表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/190

『狩り(ハンティング)』に行きましょう

 ハルナとの食事を終えたオヴァンは酒場を出た。


 これからエルフ退治に向かわなくてはならない。


 目標の天体観測所は猫で丸一日はかかる距離に有った。


 旅のために物資を仕入れる必要が有る。


 オヴァンは市場へと向かっていった。 


 市場を歩いているとオヴァンは声をかけられた。


「旦那、ひょっとして冒険者ですか?」


 男の声だった。


 若くはない。


 オヴァンは声の方へ視線を向けた。


 絨毯の上に男が座っていた。


 服装は大陸の中流階級の商人が好んで着るタイプのもの。


 服の色は濃い緑で頭には鍔の無いゆったりとした帽子をかぶっていた。


 帽子の色は黒。


 髪は茶色かった。


 目には金縁の丸い眼鏡。


 レンズはそれほど分厚くは無かった。


 背は低い。


 シルエットだけを見れば子供のようにも見えるだろう。


 顔は美しいとはいえなかったが、鼻が妙に高く印象的な顔立ちをしていた。


 絨毯の上にはほんの少しの品物しか並んでいない。


 一方で、上着に旅袋が縫い付けられているのが見えた。


 売り物はその中だろう。


 コストよりもフットワークを重視するタイプのようだ。


 こういうタイプの商人には胡散臭いのが多い。


 十分な信用が無いからフットワークが必要になる。


 少なくともオヴァンはそう考えていた。


「お前は?」


 オヴァンは距離感を感じさせる口調で商人に話しかけた。


「クロー=マクロってケチな商人です。以後お見知りおきを」


「俺の経験上……」


 オヴァンはクローを睨んだ。


「自分で自分をケチだと言った人間が実際にそうだったためしは無い」


「そうですか?」


「それなら、本当にケチなあっしは自分のことをどう言えば良いんですかね?」


「売り物を見せれば良い」


「へぇ?」


「商人の器はその商品に顕れるものだ」


 クローは商品の全てを見せてはいない。


 オヴァンにはクローの器はわからなかった。


「なるほど。流石、世慣れた冒険者様は言うことが違いやすね」


「どうして冒険者だと思う?」


 オヴァンは尋ねた。


 オヴァン自身、大して重要な質問だとも思っていなかったのだろう。


 何気ない質問からクローが自身の底を見せるのではないか。


 そう考えているように見えた。


「身なりを見れば大体のことはわかりまさぁ」


「どうだろう。最近は海賊も冒険者のような格好をしているそうだ」


「そうなんですか?」


「そうらしい。む……」


 オヴァンの視線がクローの腰へ向かった。


 その右側にぶら下がっている太い筒を見る。


「何ですか?」


「その腰にぶら下げているのは、ひょっとして『望遠鏡』か?」


 クローの腰にぶら下げられている筒は片端が細く、片端は太い。


 そして、両端にレンズのようなものがはめられていた。


 オヴァンが聞き知る『望遠鏡』の形状そっくりだった。


「まさか。ただの模型でさぁ」


「もしこれが本物なら、あっしは今頃縛り首でさ」


 ……この世界では『望遠鏡の所持』は『重罪』だ。


 いや。重罪『だった』が正確かな。


 今は違う。


 けど、彼らが出会った時代には望遠鏡を持つことは罪とされていた。


 その罪は殺人よりもさらに上だとされていた。


 どうしてかって?


 望遠鏡を使うと遠くが見える。


 愚神は高い所に住んでいるだろう?


 望遠鏡を使うことは神を覗き見る行為だとされた。


 愚神に対する不敬だとね。


 それが……トライアックが望遠鏡を禁止する時に放った言葉だったね。


 今話している時代より五百年ほど前のことだ。


 それから世界中の望遠鏡が破壊されてしまった。


 つまり、普通に考えれば商人が望遠鏡を所持しているということはありえなかった。


「どうかな。トライアックの神官は望遠鏡の所持を許可されていると聞くが」


「あっしが神官に見えやすか?」


「いや。見えないな」


「でしょう?」


「それで、何を扱っている?」


 オヴァンは絨毯に目を向けた。


 貧相な品揃えだった。


 オヴァンの渋い視線を感じたのか、クローは自分の旅袋を叩いた。


「冒険に必要な物なら何でも揃ってやす。お安くしときやすぜ」


「それでは、保存食と毒消しと……」


 オヴァンは自分に必要な物を羅列していった。


 クローはその全てに対し在庫が有ると言った。


 オヴァンにはクローの底は未だ見えなかった。


「こんなところか」


 オヴァンは購入した品々を自分の旅袋へと詰め込んでいった。


「ついでにコイツなんかもいかがですか?」


 クローは旅袋から高そうなネックレスを取り出した。


 ベースは金で、色とりどりの宝石が散りばめられている。


 オヴァンは不審に思った。


 これから冒険に出ようという人間に、どうしてネックレスを見せるのか。


「何か特殊な力でも有るのか?」


 オヴァンはネックレスがテンプレートなのではないかと思った。


 宝石の中には赤い物も見られたからだ。


 だが……。


「いえ。彼女さんにどうかと思いやして」


 クローはオヴァンが思いもしなかった言葉を吐いた。


「彼女?」


「へぇ、そちらのお連れさん、違うんですか?」


 オヴァンは後ろを見た。


 いつの間にか、後方にハルナが立っていた。


「ハルナ……」


「はい。優しいオヴァンさん」


 ハルナが持つ看板から『声』が聞こえてきた。


 可愛らしい少女の声だった。


「ん……? 声が出ているな」


 これまでは看板に文字を書いても声は出なかったはずだ。


「パーティを組むのに無音では不便だと思い、ちょいちょいっと改良してみました」


「凄いな」


「ありがとうございます」


「ん……? パーティ?」


「はい」


「もうパーティは組まないのでは無かったのか?」


「はい。優しいオヴァンさん以外の方とは」


「……念のため、要件を聞いておこうか」


 オヴァンは眉間に皺をよせた。


 ……仮面をしているから見えないけど、とにかくよせた。


「エルフ退治に行くのでしょう? 私にもお手伝いさせて下さい」


 ハルナはやる気に満ちた表情をオヴァンに向けた。(要検定二級)


「諦めたのでは無かったのか?」


「食事を奢っていただきました。恩は返さなくてはいけません」


「出世払いで良い。今度会った時に返してくれ」


「出世出来ずに野垂れ死ぬかもしれません」


「俺はリメイカーとパーティは組まないと言ったはずだが」


「……わかっています」


「ずっとパーティを組んでくれとは言いません。今回だけお手伝いをさせて下さい」


「いらん。一人で十分だ」


「エルフは狡猾で残忍だと聞きます。一人では危険です」


「決めつけるな」


「お願いします。手伝わせて下さい」


 ハルナは深々と頭を下げた。


 ハルナの帽子がずれた。


 オヴァンは帽子が落ちないように押さえてやった。


 しばらくするとハルナは頭を上げた。


「ふぅ……そうだな」


 ハルナが頭を上げるとオヴァンは再び口を開いた。


「一つ言っておくことが有る」


「はい。何でしょうか?」


 ハルナは首を傾げた。


「まず、あの建物を見ろ」


 オヴァンはハルナの後ろを指差した。


 ハルナは振り向いた。


 ハルナの瞳に一軒の建物が映った。


 その建物は何の変哲もない普通の家屋に見えた。


「何でしょう?」


 オヴァンの意図がわからずハルナは首を傾げた。


「集中して良く見るんだ」


 オヴァンは真剣な口調で言った。


「はい。見ます」


 ハルナはまじまじと建物を観察した。


 だが、特に建物に異変は見当たらない。


 ハルナは困惑した。


「それからどうすれば良いのでしょうか?」


「ダッシュ」


 オヴァンが短く呟いた。


「えっ?」


 ハルナにはオヴァンの言葉の意味がわからなかった。


 それで質問をしようと思って彼の方へと体を向けた。


 ……居ない。


 オヴァンの姿は影も形も無くなっていた。


「あれ? 優しいオヴァンさん?」


 ハルナはきょろきょろと周囲を見渡した。


「逃げやしたぜ」


「……えっ?」


 ハルナは一人取り残された。


 ……。


 門を通り、オヴァンは町の外へ出た。


 旅袋の検査に多少の時間がかかったが、特に問題は起こらなかった。


 オヴァンの隣には一体のサーベル猫の姿が有った。


 町の猫貸しから借りてきた物だ。


 冒険者は頑丈さや値段を重視してダガー猫を借りることが多い。


 だが、オヴァンは好んでサーベル猫を借りた。


 それはオヴァンが子供の頃からサーベル猫に慣れ親しんでいるからだった。


 ……このボンボンめ。


 オヴァンはサーベル猫の背にまたがった。


「待ってくださ~い!」


 門の方からオヴァンを呼ぶ声がした。


 先程聞いたばかりの声。


 オヴァンが振り向くと大きな看板を持った少女が駆けてくるのが見えた。


「はぁ……はぁ……」


 ここまで走ってきたのか、ハルナは荒く息をしていた。


 愚神はハルナの息を『はぁ』と表現したが、実際の聞こえ方は違った。


 『はぁ』という声を出すには母音が必要になる。


 一方で、ハルナの喉は一切の声を出すことが出来ない。


 人が大きく息をして母音を全く出さないというのは難しい。


 だから、ハルナの呼吸音は人間味を感じない変わった音をしていたね。


 ハルナは猫に乗るオヴァンのすぐ隣まで歩いてきた。


「まだ諦めないのか」


 オヴァンは呆れて言った。


(根性が有るのは良いことだが……)


「お願いです……」


 オヴァンの耳にはハルナの呼吸音と看板から発せられる声が混ざって聞こえた。


「ちゃんとテストして下さい。リメイクの能力には自信が有ります」


「もしテストして私の力が足りないというのなら素直に諦めます」


「けど、何も見ないうちから駄目だなんて言わないで下さい」


「ちゃんと……私を見て下さい……」


 ハルナはまたしても頭を下げた。


 オヴァンはハルナの帽子が落ちないように押さえてやった。


「どうしてそこまでして冒険者になりたがる」


「『解呪のオリジナル』を手に入れるためです」


「え……?」


 ハルナの言葉にオヴァンはぼんやりとした感じで答えた。


 『解呪のオリジナル』。


 この短い言葉がオヴァンの内面を揺さぶっていた。


「私はこの呪いを絶対に解いてみせます」


「そのためには解呪のオリジナルが必要です」


「私は……オリジナルを手に入れられるだけの冒険者になりたいです」


 真剣な顔だった。


 だが、オヴァンの興味はそんな所には無かった。


「解呪のオリジナル……」


 オヴァンは噛みしめるように言った。


「そんなものが……有るのか?」


「はい」


 ハルナは断言した。


 オヴァンの体がぶるりと震えた。


「それさえ有れば……俺の呪いも治るのだろうか?」


「はい。多分ですけど」


「そうか……」


 オヴァンは短く言った。


 その声は少しだけ震えていた。


 オヴァンは前を向いた。


 そして言った。


「後ろに乗れ。俺の依頼を手伝え」


「え!? 良いんですか!?」


「ただし、条件が有る」


「何でしょうか?」


「まず、解呪のオリジナルについて知っていることを話せ」


「はい……。と言っても、本に書いてある程度のことしか知りませんが」


「構わない。それと……」


「絶対に『攻性フレイズ』を使うな。それさえ守れば連れて行っても良い」


 『攻性フレイズ』とは『攻撃呪文』のことだ。


 オヴァンはハルナに攻撃呪文を使うなと釘を差した。


「やった!」


 ハルナは楽しげな字体で大きく文字を書いた。


 看板から大きな声が発せられた。


 声の大きさは文字の大きさと比例するのだろうか。


 声音に対して本人は無表情に見えたのでオヴァンは少し不気味に感じた。


「本当にわかっているんだろうな? 絶対に使うなよ? 絶対だぞ?」


 オヴァンは念を押した。


 約束に対して何度も念を押す行為を外界では『ダチョウ』と言うらしい。


 『ダチョウ』は鳥の名前だそうだ。


 だから、鳥の習性と約束に何か関係が有るのだと思うんだけど……。


 この世界には『ダチョウ』に該当する鳥は居ない。


 だから、詳しくはわからない。


 愚神の予想だけど、『ダチョウ』は物忘れが激しい鳥なんじゃないかな?


 だから、飼う時に何度も同じ躾けをする必要が有るんだ。


 そこから転じて念を押す行為にダチョウという名前がつけられた。


 どうだい? 愚神の洞察力は。


 褒めてくれても良いよ?


「わかってます。さ、行きましょう。とても優しいオヴァンさん」


 ハルナはオヴァンが出した条件に快諾するとオヴァンの後ろに乗った。


 ハルナは正面を向いてまたがるのでは無くて横向きに座った。


 それに気付いたオヴァンはハルナの方に振り向いた。


「そんな乗り方で大丈夫か?」


「あまりスピードを出さないのなら……」


「普通に座れ」


「看板のせいで座りにくいのですが」


「貸せ」


「あっ……!」


 オヴァンはハルナから看板を奪い取ると旅袋に入れた。


 看板を無くしたハルナはサーベル猫にまたがった。


「落ちないようにつかまっていろ」


 ハルナは躊躇いながらオヴァンの腰に手を回した。


 ハルナの頬は少し赤くなっていた。


 タッタッと猫が走り出した。


 オヴァンの背中に指で撫でられるような感覚が生じた。


 いや。指というには少し固い。


 ハルナのテンプレートの感触だった。


「猫を借りられるなんて、お金持ちなんですね」


 オヴァンの背中から声が発せられた。


 看板が取られてしまったのでオヴァンの背中に文字を書いたらしい。


 猫のレンタル料金はそれほど高価では無い。


 一方で、レンタル料とは別に高い保証金が必要になる。


 猫は高価だ。盗まれてはたまらない。


 無事に猫を返した時に保証金が返却されるシステムだった。


「そうだな。金はそこそこ有る」


「そういえば、優しいオヴァンさんはどうして戦闘中でも無いのに仮面を被っているのですか?」


「いい加減にその『優しい』というのを止めろ」


「けど、実際に優しいですし」


「聞いていて気色悪い」


「そうですか。それでは止めておきますが……」


「そうしてくれ。それで、質問の答えだが……」


「素顔を晒していると女が言い寄ってくるからな。鬱陶しいから仮面で顔を隠すことにしている」


「凄いイケメンさんなんですね」


「ああ。見たいか?」


「はい。是非」


「まあ、嘘なんだがな」


 オヴァンはしれっと言った。


「えっ?」


「別に、容姿は普通だ」


「それならどうして?」


「単に、いつ襲われても良いように備えているだけだ」


「けど、イケメンオヴァンさんはソロですよね?」


「今はな。あとイケメンも止めろ」


「仮面は味方のリメイクをかかりやすくするためのものでしょう?」


「……ソロなら必要が無いのでは?」


「額に宝石が有るだろう?」


「ああ、テンプレートなんですね。どういう効果が有るんです?」


「別に……大したものじゃない」


 オヴァンは言葉を濁した。


(大したものじゃないなら身につける必要も無いと思うのですが……)


 ハルナは腑に落ちなかった。


 だが、オヴァンが乗り気でないようなので話題を変えることにした。


「そういえば、オヴァンさんはエルフと戦ったことは有りますか?」


「ああ。数え切れないほど有る。奴らは繁殖力が高いからな」


「どんな感じでした? 私、エルフを見たことが無いんです」


「そうだな……」


「虫のような羽を生やした小さな妖精で、身長は18セダカほど、外見は人に似て、主食は花の蜜だ」


「え? 私が聞いていたのと随分違いますね」


「ああ。嘘だからな」


「えっ?」


「本当のエルフは……」


「醜悪で邪悪なものだ」


 二人を乗せたサーベル猫は南へと駆けていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓もしよろしければクリックして投票をお願いします。
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ