「別にどうもしない。俺は正常だ。パワーも強い」


 わけのわからないことを口走るオヴァンを見てハルナは首を傾げた。


「全然正常には見えませんが……あなたがレースに出たくないというのはわかりました」


「ですが、賞品が目的の物である可能性が有る以上、確認する必要が有ります」


 目的の物とは言うまでもなく解呪のオリジナルのことだ。 


 オヴァンが呪われていることを悟られないため、敢えて解呪のオリジナルという言葉は出さなかった。


「レースに優勝しなくとも、オリジナルに接触する機会をうかがえば良いのではないでしょうか」


「……わかった。とにかく、俺はレースには出ないからな」


「わかっていますよ。ちょっと変なオヴァンさん」


「別に変ではない」


「決まりですね。それじゃあ行きやしょうか」


 クローは小さな身体を東へと向けた。


 トゥルゲルが有る方角だった。


「クロー、お前も行くのか?」


「祭りとなれば、行商人の腕の見せ所でしょう?」


「そうか。好きにしろ」


 オヴァン、ハルナ、そしてクローは港町の東門に向かって歩き出した。


 と、オヴァンの達の後をヨロヨロとミミルがついてくる。


 ミミルの気配を感じたオヴァンは上半身と首の動きだけで背後を見た。


「あれは……俺達についてきているのか?」


 オヴァンは自身の疑問をハルナへと投げかけた。


「多分」


 ハルナは確証無く答えた。


「ふむ……?」


 オヴァンは振り返った。


 オヴァンが立ち止まったことに気付かなかったのか、やがてミミルの頭がオヴァンの胸に埋もれた。


「う……?」


 ミミルは真っ青な顔でオヴァンを見上げた。


 そこでようやくオヴァンにぶつかってしまったことに気付いたようだ。


「ごめんなさい……」


 ミミルの両耳がしょんぼりと垂れた。


「ミミル、大丈夫か?」


「うん……ありがと……」


「じゃあな」


「うん……」


 オヴァンはミミルから離れた。


 オヴァン達はしばらく歩いたが、ミミルはずっと一行の後ろをついてきた。


 試しに角を曲がったりしてみるが変わらない。


 ミミルはひたすらにオヴァン達の後を歩いてきていた。


「偶然道が同じというわけでは無さそうだ。何が目的だろうか?」


「ひょっとして……」


 ハルナは自身の推論を看板に綴った。


「寂しいのではないでしょうか?」


「寂しい?」


「はい。森から出てきて、知り合いの一人も居ないようですから」


「……強いオヴァンさんにはわからないかもしれませんが」


「いや。俺も一人は寂しいと思う方だ」


「そうなんですか?」


「ああ。一人旅をしていたのは事情が有るからで、それ以上の意味は無い」


「そういえば、前はパーティを組んでらしたんですよね」


 オクターヴ。


 大陸最強と言われる伝説のパーティ。


 オヴァンはそのパーティの中核を担う冒険者、英雄ブルメイだった。


 オヴァンがオクターヴを離れることになった詳しい経緯はハルナも知らなかった。


 ただ、呪いが関係しているのだということは推測出来た。


「事情が解決したら、またオクターヴに戻るんでしょうか?」


 ハルナは顔色をうかがうようにオヴァンを見た。


 今の自分達はオヴァンの呪いが治るまでの仮初のパーティにすぎないのか。


 ハルナは胸が締め付けられるように感じた。


「いや……」


 そんなハルナの不安をオヴァンは否定した。


「オクターヴはもう無い……。無くなってしまったんだ……」


 悲しそうな声だった。


 だというのに、ほっとしてしまう。


 ハルナはそんな自分を情けなく思った。


「無くなった?」


 平静を装ってハルナは書いた。


 オヴァンから見たハルナはずっと変わらない無表情のままだった。


「『仲間割れ』をしたのさ」


「そうだったんですか……」


 ハルナはそれ以上踏み込む気にはなれなかった。


 オヴァンは自分と一緒に居てくれる。


 それで十分だった。


 だから、話を戻すことにした。


「ミミルさんのことですが、パーティに誘ってあげてはどうでしょうか?」


 ハルナはそう提案した。


 正直に言えばオヴァンと二人パーティでなくなるのは好ましくない。


 だが、どうせクローも同行するのだから、二人っきりの旅にはならない。


 それならばミミルも誘った方が楽しい旅になるのではないかと思った。


「ふむ……」


 オヴァンは自分の顎をつまむとハルナとミミルを交互に見比べた。


「お前が面倒を見るんだぞ」


「ペットじゃないんですから……」


 オヴァンは再びミミルに近付いていった。


「ミミル」


「う~……?」


 ミミルは相変わらずの青い顔でオヴァンを見上げた。


「行くあてが無いのなら、俺達と一緒に来るか?」


「……良いの?」


「ああ。ただし、行き先や受ける依頼は俺が決める」


「うん……けど……一つだけ良い?」


「何だ?」


「酔い止めのリメイク……もう一回お願い……」


「む…………」


(……それが目当てで俺達についてきていたのか?)


 オヴァンは自分達が早合点してしまったのかと思ったが、誘いを取り消そうとはしなかった。


 ミミルのことは嫌いでは無かったし、彼女に対して危なっかしさも感じていた。


(……ハルナ)


 オヴァンはハルナに視線を送った。


(わかりました)


 ハルナは頷いて看板にフレイズを綴り始めた。


 ……。


 その三十秒後、ミミルはすこぶる元気になった。


 今までのことなど無かったかのように彼女は快活に話し始めた。


「それで、これからどうするの? そうだ。町を出る前に何か美味しいものを食べない?」


 ミミルは遠慮なく自身の意見を口にした。


 オヴァンはそういうタイプの人間は嫌いでは無かった。


 元来、冒険者というのは我が強いものだ。


 オヴァンの遍歴からすればミミルなど可愛らしい優等生にすぎなかった。


「止めておいた方が良いぞ」


 オヴァンはミミルに忠告をした。


「どうして?」


 理由がわからずにミミルは瞬きをした。


「これからトゥルゲル行きの猫車に乗る」


「猫車! 私、乗ったこと無いの! 楽しみ!」


 ミミルは屈託なくニコニコと笑った。


 それを見てオヴァンも微笑んだ。


 裏のない綺麗な笑顔……では無かった。


「そうか。だが、一つだけ言っておこう」


 少し意地の悪い微笑を浮かべながらオヴァンが言った。


「何?」


「猫車も酔うぞ」


「えっ?」


 今まで忙しなく動いていたミミルの体が石のように固まった。


「……薬を仕入れておきやしょうかね」


 クローがぽつりと呟いた。


 それからしばらくして……。


 ミミルはほんの少し猫が嫌いになった。



 ……。



 ミミルにとっての地獄の五日間が終わった。


 猫車は特に目立った事故もなく目的地にたどり着いた。


 ……うん。


 ほんの数回クロスに襲われたくらいだったね。


 平均よりは多いかもしれないけど、まあ、誤差の範囲だ。


 黒い血肉がほんの少し大地に流れたというだけの話だね。


 良いことだね。


 いや、良くないかな?


 それで、猫車がたどり着いたのはトゥルゲル行きの『ロープウェイ』乗り場だった。


 ……ああ、ロープウェイはわかるかな?


 そう?


 説明の手間が省けて我も助かるよ。


 君は文明レベルの高い世界から来たみたいだね。


 前の子は……。


 いや、これはどうでも良いか。


 話を戻すとしよう。


 そこには猫用の小屋、旅行客用の宿、そしてロープウェイなどが並んで設置されていた。


 利用者が多いのか、ロープウェイのレーンは何列にも渡って設置されていた。


 オヴァン達は猫車から降りたが、ミミルだけが降りてこなかった。


「ハルナ」


 オヴァンが促すとハルナが酔い止めのフレイズを使った。


 するとミミルがよろよろと猫車から降りてきた。


 ミミルの顔が陽光に照らされた。


「なんか……リメイクが……効かなくなってる……気がする……」


 酔い止めのフレイズを受けた割にはミミルの顔色は悪かった。


「同じフレイズを続けて受けると一時的にそのフレイズに対する抵抗力が上昇してしまうのですよ」


「この『抵抗力の上昇』を『タイアー』と言います」


 淡々と説明するハルナに対してミミルは顔を歪めて青ざめた。


「そんなぁ……」


「ちょうどロープウェイが来ているようだが、乗るか?」


 そう言ってオヴァンはロープウェイの方を指差した。


「隣に『羽猫乗り場』も有る。あっちの方が早く着くかもしれんがな」


「ロープウェイは世界でここにしか無いらしいですよ」


「世界に一つ……オリジナルのようだな」


「はい。このロープウェイはオリジンが作ったらしいですよ」


「そうか。それで、羽猫とロープウェイ、どっちにするんだ?」


 おっと……『羽猫』の話はしたっけな。


 羽猫とは、その名の通り『羽が生えた猫』のことだ。


 外界の言葉だとペガサスとか言うのかな?


 君の世界にはペガサスは居る?


 そう……。


 それで、当然だけど、羽が生えているのだから、羽猫は空を飛ぶことが出来るね。


 便利な子達だが、普通の猫よりも希少で高価なんだ。


 羽猫を置いているということは、そこの経営が上手くいっているということだね。


 速さは……ドラゴンほどでは無いけど、結構な速さで飛ぶよ。


 当然、ロープウェイよりも速い。


 気質が臆病だからあまり戦いには向かないけどね。


「ロープウェイに乗ってみたいけど……」


「けど……何だ?」


「……酔う?」


「ものっそい酔うぞ」


 オヴァンは意地の悪い笑みと共に言った。


「うぅ……」


「というのは嘘だが」


「えっ?」


 オヴァンのからかいに対してミミルは一々耳を動かして反応する。


 からかいがいの有る相手のようだった。


「船や猫車と比べると全く酔わない。ゆったりとした乗り物だと聞く」


「そうなんだ……」


 ミミルは安堵の溜息をつき、それから一拍置いて尋ねた。


「なんで嘘ついたの?」


「俺の趣味だが」


「……………………」


「それで、どうする? 乗るか?」


 オヴァンは首を回してロープウェイへ視線をやった。


「うん……」


 ミミルは歯切れ悪く頷く。


「けど……酔わないっていうのが嘘だったら……あなたを殺す……」


 ミミルはぎろりとオヴァンを睨んだ。


 本人は殺気的な何かを乗せたつもりだったが、オヴァンにとっては小鼠の眼光に過ぎなかった。


「お前には無理だ」


「いつか超えてやるんだから」


 ミミルの野望に対し、オヴァンは軽い笑みを絶やさずに答えた。


「そうか。楽しみにしておこう」


 旅袋の検査を受けた後、四人はロープウェイに乗り込んだ。


 最初ミミルはロープウェイに警戒心を抱いていたが、景色が良くなるにつれて機嫌が上向いていった。


「思ってたより揺れない」


「揺れないわ」


 何が楽しいのか、ミミルは同じ言葉を繰り返した。


「揺れませ~ん」


「そうだな。揺れないな」


「ねえ、ブルメイ」


「何だ?」


「大陸って広いのね」


「そうだな。広いな」


「ちゃんと聞いてる?」


「ああ。聞いているさ」


「ねえ、あれは何?」


「あれは……」


 ミミルとオヴァンは狭いロープウェイの中で幾つもの言葉を交わした。


 やがて、ゆったりとしたロープウェイの旅も終点を迎えた。


 トゥルゲルの有る山の頂上にたどり着く頃にはミミルの体調もすっかり良くなっていた。


 ミミルは上機嫌で真っ先にロープウェイから降りた。


「トゥルゲル、とうちゃ~く!」


 タッと両足でロープウェイ乗り場の敷石を踏む。


 それから視線を上げて乗り場の出口の方を見た。


 出口のすぐ向こうには大きな通りがあり、観光客用の店が立ち並んでいた。


 建物のデザインは地上の最先端の様式と比べるとやや古い。


 大陸を旅したオヴァンの目から見ると如何にも田舎風だが、祭りのおかげもあって町は良く賑わっていた。


 あまり居住に適した立地とは言えないが、外敵が少なく、産業のドラゴン輸出も有って生活水準は高い。


 出店も盛況で旅行者達がお祭り気分を満喫していた。


「わぁ……」


 ミミルが通りの光景に目を奪われていると、その体にスッと影がかかった。


 思わずミミルが空を見上げると『ドラゴン』が飛び去っていくのが見えた。


「見て! ブルメイ! ドラゴンが居た! ドラゴン!」


 ミミルは遠ざかっていくドラゴンを指差してはしゃいだ。


「オヴァンと呼べ」


 オヴァンは一転して不機嫌そうに言った。


「どうしたの? 楽しくないの? ドラゴンなのに」


「ドラゴンだと? ただの『空飛ぶトカゲ』だろう。何が珍しいんだ?」


「空飛ぶトカゲは珍しいと思うけど……」


「みっともない」


「みっともないって、ドラゴンが?」


「ドラゴン? いや。トカゲどものことだ」


「全く……何が気に入らないのかしら」


 ミミルは腰に手を当て前屈みになるとオヴァンを責めるような表情を作った。


「俺はただ、トカゲが嫌いなだけだ」


「困ったわね。それじゃあせっかくのお祭りが楽しめないじゃない」


「お前達だけで楽しめば良い」


「そんな陰気なオーラを出されたら、周りの私達だって楽しめなくなるわ」


「そんなこと……」


「おかしなオヴァンさん」


 今まで沈黙を保っていたハルナが看板に文字を書いた。


「今回はあなたが悪いと思います」


「嫌いな物が有るのは仕方のないことですが、少し大人げないのではないでしょうか」


「……悪かった」


 自分でも思うところがあったのか、オヴァンは謝罪した。


「後で何か美味しいものでも食べに行きましょう」


「……ああ」


「何してるの! 置いてくわよ!」


 少し目を離した隙に、ミミルは通りの出店の前に移動していた。


「船に乗っていた時の方が可愛げがあったな……」


 オヴァンの言葉は愚痴のようだったが、声音からは負の感情は感じられなかった。


 オヴァンはミミルを追って歩き出した。


 そのとき……。


「旦那」


 クローに呼び止められてオヴァンの脚は止まった。


「何だ?」


 オヴァンは振り返らずに尋ねた。


「あっしは『商売』が有りやすんで、失礼させていただきやす」


「好きにしろ」


 クローはオヴァンの前に立つと一礼し、人混みの中へ消えていった。


 彼がどこへ行くのか、オヴァンにはわからなかった。



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