迷宮殺し
テル達に遅れること少し、カーマの部下達も部屋に入ってきた。
「な……!?」
カーマの部下の一人が呻いた。
カーマの部下達は皆一様に、驚きと共にその脚を止めた。
部屋の奥に倒れている山羊は体長8ダカールは有った。
人型に近かった牛頭の巨人と比べると頭の高さはやや低い。
だが、その巨体は牛頭の巨人を凌駕する威圧感を持っていた。
来訪者達が正気でいられるのはそれが既に死体と化しているからに過ぎない。
もし化物が生きて男達と出会っていれば、先の戦いを超える惨劇が生み出されていたに違いない。
男達が山羊の遺骸に見入っていると、それはやがて黒い粘液へと姿を変えた。
透明度の低いどろどろとした粘液は沸騰したかのように煙を上げ消えていった。
やがて化物の姿は跡形もなく消滅した。
山羊の居た所には『銀の鎖の輪』で繋がれた『四つの紅い宝石』が残された。
あれが『オリジナル』に違いあるまい。
ハルナはそう考えた。
山羊の化物が消えてもハルナ、ミミル、カーマの三人は中々動き出すことが出来なかった。
それぞれ思うことは違えど、眼前の光景がショックだったことには違いが無かった。
一団の中で一足早く立ち直った者が居た。
「…………」
前へ一歩足を踏み出したのはテルだった。
テルはしっかりとした足取りでオヴァンの前へと歩いていった。
オヴァンとの距離を50セダカにまで縮めるとテルは口を開いた。
「どうやってここに? ほとんど『一本道』だったはずだが」
「上だ」
オヴァンは鉄塊を持っていない方の手で『天井』を指し示してみせた。
テルは天井を見上げた。
すると、そこに2ダカール四方ほどの『穴』が開いているのが見えた。
穴の形状は歪で、力技でこじ開けられたことが推測出来た。
「遺跡の床をぶち抜いたのか? 凄いことをするな……」
テルは呆れて言った。
「デッドコピーが産まれるということは、『黒い雨』が流れ込んでいるということだ」
「『雨漏り』する程度の床、どうということはない。デッドコピーも外に出る時は遺跡を破壊していく」
そう言うとオヴァンは天井を見上げた。
そして穴の向こうへと声をかけた。
「もう良いぞ。降りてこい」
「……他に誰か居るのか?」
テルの疑問に答えるかのように天井の穴からロープが垂れ下げられた。
テルが様子を窺っているとロープを伝って二人の人物が降りてきた。
一人目は行商人風の小男、クローだった。
「旦那、流石ですね」
何が楽しいのか微笑を浮かべている。
そして、もう一人は……。
「エルフスレイヤー!?」
テルは驚きの声を上げた。
「ああ、テル」
テルの声に気付いたエルフスレイヤーが彼に顔を向けた。
「悪いな。オヴァンが獲物を横取りしてしまったようだ」
「いや……。俺は構わない」
もし戦っていても勝てたかどうかはわからなかった。
「そうか。それにしてもオヴァンは凄いな。あれはそこそこ強い化物なのだろう?」
「そこそこなんてもんじゃないよ!? バカなの!?」
エルフスレイヤーの無知に対し、テルは怒りと驚きを一対一でカクテルしたような声を上げた。
「バーカ! エルフスレイヤーのバーカ!」
そして急に子供のような振る舞いになりエルフスレイヤーを罵り始めた。
「何あれ?」
「さあ?」
ハルナとミミルが顔を見合わせた。
テルの振る舞いのおかげで今まで張り詰めていた空気が霧散したようだった。
それでようやくハルナ達もオヴァンに近付いてきた。
「オヴァンさん……」
ハルナとオヴァンの目が合った。
「獲物を横取りしてしまった。すまん」
「いえ。早い者勝ちですから」
ハルナはうっすらと微笑んだ。
オヴァンもそれに笑みで返した。
柔らかな空気を醸し出す二人を尻目にテルの罵倒は未だ続いていた。
テルが何を言っても『ノレンに腕押し』。
……ああ、『ノレン』というのは外界にあると言われる物体だね。
愚神は見たことは無いけれど、どんな力持ちが押してもビクともしないらしいよ。
とても重い物なんだろうね。
つまりノレンに腕押しとは、どっしりと構えて動かない様を表す外界語だ。
エルフスレイヤーはノレンのようにマイペースな空気を崩さなかった。
「テル、お前の言うことはわからん。エルフで喩えてくれ」
「…………」
間の抜けたエルフスレイヤーの言葉にテルは頭を抱えた。
「けど……どうして?」
テルが問うた。
「何がだ?」
「どうしてあんたが、エルフ退治以外の依頼を……」
「エルフ退治のための資金稼ぎをしようと思っただけだが?」
エルフスレイヤーはもっともらしいことを言った。
彼女自身にもその本心を掴めているのかどうかは定かでは無い。
「けど、今までだったらそんなこと……」
テルははっとしたようにオヴァンを見た。
「まさか……」
「何だ?」
「いや……何でもないよ」
テルは俯いた。
「何だって……変わっていくんだよね」
そういうテルの声音は寂しそうであり、同時に嬉しそうでもあった。
「んん……?」
エルフスレイヤーは首を傾げた。
「さて、『戦利品』を頂くとするか」
テル達が大人しくなったのを見るとオヴァンは動き始めた。
オヴァンはハルナから離れると地面に落ちていたオリジナルに手を伸ばした。
オリジナルは四つの大きなノート石に穴を開け、一本の鎖の輪で繋げた物だった。
オヴァンが鎖を無造作にまとめるとじゃらじゃらと金属質の音が鳴った。
つい先程まで凶暴な化物に変化していた魔導器だが、既に危険は失われている。
デッドコピーが死ぬと黒い雨の呪いは消え、『元のオリジナル』に戻るのだ。
オヴァンは片手に鉄塊、片手にオリジナルを持つと再びハルナに近付いていった。
「ねえ」
オヴァンが何か言うより先、ハルナの隣に居るミミルが口を開いた。
「どういうこと? デッドコピーっていうのはとんでもない化物じゃ無かったの?」
「……あなた一人でデッドコピーを倒したっていうの?」
聞いていた話とあまりにも様子が違うのでミミルは狐に抓まれたような様子だった。
「簡単なことだ」
オヴァンの代わりにテルが口を開いた。
「ソロでデッドコピーを狩れる可能性の有る人間はこの世に六人しか存在しない」
「六人?」
「『インターバル8』。最高位の等級を持った冒険者だ」
「インターバル8……彼がそうだって言うの?」
「彼の名は『ブルメイ』」
テルが口にした名前にミミルは聞き覚えが有った。
ミミルがそれを思い出すより早くテルが次の言葉を繋いだ。
「伝説のパーティ、『オクターヴ』の一員。そして……」
「『デッドコピースレイヤー』とも言われた男だ」
テルを見ていたミミルの顔がばっとオヴァンへと向けられた。
「あなたが……伝説のパーティ……!?」
「そう言われることも有る」
「そんな……!」
ミミルの脳裏に先日の酒場での光景が浮かび上がった。
「あの時は失礼なことを言ってごめんなさい……」
ミミルはしょんぼりと耳を垂らすと頭を下げた。
「俺がそうなるように仕向けたんだ。怒ってはいない」
「……どうして『オヴァン』なんて名乗っているの? あなたは『ブルメイ』なのでしょう?」
「この名前は『前世』の……」
言いかけてオヴァンは口を噤んだ。
「前世?」
聞き慣れない言葉にミミルが食いつく。
「いや……。好きなんだ。オヴァンという名前が」
オヴァンは前世での名前でブルメイは今生の親から貰った名前。
それを説明するにはオヴァンが『転生者』であることから語らなくてはならない。
説明を面倒に思ったのか、オヴァンは適当に言葉を濁した。
「そう……。変わってるわね」
ミミルは亡き母から貰った名前が好きだった。
わざわざ本名とは別の名を用いようとするオヴァンの感性は理解出来なかった。
「けど、ややこしいから、ちゃんとブルメイって名乗った方が良いと思うわ」
「そうか」
「そうよ」
「ならば、次からはオヴァン=ブルメイ=クルワッセと名乗ることにしよう」
「オヴァンは外せないんだ……」
ミミルは呆れたような声を出した。
「当然だ」
オヴァンの返答は力強い。
「けど……ブルメイがデッドコピーを倒したから……」
ミミルはオヴァンの手中に有るオリジナルを見た。
「この依頼を達成したのはブルメイってことになるのね」
「……途中まで頑張ったから、残念だわ」
ミミルは肩を落とすかのように長い耳を垂らした。
「デッドコピーと相対していたら生きていられたか分からない。命が有るだけでも儲けものだと思え」
テルは厳しい口調でそう言った。
ミミルは耳を上げるとオヴァンをビッと指差して言った。
「ブルメイ! この次は負けないから!」
「そうか」
オヴァンは口元を緩めながら言った。
馬鹿にされていると思ったのか、ミミルはオヴァンとの距離を詰めた。
「あっ! 無理だと思ってるでしょう!」
「そんなことはない」
そう言いながらオヴァンは笑みを絶やさない。
「嘘つき! 笑ってるじゃない!」
「頼もしいなと思っていたんだ」
「そう?」
「ああ」
「それなら良いけど……」
なんとなく気が済んだのか、ミミルの体から力が抜けた。
その時……。
「おい! いつまでもグダグダ言ってんじゃねえ!」
カーマがオヴァン達に苛立ちのこもった怒声を浴びせた。
カーマの怒りの篭った視線がオヴァンへと向けられていた。
彼がデッドコピーを斃したからだ。
オヴァンはカーマに視線を返した。
等級で言えばオヴァンの方が遥かに上だが、カーマは物怖じした様子を見せない。
……少なくとも表面上は。
カーマは眼光を緩めることなくオヴァンとの距離を詰めていった。
体が触れるほどの距離に立つとカーマは自分の顔をオヴァンの顔へ近づけていった。
やはり彼らのような人種にとって顔を近づけるという行為は欠かせない儀式らしい。
……やはりゲイなのでは?
二人の仮面が触れ合った。
「てめぇは俺様の獲物を奪った。それがどういうことかわかってんだろうなぁ?」
「さてな」
「ヤロウ……!」
カーマはオヴァンの胸ぐらを掴んだ。
「よせ!」
テルは二人の間に割って入ろうとした。
「うるせぇ!」
「ぐうっ……!」
カーマの肘がテルの鼻を打った。
体重の軽いテルは重心を崩すと地面に尻餅をついた。
座り込んだ姿勢になったテルの鼻から血液がぽたぽたと流れた。
カーマはインターバル5だ。
腐っても凡人では無い。
その一撃は軽くは無かった。
近くに居たハルナにはテルの鼻骨が曲がっているのが見えた。
「テル……!」
エルフスレイヤーがテルに駆け寄った。
彼女が伸ばした手をテルは鬱陶しそうに払った。
カーマはオヴァンから手を離すとテルを見下ろした。
テルに手痛い一撃を加えられたことが気持ちよかったらしい。
カーマの口端が吊り上がっていた。
「ちょっとインターバルが上だからって調子に乗ってんじゃねえぞ」
カーマの嘲りを受けてテルの瞳が濁った。
かつて『等級をひけらかしていた』のは『カーマの方』だった。
以前のカーマは自分より等級が低いテルやエルフスレイヤーを見下していた。
自分の都合で意見をころころと変える軽薄な男。
それがテルのカーマに対する評価だった。
「クズが」
テルは口内に流れ込んだ血を吐き捨てた。
たとえ尻もちをついても見下しているのはテルの方だった。
テルの侮蔑の視線がカーマの琴線に触れた。
「殺せええええええええええッ!」
室内にカーマの怒声が鳴り響いた。
常人であれば容易く気圧されるレベルの怒気がこめられた声。
だが、オヴァン達は百戦錬磨。
いまさら人間の声に物怖じするようなことは無かった。
一行の中で唯一ミミルだけが身を竦めていた。
カーマの怒声を受けて彼の部下達が動き出した。
「ひえっ……!」
悲鳴を上げたのは行商人のクローだった。
カーマの部下二十人がオヴァン達を取り囲もうと動く。
だが、先手を取ったのはカーマ達では無かった。
戦闘開始の予兆を見てオヴァンは先んじて動いていた。
オヴァンは疾風のように前に飛び出し、敵が固まっている地点に金棒を叩きつけた。
手加減されていると言われても打たれた側は信じなかっただろう。
それほどまでに重い一撃がカーマの部下を襲った。
「うわぁっ!」
金属の衝撃が二人を吹き飛ばし、さらにその背後に居た四人を巻き込んだ。
重量の有る一撃が一気に六人を転倒させていた。
オヴァンはさらに左へステップし、続く一撃を放った。
たった一払いで四人がなぎ倒される。
「凄い……!」
ミミルが驚嘆の声を上げた。
たった二撃でカーマ一行の半数が打倒されていた。
ミミルは武器を構えることも忘れてオヴァンの動きに見入った。
自身の鼓動が高鳴っていることに彼女は気付かなかった。
彼は圧勝するだろう。
ミミルはそう確信した。
「……ッ!」
オヴァンは短く呻いた。
その声は周囲の雑音にかき消され、誰にも届くことは無かった。
周囲がオヴァンの勝利を信じる中、オヴァンは『自身の敗北』を予感した。
オヴァンの目が仮面の奥で見開かれていた。
オヴァンの視線の先に紅いリメイクサークルが有った。
敵パーティの後衛が攻性フレイズを完成させていた。
オヴァンの体質を考慮すると真っ先にリメイカーから仕留めなくてはならなかった。
だが、カーマのパーティは全員が似たような格好をしている。
また、フレイズは口を隠して小声で詠唱すれば相手に気付かれにくい。
オヴァンはリメイカーの有無を判別することが出来なかった。
唯一テルは詠唱に気付いていたが、威力の低さを看破して黙殺していた。
リメイカーがオヴァンを狙っていることはその視線から明らかだった。
『大陸最強の冒険者』が『この程度のフレイズ』でどうにかなるわけが無い。
自分が手助けをする必要も無い。
それがテルの判断だった。
空中に炎の矢が形成され、オヴァンに向かって放たれた。
オヴァンは大きくステップして矢の進路から逃れようとした。
だが、直進していたはずの矢はオヴァンへと向けその軌道を変えた。
矢には威力の低さと引き換えに追尾性能が付与されていた。
(跳躍して回避するか……)
オヴァンの脚に一瞬力が篭った。
(いや……)
今のオヴァンにとってはほんの少しの余波でも致命傷になる。
(無理だな)
オヴァン目が疲れに濁った。
脚から力が抜けた。
(『仕事』は終わった……)
(もう……そっちに行っても良いか?)
オヴァンは心中で『ここには居ない誰か』に語りかけた。
「オヴァン!」
エルフスレイヤーが叫んだ。
オヴァンの頭部が爆炎に焼かれた……ように見えた。
「……?」
爆炎が晴れた時、オヴァンは『無傷』のままそこに立っていた。
「これは……?」
オヴァンは不思議そうに自分の体を見た。
オヴァン本人は気付いていなかったが、彼の『仮面』には『紅い紋様』が浮かび上がっていた。
「フレイズをかけておきました」
ハルナが書いた。
「あと『二回』ほどですが、中級レベルまでの攻性フレイズを『無効化』出来ます」
「二回か……」
オヴァンは自身の四肢に力が漲るのを感じた。
「十分だ」
微笑と共にオヴァンは跳んだ。
その高い跳躍に敵パーティはオヴァンの姿を見失う。
驚きによって敵リメイカーの詠唱が中断された。
オヴァンは着地と同時に敵リメイカーへと金棒をふるった。
敵の体が軽々と宙へ浮かぶ。
吹き飛ばされたリメイカーに衝突し、さらに二人が同時に倒された。
「私達の出る幕は無さそうだな」
一応は剣の柄に手をかけながらエルフスレイヤー言った。
「そうだな」
テルはエルフスレイヤーの言葉に同意した。
「ハルナ、鼻を治してくれるか?」
「わかりました」
そう言っている間にもオヴァンは次々と敵を倒していく。
カーマ一行は次々に数を減らし、ついには立っているのはカーマ一人になった。
オヴァンは最後に残ったカーマにじりじりと近付いていった。
「っ……!」
オヴァンはカーマの前に立つとこれみよがしに金棒を素振りした。
「おかげで死ぬ所だった」
「な、何言ってやがる! この化物が……!」
カーマはオヴァンの弱点を知らない。
オヴァンのこの物言いも悪意から放たれたものにしか聞こえなかった。
「そんなことはない。危ういところだった」
「や……止めてくれ……! 殺さないでくれ……!」
オヴァンは自分に腹を立てている。
そう思ったカーマは冷や汗を流してオヴァンに頭を下げた。
一方、オヴァンにはカーマが考えているほどの怒りは無い。
きちんとけじめをつけられればそれで良いと思っていた。
「良いだろう。だが、お前がしたことは告発させてもらう」
冒険者同士というのはいざこざが絶えないものだ。
とは言っても、公然と『同業者殺し』が認められているわけでは無い。
あらくれの世界でも罪は罪。
カーマは部下達に殺人を命じた。
インターバル8であるオヴァンが告発すればカーマは間違いなく裁かれるはずだった。
「そんなことされたら……商売が出来なくなっちまう……死ぬのと同じだ……」
「人の命を狙っておいて、虫のいい話だな」
「それとも、ここで死ぬか?」
オヴァンは金棒を振り上げてカーマを威嚇してみせた。
「わ……わかった……!」
カーマはがくりと項垂れた。
周囲に安堵の雰囲気が広まっていく。
全ては終わった……かのように思われた。
完全な圧勝ムードで皆が油断していた。
だから……誰もそれに気付かなかった。
偶然それを視界に入れたエルフスレイヤーを除いては……。
オヴァンに倒された男の一人がひっそりと『クロスボウ』を構えていた。
男は深い考えがあって動いたわけでは無かった。
痛み、怒り、恐怖。
原始的な感覚が男の体を突き動かしていた。
思慮が無いが故に、その鏃が『彼』に向けられたのもほんの偶然だった。
「テル!」
エルフスレイヤーが駆けた。
それに呼応するかのようにクロスボウの矢が放たれた。
肉を穿つ音がした。
『矢』は『エルフスレイヤーの腹部』を刺し貫いていた。




