砦殺し
タイトルを変更。
それは『剣』というにはあまりにも『大雑把』すぎた。
大きく、分厚く、重く、そして『刃が無かった』。
それはどちらかと言えば……うん。
『棍棒』だったね。
オヴァンが旅袋から取り出したのは取っ手の付いた『六角柱の鉄塊』だった。
長さ180セダカほどの鉄塊に120セダカほどの長い取っ手が付いている。
つまり、全体の長さは300セダカほどになった。
常人なら地上から浮かび上がらせるのも不可能なサイズだ。
オヴァンはそれを軽々と持ち上げていた。
少なくともハルナにとって、それはあまりにも非常識な光景だった。
「な、何ですかそれは?」
ハルナが書いた。
驚きのせいかその文字は少し歪んでいた。
「俺の『得物』だ」
オヴァンは平然と答えた。
こうして驚かれるのにも慣れているのかもしれない。
「名を『夜明けの鉄槌』と言う」
オヴァンは腕を天の方角に伸ばして『金棒』を掲げてみせた。
色味の無い『黒色の金棒』だが、日に掲げると陽光を反射して鮮やかに煌めいた。
鈍い質感の鉄塊がその時だけは偉大な伝説の武器のようにも見えた。
「凄い力だな」
エルフスレイヤーが感心して言った。
視線は金棒へと向けられている。
「そうだな。力には自信が有る」
オヴァンはいつものように謙遜せずに答えた。
「戦士の才能とはこういうものか……。私ではどれだけ鍛えてもこうはいかないだろうな」
オヴァンの闘気溢れる立ち姿を見て、エルフスレイヤーは少し物欲しそうな声音で言った。
「そうだな」
オヴァンは思った通りを口にした。
オヴァンのような優れた戦士にはなれない。
それはエルフスレイヤーにとって覆しようの無い事実だった。
エルフスレイヤーはこれまでに何度もエルフを討ち倒してきた。
非力でも知恵さえ有れば戦える。
一方で、非力が原因で窮地に追い込まれたことも幾度もあった。
(羨ましいな)
口に出しそうになったその想いをエルフスレイヤーは心中で押しとどめた。
望んでもどうしようもない。
どうしようも無いことを望むのは時間と労力の無駄だ。
時間を無駄にしてはならない。
時間が有るのならエルフを殺すために使われるべきだ。
エルフスレイヤーはそう考えることにした。
「……それで、どうするんだ?」
羨望の感情を出さないようにエルフスレイヤーは素っ気なく尋ねた。
「あれを潰す」
オヴァンは木の枝を振るかのようにビュンと『金棒』を『天体観測所』に向けた。
超重量の得物を振り回してもその体幹は些かも揺らぐことが無い。
明らかに常軌を逸した身体能力。
英雄……或いは勇者と呼ばれる類のモノ。
「離れていろ」
オヴァンは警告した。
「わかった」
エルフスレイヤーはオヴァンに言われるままに建物から離れていく。
一方でハルナはオヴァンの隣に残った。
「どうした? 危険だぞ」
オヴァンが尋ねた。
「つ、潰すって、ハンマーでですか……?」
ハルナが尋ね返した。
ハルナはオヴァンの言動に納得がいっていない様子だった。
「ハンマー? どちらかと言えば『メイス』と言う方が近いと思うが」
「けど、『夜明けの鉄槌』と言うのでしょう? 『鉄槌』というのは『ハンマー』のことだと思うのですが」
「そうか……。言われてみればそうだな」
「しまったな……。深く考えていなかった……」
オヴァンはうーんと唸った。
「どっちでも良いですけど……」
「まあ、とにかく潰す。この……夜明けの……夜明けの……『棍棒』で」
オヴァンは頼りない足取りで建物に向けて歩き出した。
だが、すぐに足を止めてしまってハルナの方へ振り返った。
「やはり『鉄槌』では駄目か?」
「良いですよ」
「ありがとう」
オヴァンは微笑むと建物の手前右隅の方へ歩いて行った。
『土台』が高いのでオヴァンが立つ位置は一階よりも低い。
オヴァンは少し上方へと頭を向けた。
「良し」
棍棒を持ったままオヴァンは跳んだ。
オヴァンは一階の高さまで跳び上がると建物へ向けて横殴りに棍棒を叩きつけた。
棍棒の一撃を受けた石柱が紙くずのように吹き飛ぶ。
粉々に破砕された建材のクズが周囲へと散らばった。
柱の周囲の壁がボロボロと崩れた。
だが、柱の一本が砕けても建物全体は未だに健在だった。
オヴァンは別の隅へ移動すると破壊を繰り返し、一階隅の柱を崩していった。
「ふむ……足りないか」
一階隅の柱を失った建物は少々頼りなく見える。
だが、それでも建物が崩壊することは無かった。
オヴァンは建物が健在なのを見ると跳躍した。
そして『壁に開いた穴』から中へ入っていった。
オヴァンが中に入って少しすると、中からドカバキと凄まじい音が響き始めた。
一階右側の壁がボンボンと外側に飛び散って消滅する。
それから少しすると二階の同じ側の壁が粉々に粉砕された。
さらに、三階の壁が砕け散る。
ハルナからは外壁の破壊の様子しか見えない。
だが、きっと『中』はもっととんでもない事になっているのだろう。
破壊は下から上へと進んでいく。
やがて……自重を支える力を失った建物が『震動』を始めた。
建物を構成する建材がばらばらと崩れていく。
オヴァンは五階の穴から地上へと飛び降りた。
受け身も取らずに着地する。
着地の瞬間オヴァンの周囲の地面がズドンと振動した。
常人なら即死する高さだったが彼は特にダメージを受けた様子も無い。
オヴァンは平然と建物の方を振り向いた。
五百年以上の歴史を誇る建築物が跡形もなく崩れ落ちていった。
ばらばらと、ばらばらと。
天体観測所が『影も形もなく崩壊』したのを確認するとオヴァンは歩き出した。
ハルナ達の方へと近付いていく。
「こんなところでどうだ?」
オヴァンは名画を書き上げた直後の天才画家のような調子で言った。
「良いのでしょうか? 『歴史的建造物』が……」
「歴史よりエルフだ」
そう言ったのはエルフスレイヤーだ。
「エルフを放置していたら人が死ぬ」
高尚なる『文化の破壊』を目前にしてもエルフスレイヤーは平然としている。
歴史や美術などには些かの興味も無いらしい。
おそらくは愚神への信仰心も無いだろう。
控えめに言うと『野蛮人』の類だった。
君も野蛮人と思われたくないのならちゃんと信仰心は持った方が良い。
愚神を崇めよ。
「オヴァン、良くやってくれた」
エルフスレイヤーは穏やかな口調でオヴァンを褒めた。
「役に立てたのならなによりだ」
八階建ての建築物はただの建材の山になっていた。
最早とても人が居つけるような場所では無い。
エルフが住み着くこともないだろう。
さらば、文明。
「帰るか」
オヴァンは満足気に言った。
一仕事終えた男の佇まいだった。
「……そうですね」
釈然としない様子でハルナが書いた。
オヴァンは歩き出した。
ハルナもそれに続く。
歩き出すオヴァンを見てエルフスレイヤーはぽつりと呟いた。
「英雄……」
と。




