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大海獣

「ほう」


 オヴァンは感嘆の声を上げた。


「あれは見てからでは避けられんはずだ」


「勘で回避したということでございましょうかね」


「大したものだ」


「そうですね。この私が思っていた以上に」


「お前の中のシルクはあれを避けられる女では無かったということか」


「はい」


「あれを食らっていたら、シルクは死んでいたかもしれんな」


「そうですね」


「良いのか?」


「戦えば死ぬこともあります。敵が強大であれば尚更」


「カーゲイルとはそういうものか」


「そうであるかどうかはさておき、そうであるべきだとはされています」


「変わった連中だな」


「光栄でございます」


 オヴァン達が言葉を交わしている間にも、海竜は水弾の攻撃を続けていた。


 シルクのドラゴンは海面スレスレを飛行していた。


 水飛沫を巻き上げながら熾烈な水弾の連射を紙一重で回避していく。


 だが、回避だけで精一杯で反撃を行う余裕は無かった。


「ブレス!」


 シルクに注意が逸れている隙に、コワがブレスの照準を合わせていた。


 海竜の頭部を狙って炎のブレスが放たれた。


「外したっス……!」


 海竜の脳を狙って放たれたブレスはその少し下、海竜の顎に命中していた。


 巨大な海竜は顎を穿たれても揺らぐことは無い。


 だが……。


 新たに攻撃を受けたことで海竜の狙いがシルクからコワに移った。


「ひっ……!」


 コワは悲鳴を上げた。


 邪悪な存在は目を合わせただけで人の心を犯す。


 真っ向から海竜の眼光を受けてコワの内面に怯懦が生じた。


 手綱を持った手が震える。


 コワの恐怖がドラゴンに伝わった。


 動きが狂ったドラゴンに向けて海竜が大口を向けた。


「コワちゃん!」


 その時、シルクのドラゴンが海面から急上昇した。


 ほぼ直角と言える角度で飛翔したドラゴンは海竜の顔の真下を飛んだ。


「ブレス!」


 風のブレスが放たれた。


 海竜の顎の下から脳天へとブレスが駆け上った。


 シルクは海竜とぶつからないように進路を変え、海竜の上空へと飛んだ。


 そして、真下に向かい急旋回し、さらにブレスを放った。


 二発目のブレスが海竜の頭頂を穿った。


 がくりと、海竜の首から力が抜けた。


 海竜の首が倒れ、海面を強く打った。


 海面が大きく揺らいだ。


「やった……」


 シルクはドラゴンの速度を緩めた。


 海竜の首を仕留めたシルクのドラゴンにコワとシズカのドラゴンが近付いてきた。


「やったっスね!」


 コワが言った。


「うん」


 シルクは兜を脱いで微笑んだ。


 そして、シズカの方へと視線を向けた。


「あっ……!」


 その時、シルクはシズカの後ろにオヴァンが乗っている事に気付いた。


「オヴァン=ブルメイ! あなた……」


「油断するな!」


 食ってかかろうとしたシルクに対し、オヴァンが怒鳴った。


「油断? 何を言っているのですか? もう戦いは終わって……」


「『粘液化』していない! こいつはまだ……」


 その時……。


 ざばりと。


 海中から海竜の首が出現した。


 シルクが倒したのとは別の首が、七本。


 上方からオヴァン達を見下ろしていた。


「こいつ……首が八本有るのか……!?」


「そんな……!」


「ひいいっ……!」


「これは……参りましたな」


 七本の首がオヴァン達を取り囲んでいた。


 オヴァンとシズカの動きは迅速だった。


 手綱による合図でシズカのドラゴンがブレスを放った。


 長年乗りなれたドラゴンでしか出来ない妙技だった。


 それより少し早いタイミングでオヴァンもブレスを放っていた。


 シズカのドラゴンのブレスが海竜の頭に穴を穿ち、オヴァンのブレスが海竜の頭を爆散させた。


 二本の頭が絶命した。


 海竜の頭はまだ五本残っていた。


 その内の二本がシルクへと向かった。


「っ……!」


 シルクはドラゴンを操ろうとしたが、ドラゴンは急加速に向いていない。


 ドラゴンの動きよりも速く、海竜の頭がシルクへと迫った。


 その時、シルクの後ろに何者かが着地した。


 シルクが振り向くと、そこにオヴァンが立っていた。


「え……?」


 シルクとシズカのドラゴンは10ダカール以上離れていた。


 人間の脚力で跳び移るのは不可能。


 どうしてオヴァンがここに居るのか。


 追い込まれていたシルクの脳がさらなる混乱に襲われた。


「あっ……テンプレート……」


 シルクは思いついた可能性をぼんやりと呟いた。


 そうしている間にも海竜の首がシルク達へと迫っていた。


 オヴァンと海竜の眼が合った。


 オヴァンは怯まない。


 自身が強者だと理解しているからだ。


 上方から迫った海竜の頭をオヴァンの金棒が打った。


 海竜の頭は爆散し、黒い粘液を撒き散らした。


 ドラゴンの背が、オヴァンの体とシルクの甲冑が、黒い粘液で塗れた。


「……っ!」


 汚物のような粘液が降り注いたことでシルクは悲鳴を上げそうになった。


 次期当主の誇りがなんとかそれを押し殺した。


 オヴァンはもう一本の首を金棒で粉砕した。


 さらに粘液が降り注いだ。


 その間にシズカのドラゴンが首をもう一本仕留めていた。


 気がつけば、海竜の首は残り二本になっていた。


「っ……! コワちゃん!」


「りょ、了解っス!」


 余裕が出来た。


 このままでは終われない。


 シルクとコワはそれぞれ別の首に向かってブレスの照準を合わせた。


「ブレス!」


 二人のドラゴンがブレスを放った。


 ブレスは見事命中し、残った二つの首を絶命させた。


 海竜の首は海中へと没していった。


「終わった……?」


 シルクが呟いた。


「ふむ……」


 オヴァンは海面を覗き込んだ。


 海竜の首は完全に海中に没していた。


 粘液化したかどうか確認することは出来なかった。


「念の為……」


 オヴァンがそう言いかけたその時……。


「ブルメイ様!」


 シズカが叫んだ。


 オヴァンは顔を上げて周囲を見た。


「っ……!」


 オヴァンは息を呑んだ。


 シルクのドラゴンのはるか後方に海竜の首が出現していた。


(九本目……!)


 海竜の首はシルクの死角に位置し、大口を開いていた。


 水弾が来る。


「飛び降りろ!」


 オヴァンが叫んだ。


「私、泳げないんです!」


 シルクが悲鳴のような声で答えた。


 水弾が放たれた。


「っ!」


 オヴァンは金棒から手を離すとシルクを庇うようにして抱きかかえた。


 金棒が落下し、水面を叩いた。


 ネコネコ団と冒険を共にした『夜明けの鉄槌』が海中へと沈んでいく。


「ぐうっ……!?」


 オヴァンの背を水弾が打った。


 オヴァンはシルクを抱いたままドラゴンの背から弾き飛ばされた。


「コワ様! シルク様をお願いします! 私は海竜を!」


 シズカは海竜へと向かっていった。


 一方、オヴァン達はドラゴンから遠く離れた海面へと着水した。


 水弾を受けたオヴァンの背では服が裂け、血が流れ出していた。


 オヴァンは激痛に耐えながらシルクを見た。


 海に落ちたことでシルクはパニックになっている様子だった。


 徐々に海の下へと沈んでいく。


 オヴァンはシルクの体に手を伸ばした。


 シルクは全身に甲冑を纏っている。


 いくらオヴァンでも今の彼女を抱えて海上に上がるのは不可能だった。


 オヴァンは落ち着いてシルクの甲冑を外そうとした。


 一般に、全身鎧を身につけるには五分はかかると言われている。


 外す際はそれよりも短く済むとは言われているが……。


 慣れない鎧のパーツを一つ取り外す度にオヴァン達は沈み、肺からは酸素が失われていった。


(これで……最後……)


 オヴァンはシルクの鎧を脱がせ終わることに成功した。


 だが……それが限界だった。


(駄目か……)


 オヴァンの手から力が抜けた。


 オヴァンの意識は闇に包まれていった。



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