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バースデイその1

テルのセリフで『クロス』が『ノイズ』になってしまっていたのを修正

 甲冑が地面を打った。


 鈍重な鉄の音が響く。


 腹部をクロスボウで射抜かれたエルフスレイヤーは仰向けに地面へと堕ちた。


「この……っ……!」


 テルは激昂を隠すこと無く駆けた。


 矢を放った男へと。


 テルのつま先が加減無く男の顎を蹴り上げた。


 男の仮面が外れて地面へと転がった。


 そうして今度こそ男の意識は断ち切られた。


 テルはカーマの手下達をぐるりと睨み、ハルナに声をかけた。


「ハルナ! 治療を頼む!」


「はい……!」


 ハルナはエルフスレイヤーに駆け寄るとフレイズを綴った。


 すぐにサークルが出現し、エルフスレイヤーの腹部の矢が抜け落ちる。


 致命傷ではない。


 すぐに傷は完治するはず……だった。


 ハルナはふと『地面に落ちた矢』へと視線を向けた。


「……!」


 地面に転がった矢を見てハルナの顔色が変わった。


 『矢の先端』からぶすぶすと『黒い煙』が上がっているのが見えたからだ。


 ハルナは短い風のフレイズでエルフスレイヤーの衣服を裂き、傷が有った場所を見た。


「大変です……!」


 ハルナがテルに看板を向けて書いた。


「どうした……!?」


 只事ではない様子にテルは慌てて駆け寄る。


 ハルナは次の言葉を継いだ。


「これは……『呪いの矢』です……」


「何だと……!?」


 テルは矢を見た。


 鏃が僅かに黒く濡れていた。


 鏃についた粘液はすぐに蒸発し、その痕跡を消失させた。


「バカな……!」


 テルの身中から隠しきれない殺気が巻き上がった。


 テルは体を震わせながら絞り出すように叫んだ。


「カーマ……! こいつらを連れてとっとと失せろ……!」


「今の俺は……お前達を焼き殺さずにいられる自信が無い……!」


「わっ、わかった!」


 初めて味わうインターバル7の殺意にカーマの四肢が震えた。


「お、おい! 起きろ!」


 カーマは慌てて周囲の部下達を揺り起こした。


 部下の半数が起きるとカーマは彼らに残りの部下を抱えさせた。


 そうしてノロノロと全力で部屋から逃げ出していった。


 それから一拍遅れ、オヴァン達もエルフスレイヤーの周囲に近付いてきた。


 テルはオヴァンが近付いてきたのを見ると口を開いた。


「あんたが……!」


 あんたが居ながら。


 テルは喉元まで湧き上がってきた言葉をぐっと飲み込んだ。


 それが八つ当たりでしかないことはテル本人にもわかっていた。


 戦っているオヴァンの代わりに自分たちが周囲を警戒するべきだった。


 そもそも、あらかじめフレイズで防御していればエルフスレイヤーが射られることは無かった。


 カーマ達を侮っていた。


 オヴァンを信じていた。


 オヴァンがインターバル8だったから。


 オクターヴだったから。


 それがテルの勝手な幻想だということはよくわかっていた。


(オヴァンがデッドコピーを倒さなかったら大勢が死んでいた……)


(感謝しなくてはいけないのに……)


(あんたが英雄ブルメイだったから……何かが始まったと思ったんだ……)


「呪いの矢って?」


 世間知らずのミミルが緊張感の無い声で尋ねた。


 テルはその声音に苛立ちながらも問いに答えることにした。


「黒い雨は……放っておくと煙と共に消滅する。だが、『ガラス瓶』等に入れて『密閉』しておくと『保存』することが出来る」


「クロスを倒すのには使えない。連中は元々呪われているからだ」


「こいつはただ人を破滅させるためだけの……忌まわしい毒だ……」


「エルフスレイヤーは……呪われてしまった……」


 テルの声音に涙の色が混じった。


 年齢相応の弱々しい声だった。


「彼女はどうなるの?」


 ミミルは問いを重ねた。


「わからない……。呪いの症状は人それぞれだから……」


「肌の色が……」


 そう書いたのはハルナだった。


 一同の視線がエルフスレイヤーの傷口へと向けられた。


 矢傷自体は既に塞がっていた。


 だが、傷が有った所を中心としてエルフスレイヤーの『肌色』に変化が見られた。


 じわじわとエルフスレイヤーの肌が『ドス黒い色』へと変色を始めていた。


「化物になる」


 オヴァンが呟いた。


「何だと……!?」


 テルが食ってかかるような視線をオヴァンに向けた。


「以前、これと『同じ症状』を見たことがある」


「『彼女』は……『理性のない化物』になってしまった……」


 オヴァンの言葉が少しだけ震えている事に気付いたのは室内でハルナ一人だった。


「そうか……」


 か細い声でそう言ったのはエルフスレイヤーだった。


「別に……そうなると決まったわけじゃないだろう……!?」


 テルが否定の声を放った。


「いや……」


 鉄兜の奥からテルを諌めるような声が漏れた。


「わかるよ……。私の体の中から、『邪悪なもの』が広がっていくのがわかる」


「私は……」


「きっと……邪悪なものになるんだと思う」


「そんな……!」


 テルはおろおろと周囲を見回した。


 そしてその目に行商人の姿を捉えた。


「あんた……何か無いのか? 薬とか……」


「申し訳ありやせん」


 クローは頭を下げた。


 オヴァンはようやく見たがっていた『クローの底』を見ることが出来た。


 だが、それを嬉しいとは思わなかった。


「っ……エルフを殺してきた私が……エルフと同じ忌まわしい化物になるとは……」


 痛みが有るのか。


 エルフスレイヤーは苦しそうに言葉を紡ぐ。


「皮肉なものだな……」


 苦笑するような吐息。


「テル……頼みが有る……」


「頼み……?」


「私を……殺して欲しい……」


「馬鹿を言うな……!」


「私がエルフのような化物になる前に……私を殺してくれ……」


「そんなの出来るわけ無いじゃないか……!」


「この世でたった一人の『家族』なんだぞ……?」


「姉さん……!」



 ……。


 時を少し遡る。


 エルフスレイヤーことリーン=バースと弟のテラー=バースはマーノウチという村で生を受けた。


 間違っても裕福とは言えない小さな村だった。


 二人は喧嘩もすれば一緒に遊んだりもする、少し仲の良い姉弟だった。


 リーンには『年の離れた姉』が居た。


 名前はルイン=バース。


 背が高く美人で、何をやってもリーンより上手くやる。


 年が上なのだから凄いのは当たり前とも言えたが、とにかくリーンは姉を尊敬していた。


 ある日、リーンは蟻を踏み潰して遊んでいた。


 年を取ってから考えると何が面白いのかわからない。


 だが、子供だったリーンにはそれが妙に楽しいことのように思えたのだった。


「どーん!」


 掛け声と共にリーンの足が振り下ろされる。


「こら、止めなさい」


 リーンが無邪気な笑みを浮かべながら蟻を殺しているとルインがそれを咎めた。


「虫だって生きているの。生命を粗末にしてはいけないわ」


 尊敬する姉にそう言われてみるとリーンも悪いことをしていたような気になってしまう。


「うん……」


 その日からリーンは生き物を殺すことを止めた。


 ……。


 それから四年が経った。


 リーンは村の東にある森の中に居た。


 一人ではない。


 村の大人達と一緒に歩いている。


 姉のルインも一緒だった。


 テルの姿は無い。


 まだ若いからという理由で家に残されていた。


 森に入ったのは『狩り』をするためだ。


 こんなに遠出するのは初めてでリーンはわくわくしていた。


 お祭りのようだと思っていた。


 ……姉が兎の一頭を射殺すまでは。


 木々の間を抜けて現れた兎をリーンは可愛いと思った。


 そして手招きしようと思った次の瞬間、ルインが矢を放っていた。


 ルインは何でも出来る。


 少なくともリーンが知る限りはそうだった。


 彼女は弓矢の扱いも達者だった。


 矢は兎の首に突き刺さり、兎は倒れた。


 兎の体毛がじわじわと鮮血に染まった。


 兎の死にショックを受けたリーンは姉の顔を見た。


「どう? 上手いでしょう」


 ルインは誇らしげに弓の腕を誇った。


 生命を奪ったのにどうして微笑んでいるのか。


 生命を大切にしろと言ったのは他ならぬ彼女自身なのに。


 リーンの心がぐるぐるとかき回された。


 それだけなら若き少女の通過儀礼でしかなかったのかもしれない。


 だが、その日の狩りはそれで終わりではなかった。


「エルフだ……!」


 村の大人の一人が叫んだ。




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