フェイク
あの方のために殺す。
あの方のために殺す。
……何のために?
そう命じられたからだ。
それ以上の意味は無い。
こちらを見上げる死人の顔に、見知ったものが混じっていた。
大切な子供たち。
意味は無い。
あの方のために殺す。
それだけだ。
……。
「素晴らしい!」
大臣が賛成し、サンドの計画が決行に移されることになった。
「本気か……?」
オヴァンは呆れ気味だったが、二人がやる気だったので強くは止めなかった。
「さあ、善は急げ! 行きましょう!」
やけに乗り気な大臣を先頭にして一行は王宮に歩き出した。
「大丈夫かなあ……」
最後尾のテンが不安気に言った。
……。
オヴァン一行は大臣の案内で王宮へと入った。
そして、広い応接室に案内された。
オヴァン達はサンドを中心にして一つのソファに座った。
広々としたソファは三人で座ってもまだ余裕が有った。
「こういう豪華なところは……なんだか落ち着かないな……」
オヴァンはきょろきょろと周囲を見渡した。
小国とはいえ王宮の応接室だ。
高そうな調度品ばかりが目に入った。
「それに……仮面も無いし……」
今のオヴァンは素顔だった。
ブルメイ王子になりすますため、竜の仮面はサンドが被っていた。
オヴァンは自身の頬に触れた。
仮面が無いと落ち着かない様子だった。
「俺たちゃ客だぜ? どーんとふんぞり返ってたら良いんだよ」
サンドはゆったりとソファに体重を預けていた。
その様子からは緊張や、その他の負の感情が一切感じられない。
「流石にくつろぎすぎじゃないですか?」
テンが苦笑した。
しばらくソファで寛いでいると、応接室の扉がノックされた。
「あいよ」
サンドがぞんざいに答えると、その直後に扉が開いた。
大臣を先頭に、見知らぬ人々が入室してきた。
人数は、大臣を除いて四人。
四十近い男と、彼に年の近い女性。
それに十代後半の少女と、十歳を少し過ぎたくらいの少年だった。
全員がしっかりと仕立てられ装飾が施された上流階級の衣装を身にまとっていた。
四人はオヴァン達の向かいのソファに座った。
大臣はソファには腰掛けず、四人の後ろに控えて立った。
男が口を開いた。
「ブルメイ、私は叔父のタグルだ。覚えているかな?」
タグルの髪色は黒で、前髪を上品な九一分けにセットしていた。
多少の老いは見えるが、ハンサムと言っても差し支えのない顔立ちをしている。
体格は痩せ型で、身長は174セダカ。
「あんまり……。なにせ、ずっと前のことだからな」
ブルメイ王子に扮するサンドはタグルとは初対面だ。
それどころか、彼に関する話を聞いたことすら無かった。
「ブルメイ……口が悪くなったね。いや、口だけじゃない。立ち振舞いもだ」
「悪いな。冒険者なんてやってると、自然と柄が悪くなるんだ」
「そうか……。君は冒険者になったんだったね」
「ああ」
「お久しぶりです。ブルメイ王子。タグルの妻のルキです」
タグルの左隣に座った女が軽く会釈をした。
ルキは金髪の美女で、身長は160セダカほど。
少し線の細い感じのある、色白の女性だった。
「ああ。久しぶり……? だな?」
次に、タグルの右隣に座った少年が口を開いた。
「ブルメイ兄さん、僕の事は覚えていますか? 僕は従兄弟のルオナです」
身長は155セダカほど。
まだ背が伸び切っていないようだ。
父からは黒髪を、母からは繊細な美貌を受け継いだ美少年だった。
「いや……」
サンドはルオナについてもブルメイ王子から聞いたことは無かった。
「ルオナ」
タグルがルオナに言った。
「お前が生まれる前にブルメイは旅に出てしまっていたんだよ」
「そうですか……。残念です」
「だけど、本当にブルメイ兄さんが英雄オヴァンだったなんて、感激です」
「大げさね」
ルキの左隣に座った少女が言った。
身長は158セダカで、髪は茶色。
少しきつい目つきをしていた。
「冒険者なんて卑しい者がやる仕事じゃない」
彼女は部屋に入ってきてから終始不機嫌そうな顔をしていた。
「アカレル、止めないか」
タグルは娘のアカレルを睨んだ。
「けど……」
何が気に食わないのかアカレルは不機嫌な顔を崩さない。
「はぁ」
タグルはため息をつくとサンドの方へ向き直った。
「ブルメイ、少し良いかな?」
「何だ?」
「君は、本当のブルメイかな?」
聞かれたくなかったことを聞かれ、サンドの体が一瞬硬直した。
だが、彼の口元はずっと微笑を浮かべていた。
「ブルメイ……悪いが、私は君が本当にブルメイ本人なのかどうか確証が持てない」
「君の姿がどうしても昔のブルメイの姿と重ならないんだ」
「ただ、ブルメイがここを出て行ったのは十歳の時だからね」
「長い間、冒険者という過酷な職業をしていれば、別人のように様変わりすることも有るかもしれない」
「何か君が……ブルメイ本人だという証のような物は無いかな?」
「証って言ったってな……」
サンドは言葉に詰まった。
いざとなれば腕っぷしを証にしてしまおうか。
そんな風に考えたその時……。
「これでは駄目か?」
オヴァンが旅袋から冒険者の等級証を取り出した。
白い等級証。
この世に十人と存在しない冒険者の最高等級、インターバル8の証。
その金属のプレートにはブルメイ=ケルヴァンという名前が刻印されていた。
実際はその等級証は更新期限が切れていて、本来の役割を果たさない。
だが、冒険者でないケルヴァン一家にはそんなことはわからなかった。
「わぁ……! これがオヴァン=クルワッセの等級証なんですね!」
ルオナが感激の声を上げた。
「一々騒がないの。はしたない」
アカレルがルオナの言動をたしなめた。
「なるほど。インターバル8の等級証。簡単に手に入る物では無いね」
「けど、ブルメイ、もう一つ聞いても良いかな?」
「……何だ?」
「少し前まではこの国にも英雄オヴァンの活躍が聞こえてきたものだった」
「だけど、最近になって、それはぱったりと途絶えてしまった。……どうしてかな?」
「ん~……それはだな」
サンドは両隣の二人に手を伸ばし、その肩を抱いた。
「…………」
オヴァンはサンドを睨んだが、彼に何かしらの意図が有ることはわかったので腕を払い除けたりはしなかった。
「いい女に出会っちまったからな。身を固めてのんびり暮らすことにしたってわけよ」
「それで結婚の報告でもしようと思ってたら、親父が倒れたって話を聞いて、慌てて帰ってきたってわけだ」
「なるほど。二人ともブルメイの奥さん? 随分と若いね」
「羨ましいか?」
「いや。私には愛する妻が居るからね」
そう言うとタグルは妻であるルキの肩を抱いた。
ルキはタグルに対し穏やかな微笑で応えた。
「あの、タグル殿下」
四人の後ろに控えていた大臣が口を開いた。
「そろそろブルメイ王子をソーダ陛下のお部屋にご案内しようかと思うのですが」
「そうだね。そうすると良い。……ブルメイ」
「……何だ?」
「これからどうするつもりだい? 兄さんの後を継いで王になるのかい?」
「いや。そんなつもりはない。長いこと冒険者をやってた俺に国王なんてのは無理だ」
「親父の顔を見に来ただけだから、用が済んだら嫁の田舎にでも行くつもりだ」
(勝手にそんな事言っちゃって良いのかな……)
べらべらと口が回るサンドにテンは内心呆れていた。
「そうか……」
「そんな。ずっと居て下さいよ。ブルメイ兄さん」
ルオナが言った。
「こら、無理を言わないの」
それをアカレルが咎める。
「悪いな坊主。さあ、親父に会わせてくれ」
サンドは立ち上がった。
それを見てタグル達も立ち上がる。
全員が応接室から出た。
「それでは、陛下の所へご案内いたします」
テカールを先頭にぞろぞろと廊下を進んだ。
そうやって廊下をしばらく歩いた時だった。
「ブルメイ王子」
一行の前方から鎧姿の男が歩いてきた。
身長は180セダカ。
灰色の髪を頭に撫で付け、その左目は眼帯に覆われていた。
腰には装飾華美な長剣の鞘をぶらさげている。
「ええと……」
サンドは男のことを思い出そうとするフリをしてみせた。
それを見てタグルが口を開いた。
「彼はリーベン。リーベン=オルデイズ。流石に覚えているだろう? 君に剣を教えていた人だ」
「ああ……」
サンドは思い出したフリをした。
「あの事件からめきめきと剣の腕を上げ、今では騎士団長の大任を任せられている」
「へぇ。凄いな」
「お久しぶりです」
リーベンは頭を下げた。
「ああ。久しぶりだな」
「王子、よろしければ、以前のようにお手合わせを願えますか?」
そう言ったリーベンをタグルが咎めた。
「リーベン、私達は兄さんの所へ向かうところだ」
「兄さんは一刻も早くブルメイの顔を見たがっていると思う。他の用事はそれが済んでからにしてもらおうか」
「はっ。了解しました」
リーベンは通路脇に移動するとオヴァン達を見送った。
その視線はずっと、ブルメイ王子に化けたサンドへと向けられていた。




