入団出来ない女その1
「どどど、どうしてですか優しいオヴァンさん!?」
動揺で手が震えたのか看板の文字が酷いことになっていた。
なるほど。
『ミミズがのたくったような字』というのはこういうことを言うんだね。
よく見るとハルナは手どころか全身カタカタ震えていた。
人ってこんな動きが出来るんだ。
愚神もちょっと練習してみようかと思った。
五分で飽きた。
「俺はオヴァンだが優しくは無い。そういうことだ」
オヴァンは素気無く答えた。
そこには先程までの和やかな雰囲気は無かった。
断固とした拒絶の『意』を感じたね。
『遺憾の意』を27拒絶だとすると、この時のオヴァンは120拒絶くらいのパワーは有ったね。
ああ、『意』とは外界で『相手の意見をねじ伏せる時に人が発するオーラ』のような物らしいよ。
外界で大国の王になるような人はこの『意』を良く使うらしい。
『遺憾の意』は『意』の中では『弱い部類』に入るらしい。
弱いんだけど、良く使われる『意』らしいよ。
大国の王ともなると迫力が凄いから弱い『意』で十分なのかもしれないね。
「今のは余の『○○の意(最上級の意)』ではない。『遺憾の意』だ」
などと言って周囲の人をビビらせているのかもしれない。
大臣達は王が遺憾の意を発する度におもらししてしまったりするのかもね。
しめやかにね。
すると、会議の時なんかは大変だろうね。
大惨事だ。
凄い王様は『遺憾の意』だけで敵国を黙らせたりするんだ。
『意』だけを使って敵国に『セクハラ』をするんだね。
すると小国の王様は大国の王様と会う時はおしめをしないといけないね。
王様が人前で漏らしてしまったら国家の威信に関わるからね。
漏らしたけど、漏らしてない。
そういう意地も大切なんだろうね。
どこの世界でも小国の王様は大変だね。
頑張って。
この世界の王様にはそんな凄い人は居ないけど、外界にはきっといっぱい居るんだろうね。
外界は凄いね。
愚神が外界かぶれになるのもワカルというものだろう?
とにかく、オヴァンは何らかの『意』を発していたよ。
何の『意』と言えば良いのかはわからないけどね。
実際はこの世界には『意』なんてものは無いけどね。
『フィジクス』が違うから。
だけど、なんとなくそんな感じだった。
「違うんです。誤解なんです。私は喋れませんが、フレイズ(呪文)が使えないわけでは無いのです」
ハルナはオヴァンも自分の実力を疑っていると思ったんだろうか。
とにかく必死だった。
物凄い早口で攻めて行ったよ。
まあ、喋れないから口では無いんだけど。
……早手?
そう。ハヤテの如くだね。
「このテンプレート(魔導器)でフレイズを描くことでリメイク(魔術)を使うことが出来ます」
「本当です」
頑張って説き伏せにかかったよ。
「現に、リメイクの力でこうして屋根の上まで飛んでくることが出来ました」
「頑張ってよじよじ登ってきたわけではないのです」
「そうか。凄いな」
「わかってくれましたか」
「じゃあな」
オヴァンはハルナに背を向けた。
「待ってください!?」
ハルナは慌ててオヴァンにすがりついた。
オヴァンの手を引いたよ。
「信じてもらえないのですか? でしたら今ここで実践して……」
「止めろ。殺すぞ」
「えっ?」
「別に力を疑っているわけではない」
「ただ、俺が個人的にリメイカー(魔術師)と組むつもりが無いというだけだ」
「リメイカーが要らないのでしたら、雑用係はどうですか?」
「荷物持ちでも何でもしますよ!」
この時のハルナは凄い気迫だったね。
宗教の勧誘のようだったね。
神々の中には外界で自分の存在を布教しようとする子も居る。
侵略活動の一貫なのかもしれないね。
あとは、『自分の世界を失った神』が『暇つぶし』で信徒を集めているのかもしれない。
まあとにかく、そういう神の信徒は強いよ。
特に暇つぶしの神なんか、他にすることが無いからね。
暇な奴は強い。
布教に全力さ。
なんだか得も言われぬ迫力が有る。
ハルナはたぶん愚神の信徒だと思うから宗教とかはやってないと思うけど。
けど、この時のハルナの目はあれだったね。
『めぐみちゃん信者』みたいだった。
『めぐみちゃん』は『全ての世界を爆裂させることを企んでいるやべー神』だよ。
いや、エマちゃんから聞いただけだから、本人に会ったことは無い。
めぐみちゃんは『爆裂教』の神だ。
アレの信徒は『やべー』って聞いたよ。
爆裂教徒は爆裂を好むから、ちょっとした日用品なんかも爆裂するらしい。
『ねえあなた、この石鹸爆裂するのよ』などと言って非信者に迫ってくるらしい。
要は爆弾を持って迫ってくるわけだ。
脅迫だよ。
入信するとその石鹸で体を洗わされるらしいね。
それに、爆裂教徒の洗濯機は月に一度爆裂するらしい。
愚神だったらそんな宗教には絶対入りたくないね。
けど、連中はしつこいらしい。
爆裂教徒からの『爆裂への誘い』を断るのはちょっとした上級クエストだと聞くね。
けど、安心して。
この世界には爆裂教は無いよ。
そもそも宗教なんていかがわしいものは無いね。
だから心置きなく愚神を崇拝すると良いよ。
良かったね。
イエメン。
ああ、『イエメン』は外界のとある宗教の信仰の言葉だね。
剣と腕で鉤十字を作ってから唱えるのが作法らしい。
鉤十字が信仰のシンボルらしいよ。
話が長くなったね。
続きへ行くよ。
……オヴァンは言った。
「いらん」
オヴァンはめぐみちゃんの爆裂への誘いをことごとく断っていたね。
いや、めぐみちゃんじゃなくてハルナだった。
けど、この時のハルナはもう限りなくめぐみちゃんだったね。
オヴァンを爆裂させそうな勢いだった。
彼女はハルナめぐみだったよ。
「どうしてですか!?」
ハルナはなおも食い下がったね。
「『旅袋』が有るからな」
おっと、『旅袋』の話が出たね。
重要な物だから、ちゃんと説明しておくよ。
まあ、長いから聞き流しても良いけど。
旅袋の正式名称は『ドゥラ=ミー』。
オリジンが作った『ドゥラ=エーモ』というオリジナル(原初魔導器)の資料から作られた物だ。
『ドゥラ=エーモ』は袋じゃなくて『壺』なんだけどね。
クルマクルマ! イェイイェイ!
……。
ごめんなさい。
……。
ドゥラ=ミーは袋の裏側に『空間を歪める術式』を書いたノート石(魔石)を縫い付けた物だね。
そうすることで、袋の中に『袋の何百倍もの体積の物を収納する』ことが出来る。
空間が歪んでいることで『袋の口より幅の大きい物を入れる』ことも出来る。
おまけに、『重さも感じなくなる』んだ。
『誰でも簡単に重い物が持ち運べるようになる』んだね。
とてもとても便利な袋だ。
『どこでも倉庫』だね。
便利すぎて、様々な『法規制』もされているね。
『密輸』とか、いろんな犯罪に使えてしまうからね。
ちなみに『誘拐には使えない』。
犯罪者の悪用を見越して『大きな生き物は入れられない』ようになっている。
だから、ハルナは旅袋ではなくて麻袋に入れられるところだったね。
『関所』では真っ先に旅袋を持っていないか『検査』されるよ。
検査には『テンプレート検知のテンプレート』を使う。
長くて言いにくいね。
『検査棒』で良いかな。
検査棒の名前は『カナン=ダイチ』。
テンプレート探しの名探偵さ。
赤い棒状のテンプレートだよ。
柄の部分は黄色い。
直径は3セダカ以上で、長さも40セダカは有るね。
検査棒の赤い部分は全部ノート石だね。
関所の兵士はいざとなったらそれで犯罪者を殴りつけるんだ。
ノート石は意外と頑丈だからね。
だって、もしノート石が頑丈じゃ無かったら……。
いや、何でもない。
『大きいノート石なんて高価なんじゃないか』って思うだろう?
ノート石は大きさよりも『純度』が大切なんだ。
『濃度』とも言うかな。
『力有る部分』の『濃さ』だね。
純度が高い石ほど大きなリメイクちからを持っているんだよ。
まあ、いくら純度が高くても小さすぎると大した力は無いから……。
結局はバランスが大事だよね。
けど、『指輪のテンプレート』なんかを作るのに『大きすぎる石』は使えない。
だから、純度の高い石はやっぱり重宝されるね。
……旅袋の話に戻るよ。
旅袋を隠しているのがわかったら、それだけで重罪さ。
縛り首になる……かどうかは国によって違うけど、とにかく『重い刑罰』が課される。
それだけ旅袋には『悪用』される可能性が有るということだね。
旅袋所持者には『税金』もかかったりして色々と厄介だ。
だから、商人なんかは意外と旅袋を使わないね。
荷物を袋から出し入れするのが面倒だしね。
大きい荷物を袋から出すのは意外と大変なんだ。
だから、馬車で運んだ方が結局は楽なんだね。
けど、『冒険者』は旅袋を使う人が多い。
咄嗟に『沢山の装備』を使い分けられるし、身軽だからね。
生存率を上げるには旅袋は必要なんだ。
だから、オヴァンの衣服にも旅袋は縫い付けられていたよ。
カマボコ型の可愛らしい奴さ。
色は……何故か白い物が多いね。
どうしてだろう?
……とにかく、旅袋が有れば荷物持ちはいらない。
皆知ってるね。
けど、この時のハルナはハルナめぐみだったからね。
気が動転して荷物持ちをするなんて言ったのさ。
「……そういえばそうでしたね」
自分が見当違いの事を言っているのに気付いたハルナは少し顔を赤らめた。
それを見てオヴァンは何か考える風だった。
そして、言った。
「……待て。何でもすると言ったな?」
「はい!」
ハルナは看板にでかでかと書いた。
その返事、イエスだね。
イェサス!
「それでは一つ、俺の言うことを聞いてもらおうか」
「はい!」
「二度と俺に近付くな。良いな」
「はい!」
「良し、良い子だ」
オヴァンはハルナに背を向けた。
「……………………」
「あれ?」
ハルナは首を傾げた。
二人の距離が離れていく。
オヴァンは屋根の縁に立つとハルナへ向けてちらと振り返った。
「神官の『予報』ではもうすぐ『雨』だ。『避難所』に行った方が良いぞ」
オヴァンは屋根から下の道へと飛び降りていった。
ハルナの視界からオヴァンの姿が消えた。
「あっ……」
ハルナは一人取り残された。
そうしてしばらくの間、呆然としていた。
やがて黒い雨がぽつぽつと降り始め、ハルナの体を濡らしていった。




