おおっと!
出発から五日後の昼、テル達は『遺跡の周辺』にまで辿り着いた。
この世界において『遺跡』とは、『オリジン=アルエクスが残した迷宮』のことを言う。
オリジンは世界中に迷宮を作るとその最奥に自らが作った『オリジナルを封印』した。
……と言われているが、オリジンの死後に『彼の助手』が迷宮を作ったという説も有る。
え? 本当はどっちかって?
ナイショだ。
何にせよ、『発掘が終わっていない遺跡の奥』には『オリジナル』が有るのが普通だ。
この島に有る『アクロイド遺跡』も例外では無い。
アクロイド遺跡の入り口は『森の中』に有った。
木々に囲まれた場所に『地下への階段』が有り、それが『地下迷宮』へとつながっている。
テル達が猫で乗り入れた時、階段周辺の木々には大量の猫が繋がれていた。
テルが辺りを見回すと一人の男が『猫の世話』をしているのが見えた。
テルは猫に乗ったまま男の方に近付いていった。
「デモンスレイヤーさん」
男はテルに気がつくと口を開いた。
男とテルは特に知り合いでは無かった。
お互いに顔を見たことが有るという程度の関係だった。
男のテルに対する物腰には強者に対する媚が感じられた。
「『デッドコピー』は遺跡の中か?」
「多分、そうですね」
「カーマは?」
「朝に潜り始めたところですね」
「そうか……」
「デッドコピーってヤバい奴なんですよね?」
「ああ」
「大丈夫ですかね。カーマさん達……」
「間違いなく負けるだろうな。何人死ぬかは俺にもわからない」
「その……お願いします」
「どうかな。俺はあいつに嫌われてるからな」
「そうですね……」
男が薄く苦笑した。
「デモンスレイヤーさん、若いから……」
「若いと何だ?」
「いえ……」
男は敢えて説明することもなく話を打ち切った。
話が終わるとテル達はカーマ達の猫から少し離れた所に自分たちの猫を繋いだ。
猫を繋ぎ終わるとテルはハルナとミミルの中間を向いた。
「今から遺跡に入る」
「はい」
「悪いが、俺も遺跡に潜った経験は少ない」
「そうなの?」
ミミルが意外そうに尋ねた。
「ああ。俺の得意は炎や爆発のフレイズで、『狭い所とは相性が悪い』からな」
「遺跡じゃあ俺の力を100%発揮出来ない」
「俺が過去にデッドコピー級と戦ったのも広い平原が主だった」
「脅すわけじゃないが、あまりアテにするなよ」
「ええ」
「わかりました」
「それと、遺跡には『トラップ』が有る。遺跡を遺した者が仕掛けたトラップだ」
「カーマが先に行った以上、ほとんどのトラップは『解除』されているとは思うが……」
「念のため、十分に注意してくれ」
「はい」
「了解」
テルは旅袋に手を入れると仮面を被った。
二人もそれに倣った。
「ねえ」
仮面の装着が終わるとミミルが口を開いた。
「何だ?」
「『デッドコピー』っていうのは物凄く『危険』なものなのよね?」
「ああ。俺でも勝てるかどうかは怪しい」
「そう……。それなのに……」
「なんだか、皆『のんき』よね。どうしてかしら?」
ミミルは首を少し傾けると頬に人差し指を当てた。
「カーマ達のことなら、デッドコピーの恐ろしさがわかっていないんだろう」
「人間、言葉で聞いただけでは中々実感が湧かないものだからな」
「ええ。だけど……」
「あなたもそうよね?」
ミミルは真っ直ぐにテルの瞳を見た。
ミミルの方が背が高いので見下ろす形になる。
「理由が知りたいか?」
「ええ」
「じきに分かる」
テルは遺跡の入り口へと足を向けた。
ハルナとミミルも後に続く。
三人は『石造りの階段』を降りていった。
ハルナの鼓膜に三足の靴底が石を打つ音が聞こえる。
『階段の先』には『狭い通路』が有った。
通路の幅は100セダカほどで二人並ぶには少し狭い。
地下通路だが天井のテンプレートに照らされて中は明るかった。
三人はテルを先頭に一直線になって進んだ。
細長い通路を一分ほどまっすぐ歩いた時……。
「待って!」
突然、ミミルがテルを呼び止めた。
「何だ?」
テルが立ち止まり振り返った。
「そこ……『細い糸』が張ってあるわ」
ミミルがテルのやや前方の床を指差した。
ミミルの指摘を受けてテルはかがみ込んだ。
「これは……」
テルの目には確かに床の上に細い糸が張られているのが見えた。
糸は木綿のような植物性のものではなく、金属を素材にしているようだった。
植物性の糸よりも鋭く硬い。
糸を見つけたテルは短くフレイズを唱えた。
するとテルの手元から鋭い風の刃が出て糸を両断した。
「罠が残っていたのでしょうか」
ハルナが書いた。
「いや……。ここをカーマ達が通ったはずだ」
「連中がこんなトラップを見落としているわけが無い」
「カーマ達が後から来る冒険者のために仕掛けたトラップだろうな」
テルの言葉を聞いてミミルは眉をひそめた。
「陰険ね。そんな奴らを助ける必要が有るのかしら?」
「……俺も大分やる気が無くなったところだ」
テルは立ち上がった。
「だが、あいつらが死ぬと猫を町に返す奴が居なくなる」
「うんざりするが、一応は行くとしよう」
「そうね。猫さんには罪は無いもの」
「ミミル、お前は目が良いみたいだな」
「そうかしら? 耳は良いかもしれないけど……」
そう言ってミミルは長い耳を動かしてみせた。
「お前は俺よりも早く糸に気づいた」
「俺は『トラップに関しては素人』だ」
「何か『異常』だと思ったら迷わずに言ってくれ」
「ええ」
「良し。行こう」
三人はそれまでより慎重に歩を進めていった。
角を右に曲がると通路の幅は2ダカールほどになった。
歩きやすくなったのでミミルはテルの隣に並んだ。
ミミルが前に出たのでハルナは二人の後ろについていく形になった。
三人は角を曲がったり階段を降りたりして先へ先へと進んでいく。
途中仕掛けられた『罠』にうんざりしつつも三人は奥へ進み続けた。
そして……。
「あっ! 居た!」
階段を三つほど降りたところで通路に人が屯しているのが見えた。
見覚えの有る姿が視界に入ったことでミミルは反射的に声をあげていた。
町に居た時と違い、カーマ達は全員が『ハイエナの仮面』を付けていた。
顔はわからなくてもその体格でカーマの存在は一目瞭然だった。
カーマはミミルの声に反応して振り返った。
「デモンスレイヤー……」
振り返ったカーマは苦々しげにテルの別名を口にした。
カーマは一団から離れるとテルに向かって歩いてきた。
「何をしに来やがった?」
カーマは声音に怒気をこめて言った。
誰が見ても歓迎の意が無いのは明らかだった。
「お前達にデッドコピーを倒すのは無理だ。引き返せ」
無遠慮なカーマに対してテルも遠慮なく言った。
「そうやってビビらせて手柄を『独り占め』する気か?」
「そうじゃない。はぁ……」
テルは頭を押さえながら溜息を付いた。
「どうするの? この人、全然聞きそうにないけど」
「カーマ、俺達も同行させてもらう」
「やなこった」
「大方、俺達の横から獲物をかっさらおうってんだろ」
「そんなつもりはない。『危険』だと言ってるんだ。どうしてわからない……」
「信用出来ねえな。商売仇の言うことなんて」
「困ったな……」
「ねえ、もう帰りましょうよ」
「一理有るが……」
その時、爆音が響いた。
「ひゃっ!」
ミミルが短い悲鳴を上げた。
『地響き』が起こり、全員の体が揺れた。
「何だぁ……!?」
カーマは通路の奥を睨みつけた。
少なくとも彼らが居る通路には明らかな異常は見当たらなかった。
「『デッドコピー』の仕業でしょうか?」
「近くに化物が居るの……?」
無表情なハルナに対し、ミミルは不安そうに身を竦めた。
「チィ……。獲物はもうすぐだってのに、あいつら何を手間取ってやがる」
カーマは苛立たしげに通路に散らばる部下達を睨んだ。
「あいつら?」
テルが尋ねた。
「ウチの『レンジャー』どもだ。トラップ一つ見つけるのに一々時間をかけやがって」
「あの……」
その時、ハルナがテル達の前に出た。
「私がなんとかしましょうか?」
「出来るのか?」
カーマが少し驚いた風に聞いた。
「恐らくは……」
ハルナは歩を進めた。
カーマの仲間たちの隣を通って奥へと進んでいく。
テルとミミル、それにカーマもその後に続いた。
やがてハルナは一団の先頭に出た。
ハルナは地面に屈み込むとテンプレートを用いて床面にフレイズを綴り始めた。
ハルナの腕が高速で動き回る。
「何だこいつは?」
カーマがテルに尋ねた。
「彼女は声ではなく文字でフレイズを完成させるらしい」
「変わった奴だな」
「そうだな。だが……速い……」
(『速さ』は『俺より上』……いや、『大陸でも一番』かもしれない)
ハルナは長大なフレイズをほんの数秒で完成させた。
リメイクサークルがハルナの周囲に広がっていく。
「…………」
フレイズが成立してから数秒、ハルナはじっと目を閉じた。
そしてぱっと目蓋を開いた。
ハルナの視線が通路内をきょろきょろと動いた。
「見つけました。今から破壊します」
ハルナは再び床面にテンプレートを伸ばした。
新たなフレイズが綴られる。
ハルナはそのフレイズを一秒足らずで完成させた。
フレイズが完成した次の瞬間、壁や床、通路の何箇所かに紅いサークルが出現した。
一瞬後、サークルから小規模な爆炎が上がった。
爆炎が収まるとハルナは立ち上がった。
そして皆の方を振り向いた。
「終わりました」
「本当だろうな? 罠にかけようってんじゃ……」
カーマが疑わしそうな目でハルナを見た。
「…………」
ハルナは通路の奥へと足を踏み出した。
そして奥に見える扉の前まで歩いてみせると少しルートを変えて元の場所に戻ってきた。
「どうでしょうか?」
「よし……」
カーマが頷いた。
「行くぞ野郎ども!」
「ウッス!」
カーマは先頭を切って通路を進んだ。
その後を大勢の部下達が続く。
カーマは『奥の扉』を押すとその先へ抜けていった。
通路にはハルナ達三人が残された。
「凄いじゃない。ハルナ」
ミミルは含みのない笑顔でハルナを褒め称えた。
純真な好意が面映ゆく、ハルナは俯いた。
「ハルナは……『探知系』のフレイズが得意なのか?」
テルが口を開いた。
「いえ。前にも言いましたが、得意不得意は有りません」
「本当になんでも使えるんだな」
「まあ、知っているものだけですが」
「なるほど……『あの人』が気にかけるわけだ」
「あの人って、オヴァンのこと?」
「ああ。彼は……」
テルが何かを言おうとしたその時……。
「うわあああああっ!」
カーマ達が消えた扉の向こうから『悲鳴』が聞こえてきた。
一人二人の悲鳴では無い。
誰の耳にも只事ではないことは明らかだった。
「な、何!?」
緊張したミミルが弓をぎゅっと掴んだ。
「どうやら出くわしたらしい。行くぞ!」
「はい!」
テルの号令にハルナが威勢よく答えた。
看板にでかでかと大きな文字で書いたんだ。
テルを先頭に通路を進み、三人は扉を抜けた。
扉の先は一辺15ダカールほどの『広々とした部屋』だった。
部屋に入ったハルナは室内を駆け惑うカーマ一行の姿を認めた。
何が起きたのか。
ハルナはすぐに『部屋の中央』に位置する『巨影』に気付いた。
……『人ではないモノ』が居る。
(あれは……)
そこに居たのは『身長4ダカール』は有る『牛頭の巨人』だった。
その威容にミミルは目を見開いた。
「これが……デッドコピー……!?」




