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入団出来ない女その2

 港町の西に位置するとある森。


 そこに一人の戦士の姿が有った。


 人間の戦士だ。


 戦士はサーベル猫の背に跨り森の中を進んでいた。


 戦士の右手には槍、左手にはサーベル猫の手綱が握られていた。


 地面には木の葉。


 重なり積もった木の葉の上をサーベル猫の足が踏みしめてゆく。


 がさり。


 突然、戦士の眼前に有る木の葉の山が動いた。


 木の葉の下からエルフのせんしが飛び出してくる。


 その両手には鉄槍が握られていた。


 エルフは人間の戦士へと突きかかった。


「……!?」


 エルフの目が驚きに開かれた。


 一瞬にしてエルフは人間の戦士の姿を見失っていた。


「ッ!?」


 エルフは呻いた。


 上空から襲いかかったサーベル猫の前足がエルフの体を押さえつけていた。


「お前たちのやり方は知っている」


 人間の戦士はそう言うと右手の槍をエルフの左胸へと突き込んだ。


 槍は深々と心臓を貫き、背中の皮をも貫通した。 


 心臓を破壊されたエルフの体がびくびくと痙攣し、やがて動かなくなる。


「次だ」


 人間の戦士は自らの猫に声をかけた。


 人間の戦士が命ずると、猫は迷いのない足取りで別の木の葉の山まで歩いていった。


 木の葉が動く様子は無い。


 人間の戦士は木の葉の山へと槍を突き入れた。


 手応えがあった。


 短い悲鳴が木の葉の下から聞こえてきた。


 だから、さらに二度三度と槍を突き入れた。


「次だ」


 十度ほど木の葉の山を突くと、人間の戦士は再び猫に命令した。


 戦士が持つ槍の穂先は赤黒く濁っていた。


 猫は人間よりも遥かに優れた嗅覚を持っている。


 エルフが森に隠れていても容易に見つけ出すことが出来た。


(もし猫が居なかったら……)


 ふと、そんな考えが戦士の脳裏に浮かんだ。


(森ごと焼けば良いか)


 それが本心であったかどうかは定かではないが、そう結論づけたきり戦士は思考を止めた。


 この日……。


 とある森からエルフという生物がその姿を消した。


 ……。


 オヴァンとハルナが別れてから一日が経過していた。


 宿に一泊したオヴァンは再びヘイジマルの町を歩いていた。


 町を歩くオヴァンの視界が酒場の看板を捉えた。


 看板と言っても、それは根本からへし折れている。


(道理で見つからないわけだ)


 以前嵐が来た時に折れてしまったらしい。


 そこに看板が有ったと言われなければ殆どの人は気付かないだろう。


 今、オヴァンの手元では町の地図が広げられていた。


 手書きの大雑把な地図だ。


 途中、何かがおかしいと気付いたオヴァンは聞き込みをして地図を入手したのだった。


「ようやく……辿り着いたぞ」


 大きな達成感と共にオヴァンは酒場前へと歩いていった。


「……!」


 オヴァンの体がぴたりと止まった。


 酒場の扉から3ダカール程度の距離で脚を止めてしまう。


 酒場の扉の隣に大きな看板を持った少女が座り込んでいた。


 とんがり帽子にリメイカー風のローブ。


 そして紅い瞳。


 ハルナ=サーズクライだった。


「優しいオヴァンさん……」


 ハルナの目がオヴァンを捉えた。


 少し疲れている風に見える。


 オヴァンは身構えた。


「優しくはない。そこで何をしている」


「あなたを待っていました」


「俺を?」


「近付くなと言われたので。ここに居ればあなたの方から来てくれると思いました」


 オヴァンはハルナの様子を窺った。


 先日勧誘してきた時のような気迫は感じられなかった。


「いつからここに居る?」


「昨日から」


「黒い雨に打たれたのか?」


「もう呪われていますから、関係有りません」


 黒い雨に打たれた者は呪われてしまう。


 そして運が悪ければ化物になってしまう。


 だが、一度呪われた者は二度と呪いにかからなくなると言われていた。


 通説であり、事実かはわからない。


「だが、体は冷える」


 オヴァンは二度目の呪いは無いという前提で話した。


「ああ……そう言えばそうでしたね」


 ハルナの耳の下がきらりと光った。


 オヴァンはハルナの右耳にイヤリングがかけられているのに気付いた。


 黒い雨に打たれたというハルナの衣服は濡れてはいなかった。


 黒い雨はクロスの死体と同じで『蒸発』しやすい。


 流石に雨が降っている間に乾くということは無いが、雨雲が去ればあっという間だった。


 だから、ハルナがどれくらい雨に打たれたのか、オヴァンにはわからなかった。


 昨日の黒い雨は三時間は降ったはずだ。


「どうしてそこまでする? 冒険者は俺だけではないはずだ」


「信用出来ないんです」


「これまで私に声をかけてくれた冒険者の人は、私が話せないとわかると露骨に嫌な顔をしました」


「話せなくても気にしないと言ってくれた人の正体は人さらいの海賊でした」


「私はもう冒険者が信用出来ません。冒険者も私を信用しません」


「だけど、あなたは私を助けてくれました」


「ちゃんと私の話を聞いてくれました」


「勝手な話ですけど、あなたしか居ないと思ったんです」


「優しいオヴァンさん、もしあなたが私とパーティを組んでくれないのなら……」


「私は二度と誰かとパーティを組もうとは思いません」


「どうか……私とパーティを組んでいただけませんか?」


 ハルナは真剣な瞳をオヴァンに向けた。


「すまない……」


 オヴァンは後ろめたそうに頭を下げた。


「駄目なんだ。俺は……リメイカーとパーティを組むことは出来ない」


「そうですか……」


 数秒置いてオヴァンは頭を上げた。


「パーティは組めないが、何か困った事が有れば言え。その時は力になろう」


「ありがとうございます」


 ハルナは立ち上がった。


 酒場の扉の前に立つ。


 ドアノブに手をかけた。


「どうするんだ?」


「私は私の冒険を始めようと思います」


「そうか」


 ハルナは扉を開いた。


 眼前にどこにでもある酒場の光景が広がった。


 ハルナは酒場へと足を踏み入れていった。


 扉が閉じる音がした。


(……俺も行くか)


 オヴァンも酒場の扉を開いた。


 中へ入り、店内の様子を見渡した。


 入り口の正面には広いカウンターが有り、左右には丸テーブルが複数個有る。


 カウンターの向こうにはマスターらしき男が立っていた。


 カウンターテーブル向かいの丁度中央。


 背はオヴァンよりほんの少し低いくらい。


 服装はフォーマルな衣服を敢えてラフに着崩したもの。


 髪は黒で前髪を頭になでつけていた。


 ……疲れるから座れば良いと思うんだけど、酒場のマスターというのは立っているものらしい。


 何故かな。


 まあ、マスターには冒険者上がりの逞しい人が多いから、ちょっとやそっとじゃ疲れないらしい。


 愚神は体が弱いから真似出来ないな。


 丁度この頃も首や足を痛めていたよ。


 寝込んでいてすることが無いから下界の様子を眺めていたね。


 ……サボりなんかじゃないよ。


 さて、カウンターテーブルにはいくつか席が有るが、マスターの真正面だけは空いていた。


 これは酒場が『冒険者用の窓口』も兼ねているからだ。


 用のある冒険者のために中央の席は空けられているということになる。


 この世界における『酒場のマスター』は『単なる飲食店の経営者』ではない。


 領主や神殿ともつながりを持ち、広く顔が回る『仲介人』だった。


 一応は食事なども出すが、それはマスターの領分では無く下っ端の仕事と言えた。


 左右のテーブルでは昼だというのに大勢の男が座り、酒を飲んだり語らったりしていた。


 あからさまに冒険者風の者も居れば、裕福な町民風の者も居た。


 客のほとんどは男性で、女性の数は皆無ではないが少ない。


 酒を運んで回るウェイトレスが男臭い空間に華を添えていた。


 どれもオヴァンにとっては見慣れた光景だった。


 オヴァンの目にハルナがマスターの正面の席に座るのが見えた。


 何か看板に書いて意思を伝えようとしている。


 オヴァンはハルナの席の真後ろで順番を待った。


 元々酒場に来たのは自分の用事があるためだ。


 決してハルナのことが気になったからではない。


 だが、なんとなくオヴァンはハルナの様子を窺った。


 ハルナは看板にシャカシャカと文字を書いている。


 相変わらず素早い手の動きだった。


(武術家の方が向いているのではないか?)


 ……彼女のキレッキレの手の動きを見てオヴァンはそう考えた。


 綴られた文字はオヴァンの位置からは見えない。


 マスターの口からは『エルフ』がどうとかいう言葉が聞こえるが、店が騒がしくて聞き取りづらい。


 まったく、もうちょっと大きな声で話して欲しいものだね。


 聞き耳を立てる愚神の身にもなって欲しい。


 しばらくするとハルナは席から立ち上がった。


 そして振り返る。


 オヴァンを視界に収めても驚く様子はなかった。


 オヴァンが後ろに居たことには気付いていたのだろう。


 それとは関係なくハルナの表情は暗かった。


「どうした?」


 オヴァンは心配して尋ねた。


「……ダメでした」


「低『インターバル』用の『エルフ退治』の依頼を受けようとしたのですが……」


「私一人では危険で受けさせられないと言うのです」


 『インターバル』については前に話したかな?


 冒険者の『等級』のことだね。


 等級は高ければ高いほど偉い。


 最低がインターバル1で最高がインターバル8。


 昔はインターバル7までしか無かったが、最近になって8が出来た。


 ハルナは初心者だからインターバル1だ。


 インターバルが低い冒険者は依頼を断られることがある。


 この時の彼女のようにね。


 別に意地悪でやっているわけじゃない。


 無駄死にを避けるためだ。


 ……ハルナは続けた。


「インターバル1でエルフ退治をしたいなら最低三人は必要だと言うのです」


 どんな依頼をどんな冒険者に回すかはマスターの判断で決められる。


 ちゃんと冒険者を生きて帰すのが良いマスターの条件だと言われている。


「そうか……。まあ、気長にやれ」


「依頼というのは時期によって変わるものだ。そのうちお前が受けられる依頼も見つかるだろう」


「そのうちですか……」


「金に困っているのか?」


「すっからかんです」


「ふむ……」


 オヴァンは自分の顎をつまんだ。


「後で飯くらい奢ってやろう。まずは俺の要件を済ませる。ちょっと待っていろ」


「はい」


 ハルナの代わりにオヴァンがマスターの前の席に座った。


 直前までハルナが座っていた席だ。


 少し生温かかっただろうね。


 オヴァンは興奮したかな?


 いや、残念だけどオヴァンは興奮しなかったね。


 聞いてない?


 そう……。


「何の用だ?」


 マスターがオヴァンに尋ねた。


「『デッドコピー』を狩りに来た。情報が欲しい」


「あんたは……?」


 マスターは眉をひそめた。


「大陸の方で神殿から依頼を受けた。詳しい情報はこっちで説明すると聞いていたが……」


(デッドコピー……?)


 ハルナは驚いた。


 『デッドコピー級』はクロス(魔物)の最高級のものだという話はしたね?


 デッドコピー級とはそのまま、『デッドコピー並の強さを持ったクロス』という意味だ。


 それでは、デッドコピーとは何か。


 デッドコピーとは、『オリジナル(原初魔導器)が呪いを受けたもの』だ。


 オリジナルは生き物では無いが、黒い雨で呪われてしまうことがある。


 呪われたオリジナルは化物になる。


 並の冒険者では歯が立たない凶悪な奴にね。


 だが、たまに普通の動物が『デッドコピー並の力』を持った強大なクロスに化けることが有る。


 そんな強大なクロスが生まれる原因は……まあ、そのうちわかると思うよ。


 そういうデッドコピー並のクロスとデッドコピーを合わせてデッドコピー級と言うんだ。


 デッドコピーはその強さから、この世界における最高級の魔物の総称になったんだね。


 それを狩りに来たというものだから、ハルナは驚いた。


(神殿から直接依頼を受けるなんて……)


(それも、デッドコピー退治の依頼を受けるなんて、この人、ただの冒険者じゃない?)


(この人はいったい何者なんだろう)


 ハルナはじっとオヴァンの後ろ姿を見守った。


 オヴァンのことが気になって仕方がなかったんだろう。


 マスターのオヴァンを見る目も普通では無くなっていた。


「神殿の依頼? あんたまさか……」


「等級証を見せてくれるか」


「わかった」


 オヴァンは首の所から服の内側に手を入れた。


 等級証を取り出してマスターに見せたようだ。


 ハルナはオヴァンの等級が気になってチラチラと様子を窺った。


 だが、オヴァンの体が邪魔をして等級証は見えなかった。


「これは……!」


 等級証を見たマスターが驚きの声をあげた。


「それで、情報は有るのか?」


 驚くマスターに対してオヴァンは平然としていた。


「まだ出せない。まだデッドコピーは『産まれてない』らしいんだ」


 さて、『産まれてない』とはどういうことか。


 前にも言ったけど、トライアック(特許庁)はテンプレートによって様々な予知を行う。


 デッドコピー級の出現は国家を揺るがす一大事だ。


 なにせ、普通の兵士では手も足も出ないんだからね。


 デッドコピーの襲撃に対して慌てて軍隊を出しても手詰まりなことが多い。


 それに、デッドコピーは習性として人間を狙うから、放っておくということも出来ない。


 だから、特にデッドコピーの出現に神官は目を光らせてる。


 その重要度ははっきり言って天気予報よりも上だね。


 あの天気予報よりもだよ?


 それだけデッドコピーというのは恐ろしい存在なんだ。


 神殿はほぼ確実にデッドコピーの出現を予知する。


 だが、冒険者にデッドコピーの出現場所を教えるのはタブーとされている。


 あらかじめ場所を教えると『出現狩り』を行う冒険者が現れる。


 化物の出現場所に冒険者がたむろする行為だね。


 昔、それが様々なトラブルを生んだ。


 だから、出現場所の告知はクロスが生まれてから行われることになっている。


「いくらあんたでも特別扱いは出来ない。悪いな」


「いや。どうやら早く着きすぎたようだ」


「こっちとしては遅れてもらっては困るからな。どうしても猶予を持って来てもらうことになる」


「……それで、産まれるのはいつだ?」


 場所は秘密でも、時間については融通が効くようになっている。


 いざという時に十分な戦力を確保出来ないと大惨事になるからだ。


 並の軍隊ではデッドコピーに太刀打ち出来ないから、どうしても優れた外部の人間が必要になる。


 デッドコピーが出るという事実は出現前から冒険者に知らされることになっていた。


「場所を教えられるのは一週間後になる」


「一週間か……」


「ゆっくり観光でもしていってくれ。それとも……依頼でも受けていくか?」


「何が有る?」


「おっと……悪いがエルフ退治くらいしか無かったな。あんたには不釣り合いか」


「いや……」


「船旅で体が鈍っているからな。運動に丁度いい」


 オヴァンは自分の肩をポンポンと叩いてみせた。


「……だが、初心者向けの依頼を俺が受けてしまって良いのか?」


「誰か他の冒険者に回した方が良いのでは……」


 上級の冒険者は一つの依頼を受けるだけで大金を稼ぐことが出来る。


 一方で、下級の冒険者はいくつもの依頼を受けないと生活をすることが出来ない。


 上級の冒険者が下級冒険者向けの依頼を受けることはマナー違反だと言えた。


「いや。エルフ退治は厄介な割に実入りが少ないってんで人気が無いんだ」


「進んでやりたがるのはそこのルーキーのお嬢ちゃんくらいだな」


 マスターは親指でハルナを指差した。


 ハルナはなんとなくいたたまれない気持ちになって顔をそらした。


「もう一人……好んでエルフ退治をする変わり者も居るんだけどな」


「変わり者?」


「ああ。だが、別にそいつも金に困ってるわけじゃない。だから、特に問題は無いんだ」


「そうか」


「これが資料だ。受け取ってくれ」


 マスターはカウンターの上に紅い石を置いた。


「わかった」


 オヴァンは石へと手を伸ばした。


 石は球形。


 丸い石の側面に『溝』が掘られている。


 そして、その溝をぴったり埋めるように『金属の輪』がはめられていた。


 オヴァンは金属の輪を時計回りに回した。


 すると、空中に絵や文字が浮かび上がった。


 記憶石のテンプレート『サヴァンストーン』。


 輪を回せば回すほど浮かび上がった絵や文字は大きくなる。


 オヴァンは十分な大きさに絵や文字を拡大すると依頼の情報を読み取っていった。


「五百年前の『天体観測所』か……」


 オヴァンは情報を読み終えると金属の輪を逆回転させた。


 すると文字や絵は消え去り何も見えなくなった。


 オヴァンは記憶石を旅袋に仕舞うと席から立ち上がった。


「もう行くのか?」


「ああ」


 オヴァンが振り返るとそこにハルナが立っていた。


 捨てられた子犬のような顔をしている。(要検定一級)


「いや……そうだな」


 オヴァンは顎をつまんだ。


「食事でもしていくか」


「……彼女にも何か頼む」


「まいどあり」


 ハルナは拾われた子犬のような顔になった。




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