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デモンスレイヤーその2

「そんなに凄いの? 『デッドコピー』っていうのは」


 テルの深刻そうな言葉にミミルは首を傾げた。


 インターバル7の冒険者の言葉だ。


 本来ならばルーキーのミミルは深く耳を傾けなくてはならない。


 だが、冒険者としての経験が無いミミルにはテルの言葉は実感を伴わなかった。


 だから、どこか他人事のようになる。


 この反応はミミルに限ったことでは無いだろう。


 『インターバル5』のカーマですら何の危機感も無く出発していったのだから。


 たとえ冒険者であっても『デッドコピーと直面する機会』というのは滅多に有ることでは無かった。


 その恐ろしさを理解している者は少ない。


 そして、血気盛んな冒険者というのは自身の能力を高く見積もるものだ。


 自分ならやれる。


 そんな『根拠のない無い自信』を持って冒険者はクロスとの戦いに出向いていく。


 そして、実力と運の両方を併せ持った一握りの者だけが一流の冒険者と呼ばれることになる。


 それ以外の殆どの冒険者は現実を知ると同時に『命』や『誇り』を失って消えていく。


「あなたはそのデッドコピーを倒したんでしょう?」


「ああ」


 テルは頷いた。


「俺は確かに大陸で『デッドコピー級』を倒した」


「一度だけじゃない。何度もデッドコピー級の討伐に参加した」


「けど、それは『百人を超える大規模なパーティ』の一員としてだ」


「パーティにはインターバル6や7のメンバーが大勢居た」


「……それでも何人もの『犠牲』を出さずにはいられなかったんだ」


「いや。一度だけ『一人の犠牲も出なかった戦い』が有った」


「けど、それは戦いに『オクターヴ』が参加していたからだ」


「オクターヴ?」


 それはミミルにとって初めて耳にする言葉だった。


「知らないのか?」


 テルは意外そうに言った。


「ええ……」


 何となく恥ずかしいような気がしてミミルは耳を垂らした。


「『オクターヴ』というのは『パーティの名前』だ」


「メンバーは全部で六人」


「光剣のナジミ、鉄塊のサンド、神眼のヤンダー、大樹のラック、不死のナルカミ」


「そして……竜人のブルメイ」


 最後の一人の名前を言う時だけテルの語調が少し違っていた。


 ミミルは語調の違いには気付いたがその理由まではわからなかった。


「大陸で『六人』しか居ない『インターバル8』が集まって出来た、『伝説のパーティ』だ」


「大陸のインターバル8は全員がオクターヴのメンバーなの?」


「ああ。もっとも、大陸の外にインターバル8が居るのかどうかは知らないが……」


「へぇ……」


「凄い人達が居るのね。いつか会えるかしら」


 テルのほんの短い説明でミミルはオクターヴに憧れを抱いたようだった。


 未知との邂逅の可能性を楽しそうに語る。


「冒険者を続けていれば会えると思うよ。彼らは世界中を旅しているから」


「それで、俺が『オクターヴと同じ依頼』を受けた時のことだけど……」


「あの時、デッドコピー級はブルメイの『一撃』で倒された。たった一撃だ」


「ブルメイ……竜人って言われてる人ね」


「ああ」


「俺の最強のフレイズでも一撃ではデッドコピーを殺しきれない」


「彼の強さを見てインターバル7と8の間に有る途轍もない壁を感じたよ」


「オクターヴのメンバーなら一人でもデッドコピーを倒してのけるんだろう」


「けど、俺達はオクターヴじゃない。インターバル8じゃない。普通の人間なんだ」


「少人数、しかもインターバル5以下のメンバーでデッドコピーを倒すのは不可能だ……」


 テルはそう言ってカーマ達が消えた扉の方を見た。


「それじゃあどうするの?」


「あいつらを止めたいが……」


「問題は、あいつらが『俺の言葉を聞くとは思えない』ってことだな」


「それは困ったわね……」


「一応、俺も現場に向かおうと思う」


「死人の一人や二人は減らせるかもしれない」


「私も行って良い?」


「危険だが……敵の恐ろしさを知るのも大事なことだ。ついてくると良い」


「けど、俺が逃げろと言ったらすぐに逃げるんだ。良いな」


「ええ。わかったわ」


 その時、オヴァンが席から立ち上がった。


 そして二人の方へ近付いてきた。


「良いか?」


「何だ?」


 声をかけられてテルはオヴァンの方を見た。


「……あんたは!」


 テルは不意を打たれたような表情を見せた。


「友達なの?」


 ミミルは二人の顔を見比べた。


「友人では無い。話すのは今日が初めてだ」


 オヴァンが言った。


「……そうだな。友達じゃあない」


 テルもそれに同意した。


「俺はデモンスレイヤーだ。よろしく」


「ああ。よろしくテル」


 オヴァンは微笑した。


「……………………」


 テルは顔を顰めた。


 そしてカウンターの方に居るエルフスレイヤーを睨みつけた。


 エルフスレイヤーはテルの視線に気付くと手を振って答えた。


 楽しそうだ。


「俺はオヴァン。オヴァン=クルワッセだ」


 オヴァンが名乗った。


「オヴァン……?」


「何だ?」


「いや。それで、何の用だ?」


「実は、『頼み』が有る」


「ちょっと待って」


 本題に入ろうとするオヴァンの言葉をミミルが遮った。


 ミミルはオヴァンの仮面奥の瞳を睨みつけていた。


「ミミル?」


 テルはミミルから仄かな敵意を感じ取った。


 それはオヴァンに向けられているようだ。


 テルはミミルを人懐っこい少女だと思っていたのでこの対応は意外だった。


「この人、前に等級証を拾って『冒険者になりすました』とか言ってた人だわ」


 どうやらミミルは『あの時の酒場』に居たらしい。


「え……?」


 テルは何を言っているのかわからないといった様子でミミルを見た。


「そんなはずはない。この人は……」


「けど、確かに聞いたもの」


「そうだな」


 オヴァンはミミルの言葉を肯定してみせた。


「ほら、こんな怪しい人の頼みなんか聞く事無いわ」


 ミミルは耳をつり上げた。


 周囲から見るとただ可愛らしいだけだったが本人はこれで威嚇をしているつもりだった。 


「まずは話を聞こう」


 テルは敵意を隠さないミミルをなだめた。


「すまん」


 オヴァンは一言詫びてから本題を口にした。


「実は……『彼女』をパーティに入れて欲しい」


 そう言ってオヴァンはカウンターの方に居るハルナを指差した。


 急に話を振られてハルナの体がびくりと震えた。


「彼女は?」


 テルがハルナを見た。


「新米の冒険者だ。見込みが有る。お前なら彼女を任せるに足ると判断した」


「あの子、この間の……」


「知っているのか? ミミル」


「変な子よ。リメイカーなのに言葉が話せないって言ってた」


「やっぱり、あなた達、怪しいわ」


 オヴァンの頼みを知って、ミミルはさらに警戒心を強めた様子だった。


「彼女はこう言っているが……?」


 事情を把握出来ないテルはオヴァンに更なる言葉を求めた。


「ふむ……」


 どう話したものか。


 オヴァンが思案した結果、場には微妙な沈黙が生じた。


「私からも頼む」


 その沈黙を破ったのはエルフスレイヤーだった。


 エルフスレイヤーがハルナの隣からテルに声をかけていた。


「え……?」


 テルは呆然とエルフスレイヤーを見た。


「私のことも信用出来ないのか?」


「いや……わかった」


「ただし、『条件』がある」


「何だ?」


 テルはエルフスレイヤーに人差し指を突きつけて言った。


「エルフスレイヤー、今度俺に付き合ってもらうぞ」


「付き合う?」


「『依頼』を手伝え。『大陸』での『デッドコピー級討伐』だ」


「それは出来ない」


 エルフスレイヤーはにべもなく拒絶した。


 テルの手が下がった。


「どうして!?」


「私にはエルフを殺すという目的が有る」


 エルフスレイヤーの答えは決まっていた。


「まずは『この島のエルフ』を殺す。全て殺す。一匹残らず殺す」


「『大陸のエルフ』を殺すのはその後だ」


「あんたは……!」


 テルは声を震わせた。


「それじゃあ……この話も無しだ……!」


 そして苛立ちを隠そうともせずエルフスレイヤーに背を向けた。


「そうか……。悪いな。オヴァン」


 エルフスレイヤーは話を断られたことをオヴァンに詫びた。


「いや……そこまでしてもらう義理は無い」


「悪い」


 エルフスレイヤーは深々と頭を下げた。


「……待て」


 そっぽを向いたテルが振り返った。


「テル?」


「やっぱり、そいつをパーティに入れてやっても良い」


「良いのか?」


 エルフスレイヤーが不思議そうに言った。


「ああ。あんたが言うなら信用出来るし、その子に罪はないからな」


「だから……頭を上げてくれ」


「わかった」


 言われるままにエルフスレイヤーは頭を上げた。


 テルはずかずかとエルフスレイヤーの隣のハルナの前に歩いた。


「お前、名前は?」


 テルがハルナに問うた。


 年若い少年だというのにテルには妙な迫力が有った。


 力強い瞳のせいか。


 それとも、インターバル7という前情報のせいだろうか。


 ハルナは一瞬気圧されそうになった。


 だが、視界にオヴァンの姿を認めるとなんとなく心が落ち着いた。


 テルの方がインターバルは上だが、卑屈になることは無い。


 そう考えた。


「ハルナ=サーズクライです。リメイクには自信が有ります」


 ハルナは席から立ち上がると毅然として書いた。


「本当に言葉が話せないんだな」


「何か問題が有りますか?」


 ハルナはまっすぐにテルを見た。


 その時のハルナの瞳にはテルにも負けない力強さが有った。


「……いや。『得意な属性』は?」


「特に有りません」


「得意な属性が無い……?」


「はい。大抵のフレイズは使いこなせますね」


 この世界の人々にはそれぞれ生まれ持った魔力、『リメイクちからの色』というものが有る。


 『力の色』によって『得意なリメイク』が決定付けられる。


 色は後天的に変わることが無く、『生まれ持っての才能』と言えた。


 よって、普通のリメイカーには得意な属性と苦手な属性が有る。


 それは上級冒険者であるテルにとっても例外ではない。


 この日、テルは苦手な属性が無いというリメイカーに初めて出会った。


 テルは目を細めるとハルナを凝視した。


 優れたリメイカーは意識を集中することで『大気中を漂うリメイクちからを見る』ことが出来る。


 テルは集中することで『ハルナの体から漏れ出す力』を見ようとした。


 そして見えた。


 テルが見たハルナの力は『純白』だった。


 テルにとっては初めて見るリメイクちからの色。


 それはインターバル8の等級証と同じ色だった。


(……『あの人』の推薦だ)


(俺はひょっとして、とんでもない化物を任されたのか……?)


 テルの内心に畏怖が巻き起こった。


「良し」


 テルはその恐れを表に出さないよう努めた。


 そしてハルナに背を向け入り口の方を向いた。


「今から俺達はデッドコピーの調査に向かう。ついてこい」


「……はい」


 ハルナは既にパーティに対する執着はほとんど無くなっていた。


 特に、オヴァンが居ないパーティに対する執着は。


 だが、せっかくオヴァンが作ってくれた機会なのだから世話になろう。


 そう考えた。


 テルが歩き出した。


 ハルナとミミルもそれに続く。


 テルは隣を通る時にちらとオヴァンを一瞥した。


 そして何も言わずに通り過ぎる。


 オヴァンは無表情。


 その内面はテルには計り知れなかった。


 テルの後に続くハルナだったがオヴァンの隣に来るとその足を止めた。


 それにつられてテルとミミルの足も止まった。


 ハルナはオヴァンに向かってぺこりと頭を下げた。


 そして……。


「ちょっと動かないで下さい」


「む……?」


 ハルナはオヴァンの前で看板にフレイズを綴った。


 リメイクサークルが展開され、そして消えた。


「おまじないです」


 『何らかのリメイク』がオヴァンにかけられたらしい。


 ハルナはうっすらと微笑んだ。


 オヴァンには自分が何のリメイクをかけられたのかわからなかった。


 だが、悪いものでは無いだろうと思った。


「あの子、ちゃんとリメイクが使えるんだ……」


「酷いこと言っちゃった……」


 かつて自分がハルナに言った事を思い出してミミルの耳が下がった。


「何をしている。行くぞ」


 テルが二人に声をかけた。


「はい」


 ハルナがオヴァンから離れていく。


 そして三人の姿は酒場から消えた。


 人が減ったにも関わらず、オヴァンは急に酒場が騒々しくなったように感じた。


 ハルナが出ていってからしばらく、オヴァンは扉の方を見つめていた。


「心配するな」


 エルフスレイヤーがオヴァンへと歩み寄った。


「テルは良い子だ。安心して彼女を任せられる」


「そうか」


「それで……俺を呼びつけたのは何の用だ?」


「ああ、ちょっと待ってくれ」


 エルフスレイヤーはオヴァンから離れてカウンター奥のマスターの正面に立った。


「マスター、『デッドコピー退治の情報』を頼む」


 エルフスレイヤーの言葉を聞いてマスターは目を丸くした。


「あんたが? エルフ退治以外の依頼を?」


 少なくともこの酒場において、それは天地開闢以来の異変だった。


「エルフの目撃情報は無いんだろう?」


「まあな。あんたが大分減らしたようだし」


「エルフ狩りの軍資金を稼ごうかと思ってな」


「デッドコピーでか?」


「悪いか? 私の等級なら受けられる依頼のはずだ」


「まあな」


 マスターはちらりとオヴァンを見た。


 そして奥の部屋へと引っ込んで行った。


 奥の部屋から戻ったマスターはその手に『記憶石』を持っていた。


「本来ならデッドコピー退治というのは『大陸の冒険者達』と合同して行うべきものだ」


「今回は何故か援軍が遅れていて合同隊が組織出来ずにいる」


「だから敢えて止めはしないが……」


「無茶はするな。なるべく偵察に留めて、危険だと思ったらすぐに逃げるんだ。良いな?」


「わかっている。エルフ以外の敵に命を賭けるつもりは無い」


「それなら良い」


 マスターが記憶石をカウンターに置き、エルフスレイヤーはそれを受け取った。


 エルフスレイヤーは記憶石を片手にオヴァンの隣に戻った。


「デッドコピーというのは大物らしいな」


 エルフスレイヤーは手の中でテンプレートを転がしながらオヴァンに話しかけた。


「そうだな」


「なるほど。それは『装備』を整える必要が有りそうだ」


「オヴァン、『荷物持ち』を頼んで良いか?」


 エルフスレイヤーには旅袋が有る。


 誰が見ても茶番だとわかった。


 エルフスレイヤーの顔は見えないが、声音は優しかった。


「お安い御用だ」


 つられてオヴァンも穏やかな口調になる。


 二人は出口に向かって歩き出した。


 オヴァンはふと、エルフスレイヤーの『兜が新しくなっている』ことに気付いた。


 前の兜は古くなっていたのだろうか。


 オヴァンは疑問に思ったが敢えて口には出さなかった。


 扉の向こうへ消えていく二人にマスターは温かい視線を向けた。


「どうしたんですか?」


 いつにない表情をするマスターを不思議に思って見習いのコックが話しかけた。


「なんでもねぇよ。休まず働け」


 マスターは意識して厳つい表情を作るとコックを睨みつけた。



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