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スカーレットアモ

 テル達が『謎の襲撃者』を退けた夜、オヴァンは少し遅れた地点にテントを設営していた。


 草木の少ない開けた平地で周囲が容易く見渡せる。


 慣れた手つきでテントの設営を終えたオヴァンはエルフスレイヤーとクローの方を向いた。


「出来たぞ」


「あっしは遠慮させていただきやす」


 そう言うとクローは自分の旅袋から『寝袋』を取り出した。


「『月を見ながら眠る』というのがあっしの日課なもので」


 クローは夜空を見上げた。


「悪趣味だな」


 オヴァンは見たいとも思わなかったが、空には今も『二つの月』が浮かんでいるはずだった。


 黄色くない月が。


「あっしもそう思いやす」


 クローは目を細めて笑った。


「わかっているなら止めたらどうだ」


「いえ。そういうわけにはいきやせん」


「……そうか」


 オヴァンはクローに口出しするのを止めた。


 そして……。


「来い」


 エルフスレイヤーに手招きをした。


「え……?」


「どうした?」


「どうしたって……二人で寝るのか?」


「ああ」


「二人の方が楽しいだろう?」


 子供のようなことを言った。


「……わかった」


 エルフスレイヤーはおとなしくテントに入ることにした。


 オヴァンを先頭として二人はテントの入り口をくぐった。


 オヴァンはテントの奥側に陣取るとエルフスレイヤーの方へ向き直った。


 二人はテントの中で向かい合って座った。


「……………………」


 最初、エルフスレイヤーは黙って座っていた。


(二人の方が楽しい?)


(私なんかと居て何が楽しいものか)


 そのようなことを思っていると、オヴァンの方から声がかかった。


「カードは好きか?」


 いつの間に取り出したのか、オヴァンの手にはカードの束が乗せられていた。


「いや……」


 鉄兜が左右に振られる。


「エルフを殺すこと以外に興味は無い」


「そうか。残念だな」


 そう言うとオヴァンは勝手にカードを配り始めた。


 エルフスレイヤーの眼下に『五枚のカード』が積み重なった。


「おい……」


「『札集め』をやろう。ルールはわかるか?」


 オヴァンが言った。


 ……札集めというのは『同じ数字や色』が記されたカードを集めて『役』を作るゲームだ。


 愚神が考えて広めた『オリジナリティ』溢れるゲームだね。


 え? ポーカー?


 知らない。


 聞いたことが無いね。


 ホントに。


 ……。


「……わからない」


 エルフスレイヤーが答えた。


 冒険者はカード好きが多い。


 札集めのような人気のあるゲームを知らないエルフスレイヤーは少数派と言えた。


 だが、オヴァンはそれを気にした様子も無く続けた。


「そうか。それならルールを説明しよう」


「興味が無い」


「頼む。付き合ってくれ」


 そう言ってオヴァンは微笑を浮かべた。


「仕方ないな。……だが、私と遊んでもきっと面白くは無いぞ」


 エルフスレイヤーは配られたカードに手を伸ばした。


 ……。


「どうして勝てない……」


 二十三回目のゲームが終わった。


 結果はオヴァンの大勝。


 エルフスレイヤーはほんの数回しか勝利することが出来なかった。


「こんなもの……ただの『運試し』では無いのか?」


 エルフスレイヤーは首を傾げてカードの山を見た。


「ところが案外奥が深い」


 オヴァンは楽しそうな手つきでカードをシャッフルする。


「……そうかもしれない」


「戦い以外のことは苦手なようだな」


「買い被るな」


「そう聞こえたか?」


「戦いでも……きっとお前には敵わない」


「そうかな?」


「そうだ。……お前の『器の大きさ』は見ていればわかる」


「俺は……」


 オヴァンは一拍置いて言った。


「お前の器を見てみたいと思う」


「がっかりするぞ」


「どうかな」


 エルフスレイヤーは俯いた。


 鉄兜のせいでオヴァンには彼女の表情がわからない。


「寝る前くらい『兜』を取ったらどうだ?」


「お前こそ、仮面を外したらどうなんだ?」


「俺は『顔が良い』からな。これを取ると女に言い寄られて大変なんだ」


「馬鹿馬鹿しい」


「まあな」


「大体、ここはテントの中なんだから、人に見られる心配も無いだろう」


「お前に見られる」


「それこそ馬鹿馬鹿しい話だ」


「それで、兜を取るつもりは無いのか?」


「無い。奇襲を受けたらどうする」


「テンプレートで『結界』を張った。テントの中は安全だ」


「……そうか」


 エルフスレイヤーは兜に両手を伸ばした。


「…………」


 だが、結局はそれを外すことなく手を下ろした。


「やっぱりこのままにしておく」


「どうしてだ?」


「その方が落ち着くからだ」


「がっかりだ」


「私の顔が見たいのか?」


「そうだな」


「下らん。とっととカードを配れ」


「楽しんでいただけているようで何よりだ」


「別に、付き合ってやっているだけだ」


「楽しくないか?」


「負けてばかりで楽しいわけが無い」


「それは悪かった」


 オヴァンはカードを束ねると旅袋に仕舞った。


「あ……」


 エルフスレイヤーが兜の奥から小さく声を出した。


「町でお前の話を聞いた」


 オヴァンは姿勢を正した。


「……それで?」


「もう何年も前からずっと『エルフ退治』をやっているらしいな」


「ああ」


「理由を聞きたい」


「エルフが『この世から滅びるべき』だと思っているからだ」


「どうしてそう思う?」


「奴らは『邪悪』だ。それ以外に理由が必要なのか?」


「邪悪なのはエルフに限った話ではない」


 オヴァンはちらと上方へ視線を向けた。


 テントの外の空を思っているようだった。


「この世に『黒い雨』が降る限り、『邪悪なもの』は際限無く産まれてくる」


「たとえば『デッドコピー』がそれだ。奴らは放っておけばエルフよりも余程多くの人を殺す」


「だというのに、どうしてお前はエルフにだけ執着するんだ?」


「それは……」


 エルフスレイヤーは何故か言葉に詰まった。


「私の『家族が殺された』からだ」


「仇討ちか?」


「……そうだ」


「本当にそれだけか?」


「他に何の理由が有る」


「無いか?」


「……無い。私は家族を殺した化物を殺す。それだけだ」


「そうか」


 オヴァンはそこで話を打ち切った。


 ……。


 それからはオヴァンは他愛のない冗談ばかりを言った。


 中にはエルフスレイヤーが吹き出してしまいそうになるような話も有った。


 だが、エルフスレイヤーは笑わなかった。


 そうするべきではないと思っていたからだ。


(この男と旅をするべきでは無かった)


 エルフスレイヤーの胸中に後悔の念が湧き上がった。


(このテントを出よう)


 彼女はそう決めた。


 そして腰を浮かせようとしたその時……。


「旦那! 大変です!」


 テントの外からクローが叫ぶ声が聞こえてきた。


 二人は顔を見合わせるとテントから飛び出した。


「旦那ぁ……!」


 二人がテントを出るとすぐ前方にクローが立っていた。


 オヴァンが視線をずらすとテント脇に繋いだ猫達がブルブルと怯えているのが見えた。


「どうした?」


 オヴァンは単刀直入に尋ねた。


「あ……あれを……」


 クローはオヴァンから見て右側を指差した。


 二人はクローの指差す方に視線を向けた。


 オヴァンの視界が『遠方に動く影』を捉えた。


 遠くてはっきりとは見えないがそのシルエットは明らかに人のものでは無かった。


「クロスか」


 オヴァンが言った。


 『影』は足音を立てて跳び跳ねながら徐々にオヴァン達に近付いてきた。


 両者の距離が30ダカールほどになるとオヴァンにも『影の正体』が視認出来た。


 それは二本足で立ち、短い前足を持っていた。


 大きな尻尾を地面に垂らしている。


 顔つきは犬に近いが耳は犬よりも長く上方にピンと伸びている。


 この島に多く生息する動物、『カンガルー』だった。


 だが、その『体長』は『通常のカンガルーの倍以上』有る。


 肌は黒く、筋肉は肥大化していた。


 その両目は紅々と輝いている。


 黒い雨でカンガルーが『クロス化』したものだと容易に推測出来た。


 エルフスレイヤーは特に危機感も抱かずにそれを見ていた。


(オヴァンがすぐに倒してしまうだろうな)


 そう考えていた。


 だが……。


 オヴァンはクロスから見てエルフスレイヤーの奥側へと下がった。


「オヴァン……?」


 エルフスレイヤーにはオヴァンの行動の意図がわからなかった。


 どうして『敵から遠ざかる』ような真似をするのか。


「俺は戦わん」


 出し抜けにオヴァンが言った。


「……!?」


 エルフスレイヤーは絶句した。


「何を考えている……!?」


 珍しく声を荒げてしまう。


「俺は冒険者を騙る『ただの旅行者』だ」


「当然、凶悪なクロスと戦う手段など持ち合わせているわけもない」


「『か弱い俺達』を守ってくれ。エルフスレイヤー」


 そう言うとオヴァンは地面に座り込んだ。


 さらには旅袋から『酒瓶』を取り出して一杯やりはじめた。


「馬鹿な……」


 エルフスレイヤーはクロスへと向き直った。


 既にお互いの距離は15ダカール以下にまで縮まっていた。


 敵の体長は4ダカール以上。


 今までに彼女が倒したどんなクロスよりも大きかった。


 その能力は未知数。


(私の目的は『エルフを殺すこと』であって、クロスを殺すことではない)


(エルフ以外のクロスを相手に命を危険にさらす趣味など無いぞ)


 それが本心かどうかはさておき、エルフスレイヤーは内心でそう考えた。


 しかし……。


(オヴァンが見ている)


 エルフスレイヤーは背中にオヴァンの視線を感じていた。


(私が逃げればオヴァンも戦わざるをえないはずだ)


(だが……)


(なんて鬱陶しい視線だ)


 意地のような感情がエルフスレイヤーの足を縛っていた。


 エルフスレイヤーは旅袋に手を入れた。


 そして『魔銃』を取り出して『紅い弾丸』を装填した。


「高くつくぞ! オヴァン!」


 エルフスレイヤーが魔銃のトリガーを引いた。


 銃口から赤熱の『魔弾』が放たれる。


 突然の銃撃にクロスは動かない。


 火線はクロスの頭部に直撃し爆炎を上げた。


 並のクロスであればこれで絶命する。


 そのはずだった。


「……っ!」


 クロスは顔面の皮を焼かれながらも全く倒れる様子は無かった。


(火力不足か……!)


 クロスは顔から煙を上げながら宙へと跳び上がった。


 一瞬にして『高度20ダカール』ほどにまで到達する。


 上方からエルフスレイヤーに向けて『飛び蹴り』を仕掛けるようだ。


 体重のかかった踏みつけ蹴り。


 イヤーッ!


「くっ!」


 エルフスレイヤーは咄嗟に転がることでクロスの飛び蹴りを回避した。


 クロスの硬い足が地面を強かに打って『地割れ』を生じさせる。


(食らったら命は無いな……)


 エルフスレイヤーは跳び蹴りの威力を見てそう判断した。


(食らえばの話だが)


 圧倒的威力の打撃を見てもエルフスレイヤーの思考は冷静だった。


 エルフスレイヤーは旅袋の中へと手を伸ばした。


 クロスは再び跳躍した。


 凄まじい脚力により高度を稼ぎ、重力を味方にして降ってくる。


 並の冒険者であれば為す術もなく五体を粉砕されているだろう。


 だが、エルフスレイヤーは敵の動きを良く『観察』していた。


 軌道を読んで『最低限の動き』で敵の攻撃を回避する。


 そして、同時に魔銃の弾丸をリロードした。


 クロスは続けて跳躍した。


 三度目の蹴りを放とうと宙へ浮き上がる。


 次の瞬間、エルフスレイヤーは『魔銃の銃口』を『地面』へと向けていた。


 魔弾を放つと同時に地面を転がる。


 直前までエルフスレイヤーが居た場所にクロスが落下してきた。


「ヴオォッ!」


 クロスが豚のように呻いた。


 クロスの片脚が『地面に出来た穴』にはまり込んでいた。


 エルフスレイヤーが魔銃で穿った穴だった。


 先程使用した爆炎の弾丸とは別の、風の魔弾『穿空弾』。


 穿空弾は『射程距離が短い』代わりに『貫通力に優れる』という特性を持っている。


 その魔弾によってエルフスレイヤーは地面へと穴を開けていた。


 そこへクロスが着地した結果、クロスの片脚は穴へと飲み込まれることになった。


 クロスが穴から逃れようと藻掻いた。


 だが、クロスが自由になるよりも早く、エルフスレイヤーはその胴体に銃口を密着させた。


「くたばれ」


 『風の魔弾』が放たれた。


「ヴァアアアアアアアアアアッ!」


 鋭い切れ味を持った『竜巻』が発生し、クロスの体に『極太の風穴』が穿たれた。


 体内を切り裂かれたクロスが絶命するとその遺骸は『黒い粘液』へと変わった。


 粘液は『黒い煙』を上げながら蒸発していった。


「お見事」


 暢気な口調でオヴァンが言った。


 ほんの短い間に大分酒が進んだようだった。


 何故か先程よりも後ろに下がっている。


「何がお見事だ」


 悪態をつきながらエルフスレイヤーは魔銃を旅袋へと仕舞った。


「どうだ? 大型のクロスを倒した感想は」


「……無駄弾を使った」


「そうか。無駄弾を使ったか」


「動き回ったら疲れた。もう寝る」


 エルフスレイヤーは話を打ち切るとテントへと戻っていった。


 テントの外にはオヴァンとクロー、そして猫達が残された。


 オヴァンは震える猫の隣に立つと背中を撫でて落ち着かせてやろうとする。


「『妙なクロス』だったな」


 オヴァンは猫を撫でながらクローを見て言った。


「何がですか?」


「強力なクロスだった。あれにこんな所で出くわすとは……」


「あのレベルのクロスであれば『トライアック』が『予報』しているはずだと思うのだがな」


「『予知』も『完璧』ではありやせん。外れることもあるでしょう」


「そうかもしれない」


「……あれに出会ったのが俺達で良かったな」


 オヴァンの姿がテントの中へと消える。


 外にはクローだけが残された。


 紅と青、二つの月明かりがクローを照らしていた。


「エルフスレイヤーさん……中々の『業前』でした」


 夜闇の中クローが呟いた。


「ですが……」


「あっしが見たかったのは『旦那の器』の方だったんですけどね」


 クローは腰にぶら下げていた『望遠鏡』を手に取るとそれを『夜空』へと向けた。



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