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デモンスレイヤーその1

インターバル5の等級証の色をオレンジから黄色に修正。

愚神が話を脱線させる部分をカット。

 『デッドコピーの情報』が『開示』される日になった。


 その日の午前九時頃、オヴァンはエルフスレイヤーの言葉通り酒場前を訪れた。


 悪びれもせずに堂々とした動きで扉を開け、中に入ってく。


 店内に入るとマスターがオヴァンに視線を向けた。


 オヴァンはその視線を無視して酒場の中を見回した。


 客層は前に来た時と大差ない。


 午前中だというのに大勢の客が酒の匂いを振りまいていた。


 オヴァンは客の顔をざっと確認していったが特徴的な『鉄兜』は見当たらなかった。


(まだ来ていないのか)


(ひょっとして、『兜を外している』のか?)


 オヴァンはそう思いついた。


 オヴァンはエルフスレイヤーの素顔を知らなかった。


 もし『先日と違う格好』で店に来ているのならオヴァンにそれを見分けるのは難しかった。


 自分から探すのは諦めよう。


 オヴァンはそう考えた。


 オヴァンは先日と同じ服装だし特徴的な『ドラゴンの仮面』も有る。


 向こうが見つけるのは容易だろうとも思った。


 オヴァンはカウンターへ歩いていくとマスターの正面の席、その一つ隣に座った。


「酒か? 食事か?」


 マスターが尋ねた。


 『情報か?』だとか『仕事を探しているのか?』などとは言うはずも無かった。


 既にマスターにとってのオヴァンは冒険者では無くなっていた。


 ……そういう決まりごとになっていた。


「いや。人を待っている。エルフスレイヤーだ」


「タダで居着かれてたまるか。何か注文していけ」


 マスターは敢えてオヴァンに対して強く当たった。


 オヴァンを嫌っているわけでは無い。


 マスターなりのけじめだった。


「それじゃあ酒を一杯頼む」


「まいど」


 マスターはグラスに酒を注いだ。


 オヴァンの好みがわからなかったのでアルコール度数15%ほどの酒が選ばれた。


 オヴァンはグラスに注がれた酒を一気に飲み干した。


「ふぅ」


 グラスの底が軽くカウンターテーブルを叩いた。


「いける口だな」


「冒険者なら大概がそうだ」


「あんたは冒険者じゃないだろう」


「……そうだったな」


「もっと強いのをやるか?」


「頼む」


 マスターは棚の前に立つとアルコール度数40%ほどの酒を手に取った。


 そしてオヴァンの前に立つとグラスの半分まで注いだ。


「水は要るか?」


「要らん」


 そう答えるとオヴァンは酒を飲み干した。


 マスターは酒瓶をオヴァンの前に置くとオヴァンから離れていった。


 オヴァンは酒瓶を手に取った。


 そこへ近付いてくる者があった。


「おはようございます。優しいオヴァンさん」


 ハルナだった。


 扉が開く音は聞こえなかった。


 オヴァンより早くに酒場に来ていたらしい。


 『小さいから見逃したのだろうな』とオヴァンは思った。


「『優しい』は止めろと行ったはずだがな」


 オヴァンはハルナの行動を咎めたが、口調は優しかった。


「すいません……。つい」


 叱られるハルナの態度もどこか柔らかい。


 表情に余裕が有った。


「元気そうだな」


 肝心のエルフスレイヤーの姿は見えない。


 オヴァンはハルナと談笑する事に決めた。


「変わりないです。あれから三日しか経ってませんし」


「そうか。依頼でも受けに来たか?」


「いえ。今日は特に」


「実はあれから『小さな依頼』をこなしまして、懐に少し余裕が出来ました」


「そうか。どんな依頼だった?」


「実は……」


 ハルナは書きづらそうに動きを止めた。


「うん?」


「『道を塞いだ岩』を『爆破』する依頼でした」


「『適任』だな」


 オヴァンはにやりと笑った。


 ハルナは頬を赤くすると帽子をずり下げて自分の顔を隠した。


 それから片目だけをちらりと見せてオヴァンを見た。


「おかげで上手くやっていけそうです」


「良かったな」


「はい。それで……お二人のことが気になって、様子を見に来てしまいました」


「エルフスレイヤーはまだ来ていないようだな」


「そうですね」


 ハルナはきょろきょろと店内を見回した。


 その時、扉が開く音がした。


 ハルナは入り口へと視線を送った。


「あ……来たみたいですよ」


 オヴァンも扉の方へ首を向けた。


 扉の前にエルフスレイヤーが立っていた。


 町中だというのに『暑苦しい鉄兜』を被っている。


(いつもあの格好なのか……)


 自分のことは棚に上げてオヴァンは苦笑いした。


 エルフスレイヤーはすぐにオヴァンの存在に気付いたようだ。


 オヴァンとエルフスレイヤー、二人の目が合った。


 オヴァンは席から立ち上がろうとした。


「よう、エルフスレイヤー」


 そう言ったのはオヴァンでは無かった。


 オヴァンが立ち上がるより先に『テーブル席』の方から声がかけられていた。


 オヴァンが声の方を見ると『男』が席から立ち上がるのが見えた。


 『小柄な男』だった。


 身長は156セダカ。


 顔にはまだ幼さが残っている。


 『少年』と言って差し支えなかった。


 少年は長い赤茶色の髪の後ろ髪の部分を背中で一纏めにしていた。


 瞳の色は紅。


 『派手な赤いマント』を羽織り、その下には黒い衣服が見えた。


 衣服は島の様式では無く『大陸南部の様式』で作られていた。


 島の人間にしては垢抜けて見える。


 胸元には冒険者の等級証が見える。


 色は赤。


 『インターバル7』を表している。


 インターバル7は規格外の化物と言われるインターバル8よりも一つ下の等級だ。


 等級証が偽物で無いのなら少年は『世界最高峰の冒険者』であると言えた。


 少年は自分の席を離れるとずかずかと大股でエルフスレイヤーに歩み寄っていった。


 体重が軽いので歩調の割に足音はさほど大きくない。


 少年はエルフスレイヤーに密着するほど近く隣接した。


 二人の視線が交差した。


「まだケチな『エルフ退治』をやっているのか?」


 明らかに見下した口調で少年が言った。


 にやにやと底意地の悪そうな笑みを浮かべている。


 一方、鉄兜のおかげでエルフスレイヤーの表情はわからない。


 エルフスレイヤーは少年の顔をじっと見つめた。


 そして言った。


「テル……」


「『テル』じゃない! 『デモンスレイヤー』だっ!」


 どうやら少年の名前はデモンスレイヤーと言うらしかった。


 エルフスレイヤーと同じく尋常の名前ではない。


 親から貰った名で無いことは明らかだった。


「ああ、悪い。つい癖でな」


 エルフスレイヤーは全く悪気が感じられない声音で謝罪した。


 体は動かさず、頭を下げることもない。


「久しぶりだな。む? テル、大分背が伸びたんじゃないか?」


 エルフスレイヤーはデモンスレイヤーの頭に手を伸ばした。


 二人の身長はかなり近かった。


 ほんの3セダカの差も無いだろう。


「抜かれたかな?」


 エルフスレイヤーはデモンスレイヤーの頭をぐりぐりと撫でた。


「喧嘩売ってるのか!?」


 デモンスレイヤーがエルフスレイヤーの手を振り払った。


「いや、ついな……」


 エルフスレイヤーは名残惜しそうに弾かれた手を下ろした。


「それで、『大陸』はどうだった?」


 エルフスレイヤーは友人同士の世間話のように話題を振った。


 エルフスレイヤーの側からはデモンスレイヤーに対する負の感情は全く感じられなかった。


「良かったさ。美味い食べ物、珍しい景色、珍しい物もいっぱい見られて、最高だったね」


 デモンスレイヤーは自分の声音に悪意をこめることを忘れない。


「フフン。それに見ろよ、これを」


 デモンスレイヤーは胸の等級証を見せびらかした。


 エルフスレイヤーはその時ようやく彼の等級に気付いたようだった。


「インターバル7か」


 嬉しそうに言う。


「向こうで『デッドコピー級』を狩ったんだ。どうだ? また差を付けてやったぞ。悔しいか?」


「凄いじゃないか」


「そうだ。俺はチンケなエルフ狩りなんかじゃ手に入らない金と名誉を得た」


「大陸に行けばいくらでもチャンスが転がってる」


「こんな島国で燻ってるお前とは格が違うんだよ!」


 デモンスレイヤーが挑発的な口調でまくしたててもエルフスレイヤーは動じる様子が無かった。


「うん。偉いな」


 デモンスレイヤーのあらゆる悪意に対してエルフスレイヤーの好意が返っていく。


「あんたは……!」


 デモンスレイヤーはそれが気に食わないようで、顔をしかめてエルフスレイヤーを睨みつけた。


「喧嘩してるの?」


 少し離れた所から声がかかった。


 少女の声。


 猥雑な酒場の中ではかき消えてしまいそうな澄んだ美しい声。


 だが、それははっきりとデモンスレイヤー達の耳に届いた。


 事態を傍観していたオヴァンの耳にも。


 美しい声音に釣られ、オヴァンは声の方角を見た。


 先程までデモンスレイヤーが座っていた席の隣に『金髪の少女』が座っていた。


 少女の頭の側面から『長く尖った耳』が見える。


 そして何より大陸でも五人と見られないほどの美貌。


 ナーガミミィ族の少女、『ミミル』だった。


(美しいな)


 オヴァンは素直にそう思った。


 ミミルは席から立ち上がるとデモンスレイヤーの隣に歩いてきた。


「その子は?」


 エルフスレイヤーが尋ねた。


「俺の仲間だ」


 真面目な口調でデモンスレイヤーが答えた。


 その声からは一切の悪意が消え失せていた。


「大陸で出会ったのか? インターバル1のようだが」


 エルフスレイヤーはミミルの胸元の等級証を見て言った。


「『島の西の方』から来たらしい」


「らしい?」


「何も知らないルーキーみたいだから、しばらく俺が面倒を見ることにした」


「それに、『アレンジ』は人さらいに目をつけられやすいしな……」


「優しいな。テルは」


「だから! デモンスレイヤーだと言っている!」


 デモンスレイヤーは声を張り上げて抗議した。

 

 だが、エルフスレイヤーにはやはり悪びれた様子は見られなかった。


「テル、その人は誰?」


 そう尋ねたのはミミルだった。


「あぁ……伝染っちゃったじゃないか……」


 テルは肩を落とした。


「俺はデモンスレイヤー……デモンスレイヤーなんだ……」


 テルはぶつぶつと呟いた。


「テルのことをよろしく頼む」


 テルのことを放置してエルフスレイヤーがミミルに言った。


「そう言われても、私の方がお世話になるわけだけど……」


 ただの新米冒険者に過ぎないミミルは困った顔でエルフスレイヤーを見返した。


「頼む」


 エルフスレイヤーは言葉を重ねた。


 『ダチョウ』だ。


「……ええ」


 敢えて嫌だということもない。


 ミミルは素直に頷くことにした。


「それでは、私は人を待たせているから」


 エルフスレイヤーがテルに言った。


「人? 他人とつるまないアンタが、珍しいな」


「……そうかな」


 エルフスレイヤーはオヴァンの方へと歩いていった。


「よう、デモンスレイヤー」


 エルフスレイヤーが離れたのを見て『別の男』がテルに声をかけた。


「大陸から帰ったらしいな」


 テーブル席にテルが見慣れた顔が有った。


 男は自分の力を誇示するかのように『大勢の部下』を引き連れていた。


 部下たちの格好は男と似ているので傍目にも一つのグループだとわかる。


 全部で『二十人』は居るか。


 酒場の一角が男の一味で埋まっていた。


 男が席から立ち上がると部下達も揃って立ち上がった。


 大勢の部下を背に男はテルへと近付いてきた。


 男の服装は青を基調とした冒険者スタイル。


 胸元を開いてその分厚い胸筋を誇示している。


 顔は角ばっている。


 眉は太く体毛も毛深い。


 髪は短い緑髪で額には白いバンダナを巻きつけていた。


 瞳も同じく緑。


 背は186セダカでその四肢はがっしりと太い。


 多少鈍重そうではあるが見るからに喧嘩が強そうな体格だった。


 彼を見て殴り合いをしたいと思う者はそうは居ないだろう。


 『喧嘩で三十人相手に勝った』事を自慢としていて『三十人殺し』の異名を持っていた。


 ……自称だけどね。


 首にかけられた等級証は黄色。


 『インターバル5』だ。


 エルフスレイヤーと同じ等級だった。


 テルとは30セダカほどの身長差が有り、男が上から見下ろす形になった。


「カーマ……何の用だ?」


 テルが面倒くさそうに言った。


「とぼけるなよ。このタイミングで帰ってきた理由……お前も『デッドコピー』を狙ってきたんだろう?」


 男、カーマはニヤニヤと笑みを浮かべた。


 まるで先程テルがエルフスレイヤーにしていたように。


「インターバル7ともなると神殿からの情報も入りやすくなるんだろうなぁ」


「いや」


 テルは首を左右に振った。


「島に帰ってきたのはただの『里帰り』だ。別にデッドコピーが目当てじゃあない」


「どうだかな」


「何にせよ、デッドコピーは俺様がいただくぜ」


 カーマは旅袋から紅い石を取り出した。


 『記憶石』だ。


 そこに『デッドコピーの情報』が収められているに違いなかった。


「止めておけ。お前達には無理だ」


「ちょっとインターバルが高いからって見下すんじゃねぇ!」


 余裕の有ったカーマの様子が一変した。


「一つや二つインターバルを上げたからって調子に乗りやがって……!」


「俺のインターバルがお前より低いのは、ただチャンスが無かったからだ!」


 カーマはテルにぐっと顔を近づけた。


 息がかかるほどの距離。


 彼もまたゲイなのかもしれない。


 実際テルは美少年だった。


 テルはカーマの酒臭い息に顔をしかめた。


「こんな狭い島じゃあ、ロクなクロスも出やしねぇからな」


「チャンスさえ有れば、俺は誰にも負けねぇ」


「お前や、あのエルフスレイヤーにだって負けちゃいねえんだよ」


「それをわからせてやる」


「どっちがデッドコピーを狩るか……勝負だデモンスレイヤー!」


 カーマはテルに向けてビッと指を突きつけた。


「断る」


 テルは即答した。


「な、なんだとぉ!?」


 カーマは気勢を削がれる形になった。


 テルは言葉を継いだ。


「今はまだ来ていないようだが、すぐに『大陸』から『それなりの戦力』が派遣されてくるだろう」


「それを待って『討伐隊』に参加した方が良い」


「何だ? ビビってやがるのか?」


 テルの言動を弱気のせいと見たカーマは威勢を取り戻した。


 ニヤニヤ笑いが戻る。


「違う。俺は……」


 テルが何か言おうとするが最早聞こうともしない。


「怖いならそこで震えてやがれ! 行くぞ野郎ども!」


「ウッス!」


 カーマは部下をぞろぞろ引き連れて酒場から出ていこうとした。


「おい……! 待て……!」


 テルの制止の言葉は一行には届かない様子だった。


 カーマのパーティは酒場から姿を消した。


「参ったな……」


「何が問題なの?」


 ミミルが疑問を口にした。


「あいつら、殺されるぞ」


 テルの口調は真剣だった。



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