ナーガミミィ
ミミルは目を覚ました。
彼女の瞳に映ったのは見覚えの有る光景。
故郷に有る自分の部屋だ。
一目でそうわかった。
ナーガミミィの家は巨木をくり抜いて作られる。
その都合、一つの階に一部屋というのが家屋の基本的な構造となる。
ミミルの部屋は家の二階部分に有った。
ミミルはベッドから体を起こし、周囲を見た。
姉が部屋の入り口に立っていた。
真面目な顔をしている。
そんなことはどうでも良い。
アレはどうでも良い。
オヴァンの姿が無い。
彼の姿がどこにも無い。
それに気付いた時、ミミルはベッドから飛び出していた。
「ブルメイ……! ブルメイはどこ!?」
ミミルは血走った目でレミルを睨みつけた。
その息は荒い。
「お前がブルメイを取った! 殺してやる……!」
ミミルの思考は支離滅裂だった。
完全な狂人と化している。
ギリギリと歯を食いしばりながらミミルは旅袋に手を入れた。
弓矢を構える。
同時に矢に風の力をこめる。
ブルメイを取ったあいつは殺さなくてはならない。
レミルの額へと照準を合わせた。
頭に当てれば一撃で殺せるはずだった。
殺す。
だけど、彼はどこに?
彼が居ないと寂しくて死んでしまう。
寒い。
「落ち着けよ。すぐにあいつに会わせてやる」
「本当!?」
ミミルは矢を下ろした。
彼に会える。
嬉しい。
温かい。
嘘だったら苦しめてから殺してやる。
死ね。
「ああ。こいつを見ろ」
レミルの手の上に指輪が有った。
その台座には紅い宝石が嵌められている。
「この指輪をはめりゃあアイツの所へ行くことが出来るようになるぜ」
「寄越せ!」
ミミルは弓を放り投げるとレミルに飛びかかった。
指輪を乱暴に奪い取り、左手の人差し指にはめた。
すると……。
「あ……」
ミミルの頭は驚くほどにすっきりしていた。
今までの激情は嘘のように霧散している。
「落ち着いたか? それは、『平穏のオリジナル』、ゴート=ザウール」
「呪いに感情が左右されねぇように心を鎮めてくれる指輪だ」
「長老が産まれるよりも前、ナーガミミィの始祖がオリジンに貰った指輪らしい」
「私は……どうなっていたの……?」
「今のお前はクソッタレの呪いに蝕まれてる。それで心がおかしくなってるんだ」
「そんな……。呪いなんて、今までなんとも無かったのに……」
初めて森から出た時、ミミルは何の異常も感じなかった。
だからこそ、掟を迷信と決めつけて森を飛び出していったのだ。
「ナーガミミィは森から出ると呪いの症状が現れると言われてるがな……あれは嘘だ」
「いや……嘘ってのとは違うな」
「子供に恋だのなんだの言ってもわからねえだろう? あれは子供用の方便だよ」
「大人になったらきちんとした説明を受けるんだが……お前はそのすぐ前に森から出ていっちまったからな……」
「本当のナーガミミィの呪いは、強い強い恋の呪い」
「異性に少しでも恋心を抱くと、それがどんどんと膨れ上がっちまう」
「そして、一度芽生えた恋心は一生消え去ること無く、一人の男を愛し続ける」
「その想いは相手の男が死んでからも続く」
「もし恋が上手く行っているうちは良いが……」
「恋が報われなかったナーガミミィは心を病んで死ぬ。確実にな」
「もうお前がオヴァンと会うことは許されねぇ」
「そんな……」
終わってしまうというのか。
オヴァンとハルナと、三人の素敵な旅が。
「と、言いたい所だけどな」
レミルは悪戯っぽく笑った。
「……お姉ちゃん?」
「お前はもう呪いにかかっちまった」
「今更森に引きこもっても、それは変わらねぇ」
「だから、行け。その指輪がお前を守ってくれるはずだ」
「良いの……?」
「ああ。村の外でトルクに待ってもらってある」
「ありがとうお姉ちゃん!」
ミミルはレミルに抱きついた。
「現金な奴だな。さっきまではあーしを殺そうとしてやがったくせに」
そう言うレミルの眼差しは優しかった。
「それは……ごめんなさい」
「良いさ。早く行きやがれ。あのトカゲを待たせちゃ悪いだろ」
「うん! 行ってきます!」
ミミルは部屋を飛び出していった。
レミルは一人残された。
「さて……」
ミミルが家の中に居ないのを確認すると、レミルも家を出た。
それから一際大きい木へと向かった。
幹の直径が10ダカールを超える巨木。
それは長老の家。
レミルは家の中へ足を踏み入れた。
普通は部屋と階段しか無いナーガミミィの家には珍しく、その家には廊下というものが有った。
レミルはそのまま一階に有る長老の部屋に向かった。
部屋の前に立つとレミルは扉をノックした。
「入りなさい」
部屋の中から長老の声が答えた。
レミルは扉を開くと部屋に足を踏み入れた。
それはとても木の中とは思えない広々とした部屋だった。
レミルの目に長老の後ろ姿が映った。
広い部屋の中で長老は大きな窓から外を眺めていた。
服装は典型的なナーガミミィの民族衣装。
金色の前髪を上げてカチューシャでまとめている。
後ろ髪は長く腰まで伸びている。
その顔からは一切の感情が感じられない。
長老は始祖の娘で失恋の激情で心が壊れて感情が無くなってしまったと言われている。
それが事実なのかどうか、若造であるレミルにはわからなかった。
ただ、長老がナーガミミィの血を厭わしく思っているということは知っていた。
レミルは長老の後ろまで歩くと跪いた。
レミルが口を開いた。
「長老サマ……あーしを殺して欲しい」
「恋をしましたか」
「……多分」
「恋ってのは、こんな簡単なモンなんだな。もっとこう……色々あってなるもんだと思ってたんだが……」
「ナーガミミィが惚れっぽいってのは本当みてぇだ」
「……どういうこと?」
レミルの後ろから声がした。
レミルは心臓を掴まれたような心地で振り向いた。
部屋の入り口にミミルが立っていた。
「ミミル……どうして……」
「忘れ物……」
「弓を置いてきちゃったから……家に戻ろうとしたの……」
「そうしたら……お姉ちゃんが長老様の家に入るのが見えたから……」
「ねえ、今の話は本当なの?」
「……そうだ」
「お姉ちゃんがトルクの事を……」
「えっ?」
「返す」
ミミルは指輪に手をかけ、外そうとした。
「止めろ!」
レミルは慌ててそれを制止する。
「お前はもうそれが無いと生きられねぇんだぞ!?」
「それはお姉ちゃんだって同じでしょう!?」
「あーしは妹を死なせてまで生き残るつもりはねぇ! もしお前が死ぬってんなら、あーしも死んでやる!」
「そんなの……ずるいわ」
「ミミル、部屋を出なさい。レミルを送らなくてはなりません」
長老が言った。
「嫌です……! 時間を下さい……!」
「姉が狂っていくところを見たいのですか?」
「解呪のオリジナルを見つけます」
ミミルがそう言うと、長老の顔に僅かな揺らぎが生じたように見えた。
「解呪……? そんなものが存在するのですか?」
「はい。それが有ればお姉ちゃんを助けられるはずです」
「……必ず見つけてみせます。それまで待って下さい」
「しかし、いつオリジナルが見つかるともわからないのに、彼女の精神が保つと思うのですか?」
「それは……だけど……」
「私は……お姉ちゃんに死んで欲しくありません……」
「良いでしょう」
「長老様……?」
「オリジナルが見つかるまで、レミルは私がリメイクで眠らせておきます」
「気長に探すと良いでしょう」
「ありがとうございます!」
ミミルは深々と頭を下げた。
「行ってきます」
「ええ。行ってらっしゃい。我が母の娘達」
ミミルは部屋を駆け出していった。
後には長老とレミルが残された。
レミルをリメイクで眠らせて、長老は外を見た。
「ナーガミミィの歴史は悲恋の歴史」
「ですが、解呪のオリジナル……そんなものが有ると言うのなら……」
「私はこの一族を滅ぼさなくても良いのでしょうか……?」
「母様……」
……。
ミミルは村の出口に駆けた。
そこでは見覚えの有るドラゴンがミミルを待っていた。
「お待たせ。トルク」
ミミルは元気良くトカゲ顔の竜騎士に声をかけた。
「話はついたようですね」
「ええ」
ミミルはシルヴァに飛び乗った。
「それでは行きましょうか。お姫様」
木の枝を蹴散らしてシルヴァは森の上空へと飛び上がっていった。




