リング
通りに出るとエルフスレイヤーは『記憶石』を操作し情報を表示させた。
近くに居た通行人が一瞬驚いた様子を見せる。
だが、すぐに興味を無くして歩き去って行った。
エルフスレイヤーは宙に浮かび上がった雑多な字図から必要な情報を咀嚼する。
「なるほど。デッドコピーとかいうのが居るのは『東の遺跡』か……」
遺跡の名はアクロイド。
記憶石にはそう記録されていたがエルフスレイヤーは遺跡の名前には関心が無かった。
彼女は遺跡に限らずありとあらゆる建物の名称に興味が無かった。
大まかな位置だけ把握すると字図を消し、記憶石を旅袋に仕舞う。
そしてオヴァンの方へ向き直った。
「行こう。まずは『買い物』だな」
「本当に行くのか? 情報だけを教えてくれる腹づもりなのかと思っていたが……」
「ああ。行く」
「良いのか?」
「何がだ?」
「話を聞くと、お前は『エルフ退治』以外の依頼は引き受けないのだと聞く」
「……俺の都合に付き合わせても良いのか?」
オヴァンは左手で自分の顎を軽く掴んだ。
「別に、お前のためだけというわけじゃあない」
「デッドコピーに興味が有るのか?」
「いや。全く」
「ならば何故だ?」
「そうだな……」
「テルは何やら大物と戦うのだろう?」
「かもしれん」
「俺が追いつく前に戦いが始まればそうなる」
「うん。それなら……」
「一度くらい、『テルの勇姿』を見ておこうかと思ってな」
「お前はあの少年に好意を抱いているようだな」
「ああ。勿論」
「それならば、どうしてあいつの頼みを聞いてやらなかった?」
「……そんな時間は無い」
「エルフを放っておけば恐ろしい速度で増える」
「今……この島のエルフは徐々に数を減らしているように思える」
「少なくとも、エルフが村を襲うといった事件は殆ど無くなった」
「多分……『もう少し』なんだ。もう少しでこの島のエルフを『根絶やし』にすることが出来る」
「もし島を離れれば、今までの苦労が水の泡になるかもしれない」
「島のエルフを絶やすまでは私はこの島を出るわけにはいかない」
「……そうか」
「上手く行きそうか?」
「行かせる。そのつもりだ」
「そうか」
「……なあ、オヴァン」
「何だ?」
「どうしてハルナにパーティを組ませようとしたんだ?」
「私が思うに、ハルナはソロでやっていく覚悟を固めつつあったように思う」
「それをわざわざテルに預けようと思ったのはどうしてだ?」
「そうだな……」
「『勿体無い』と思ったからだろうな」
「勿体無い?」
「俺も以前はパーティを組んでいた」
「よく喧嘩もした。最後は『辛い別れ方』をしたが、皆と旅をした日々は楽しかった」
「別に、自分の意思でソロを選ぶのならそれでも良いと思う」
「だが、どうせ選ぶのなら『両方』を良く知ってからにするべきだと思った」
「ソロだけが冒険者の世界では無い。それを知っておいて欲しかった」
「俺とも一応はパーティを組んだが、『相性』が良くなかった」
「あれが『パーティの全て』だったとは思って欲しく無い」
「だから、一度『きちんとしたパーティ』を組んでみるべきだと思った」
「もしちゃんとパーティを組んでみて、それでも一人が良いと言うのなら……」
「それはあいつの意思だ。好きにすれば良いと思う」
「パーティというのは……そんなに良いものなのか?」
「む……?」
「まさかお前は……」
オヴァンが意外そうに言った。
「パーティを組んだことが無いのか? インターバル5なのに」
「……悪いか」
エルフスレイヤーがぷいと顔を背けた。
「別に、悪いとは言っていない。……そう拗ねるな」
「拗ねてはいない」
「私は……エルフとしか戦わない」
「エルフ退治は労力に較べて報酬が安い。割に合わない仕事だ。儲からない」
「そんな私とパーティを組みたがる者など、居るはずもない」
「そうか。それなら……」
「俺がお前にとって初めてのパーティメンバーということになるな」
「え……?」
「違ったか?」
「別に……どうでも良い」
エルフスレイヤーは駆け出した。
そして8ダカールほど駆けたところで振り返った。
「行こう。オヴァン」
相変わらず、鉄兜の下の表情は窺い知れない。
オヴァンにわかるのはその兜が新品だということくらいだった。
「ああ。行こう」
……。
二人は市場へと移動した。
今日の市場は盛況だった。
先日よりもさらに人が多い。
背の低いエルフスレイヤーは油断すると『人波』に飲み込まれそうになる。
エルフスレイヤーはオヴァンとはぐれないように彼の背にぴったりとついて歩くことにした。
オヴァンは市場を見回しながら歩いた。
そして、前と同じ位置に『クロー』が座っているのに気がついた。
矮躯の商人。
いったい何を考えているのか。
市場の賑わいに対して特に儲かっている様子も無いが、それを気にした様子も無い。
果たして儲けるつもりが有るのか否か。
あの男の底をオヴァンはまだ見ていない。
「あいつにしよう」
オヴァンはエルフスレイヤーに見える位置でクローを指差した。
人混みのせいでエルフスレイヤーにはオヴァンが指した方向が良く見えなかった。
エルフスレイヤーはオヴァンの肩に手をかけるとうんと背伸びをしてクローの方を見た。
クローが座る絨毯の上には『みすぼらしい品々』が並んでいた。
「あまり品揃えが良いようには見えないが」
「そうでもない。旅袋を持っている」
「行商人か。信用できるんだろうな?」
エルフスレイヤーはクローに対して疑いの目を向けた。
旅の商人は土着の商人と較べて土地での『信頼』を築く必要が薄い。
よって、旅商人は杜撰な商売をする者が多いと考えられていた。
「いや。全く」
オヴァン自身、クローを信用してはいない。
「……?」
困惑するエルフスレイヤーを置いてオヴァンはクローに歩み寄った。
人波を意に介せず進んでいく。
一拍遅れてエルフスレイヤーはオヴァンの後を追った。
「クロー、元気だったか?」
「へい。おかげさまで」
クローはそう答え、視線をずらしてエルフスレイヤーを見た。
「おや、旦那。今日も別の女の人を連れてるんですか」
「パーティを組むことになった。一時的にだが」
「流石。モテやすね」
「……私はただの同業者だ」
いつもよりほんの少し小さい声でエルフスレイヤーが言った。
そして続けた。
「それにしてもお前、いつも違う女を連れているのか?」
呆れたような声音。
「見かけによらず軟派だな。英雄色を好むというやつか」
「……ただの偶然だ」
「それで、何かお入用ですかい?」
「ああ。『東』に行くことになった。また色々頼む」
「東……何をしに行くんです?」
クローは目元に手を伸ばすと眼鏡の位置を正した。
「デッドコピーを狩りに行く」
「ほう。そいつは大物ですね」
「旦那……あっしもついていって構いやせんか?」
「お前が? どうして?」
「見たいんですよ。旦那がデッドコピーを倒す所を」
「邪魔だ」
「もし連れて行ってもらえるなら、サービスしやすぜ」
「この『指輪』なんか、彼女さんにどうです?」
クローは旅袋に手を入れると指輪を取り出した。
指輪の台座には紅い宝石が嵌められていた。
「指輪? テンプレートか?」
エルフスレイヤーは興味深そうに指輪を見た。
「いえ。『ただの綺麗な指輪』ですが」
「なんだ。下らん」
エルフスレイヤーは興味を無くして人混みに視線を向けた。
「お前はこういう物に興味は無いのか?」
「宝石がエルフを殺す役に立つのか?」
「いや……」
「それなら興味はない」
「年頃の女は花や宝石を好むと聞くがな」
「鉄兜のこの私の年がわかるのか?」
「若い声をしている」
「……とにかく、そんなものは私には必要ない」
「そうか?」
「そうだ」
「ふむ……」
オヴァンはクローの前にしゃがみこんだ。
「旦那?」
「よし、連れて行ってやる代わりにこの指輪を貰おうか」
オヴァンはクローの手中に有る指輪を摘み取った。
「良いんですか?」
「ああ。ただし、自分の身は自分で守れ」
「それはもう。こう見えて旅慣れていやすから」
「どうするんだ? そんなもの」
エルフスレイヤーが不思議そうに言った。
「……誰か連れの女にでも送るのか?」
「そうだ」
オヴァンは立ち上がるとエルフスレイヤーの手を取った。
そして、その指に指輪をはめようとした。
だが、無骨な革のグローブで太くなった彼女の指にはその指輪は小さすぎた。
「グローブの上にはめるものではないな」
オヴァンは苦笑した。
そしてエルフスレイヤーの手の平を上に向けさせるとその上に指輪を置いた。
「オヴァン……?」
「取っておけ。情報を貰った礼だ」
「要らないと言ったはずだが……」
エルフスレイヤーは手の上に置かれた指輪を見下ろした。
「お前はいつまでエルフ退治を続けるつもりだ?」
「この体が、エルフを殺すことが出来なくなるまで」
「それはいつだ?」
「わからない」
「その時までその指輪は取っておけ」
「どうして?」
「戦いの果てに有るのがただの虚無では悲しいだろう」
「『次の人生』を始める時の、何かの足しにしろ」
「次のことなど、考えたくもない」
「エルフスレイヤー……お前は……」
「ひょっとして、滅びを望んでいるのか?」
「そんなことはない」
「死など望んでいない」
「死んでしまったら……エルフを殺せなくなる」
「……そうか」
オヴァンは話を終わらせるとクローとの商談に入った。
……。
二人はクローから物資を買い付けると自分の旅袋に入れた。
「行こう」
全ての荷を袋に詰め終わるとエルフスレイヤーが言った。
「そうだな」
「良し、テル達を追いかけるぞ」
「あの少年が心配か?」
「いや。あいつの心配はしていない」
エルフスレイヤーは首を左右に振った。
「あいつは凄いやつなんだ」
「確かに、あの年齢でインターバル7というのは滅多にあることではないが……」
「それだけじゃない」
「ふむ?」
「知っているか? この島に『リメイクの学校』は無い」
「そうなのか」
オヴァンは『北の大陸』から来た。
大陸には各地にリメイクの学校が有った。
それが一つも無いというのはオヴァンには意外だった。
「ああ。『環境』も『人口』も違うから、この島からは大したリメイカーは出ない」
「才能を見込まれて大陸に行った者が結局は落ちこぼれて帰ってきたという話も聞く」
「この島のリメイカーなんてのはせいぜいがインターバル4か、その程度だ」
「だが、テルには才能が有った」
「学校が無いから、受けた教育と言えば神官に『初歩的なフレイズ』を習った程度」
「だと言うのに、ほとんど『自習』に近い形で次々にフレイズを身につけていった」
「そして、冒険者としてめきめきと頭角を現し、ついには島で唯一のインターバル7にまでなった」
「いずれは常人には到達不能と言われる『インターバル8』にまで手が届くかもしれない」
「どうだ? 凄いだろう?」
心底誇らしそうにエルフスレイヤーが言った。
あまり感情を出さないエルフスレイヤーがテルの話をする時は活気づいて見える。
オヴァンはそれを微笑ましく感じた。
「そうだな」
オヴァンは頷いた。
「テルは私なんかとは違う……。だから、あいつの心配はしていない」
「私なんか? お前だって凄いじゃないか」
「凄い? 私がか?」
「ああ」
オヴァンはエルフスレイヤーの胸元に輝く等級証に視線をやった。
インターバル5の等級証。
テルよりも数字が二つ低い。
「インターバル5以上の冒険者は全体の一割にも満たない」
「大抵の冒険者はインターバル2か3だ。そして、上級になれずに死んでいく」
「立派なものだ。私なんかと卑下するほどでもないだろう」
エルフスレイヤーはオヴァンの視線から隠すように手の平で等級証を覆った。
「……私はただ、エルフを殺していただけだ」
「休まず、油断せず、殺して、殺して、ただ数をこなした」
「十を殺し、百を殺し、そして千を殺した」
「そうしたら、いつの間にか『上級冒険者』と言われるようになっていた」
「結果としてそうなっていた。ただ、それだけの話だ」
「何の感慨も、実感も無い」
「特に何かの『偉業』を成し遂げたわけでもない」
「ただ『人より長く生き延びただけの中級冒険者』。それが私だ」
「……テルは『英雄』の器だ。私は違う」
「私は英雄ではないし、英雄になれるとも、なりたいとも思えない」
「本当にそうか?」
オヴァンの問いにエルフスレイヤーは即答出来なかった。
「自分の『器』を測ったことは無いのだろう?」
「……別に、測らなくてもわかる」
少し後ろめたそうな口調でエルフスレイヤーが答える。
「測ってみたいと思ったことは無いのか?」
「無い」
「私はエルフを殺す。それだけを考えていれば良い」
「そして、エルフを殺すのに大仰な器は必要無い」
「頑固だな」
「悪いか」
「いや。好きにすれば良い」
「それならとっとと行くぞ」
エルフスレイヤーが歩き出した。
「そうだな」
オヴァンもその後に続く。
いつの間にか通りの人の流れは弱くなっていた。
エルフスレイヤーはすいすいと先へ進んでいく。
「おっと、待ってくだせぇよお二人とも」
クローは慌てて荷物を旅袋に放り込むと二人の後を追った。
雑踏の中、エルフスレイヤーはぽつりと呟いた。
「オヴァン……ありがとう」
「指輪なんて貰ったのは、生まれて初めてだ」
「む……?」
エルフスレイヤーの言葉は雑踏にかき消されて消えた。
オヴァンにはエルフスレイヤーの言葉は届かなかった。
わざと、聞こえないであろうタイミングで呟いた。
エルフスレイヤーは何事も無かったかのように市場の通りを進んでいった。




