しつこいやつら
「どういうことだ……?」
タグルはリーベンを睨みつけた。
「お前がその目に嵌めている物は何だ」
「何って、オリジナルですよ。その男が言った通り、私はこれを使って陛下に呪いをかけ続けていた」
「誰に頼まれた?」
「誰にも。これは私の意思です」
「お前の意思だと? 兄さんを殺してお前に何の利益が有ると言うんだ」
「あのノイズは体の自由を奪うだけのもの。死ぬことなど有りません」
「だったらなおさら、お前に何の得が有る」
「全てはブルメイ王子をこの国へとおびき寄せるため」
「ブルメイを……?」
リーベンは目に嵌ったオリジナルを撫でた。
「疼くんですよ。この失くなった目が」
「私は当時、ほんの子供だったブルメイ王子に敗れた……」
「私に一目置いていた周囲の者達も手の平を返して私を嘲笑しました」
「私はその悔しさをバネに腕を磨きました」
「毎日出来る限りの鍛錬をし、ついには騎士団長にまで上り詰めた」
「ある意味、私が騎士団長になれたのはブルメイ王子のおかげかもしれません」
「ですが……それでも忘れられないのですよ。あの時の痛みが、屈辱が」
「私は腕を磨いてブルメイ王子が帰ってくるのを待った。再戦し、今度こそ王子に打ち勝つために」
「だが……王子は帰ってこなかった……」
「私は年々老いていく。全盛期の力が失われていく」
「力が残っている今のうちに、ブルメイ王子との再戦を果たしたかった」
「それで、陛下に呪いをかけることを思いついたのです」
「父親が危篤ともなれば、流石にあの放蕩息子も家に帰って来ざるをえないだろうとね」
「そうして、私の目論見どおりにブルメイ王子は帰ってきた……」
「あとはブルメイ王子を倒しさえすれば私に悔いは無い……」
「そう思っていたのに……あのブルメイ王子は偽物なのか……?」
リーベンはオーシェに問うた。
「そうだ。あいつは英雄ブルメイじゃない」
「なんてことだ……まさかブルメイ王子がここまで血も涙も無い男だったとはな」
「違う!」
「…………?」
背後から声がしてリーベンは振り返った。
レイがリーベンを睨みつけていた。
「何が……違うというんだ……?」
「ブルメイ王子は父親の危篤を聞いて放っておくような男じゃない」
「ただ……ここに来られるような状況じゃ無かっただけだ」
「小娘が。何故言い切れる? 貴様がブルメイ王子の何を知っているというのだ?」
「私は……オヴァン=レイ=クルワッセ」
「オヴァン=ブルメイ=クルワッセとハルナ=サーズクライの娘だ」
「ブルメイの……子供……?」
タグルは信じられないという目をレイに向けた。
「ブルメイ王子の娘だと……?」
リーベンはレイを睨みつけた。
「どういうことだ? 貴様、本物の王子の居場所を知っているのか?」
「知っている」
それを聞いたリーベンは剣先をレイへと向けた。
その間にタグルが立っていることを気に留めた様子も無く。
「教えろ。ブルメイ王子はどこに居る」
「俺は……ブルメイ王子との決着をつけなくてはいけないんだ……!」
「無理だ。今のあいつは剣が握れるような状態じゃあない」
「そんな……そんなことが許されると思っているのか……?」
「俺は……あの男と決着をつけるためだけに生きてきたんだ……!」
「無理だと言っている」
「だったら……お前が俺と戦え! ブルメイ王子の娘!」
「俺が勝てばブルメイ王子の所へ案内してもらう!」
「……わかった」
レイはナイフホルダーに手を伸ばした。
そして、青い短刀を構える。
リーベンは自分の周りを剣で凪いだ。
リーベンの剣圧に圧された兵士達が後ずさる。
周囲に広い空間が出来た。
「来い!」
リーベンは長剣を正眼に構えてレイを待ち構えた。
レイがリーベンとの間合いを詰める。
レイが放った凡庸な斬撃を、リーベンは容易く受け止めた。
「っ……!」
レイの攻撃を二撃三撃と受け止めるうちにリーベンの腕が凍りついていく。
それとは反対に、リーベンの心中では憤怒の炎が燃え盛っていた。
「この道具便りの贋物がッ!」
リーベンの脚が伸びた。
レイの技量ではリーベンの鋭い蹴りをかわすことは出来ない。
つま先がレイのみぞおちへと突き刺さった。
「…………!」
レイの体が崩れ落ちた。
上手く息が出来ずに喘ぐ。
「レイ……!」
テンがレイに駆け寄った。
レイを見下ろすリーベンの表情には落胆の色がありありと見えた。
「ブルメイ王子の娘……この程度か……」
「貴様では話にならん。さあ、ブルメイ王子の所に案内してもらおう」
「待てよオッサン」
その時、レイとリーベンの間に大きな影がにゅっと入り込んだ。
「サンド……?」
レイが体を起き上がらせた。
ルオナもサンドについてきたらしく、遠巻きに様子を窺っている。
「おう。サンド様だ」
「お前もオッサンだろう」
「……俺はまだ若い」
「本当に?」
「……………………」
「何の用だ? ブルメイ王子の偽物」
「お前、オヴァンにボコられたいんだってな? 代わりに俺がボコボコにしてやるよ」
「貴様がブルメイ王子の代わりになるとでも言うのか?」
そう言われたサンドは首回りから服の下へと手と突っ込んだ。
サンドの手が、自らの等級証を引きずり出す。
真っ白な金属板が人々の目に晒された。
インターバル8。
世界に十人と居ない最高位の冒険者の証だった。
「サンド=マデルス。元オクターヴだ。これじゃあ不服か?」
「オクターヴ……! 伝説のパーティ……!」
「言っとくが、俺に勝てないようじゃオヴァンに勝つなんて到底無理だぜ」
「良いだろう。どうやらただの三下では無いようだ」
サンドは旅袋に手を入れると一本の長剣を取り出した。
いつも使っている槍と盾は使わないようだ。
長剣は彼の巨体と比べるとやや小ぶりだった。
「それじゃあ始めようぜ」
サンドは一歩前へと踏み出した。
「行くぞ!」
サンドとリーベンの立ち会いが始まった。
サンドは上段、リーベンは正眼に構えている。
どっしりと佇むサンドに対してリーベンがじりじりと間合いを詰めていく。
既にお互いが一足一刀の間合いに居た。
どちらがどのタイミングで仕掛けるのか……。
周囲の人々は必殺の一撃が放たれる瞬間を固唾を呑んで見守った。
少しずつ、少しずつ、二人の距離が縮まっていく。
そして……。
先に剣を振ったのはサンドだった。
巨漢であるサンドの手足はリーベンよりも10セダカ以上長い。
つまり、必殺の間合いもリーベンより広いということになる。
リーベンがサンドにとっての必殺の間合いに入った瞬間、サンドの剣が振り下ろされた。
リーベンから見て左上から鋭い斬撃が振り下ろされる。
いや……その剣筋が鋭いというのは凡人の感想だった。
リーベンは姿勢を低くして踏み込みながら、自らの剣先を上げ、サンドの剣撃に合わせた。
リーベンの首筋を狙っていた剣の軌道が逸らされた。
サンドの剣はリーベンの頭上を通り過ぎていく。
剣を振り切ったサンドに致命的な隙が出来た。
がら空きになったサンドの腹部に、リーベンのロングソードが突き刺さった。
「俺の勝ちだ!」
リーベンが勝利を宣言した。
「サンド!」
「サンドさん!」
サンドの仲間たちが声を上げた。
「そう慌てんなって」
サンドがニヤニヤと言った。
「何……?」
平気そうに笑うサンドを見て、リーベンの心に焦りが生じた。
サンドから離れるために剣を引き抜こうとする。
……抜けない。
サンドの腹筋がリーベンの長剣を締め付けて放さなかった。
「馬鹿な……!」
剣に執着するリーベンの両肩をサンドの手が掴んだ。
「へへ……捕まえたぜ」
そして……サンドの頭が振り下ろされた。
「があっ!」
サンドの頭突きを受けたリーベンが悲鳴を上げた。
たった一発の頭突きでリーベンは地面へと倒れ伏せた。
サンドは腹から力を抜くと、刺さっていた剣を抜き取った。
そしてリーベンへと突きつけた。
「お前……人間とか小型のクロスとしか戦ったこと無いだろ。剣がお上品すぎるんだよ」
サンドはそう言うとリーベンの剣を放り捨てた。
サンドの側にレイとテンが駆け寄ってきた。
「大勝利ってな」
サンドはレイに向かってそう言った。
「何が大勝利だ……血だらけじゃないか……」
サンドの腹は血でべったりと濡れていた。
「こんなもん、ツバつけときゃ治る」
「治るかバカ……」
「はいはい。傷を見せて下さい」
「優しくしてね」
サンドはおどけて言った。
テンは回復のフレイズを唱え始めた。
サークルが出現し、サンドの傷が癒えていく。
……決着はついた。
皆がそう思い気を抜いた時だった。
兵士の一人が窓の外を見て言った。
「雨だ……」
それを聞いて、皆が窓の外へ視線を向けた。
確かに、窓の外では雨が降り始めていた。
普通の雨ではない。
黒い雨だった。
「雨……? 確か予報では……」
タグルが首を傾げたその時……。
「皆伏せろ!」
サンドが叫んだ。
次の瞬間、外壁の一部が外部からの衝撃で吹き飛ばされていた。
「うわああっ!」
壁の破片が内部の兵達を襲う。
壁の破片を受けた兵士の何人かは床に倒れ伏していた。
運良く難を逃れた兵士達は慌てて壁から離れていく。
サンドは破壊された壁の外を睨みつけた。
破壊された壁のすぐ外側……。
そこに黒い化物が浮遊していた。




