虜
レイ達がトリコの村を去ってから数日後。
村から少し離れた空に、火山へ向けて飛ぶ白銀の竜の姿が有った。
竜の背にはトルク=カーゲイルとオウガ=マージンゲイルの姿が見える。
「次はどこに行くの?」
トルクの後ろに座るオウガが口を開いた。
「あそこに火山が見えるでしょう? あの山に有る村です」
「何が有るの?」
本当に興味が有るのか。
オウガは無表情で尋ねた。
「腕のいい鍛冶屋が居るらしいですよ。オヴァンさんに聞いた話ですが」
「腕……あの人の棍棒を作るのに、腕とか必要有るのかな」
オウガはオヴァンが使う大雑把なハンマーを脳裏に思い浮かべた。
「さて。ですが、一度訪ねてみる価値は有るでしょう」
トルクの竜、シルヴァは村の上空へと近付いていった。
「あれは……?」
村を見下ろせる位置まで来て、トルクは村の異常に気がついた。
「シルヴァ!」
トルクがそう言うよりも早く、シルヴァはその体を急降下させていた。
そして、シルヴァは村の空地へと着陸した。
地上に降りたトルク達の目に映ったのは、怪しい白ローブの集団だった。
白ローブ達は武器を持って村を闊歩していた。
村人である羽の生えた人々は、白ローブに組み伏せられたり、ロープで体を縛られたりしていた。
トルクはシルヴァから飛び降り、長槍を構えた。
白ローブ達を睨みつける。
「お前達! 何をしている!」
トルクは敵の中心に居る長身の人物に向かって怒鳴りつけた。
中心の人物は、服装においては他の連中と違いは無かった。
だが、トルクの嗅覚がその人物が集団の頭だということを嗅ぎつけていた。
明らかに身にまとっている空気が違う。
トルクはその人物から強い圧力を感じていた。
「おや……アレンジですか」
白いフードの下から声がした。
体格から想像はついていたが、その人物はどうやら男性のようだ。
「良い所に来ましたね」
男は穏やかな声音でトルクへと言葉を放った。
「何をしていると聞いている!」
トルクは長槍を持つと男へと突進した。
他の白ローブが阻もうとしたが、トルクの圧力に弾き飛ばされてしまった。
目前に迫ったトルクの突きを、男は紙一重でかわした。
トルクの槍は男のローブだけを攫っていた。
トルクの視界が白いローブで埋め尽くされた。
「……!?」
次の瞬間、トルクの槍は両断されていた。
トルクの槍の先端がぼとりと地面に落ちた。
ローブが地面に落ち、トルクの視界が晴れた。
トルクは槍を斬り落としたであろう男の方へ視線を向けた。
「壊してしまってすいません。ですが……もう必要がないでしょう?」
ローブを失い軽装になった男が武器を構えた。
トルクは目を見開いた。
男の胸元に冒険者の等級証が見えた。
トルクが男から飛び下がろうとしたその時……。
トルクの太腿から赤黒い血が散った。
「ぐっ……!」
「脚を封じさせて貰いました。ドラゴンで逃げられては厄介ですからね」
(駄目だ……。私は地上では……この男に勝てない……)
「シルヴァ! オウガを連れて逃げろ!」
主の命令を受けてシルヴァが飛び上がった。
「トルク!」
飛び上がったシルヴァの背からオウガが叫んだ。
「シルヴァ! トルクの所に戻るんだ!」
シルヴァはオウガの命令を聞かず、トルクから離れていく。
白ローブの何人かが、シルヴァに向かって矢やリメイクを放った。
だが、届かない。
シルヴァはぐんぐんと攻撃の射程外まで飛び去ってしまっていた。
「中型竜にしては速い。良いドラゴンだ」
長身の男が、相変わらずの穏やかな声音で言った。
オウガはシルヴァの上からその男の姿を見ていた。
「あの男の服……彼らは……」
オウガは長身の男の衣服を目に焼き付けた。
「……頼んだぞ」
トルクはシルヴァから視線を外し、目の前の男を睨んだ。
太腿の痛みを我慢して立ち、男に向かって槍を構える。
先程切断されたせいで、刃は失われてしまっていた。
「戦うつもりですか? そんな槍で」
「この槍は、ドラゴンの上で使うために作られた物だ」
「地上で使うにはちょっと長すぎた。これで丁度良い長さになった」
「そうですか」
「……一つだけ聞いておこう」
「何でしょう?」
「どうしてこんなことをしているんだ?」
「オクターヴ……!」
長身の男の胸元で等級証が輝いていた。
その色は見紛うことのない純白。
この世界に10人も居ないとされる最高級の冒険者、インターバル8の証だった。




