表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/190

導かれし者と特にそうでもない者達

 ハルナはしばらくの間、同じ所に立ち止まっていた。


 先程の事がショックだったのだろう。


 それでも、いつまでも足踏みしているわけにはいかなかった。


 ハルナは看板の文字を書き直し、再び歩き出した。


 ……その時だ。


「ちょっと良いか?」


 ハルナの後ろから男の声がした。


 振り向くと、竜の仮面を被った長身の男が立っていた。


 180セダカは軽く超えている。


 髪は短い赤茶。


 首から下を見ると着古された感じの頑丈そうな衣服を着用していた。


 まっとうな町民であればもう少し小綺麗な格好をしているだろう。


 冒険者かもしれないとハルナは推測した。


 なにより仮面を被っている。


 仮面を被るのは兵士か冒険者くらいのものだ。


 だだ、戦闘中でもないのに仮面を被るというのは少々おかしくもあった。


「何でしょう?」


 ハルナ看板の文字を書き換えた。


「実は、さっき君が話をしているのを立ち聞きしてしまったんだが……」


「言葉が話せないと聞いた。苦労しているんだな」


 ハルナは俯いた。


 自分の欠陥に言及されるのはいつまでたっても慣れなかった。


 男は言葉を続けた。


「……もし良かったら、俺達のパーティに入らないか?」


 望外の誘い。


 ハルナはばっと顔を上げた。


 凄まじい速さで次の文を綴る。


 その人外めいた手の動きに男は若干引いているようだった。


「良いんですか? 良いんですか? 本当に良いんですか?」


 大事なことだったので三回尋ねた。


「ああ。もちろん」


 男はまっすぐに頷いた。


「ありがとうございます!」


 ハルナは深く頭を下げた。


 ……帽子が落ちてしまったので慌てて拾い直した。


「それじゃあ仲間の所に案内する。ついてきなよ」


 男が歩き出した。


 ハルナは人混みに飲まれないように慌てて後を追いかけた。


 男は建物と建物の間、狭い路地へと入っていった。


 そこから裏通りに抜け、さらに緩やかなカーブを描いた路地に入った。


 路地を進んでいくとすぐに行き止まりになった。


 見えるのは煉瓦の壁だけ。


 人が居る様子は無い。


 扉なども見当たらなかった。


 ここから建物に入るというわけでも無さそうだ。


「あの……仲間の人は?」


 ハルナは尋ねた。


「ああ。もう来てるぜ」


 男は自分達が入ってきた方を指差した。


 ハルナが振り向くと、狭い路地にぞろぞろと体つきの良い男たちが入ってくるのが見えた。


 確か五人くらいだったかな。


「俺の、仲間たちだ」


 男は『俺の』という部分を強調して言った。


 ハルナが違和感を覚えたのは、男たちが揃ってニヤニヤとした笑みを浮かべていることだった。


 歓迎の笑みというには妙にほの暗さを感じさせる。


 ハルナは危機感から一歩後ずさろうとした。


 路地裏の奥へ。


「おっと、逃さねえよ」


 竜の面の男がハルナの腕を掴んだ。


 そのまま重心を崩され、ハルナの体が地面へと押し倒された。


 ハルナの背中に衝撃が加わる。


 その間、ハルナは一言の悲鳴を上げることも出来なかった。


 男はハルナを仰向けに押さえつけた。


 そして、興味深そうに見た。


「『恐怖で声が出ない』って感じじゃ無いな。静かすぎる」


「喋れないってのは本当らしい」


 ハルナは呆然と男の顔を見上げた。


「どうして……? ってツラだな」


「フレイズを唱えられないリメイカーと組む奴なんて居るわけ無いだろ?」


 『フレイズ』というのは呪文のことだね。


 普通、フレイズというのは口で唱えるものだ。


 常識と言っても良い。


 だから、リメイカーなのに声を出せないと言う彼女は明らかな異物だった。


「なーんて言うがな。俺達は元々冒険者じゃない」


「『海賊』のお兄さん達さ」


 男は楽しげに言った。


 網に獲物がかかったのが嬉しいのだろう。


 それにつられて周りの連中がゲラゲラと笑った。


 ハルナは男を睨みつけて藻掻くが、男は屈強でどうしようもない。


「元々お前がリメイクを使えるかどうかなんてどうでも良いんだ」


「いや。どうでも良くは無いな。使えない方が断然良い」


「その方が攫う時に楽だからな。ハハハッ!」


「身ぐるみ剥いでその辺の変態に売りさばかせてもらう」


「お前みたいなチビでも欲しがる物好きはごまんと居るんでな」


 男はニヤニヤとハルナの未来像を語った。


「おっと、関所が有ると思ってるだろう?」


「けど、ここは港町だからな。関を抜ける方法なんていくらでも有る」


「人を攫うのに船ほど便利なものは無いからな」


「昔から、海の近くでは人さらいが絶えないのさ」


 海賊たちはこんなことは手慣れているようだった。


(また……騙された……)


(どうして私はこうも頭が悪いんだろう……)


 ハルナは涙をこぼした。


「泣くときまで無言か。気持ちの悪い奴だ」


「おい、とっととこいつをふんじばっちまえ」


 男の一人が麻袋を持って近付いてきた。


 袋に詰めて、そのまま船に運ぶつもりなのだろう。


 ハルナの下半身が袋に詰め込まれていく。


 そして、ハルナの全身が……。



「何をしている?」



 路地の入り口の方から男の声がした。


 若さを感じるが、老成された落ち着きも感じさせる声だった。


「何だてめぇ!?」


 海賊たちが怒声を上げた。


 男たちに視線を遮られているせいで、ハルナには周囲がどうなっているのかわからなかった。


 誰かが来たということはわかるが、助けを求めたくても声を出すことも出来ない。


 ただ、闖入者が善人であることを願った。


「オヴァン=クルワッセ」


 男が名乗った。


 ハルナからは見えないが、竜の仮面を被っている。


 偶然にも、ハルナを騙した男と同じモチーフの仮面だった。


 だが、全く同じ仮面というわけではない。


 両者の仮面の決定的な違いは額の宝石だった。


 オヴァンの仮面には額の所に紅い宝石が嵌められている。


 魔石、ノート石だ。


 そして良く見ると、オヴァンの仮面の方が細工が見事で、海賊の方は安っぽく見える。


 仮面に隠されてオヴァンの容姿はよくわからない。


 ただ、引き締まった口元だけが見えた。


 髪は黒く、長髪ではないが短髪というにはやや長い。


 仮面の奥には紅い瞳が覗いている。


 身長は182セダカ。


 肩幅はそう広くは無いが、筋肉が引き締まった逞しい体をしている。


 手足は長い。


 服装はラフな冒険者スタイルで海賊たちと大差無い。


 ただ、デザインが比較的洗練されていて、大陸の気風を感じさせた。


 色合いは黒が基調でやや重苦しいようだが、体型のおかげかむしろ軽快に感じられた。


「名前を聞いてんじゃねえ!」


 海賊の一人が壁を蹴飛ばした。


 靴底の金具が耳障りな音を立てた。


「何の用かって聞いてんだよ」


 あからさまな威嚇。


 『セクハラ』(外界語だ。前に説明したよね)だね。


 胆力の無い男ならこれで引き下がっていたかもしれない。


 だが、オヴァンは全く動じなかった。


 海賊たちはハルナを抑えつけている一人を除いてオヴァンに近付いていった。


 ハルナがなんとかして首を曲げるとようやくハルナの目にもオヴァンの姿が見えた。


 海賊達は集団でオヴァンを囲みこんだ。


「聞いてんのかオラァ!?」


 海賊の一人がオヴァンの顔に自分の顔を近付けた。


 仮面が無かったらキスしてしまいそうな距離だったね。


 犯罪者は他人に顔を近付けるのが好きな人が多い。


 そうやって『セクハラ』しているつもりなのかな?


「道に迷った」


 オヴァンは度重なる男の『セクハラ』に全く動じる気配が無い。


 平然と男の問いに答えた。


「はぁ?」


「酒場に行く予定だったのだが、場所がわからなくてな」


「町をうろうろ歩いているうちに、ここまでやって来たというわけだ」


「なるほど。あんたはこの場所には全く縁もゆかりもないってわけだ」


「そうだな」


「だったら……消えてもらえるか? 俺達、取り込み中なんだ」


「あんたがこの自称リメイカーのチビと知り合いってんじゃ無ければな」


 男がハルナを指差した。


 オヴァンの瞳に、下半身を麻袋に詰め込まれた小柄な人物が映った。


「リメイカー……?」


 突然にオヴァンの顔色が変わった。


 いや、仮面で顔色は見えないな。


 とにかく、何かが変わった。


 そう。オーラとかね。


「だったら何だってんだ? あァ!?」


 男の一人がオヴァンの胸ぐらを掴んだ。


「……放せ」


 オヴァンは低い声で言った。


 その声音からは今までにない苛立ちが感じられた。


 散々『セクハラ』を受けていたんだから、もっと早くに怒っても良かったと思うけどね。


 オヴァンは逆に男の胸ぐらを掴み返した。


 そして、オヴァンは右手一本で男の体を吊り上げた。


 70ゴジデブル(重さの単位だね)は有る成人男子を軽々とだ。


「なっ……何を……!」


 吊り上げられた男がジタバタともがいた。


 足でオヴァンを蹴ろうとするが、オヴァンはびくともしない。


 オヴァンが男を放り投げた。


 ボールでも放り投げたのように、男はびゅんと飛んでいった。


「がァッ!?」


 狙ってか偶然か、そいつはハルナを抑えつけていた男へと直撃した。


 70ゴジデブルの重量を受け、ハルナを抑えつけていた男が呻いた。


 安っぽい仮面が吹き飛んで地面に転がる。


「やろうってのか……!?」


 ハルナを抑えつけていた男が立ち上がった。


 ポケットからナイフを取り出すと、オヴァンに向かっていこうとする。


「って……あれ……?」


 男は間の抜けた声を出した。


 居ない。


 さっきまでオヴァンが居た所には誰も居なかった。


 オヴァンは忽然と消え失せていた。


「あいつはどこに行った?」


 男は別の男に尋ねた。


「それが……」


「屋根の上に……飛んでいった」


 質問を受けた男が空を指差した。


「あ? 人が飛ぶわけ無いだろ? フレイズの詠唱も無かった」


「テンプレート(魔導器)を使ったのかも」


「空を飛ぶテンプレートか……聞いたことは無いが」


「まさか……オリジナル(原初魔導器)持ちか?」


 男は空を見上げた。


 見上げても、オヴァンの姿は影も形も見えない。


「まあ良い。仕事の続きだ」


 邪魔者が消えたのならそれで良い。


 男はハルナの方へ振り返った。


 薄暗い路地裏の奥……。


 そこにハルナが立っていた。


 さっきのどさくさで袋から抜け出したらしい。


「いつの間に……」


 男はハルナを睨みつけた。


「ん……?」


 男はハルナが持つ看板の文字が変わっているのに気付いた。


「冒険者パーティ『海賊団』の皆様。私のリメイカーとしての力をお見せします」


 看板にはそう記されていた。


「え……?」


 ハルナの右手にはテンプレートが握られている。


 紅い、チョークのような形状をしたノート石だ。


 ハルナは高速でテンプレートを操り、看板に文字を綴った。


「フレイズ……!?」


 そこに綴られたのは確かにリメイクの言葉だった。


 ハルナの周囲の地面にリメイクサークルが出現した。


 色は緑。


 地属性だ。


「な……!」


 海賊達が慄いた。


 サークルから大量の石が生成され、宙に浮き上がった。


 石は加速して男たちに向かっていく。


「がああああああっ!」


 路地裏に男たちの悲鳴がこだました。


 大量のイシツブテが男たちを打ち据えていた。


 男たちは一人残らず地面に這った。


「が……がぁ……」


 ハルナは倒れた男の一人を覗き込んだ。


 仰向けに倒れた男はハルナに怯えた視線を向けた。


 ハルナは男に見せつけるように看板の文字を書き換えた。


「どうでしょう。『海賊団』の皆様。入団試験は合格でしょうか?」


「ぁ……」


 男は声も出せず、口をぱくぱくと動かした。


「なるほど。不合格ですか。残念です」


「それでは、牢屋の中でもお元気で」


 ……。


 脅威から逃げ去ったオヴァンは商店の屋根の上で寝転がっていた。


 酒場を探すのを諦めて一旦休息している。


(危ないところだった……)


(危うくリメイカーの喧嘩に巻き込まれるところだったな)


「ふぅ……」


 安堵のため息を付いた。


 その時、オヴァンの視界にひょっこりと何かが飛び込んできた。


 看板を持った少女がオヴァンを覗き込んできていた。


 オヴァンは素早く転がると体を起こして飛び下がった。


「誰だ?」


 オヴァンはハルナを睨んだ。


「さきほど袋詰めにされかかっていた者です」


 オヴァンの脳裏に『下半身を袋詰めにされていたマヌケな人物』の姿がよぎった。


「リメイカーか……」


 オヴァンは戸惑うような声音で言った。


「はい。先程はありがとうございました」


 ハルナは物凄い勢いで看板に文字を書いていく。


 神がかったスピードのせいか、オヴァンの目には彼女の腕が光って見えた。


「礼を言われるようなことをした覚えは無いが……」


 オヴァンは親指と人差し指で顎をつまみながら首を傾げた。


「ひょっとして、『お礼参り』という奴だろうか?」


 『お礼参り』は『外界語』だね。


 『お礼に参ったように見せかけて油断させて殺す』という言葉だ。


 要は、『味方のフリをして相手を殺すこと』だ。


 オヴァンは相手の『お礼参り』を恐れてじりじりと後ずさっていく。


 距離を離されないようにハルナもじりじりと距離を詰める。


 まるでハルナがオヴァンに酷い『セクハラ』をしているかのような光景だったよ。


 本人にはそんなつもりは無かったと思うけどね。


「いえ。普通にお礼です」


「あなたのおかげで助かりました。ありがとうございます。優しい人」


「……そうか」


 オヴァンの緊張が少し緩んだ。


「良くわからんが、役に立てたのなら良かった」


「はい。とても」


「お礼を言う前に居なくなってしまわれたので、探しました」


「リメイカーの喧嘩に巻き込まれるのは御免だったからな」


「優しい人は喧嘩が強そうに見えるのですが、海賊が怖かったのですか?」


「それは……」


「なるほど。能ある鷹は爪を隠すというヤツですね」


「……そういうことにしておいてくれ」


「はい。優しい人」


 ハルナはうっすらと微笑んだ。


 ハルナ検定三級程度でも判別できるレベルの笑顔だった。


「優しい人というのは止めろ。俺はオヴァン。オヴァン=クルワッセだ」


「わかりました。優しいオヴァンさん」


「…………」


「申し遅れました。私はハルナ=サーズクライと言います」


 ハルナはぺこりと頭を下げると帽子を落とした。


 拾って被り直す。


「ハルナ……どうして口で喋らない? 人見知りか?」


「……いえ。『呪い』で。黒い雨に打たれたんです」


「私の喉は一切の声を出すことが出来ません」


 黒い雨に打たれた動物は魔物……『クロス』になる。


 一方で、人間が呪いにかかった場合は実に『個性的な症状』が出る。


 『動物同様にクロスになってしまう人』も居るので、この程度の症状は運が良い方と言えた。


「そうか。大変だな。……そのテンプレートは自分で作ったのか?」


 オヴァンはハルナの右手の石に視線をやった。


「はい。こう見えて私はテンプレーターの卵なんですよ」


 ハルナは自慢気に言った。(要ハルナ検定一級)


 テンプレーターとはテンプレートを作る人のことだ。


 説明しなくてもわかるかな?


「凄いな。将来有望のようだ」


「ありがとうございます」


「……実は、俺も呪われている。だから、呪いの辛さはよくわかる」


「あなたも?」


「ああ」


 オヴァンはしみじみと頷いた。


「厄介な呪いだ」


「私達、仲間ですね」


「仲間……?」


「そうでしょう? 呪われ仲間」


「そうかもしれないな」


 オヴァンは微笑した。


 出会った直後の警戒心はすっかり薄れていた。


 オヴァンはハルナに気を許したようだった。


「あの、優しいオヴァンさんは冒険者なのでしょうか?」


「ああ。そうだな」


「海賊とかでは……」


「そう見えるか?」


「いえ」


「あの、パーティは組んでいらっしゃるのでしょうか?」


「いや……。一人になった」


「それでしたら……」


「私とパーティを組んでくれませんか?」


 二人は出会ったばかりだ。


 お互いのことを大して知りもしない。


 だけど、ハルナはオヴァンに対して一歩踏み込むことに決めたようだ。


「お前は……リメイカーだったか」


「はい。お役に立ちますよ」


 オヴァンは見るからに前衛といった感じだ。


 リメイカーのハルナとの相性も良いだろう。


「そうか……。自分でテンプレートを作るほどだし、優秀なのだろうな」


 ハルナに対するオヴァンの態度は悪くない。


 この人となら良い関係を築いていけるのではないか。


 ハルナはそう思っただろう。


「それほどでも無いですけど」


 ハルナの様子はとても穏やかだった。


「だが断る」


「えっ?」


 ハルナ=サーズクライの仲間探しは前途多難だった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓もしよろしければクリックして投票をお願いします。
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ