三つめの目覚め
第一部『cursed_rain』
序章『光の虚構散文、その始まり』
『立ったまま目覚める』というおかしな経験をしたのはこれが人生で初めてのことだった。
いや、人生という言葉もおかしい。
なぜならば……。
「これは……?」
自分の体に視線を向ける。
手や脚が、いや、全身が、何故かうっすらと輝いていた。
淡白い、仄かな光。
服装は意識が途絶える前のもの。
光っているということ以外、普段の自分と同じように見えた。
自身への観察が終わったので、周囲にも注意の目を向けてみた。
足元を見る。
地面には『大量の木の葉』が敷き詰められていた。
葉は幅広の緑色で、ケヤキのような一般的な広葉樹のもののように見えた。
だが、ケヤキの葉とは微妙に形が異なる。
自分が知らない植物なのかもしれない。
未知の植物。
だが、同時に懐かしさも感じられた。
葉の観察が終わると、足元以外にも視線を向けた。
視線を上げると、木の葉は遠くまで広がっていた。
そして、木の葉の先には星々が見える。
雲一つ無く、星々は強く強く瞬いていた。
青、白、黄、オレンジ、赤、様々な星々がその煌めきを主張していた。
美しい夜空だ。
「目が覚めたみたいだね」
ふと、背後から声がした。
若い女性の声だった。
体ごと振り返り、声の方へと視線を向けた。
木の葉と星空だけで構成された空間……。
おそらくはその中心に、ぽつんと木製の椅子が設けられていた。
いや……。
木『製』というのは果たして正しいのか。
その椅子は、人工物と言うには平坦さに欠けた。
フォルムに独特の生物的なうねりを宿し、命を主張していた。
まるで、樹木がそのまま椅子の形状へと成長を遂げたかのようだった。
ある種の美しさは有るが、座りにくそうだとも思った。
そんな椅子に女性が腰かけていた。
肘掛け(左右不均一だ)に片肘をつき、折り曲げた指に顔の重みを預けている。
年齢は少女と言っても良いか。
彼女の特徴でまず目を惹くのは、その真っ赤な頭髪だった。
赤い髪が腰の下まで伸びている。
その瞳も赤い。
今にも燃え盛りそうな赤だった。
身につけた衣服は、布をそのまま纏って帯でまとめたようなもので、袖が無かった。
生地は白く、彼女の赤い髪を引き立てていた。
首からは黄金のネックレス。
手首にも、意匠に統一性を感じさせるブレスレットを嵌めていた。
それらの装身具には青い宝石が填められていた。
「お前は……?」
問いかけた。
尋常のヒトでは無いということは、彼女が発する雰囲気から察せられた。
彼女の返答を、若干の緊張感と共に待った。
すぐに少女が口を開く。
「愚神はこの世界の女神。女神アルメーオだ。よろしく」
真偽の程は定かでは無い。
彼女の口調にはからかうような余裕が感じられた。
実際、これから自分をからかうつもりなのかもしれない。
おそらく、彼女は何かを知っており、自分は何も知らない。
そんな状況は、相手をからかうのに絶好の機会だろう。
「女神? 本物か?」
平然とした口調で問い返した。
自分のプライドは高い方だと思う。
からかわれたくは無かった。
弱みを見せたくは無い。
たとえそれが、避けられないとしても……。
「ああ。女神だよ。愚神ではあるがね。信じられない? 君はひょっとして、神が居ない世界から来たのかな?」
「神というのはそんなにゴロゴロと居るモノなのか」
「ああ。山ほど居るね。一山いくらってくらいだよ」
「安いものなんだな。神というのは」
「まあね。それで、聞きたいことが有るんじゃあ無いかな?」
「そうだ……」
どうして自分はここに居るのか。
休日、はすむかいに住む気の良い神に招かれて、エンジョイティーパーティ……なんて記憶は無い。
記憶に有るのは……。
「確か自分は……木の上から落ちて……」
死んだはずだ。
「おぉ! そうなのかい?」
女神は楽しげに言った。
これまでの余裕に満ちた声ではなかった。
女神は勢い良く椅子から立ち上がっていた。
本当に楽しいことが有ったかのような、今までとは異なる笑顔を浮かべていた。
本人はハッピーかもしれないが、状況が掴めない自分にとっては恐怖でしかない。
自分は冷や汗を……。
いや、汗は流れない。
自分の体温すら感じなかった。
自分は死んだのか。
それとも生きているのか。
どちらにせよ、ロクなことにはならなさそうだと思った。
「何が嬉しい? 人の死が嬉しいのか?」
女神に問うた。
「まさか、『人の破滅を蒐めるのが人生の趣味』とか言うんじゃ無いだろうな……?」
一歩後ずさる。
弱気を悟られただろうか。
そもそも、女神というのは強気であれば御せる相手か。
「いやいや。そんなことは無いよ」
女神は笑顔を崩さない。
無垢なる笑顔か、それとも獰猛な猛禽の笑みか。
「どうして木から落ちたりなんてしたんだい?」
「別に……ちょっと喧嘩をしただけだ」
「ほうほう……」
何を考えているのか、女神は二度三度頷いた。
そして言葉を続ける。
「ねえ、お客さん。良かったら……」
「愚神の長話を聞いていかないかい?」
「断る」
「えっ?」
中身の無い長話は嫌いだ。
即答だった。
予想外だったのか、女神を名乗る女の顔が間抜けに歪んだ。
形容するのは難しいが、驚いているのだということはわかる。
一瞬だが主導権を握れたようで、なんとも痛快だった。
こんな間抜けな顔が出来るのなら、彼女は邪悪では無いのかもしれない。
「長話は嫌いだ」
多少の開放感と共に空を見上げた。
空には月が有る。
「ん……?」
ふつふつと、遠い所に来たのだという実感が湧いてきた。
この世界の月の色は自分が居た世界のそれとは異なっていた。