海獣
南下する大型船の甲板上にオヴァンの姿が有った。
「それで、どうしてお前がここに居るんだ?」
オヴァンは疑問の声を放った。
「それはこっちの台詞です!」
年若い少女の声が甲板に響いた。
オヴァンが招かれた船上には三人の竜騎士の姿が会った。
すなわち、シルク、コワ、シズカの三人だ。
宿で出会った時とは違い、シルクとコワは全身に甲冑を身に着けていた。
唯一シズカだけが宿で出会った時と同じ服装をしていた。
甲板上には彼女達のドラゴンの姿も有る。
シルクのドラゴンは体長13ダカールの緑色の大型竜。
シルクのものよりは小さいが、コワとシズカもそれぞれ10ダカール超えの大型竜を用意していた。
「俺はデッドコピー級を殺す依頼を受けた」
オヴァンはシルクの問いに答えた。
「奇遇っスね。自分らもっスよ」
「ふむ……?」
オヴァンはボロガーを見た。
オヴァンに依頼をしたのは彼だ。
シルク達に声をかけたのも彼に違いない。
「今回は海上での戦いですからね」
ボロガーは答えた。
「流石の英雄ブルメイも一人では分が悪いのではないかと思いまして」
「相手にもよるが……。敵を足場にすれば良い場合も有るからな」
「待って下さい」
シルクが口を挟んだ。
「まるで私達がオヴァン=ブルメイのおまけのような言い草ですね」
問い詰める様子のシルクに対し、ボロガーは曖昧な笑みを浮かべた。
「おまけと言うわけではありませんが、お三方にはブルメイ様が戦えるように協力して頂きたいと思っています」
「お断りします!」
「私達のドラゴンはあのような野蛮人を乗せるためのものではありません」
「ふむ。それならどうする?」
オヴァンが平坦な口調で尋ねた。
「当然、化物は私達だけで退治してみせます。あなたはここで黙って見ていて下さい」
「わかった」
「……妙に物分りが良いですね?」
「花火までに町に戻れるのならそれで良い」
「花火? あなたが花火ですか?」
「何だ?」
「似合いませんね」
「そうだな。そうかもしれない。だが……」
「仲間と一緒に花火を見る。そう決めたんだ」
「……そうですか。心配しなくても、化物は私達があっという間に倒してご覧に入れます」
「頼んだぞ」
「言われなくても」
……。
それから二日が経過した。
オヴァン達は甲板の上でその時を待った。
やがて……。
「見えました!」
マストの上の物見台で男が叫んだ。
「皆様、よろしくお願い致します」
甲板でボロガーが頭を下げた。
「お任せ下さい」
「頑張るっスよ」
シルクとコワが兜を着用した。
竜騎士達はそれぞれが自分のドラゴンへと乗り込んでいった。
まずはシルク、次にコワのドラゴンが甲板から飛び立っていく。
最後に甲板に残ったのはシズカのドラゴンだった。
「乗りますか?」
ドラゴンの鞍の上からシズカが言った。
「良いのか?」
オヴァンは鞍の上のシズカを見上げた。
「シルク様はお怒りになるでしょうがね」
「なんだ。いつものことだな」
「いえ。普段のシルク様はとても温厚でいらっしゃいますよ」
「そうなのか? 怒ってばかりいるような気がするが」
「興味深いですね。さあ、遅れてしまいますよ」
「助かる」
オヴァンは老紳士の後ろへと飛び乗った。
シズカのドラゴンが宙へと舞った。
オヴァンは水平線に向かって視線を走らせた。
「あれが今回の獲物か」
オヴァンの視界がクロスオーバーの姿を捉えた。
「まるでドラゴンでございますね」
海面から巨大な海竜が顔を出していた。
「海蛇がクロスになったものでございましょうか」
「でかいな。俺が出会ったデッドコピー級の中でも一番かもしれん」
海竜の首は海面から出ているだけでも10ダカールは有った。
海中の胴体の長さはその数倍が予想された。
「さしもの英雄ブルメイでもあの巨体は厳しいですか?」
「いや。足場さえ有ればどうにでもなる」
「これは頼もしい」
「お前たちはどうなんだ? 三人であれをやれるか?」
「私達は普通の人間です。生身でデッドコピーを倒すなどとてもとても……」
「ですが、この子達は違います」
そう言ってシズカはドラゴンの後頭部を見た。
シズカの視線に気付いたのか、ドラゴンは首を回してシズカを見た。
「なるほど」
「シルク様がクロスに仕掛けますよ」
「あいつは……どうなんだ?」
「あの方はまだお若い。ただし、カーゲイルの次期当主でございますれば……」
「わからん。俺はトゥルゲルの人間ではない」
「見ればわかります」
シルクは槍を構えると真っ向から海竜に向かった。
人への殺意を持って産まれたクロスオーバーは人の居所に敏感だ。
シルクが近付くよりも先に彼女の存在を察知していた。
シルクと海竜の視線が交差した。
その時、瘴気のような重圧がシルクを襲った。
(これが……下界の魔物……!)
海竜はシルクに向かって首を伸ばした。
海竜が放つ強大なプレッシャーに耐えながらシルクは手綱を操った。
海竜の顎がシルクを捉えるより早く、シルクのドラゴンは右方へと急旋回した。
海竜の牙が虚しく空を噛む。
「しくじったな」
離れて観戦していたオヴァンが言った。
「海竜が大きすぎて距離感が掴めていないようでございますね」
シズカが答えた。
「トルクなら当てたはずだ」
「それは……酷なお言葉でございますね」
シルクは海竜とのすれ違いざま、その首に一撃を加えるつもりだった。
だが、操竜にほんの少しのミスが有った。
シルクの槍は敵に届くこと無く空を切った。
(お兄様なら……!)
歯噛みするシルクの隣をコワのドラゴンが飛んだ。
「シルクちゃん! 大丈夫っスか!?」
「大丈夫だよ! だけど……! 槍は使わない方が良いかも!」
「わかったっス! ブレスで仕留めるっスね!」
「うん! 動きはあんまり速くない! 当てられるはず!」
「了解っス!」
二人のドラゴンが旋回した。
再び海竜へと向かっていく。
二人はお互いのブレスが誤爆しないように高度を変えた。
そして、それぞれが別の角度から海竜に向かっていく。
「ブレス!」
二人が自身のドラゴンに命じた。
ドラゴンは人語を理解する。
複雑な命令には言葉を使った方が効率が良い。
ドラゴン達が口を開いた。
シルクのドラゴンが風のブレスを放ち、コワのドラゴンが炎のブレスを放った。
オヴァンのブレスに比べて細いそれは、それでも強大な威力を持っている。
ブレスは海竜の首を貫通し、黒い体液を撒き散らした。
だが、巨大な海竜の首は直径5ダカールを超える。
たとえ風穴を開けられても揺らぎはしなかった。
シルクは再びコワとドラゴンを合流させた。
「効いてないっスか!?」
「ダメージは有る! 首が駄目なら頭を狙うよ!」
「了解っス!」
二人は再びドラゴンを海竜に向かわせようとした。
その時……。
海竜がシルクに向かって大口を開いた。
「ッ……!」
シルクと海竜の間にはまだお互いに距離が有った。
それでもシルクが不穏なものを感じずにはいられなかったのは、敵の顔つきがドラゴンに類似していたからだ。
敵はひょっとして……『こちらと同じ攻撃手段』を持っているのではないか。
シルクは本能的な直感でドラゴンの動きを変えた。
直後、海竜の口から巨大な水弾が放たれた。
今までシルクが居た位置を水の弾丸が飛び去っていった。
水弾が海面を打った。
シルクの背後で大きな水柱が発生した。
水飛沫を置き去りにしてシルクは前へと飛んだ。




