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贋板つくり

エルフの矢に関するやり取りを修正。

 オヴァン達はエルフスレイヤーと一緒に町へ帰ることにした。


 エルフスレイヤーも猫を借りていたので二頭の猫を並んで走らせることになった。


 途中で日が暮れたのでテントで一泊することになった。


 そしてその翌日、三人は町へ帰還した。


 三人が酒場に辿り着いた頃には既に夕焼けが見えていた。


「おお、帰ったか」


 依頼を終えて帰った三人をマスターが笑顔で出迎えた。


 カウンター前に立ったエルフスレイヤーがマスターに言った。


「依頼を終えた。『報酬』を貰おう」


「私が四、あの二人が六ということで話はついている」


「六……? 先に行った割にはそんなもんか」


 マスターは不思議そうにオヴァンを見た。


「実は……ヘマをしてしまって……」


 ハルナはそう書くと俯いた。


「やっぱりな」


 得心した様子でマスターが言った。


「…………」


 マスターはオヴァンへと言葉を向けた。


「ルーキーに足を引っ張られたんだろう」


「インターバル1のお嬢ちゃんには荷が重いと思ってたんだ」


 ハルナは何も言えなかった。


 マスターの言葉は明白な事実だと思った。


「これに懲りたら、あまり背伸びをするのは……」


「いや」


 オヴァンが口を挟んだ。


「『ヘマ』をしたのは『俺の方』なんだ」


 オヴァンの言葉は明らかな嘘だった。


 オヴァンには何のミスも無い。


 そのことはハルナが一番わかっていた。


「馬鹿を言うな。あんたは……」


 マスターは何か言おうとしたが、それをさらにオヴァンの言葉が遮った。


「拾ったんだ」


「え……?」


 何のことかわからずにマスターの言葉が止まった。


 オヴァンは言葉を続けた。


「実は、『等級証』は『拾った』。俺は本当は『冒険者ではない』」


「珍しい物を拾ったからな。利用してやろうと思った」


「高インターバルの冒険者のフリをすれば、女にいい格好が出来ると思ったのさ」


 オヴァンの口調は段々と露悪的に変化していった。


「それで彼女と一緒に初めての依頼に行ったわけだが、散々だった」


 オヴァンは粗野な手つきでハルナを指差した。


 自分を下衆に見せようとしているのだ。


 ハルナはオヴァンの意図に気付いた。


 ハルナはオヴァンを止めようと看板にテンプレートを伸ばした。


 次の瞬間、テンプレートを持つハルナの手をオヴァンの手が掴んでいた。


 ハルナは身動きが取れなくなる。


 オヴァンはそのまま言葉を続けた。


「逃げ回って、自分の身を守るだけで精一杯でな」


「それどころか、彼女の足を引っ張ってしまった」


 オヴァンは自分がいかに情けのない男かを語った。


 そして……。


「だと言うのに、彼女は一人で二十体以上のエルフを倒してしまった」


 その次にはハルナを褒め称える言葉を放った。


「俺は『素人』だから良くわからないが、これは凄いことではないのか?」


「……そうだな」


 マスターはオヴァンの意見に賛同した。


 嘘の意見に。


「ソロでエルフ退治が出来るなら、『インターバル1』の実力じゃない」


「『インターバル2』の等級証を発行しても良い」


「ただし……」


「それは全部、あんたが『本当のこと』を言っていたらの話だ」


「『等級証』には『本人の指紋』が刻印されている」


「あんたが『偽の冒険者』かどうかは等級証を見ればわかるはずだ」


「念のため……確認させてもらおうか」


 マスターはじっとオヴァンを見た。


 オヴァンはニヤニヤと笑いながら手を振った。


「悪いが、等級証は失くしてしまった」


「エルフから逃げる時に落としたんだろうな。だから、等級証を見せることは出来ない」


 マスターは眉をひそめた。


「……あんたは二人を見てどう思った?」


 明らかに怪しいが決定的な証拠が無い。


 そう思ったマスターは『部外者』であるはずのエルフスレイヤーに意見を求めた。


 同時にオヴァンも彼女に視線を送った。


 エルフスレイヤーはオヴァンの視線に気がついた。


「私が二人と出会った時、『倒れていた』のはそっちの男の方だ」


「彼女は回復フレイズを使って立派にあの男を癒していたな」


 エルフスレイヤーは真実を言わなかった。


 嘘もつかなかった。


「……そうか」


 マスターは真剣な目でオヴァンを見た。


 常人なら後ずさりしてしまうような強い視線だった。


 オヴァンは薄笑いを浮かべたまま揺るがない。


「等級を偽ったのが事実なら、ウチでは二度とあんたに仕事は回せない。情報もだ」


「『デッドコピーの情報』が解禁されてもあんたには教えられない」


「それで良いんだな?」


(オヴァンさん……!)


 ハルナは真実を告げたかった。


 だが、ハルナの手はオヴァンに掴まれていた。


 ハルナが手を引こうとしてもオヴァンの力には敵わなかった。


「ああ。構わない」


 そのまま話が進んでいく。


「元々俺は冒険者ではない。依頼が受けられなくなっても痛くも痒くもない」


「……わかった」


「嬢ちゃん、こっちに来な。新しい等級証を発行する」


 ハルナは動けなかった。


 このまま嘘を利用してランクアップしてしまっても良いのか。


「行け」


 悩むハルナの背をオヴァンがポンと押した。


 ハルナはよたよたとカウンターの席へと歩いて行った。


 マスターはカウンターに『ペン』と『紙』、『朱肉』を置いた。


 ハルナの背をオヴァンがじっと見ていた。


 ハルナは用紙に名前を記入していった。


 そして最後に拇印を押した。


 紙を受け取ったマスターは『カウンター下の棚』から『まっさらな等級証』を取り出した。


 『インターバル2』を表す『藍色』のプレート。


 何の刻印もされていない平らなプレートだった。


 マスターはそれを持って『カウンターの奥の扉』へ引っ込んでいった。


 二分ほどして戻ってくる。


 戻ってきたマスターが持つ等級証にはハルナの情報が刻まれていた。


「新しい等級証だ。インターバルが上がれば受けられる依頼もぐんと増える。大事にしな」


 ハルナは等級証を受け取った。


 これでハルナはインターバル2となった。


 マスターは再びオヴァンを見た。


「分不相応な等級が本人のためになるとは限らんぞ」


「分不相応ではない。この俺が保証する」


「……信じて良いんだな?」


「ああ」


「……はぁ」


 マスターはため息をついた。


「そこまで言われちゃ仕方ない」


「……報酬の支払いがまだだったな」


 マスターは再び奥の部屋へと入っていった。


 そして皮袋を持って帰ってきた。


 マスターはカウンターに『三つの袋』を置いた。


 三つのうちの一つだけが僅かに大きい。


 エルフスレイヤーは『大きい方の袋』に手を伸ばした。


 エルフスレイヤーが袋を開けると中には銀貨が八枚入っていた。


 オヴァンとハルナも袋を手に取った。


 ハルナが袋を開けると中には六枚の銀貨が入っていた。


 オヴァンは袋の中身を確かめることなく旅袋に放り込んだ。


 遅れてハルナが袋をポケットに入れ、エルフスレイヤーも旅袋に自分の分け前を仕舞った。


 報酬を受け取ると三人は酒場の外へ出た。


「あれで良かったのか?」


 酒場の前の道でエルフスレイヤーがオヴァンに訪ねた。


「ああ。礼を言う」


 オヴァンの声音に揺らぎは無かった。


「別に、私は事実を話しただけだ」


「初めて見た時、お前はエルフに倒された情けのない男にしか見えなかった」


「『アレ』を見なければ、今でもそう思っていたかもしれない」


「アレ?」


「お前の『大工仕事』だ」


「ああ……」


 その時、べしべしとオヴァンの後頭部が叩かれた。


 オヴァンが振り向くとハルナが看板を掲げているのが見えた。


 何か伝えたいのかと思ってオヴァンはハルナの看板を見た。


 だが、看板には何の文字も書かれてはいなかった。


「何だ?」


 そう問いかけてオヴァンは自分が『ハルナのテンプレート』を持っていたことに気付いた。


「ああ、悪かった。返そう」


 オヴァンはテンプレートをハルナに返却した。


 テンプレートを受け取ったハルナは看板に文字を書き始めた。


 『常人の十倍近い速度』で文字が書き出される。


 水を得た魚とはこのことかとオヴァンは思った。


「どうしてあんなことをしたんですか?」


「相互理解が不足していたせいでお前の緒戦にケチが付いた」


「あれがお前が『本来受けるべき評価』だ」


「私は何も出来ませんでした」


「俺が居たからな」


「お前一人でもあれくらいの仕事は出来た。俺はそう思う」


「敵に気付かずに矢で射られました」


「……オヴァンさんが助けてくれなければあの攻撃でやられていたかもしれません」


「矢の軌道は仮面に向かっていた。俺が止めなくても致命傷にはならなかっただろう」


「けど、矢が仮面に向かっていたのは偶然です」


「運が悪ければ体に矢を受けてやられていたかもしれません」


「矢の一発くらいでは人は死にはしない」


「お前は回復のフレイズが使える。すぐに体を治して反撃しただろう」


「矢に『毒』が塗られていたかもしれません」


「オヴァンさんの忠告が有ったので耐毒フレイズを使いましたが……」


「そうでなければ、体が痺れてしまってそこで終わってしまっていたかも」


「いや。あそこのエルフ達は毒を使ってはいなかった」


「そんなことがわかるんですか?」


「刃を見ればわかる」


「けど、それは偶然ですし、矢でパニックになってしまって反撃が出来なくなってしまったかもしれませんよ?」


「お前はそこまで弱くない」


「出会ったばかりの相手を買いかぶらないで下さい」


「悪いか?」


「……悪いですよ」


「そのせいでオヴァンさんが悪者になってしまいました」


「大した問題ではない。依頼が受けられないのはこの町だけのことだ」


「名誉が傷つきました」


「そう気にすることでもない」


「私が……気にしますよ」


「それは悪かった」


「あなたが謝るの、おかしいです」


「欲しかった『デッドコピーの情報』も手に入らなくなってしまいました。良いんですか?」


「ふむ……」


 オヴァンは俯いた。


「そのことだが……」


 エルフスレイヤーが口を挟んだ。


「オヴァン、『情報開示の日』はいつだった?」


「『三日後』だったかな……」


「それでは、『三日後』に『酒場』で会おう」


「ふむ……。わかった」


 オヴァンが頷くのを見るとエルフスレイヤーは二人に背を向けた。


 人混みの中へと消えていく。


「それでは俺も宿に向かうとするか」


(あっ……)


 オヴァンはハルナを置いてスタスタと歩き出した。


 すぐに人混みに飲まれてハルナの視界から消える。


 ハルナは一人取り残された。


 ハルナの胸元では藍色の等級証が煌めいていた。


 インターバル2の証明である金属板はこれからのハルナの活動を保証してくれるだろう。


 ハルナは自分のポケットに手を入れてみた。


 そこには銀貨が六枚有った。


 銀貨一枚で一日は過ごす事が出来る。


 きちんと節約すれば二日以上。


 最低限の生活費は得ることが出来た。


(優しいオヴァンさん……)


 ハルナはオヴァンが消えた方角をぼうっと見つめた。


 その頬は少し赤らんでいた。



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