愛よりも恋よりも重く
オヴァン達は山頂の遺跡へと帰還した。
ミミルは半壊したプロトガルダを格納庫に戻した。
それから格納庫の外で集合した。
オヴァン、ハルナ、ミミル、レミル、トルク、オウガの六人が輪を作って立った。
「ごめんなさい。オウガ」
ミミルはオウガに頭を下げた。
「妹さんを死なせてしまって、心臓も取り返すことが出来なかった」
「いや……。ミミルは良くやってくれたよ」
「本当は、オウカを倒そうと思えばいつでも倒せてたんだ」
「だけど……テッカっていう友達が出来てオウカは楽しそうだった」
「だから……ここでの日々が続けば良いと思って、戦いの決着がつかないように引き伸ばしてたんだ」
「世界を守るべきデトネイターとしての役目を放棄してね」
「俺がデトネイターの心臓を失ったのは自業自得だと思う」
そう言うオウガの表情は流石に少し暗い。
「妹のことは悲しいけど、心臓のことは気にしないで欲しい」
「このままでもあと五十年は生きられるから大丈夫だよ」
「えっ?」
ミミルは間の抜けた声を上げた。
「うん?」
オウガはとぼけた声を返す。
「心臓が無いと死ぬんじゃあ無かったの?」
「うん。死ぬよ。五十年後に」
「あんたたち兄妹って……」
ミミルは頭を押さえた。
それから正面に立つレミルを見た。
ガルダ=ムゥとの戦いは終わったが、姉妹の問題は何も解決していない。
「お姉ちゃん、私……」
「森に帰ろう。ミミル」
ミミルが言葉を選んでいるうちに、レミルがきっぱりと言った。
「私は……」
ミミルは隣に立つオヴァンを見た。
「ブルメイ……私……あのね……」
「…………」
オヴァンは黙ってミミルの言葉を待った。
「私は……弱い……。二人に釣り合って無いと思う……」
「そんなことは無い」
オヴァンが答えた。
「だけど……私にはブルメイみたいな力は無くて……ハルナみたいな魔法も使えなくて……」
「それでも……あなたと一緒に居たい。ずっと一緒に旅していたい」
「俺は……」
「お前を足手まといだと思った事は一度もない」
「これまで、お前が居なければ乗り切れなかったという場面が幾つも有った」
「今回のことだってそうだ。お前が鉄巨人に乗れなければ、オウカを止めるとこは出来なかった」
「戦いのことだけじゃない」
「オーシャンメイルでお前がネーデルを殺すなと言った時……」
「俺は……嬉しかったんだと思う」
「嬉しい……?」
「俺はネーデルは死ぬべきだと思った。あの娘は手を血で汚しすぎた。だから、命で贖うのが道理だと」
「だが……心の奥底ではあの子を殺したくないという気持ちも有ったのだと思う」
「お前がネーデルを庇ったことで、俺は自分の中にある気持ちに気付けた」
「そしてネーデルを助けた」
「それは……道理に合わないことだったとは思うが……」
「俺は……スッキリしたんだ。結果を思えばあれで良かったのだと思う」
「全部、お前のおかげだ。ミミル」
オヴァンの表情は晴れやかだった。
「ブルメイ……」
ミミルは嬉しかった。
大好きなオヴァンが自分をそこまで買ってくれていたなんて。
ミミルの目が涙で潤んだ。
「だが……」
オヴァンは語調を変えた。
その声音は今までより厳しいものだった。
「森に帰れ。ミミル」
「えっ……?」
「お前たちの一族は、深刻な呪いにかかっていると聞いた」
「だが……解呪のオリジナルさえ有ればお前の呪いも治せるはずだ」
「俺はきっと解呪のオリジナルを見つけてみせる。だから、その時まで待ってくれないか?」
「呪いが治ったら、また三人で冒険しよう」
オヴァンの語調がミミルを気遣うようなものに変わった。
「……それでは駄目か?」
「そっか……」
「ブルメイも私が帰るのに賛成なんだ……」
「だけど、呪いなんて大したこと無いのよ?」
「ミミル……」
オヴァンは困った顔をした。
「俺達呪われた者の寿命は長い。ほんの少しの別れだ。また会える」
ミミルはオヴァンが好きだ。
彼を困らせたくない。
そう思って、頷いた。
「……わかった」
「お姉ちゃん、私、森に帰るわ」
「ミミル……良かった……」
レミルが安堵の笑みを浮かべた。
「ブルメイ、ハルナ、またね」
ミミルはオヴァンから離れ、レミルの方へと歩み寄って行った。
その時……。
「ぐうっ……!」
ミミルは胸を押さえて蹲った。
「ミミル……!? 大丈夫か……!?」
レミルは慌ててミミルの肩に触れた。
ミミルは何事も無かったかのように立ち上がった。
その目は誰のことも見てはいなかった。
ミミルの……口が動いていた。
「無理嫌絶対に出来ないブルメイと別れたくない楽しいのにブルメイと居るの楽しいのに大好きなのにどうして邪魔するのお姉ちゃんお姉ちゃんは私の敵なの敵なら殺してやる私とブルメイを引き裂く奴は殺してやるブルメイ愛してる大好き一緒に居たいどうして一緒に居ちゃいけないのお前たちを殺したら一緒に居て良いの殺したくない殺してやる殺す死んじゃえ愛してる」
ミミルの口から滝のように言葉が溢れ出した。
それは愛の告白であり怨嗟の呻きでもあった。
「そんな……。もう……手遅れだったのか……」
レミルの全身がわなわなと震えた。
「手遅れ? 何を言って……」
オヴァンの質問が終わる前にレミルはフレイズを唱え始めた。
ミミルの周囲にサークルが出現し、ミミルの体が崩れ落ちる。
ミミルが倒れないようにレミルが体を支えた。
「何をした?」
オヴァンがレミルを睨んだ。
「眠らせただけだ。危害を加えたわけじゃねぇから安心しろ」
「ミミルさんにいったい何があったのですか?」
ハルナが尋ねた。
「あれが……ナーガミミィの呪いなんだよ」
オヴァンは困惑した。
「あれが呪いだと? いったいどんな呪いなのだと言うのだ?」
オヴァンはこれまでにあのような呪いの症状を見たことが無かった。
「……………………」
オヴァンの質問にレミルは答えない。
レミルはトルクを見た。
「一度、ミミルを森へ連れて帰る」
「トルク、あーし達を森まで連れて行ってくれるか?」
「私は構いませんが……」
「良いんですかね?」
トルクの視線がオヴァンへと向かった。
「ミミルは……どうなる?」
「再びお前達の所へ戻ってこられるようにする。そのつもりだ」
「……ナーガミミィは森から出られないのでは無かったのか?」
「なんとかするさ」
「わかった。信じよう」
「トルク、二人を頼むぞ」
オヴァンは睨むような視線をトルクに向けた。
「わかっていますよ」
「そうだ。合流場所を決めておきましょう」
トルクが提案した。
「わかった」
オヴァン達は近くの町で合流することに決めた。
トルクはシルヴァの背に二人を乗せると遺跡から飛び去って行った。
オヴァン達は飛び去るミミル達をじっと見送った。
「きっとまた、三人で旅が出来ますよね?」
ハルナが書いた。
不安そうな顔をしていた。
「……そうだな」
オヴァンはハルナを元気づけようと微笑んだ。
その笑みは少し歪んでいた。




