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elf

 サーベル猫が平原を行く。


 二人で会話をしながら進むとやがて日が暮れてきた。


「そろそろ野宿の用意をするか」


 オヴァンが背中に居るハルナに声をかけた。


「なんだか……あっという間ですね」


「うん?」


「一人だった時よりも一日が経つのが早く感じます」


「……俺もだ」


「え?」


「降りろ」


「ああ、はい」


 二人は猫を降りた。


 オヴァンは旅袋に手を入れ、ロープと杭を取り出した。


 それから杭をロープに結びつけ、ロープの端を猫の首輪にくくりつけた。


 猫に逃げられないための措置だった。


 それからオヴァンは旅袋から大きな布らしきものを取り出した。


 布には金属の棒が何本かくっついているのが見えた。


「それは?」


 ハルナは地面に文字を書いて尋ねた。


「テントだ」


 オヴァンはてきぱきと手を動かした。


 あっという間に布と棒がテントの形になる。


 テントの形状は、立面図は台形に近いが上面がややカーブしている。


 高さは170セダカほどでオヴァンの身長よりも低い。


 床面は一辺210セダカほどの正方形になっていた。


「入れ。少し狭いかもしれんが」


 オヴァンはテントに足を入れながら言った。


「お邪魔します」


 二人はテントの中に足を踏み入れた。


 中は暗い。


 オヴァンがテントの奥に座り、ハルナは入り口の方に座った。


 オヴァンが照明のテンプレートを取り出すとテントの中が明るく照らされた。


 ハルナの目にオヴァンが座っている姿がはっきりと見えた。


 狭い空間に男と二人きりだということを意識してしまう。


 先程までも体が密着していたのだが、向き合ってはいなかった。


 仮面の奥からオヴァンの視線が感じられるようでハルナはどきまぎしてしまった。


「あの……」


「何だ?」


「オヴァンさんはテントを使うんですね。意外でした」


「おかしいか?」


「豪快に野外で寝るのかと思っていました」


「まさか。さすがにそこまで命知らずじゃない」


「命知らず……ですか?」


「一人で寝ている所をクロスに襲われたらどうする?」


「テントでも同じじゃないですか?」


「これを使う」


 オヴァンは旅袋からテンプレートを取り出した。


 平べったい直方体の台座にノート石を嵌めた物だ。


「それは?」


「これをテントの壁に貼り付ける」


 オヴァンは言葉通りにテンプレートをテントの壁に持っていった。


 石を手前に、台座が壁側になるように持っていく。


 すると、縫い付けられでもしたかのようにテンプレートはテントの壁に張り付いた。


 テンプレートの設置が終わるとオヴァンはハルナへと向き直った。


「こうしておくと敵の襲撃に何度か耐えてくれる」


「デッドコピー級が来たら無理だが、予報無しに出現することは滅多に無いからな」


「滅多に……」


「有るんですか? デッドコピー級が予報無しに出ることが」


 ハルナにはそれが意外だった。


 デッドコピーの出現は全て神殿が予知しているものかと思っていた。


「有る。以前……デッドコピー級の奇襲を受けた」


「それで、どうなったんですか?」


「なんとか追い払った。だが、パーティは全員ボロボロだった」


「大変だったんですね」


「……そうだな」


「あんなことは二度とごめんだ」


 それからのオヴァンは少し言葉少なになった。


 ……。


「そろそろ寝るか」


 とりとめのない話の途中でオヴァンがそう言った。


「そうですね」


 ハルナはあまり眠いとは思わなかった。


 むしろ、オヴァンと話すのが楽しくてずっと起きていたいくらいだった。


 だが、今は依頼の途中だ。


 ベテランのオヴァンの意見に従うべきだと思った。


「良し」


 オヴァンは旅袋から毛布を二枚取り出し、一枚をハルナに渡した。


 ハルナは毛布を受け取ると膝の上に乗せた。


「枕はいるか?」


「枕……ですか?」


「ああ。用意してある」


 ハルナはくすりと笑った。


 今度こそオヴァンのイメージにそぐわないような気がしたからだ。


 ほんの少し口端をつりあげるだけの微かな笑いだった。


「何だ?」


「……いえ」


「贅沢に慣れるといけないので、枕無しで寝てみることにします」


「枕は……贅沢か?」


「違いますか?」


「そうか……。枕は贅沢なのか……」


 オヴァンは旅袋から手を抜くとごろりと寝転がった。


 ハルナは髪留めと帽子を体の隣に置くとそれに倣って寝転がった。


 そして毛布を体に被せた。


 横になってからのオヴァンは居心地悪そうに体を動かしていた。


「どうしました?」


 オヴァンの妙な様子を見てハルナが尋ねた。


「別に、なんでもない」


「そうですか……。おやすみなさい」


「ああ。お休み」


 ハルナは目を閉じた。


 それからもしばらくはオヴァンがごそごそと動いているのが聞こえた。


 ふと、オヴァンが動く音が聞こえなくなった。


 ハルナは目を開けて隣をちらりと見た。


 オヴァンの頭の下に枕が出現していた。


 結構高そうな枕だった。


 ハルナはまたくすりと笑った。


 ……。


「起きろ。朝だぞ」


 男の声がしてハルナは目覚めた。


 まだ眠い。


 意識がはっきりとしなかった。


 さっきの声は……誰の声だったか……。


「……?」


 ハルナはゆっくりと目を開けた。


 ハルナの瞳に恐ろしいドラゴンの姿が映った。


「…………!」


 ハルナは慌てて上体を起こした。


 ハルナの頭がドラゴンにぶつかった。


「…………!」


 鈍い痛みに襲われてハルナは頭をおさえた。


「寝ぼけているのか?」


 また男の声がした。


 ハルナは声の方角を見た。


 徐々に思考が冷静になってくる。


「……そうみたいです」


 オヴァンが竜面の位置を直していた。


 ハルナの頭突きでズレたのだろう。


「朝日を浴びて目を覚ますと良い」


「……はい」


 ハルナはテントから出た。


 テントから数歩離れるとハルナはテントの方へと振り返った。


(あの中に男の人と二人っきりで居たんだ……)


(二人きりで居たのに……何もされなかった……)


 ハルナは自分の胸を見下ろした。


(私が貧相だからでしょうか……)


 ハルナは頭を抱えた。


(いや。オヴァンさんはゲイなんだ)


 それが論理的思考の末に辿り着いたハルナ=サーズクライの結論だった。


 ……。


 朝食を終えると二人は再び猫に乗って南下を始めた。


 それから昼食を済ませ、さらに移動を続けた。


 やがて林が見えてきた。


「猫が怯え始めた。近いぞ」


 オヴァンが真剣な口調で言った。


「……はい!」


 浮かれた気分だったハルナもその一言で気を引き締めた。


 オヴァンは林の木に猫を寄せた。


 そしてロープを使って首輪と木を結びつけた。


「看板は必要か?」


「はい。お願いします」


 オヴァンは旅袋から看板を取り出すとハルナに返却した。


 それから徒歩でしばらく進むと建物らしきものが見えてきた。


 天体観測所で間違い無いだろう。


 ハルナは緊張しながら一歩一歩と建物に近付いていった。


 よく見ると建物の近くには木が生えていないのがわかった。


 土が固いのか、長年放置されている割には雑草も生えていない。


 八階建ての、この世界にしては高めの石造りの建物。


 塔と言うには底面積が広く、立方体を少し上に伸ばした程度の形をしている。


 地上からはわからないが、最上階だけ小さく作られていて屋外に出られるようになっている。


 柱には学問のための施設とは思えないほど凝った過美な装飾が施されていた。


 窓は小さく、経年劣化で木枠がボロボロになっていたり、ガラスが割れていたりする。


「あれが天体観測所だな」


 建物から25ダカールほどの距離でオヴァンが口を開いた。


「五百年前に取り壊されたんですよね」


「神様の世界を覗き見るのは罰当たりということで」


「……そんなことを気にする神にも見えなかったが」


「え?」


「行くぞ。連中は数が多く小柄で、そのうえ臆病だ。奇襲に気をつけろ」


「はい」


 ハルナは一瞬躊躇した後、ポケットから虎の仮面を取り出してかぶった。


 その木面はオヴァンの立派な面と比べるといかにも貧相な細工だった。


 安物だろう。


「仮面を持っているのか」


「冒険者なら皆持っていると聞きました」


「ソロのアタッカーなら仮面を使わない者も居る」


「らしいですね。けど、私はアタッカーではありませんし……」


「パーティに誘われた時に必要だと思いまして。ウキウキして買いました」


「……誘われませんでしたけどね」


 ハルナの口端がほんの僅かにつりあがった。


「俺が誘った」


「誘ったのは私ですよ」


「最初はそうだ。だが、俺がお前に来いと言った。そうだろう?」


「……はい」


 オヴァンは旅袋に手を入れると一本のダガーを取り出した。


 ハルナは意外そうな目をオヴァンに向けた。


「オヴァンさんは短剣使いなんですか?」


「いや」


「俺の得物は大きい。室内戦には向かん」


「エルフ相手ならこいつで十分だ」


「そうですか……」


 いくらなんでもダガー一本というのは軽装すぎないか。


 ハルナはそう思った。


(エルフというのは思った以上に弱い生き物なのでしょうか?)


 そう考えると少し気が楽になった。


 一方で、自分の出番は本当に無いかもしれないとも思う。


 ハルナはなんとかして活躍したいと考えた。


「戦いに入る前に何かリメイクを使いましょうか?」


「別に良いが……」


「何でもリクエストして下さい」


「……そうだな。耐毒フレイズは使えるか?」


「はい。私に使えないフレイズはあんまり有りません。おまかせ下さい」


 ハルナは目を閉じた。


 そして看板に高速でフレイズを綴る。


 瞬時にリメイクが発動した。


 二人の周囲にサークルが広がっていく。


 そして、二人の仮面にリメイクが付与されている証である『光る紋様』が浮かび上がった。


「速いな」


 オヴァンはハルナのリメイクを褒めた。


「そうですね。速くなるように努力しました」


「私は……フレイズが唱えられませんから」


「俺の知り合いよりも速く見えた。一流の冒険者だ」


「ひょっとして、フレイズは唱えるより書いた方が有利なのか?」


「どうでしょうか……。私はその両方を極めたわけではありませんから」


「けど、唱えた方が簡単だと思いますよ」


「そういうものか」


「はい」


「知り合いの方というのはどんな方なんですか?」


「そうだな……」


「ネズミみたいな奴だ」


「はい?」


 ハルナの疑問に答えることなくオヴァンは歩き出した。


 ハルナもその後に続く。


 天体観測所の入り口は普通よりも高い所に有った。


 2ダカールほどの土台の上に一階を作ったらしい。


 一階が通常の建物の二階ほどの位置に有った。


 入口へ向けて傾斜30度ほどの長い階段が設けられていた。


 そして、その階段の上に小さな人影が見えた。


 身長は130セダカほどか。


 階段を椅子の代わりにして座り込んでいる。


「居たぞ。警戒しろ」


 オヴァンはダガーを構えることもなく自然体で前へ進んだ。


 オヴァン達が近付いていくと人影は立ち上がった。


 オヴァン達の存在に気がついたらしい。


「ンシャアオラゴイッヂョォォォォォ!」


 人影はおっさんが発狂した様な奇声を上げた。


 そして手にしていた石斧を構えた。


「仲間に俺達のことを報せたようだな」


「あ、あれがエルフ……?」


 人影の正体を見たハルナの体が強張った。


「話に聞いていたのとは違うか?」


「いえ……」


「話通りのおぞましさですね」


 体型は人に近い。


 背の高さは人間の子供くらい。


 知能も人間の子供程度だと言われているが人語は話せない。


 おぞましい奇声を発するが、それが言語なのかどうかはわかっていない。


 鼻は長く、耳の先がピンと尖っている。


 顔の彫りは深く、目つきは鋭い。


 ほうれい線は老人のようにくっきりしている。


 歯は人間に似ているが、犬歯だけが鋭く尖っている。


 頭髪や体毛は一切無い。


 皮膚の表面はざらざらと硬く、緑色をしている。


 裸の個体も居るが、人を真似して防具や衣服を身につける個体も存在する。


 自力では簡単な武器しか作れないが、人から武器を奪って使うこともある。


 武具の材料には特に生き物の骨を好む。


 性欲旺盛で繁殖力に優れる。


 性格は残忍。


 動物、特に人を嬲り殺しにする事を愉しみとしている。


 ……。


 それがエルフというクロスオーバーのあらましだった。




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