7.束の間の休息
アインと雪の模擬戦の日から、毎日二時間ほど一週間に渡ってカシオペアの訓練は続いた。
時の力の使い方は才能に左右される部分が大きいようで説明も感覚的な部分が多かったが、カシオペアが丁寧に粘り強く指導してくれたおかげで雪と桃はかなり使いこなせるようになった。
一方アインは苦戦していた。長年訓練してあの実力だったわけで、短期間でどうにかなる状態では無かったようだ。
それでも根気よく訓練をするアインはやはり努力家で、桃は報われて欲しいと思うようになっていた。ただ現実にはすでに桃の方が実力は圧倒的に上で模擬戦でも圧勝している。
一週間の間に三回敵が現れたが、桃も雪も問題なく戦う事ができた。普通の相手なら実戦でも十分通用しそうだ。
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「今日は休憩しよう!」
一週間の特訓の翌日、集まった仲間の前で雪が宣言する。
「みんな頑張ったし、そうしようか。桃と雪はもう『o’clock』相手にも十分通用する強さだよ。二人ともすごい才能でビックリしちゃった」
「そうでしょうとも。私と桃は天才ですから、当然!」
「なんか照れるなぁ」
「俺はまだまだ実力不足だから今日も訓練をしたいんだが……」
俯くカインに雪が心底呆れた表情を浮かべる。
「何言ってんの? 休むのも効率を上げるために必要だよ、休息も修行の一部ってね。そんな事も分からないから君はダメなんだよパイン君」
「アインだ! 何度言ったら覚えるんだお前は! わかったよ、今日は休憩だ。それで? 休むと言ってもどうするんだ?」
「それはもちろん……」
「「遊びに行こう!」」
桃と雪はみんなで遊びに行こうと誘い、カシオペア達と出会った街に行く事にした。
「改めて見るとやっぱりすごい建物だね。いろんな世界に行ったけどこんなに大きいのは見た事ない」
カシオペアは建ち並ぶビル群を興味深そうに見上げている。一方アインは道路を走る沢山の車に目を奪われていた。
「やっぱりかっこいいなこの乗り物、馬車なんかより断然良い」
「ほら、二人ともそんないつでも見られるのは放っておいて早く行こう!」
桃はカシオペアの手をとるとグイッと引っ張って先導する。いつになく積極的な桃に困惑しながらカシオペアとカインが付いて行く。
「相変わらず桃は甘い物になると人が変わるね」
「甘い物? 菓子でも買いに行くのか?」
「菓子っていうか、スイーツ? 私たちのおすすめの店が向こうにあるんだ。二人でここに来たらまずはそれを買い食いするの」
店に着くと四・五人が列を作っていた。
「ラッキー! 今日は空いてるじゃん。あんまり待たなくて済むね、桃」
「うん、すごい時は二十人位並んでるからね〜」
「有名な店なんだな。そういえば俺たちはここの金は持ってないぞ?」
「もちろん私たちが出すよ。とってもお世話になってるし」
そう言って桃が雪に目線を送ると大きく頷いた。
「初めからそのつもりで来たからね。だがポパイ君、お前はダメだ。別に世話になってないから当然おごる理由もない」
「いいじゃないか! 一緒に訓練を頑張ってきたんだからケチくさい事言うなよ。ってかポパイって誰だよ! 原型が残ってないぞ!」
いつものように騒ぐ二人をしり目にカシオペアが店から商品を受け取ったお客を見ると、その手にはイチゴなどのフルーツとクリームを生地で包んだ物が握られていた。
お菓子を食べ歩いたりした経験のないカシオペアには、生地から果物が宝石のように顔をのぞかせるその食べ物がとても美味しそうに見えた。
「あれが桃のおすすめのお菓子?」
「そうだよ! どれにするか早く決めよう」
桃に急かされカシオペアはメニューを見る。
「ごめん桃、私たちここの世界の文字は読めないの。会話は翻訳出来るんだけど……」
「そうだったんだ! こっちこそ気が付かなくてごめんね」
そう言うと桃はカシオペアとアインにメニューの説明をした。基本となるメニューの他に、自由にフルーツやアイスをトッピング出来るようだ。
レパートリーが多くカシオペアは迷ってしまった。一方アインはすぐに決まったようだ。
「よし、いちごキウイ生クリームにチョコレートソーストッピングに決めた! 雪、お代はまかせたぞ」
「だーかーらー、お前に払う気はない! 出直して来い!」
「じゃあ何でここまで連れてきたんだ?」
「それはもちろん……見せびらかすため?」
「ふざけるな!」
「もう、二人ともうるさいよ! カシオペアはどれにするか決めた?」
カシオペアはまだ悩んでいたが、桃に目をやるとはっと思い付いたような顔をして笑いながら答えた。
「私はピーチ生クリームにしようかな」
「トッピングは?」
「トッピングはなくていいよ」
「分かったわ、私は久し振りにバナナ生クリームにしようっと。雪は決めた?」
「当然いつものいちごレアケーキ一択!」
「たまには別の食べればいいのに……。それじゃあ注文するね」
注文して数分後、店員のお姉さんからそれぞれクレープを受け取り、代金は桃と雪で支払った。近くのベンチに腰掛けるとみんなで食べ始めた。
「二人ともありがとう、こんなに美味しそうなおやつは初めて!」
「本当にありがとうな、桃。……モグモグ。外の生地はフワフワだし、いちごとキウイは新鮮でみずみずしい。甘さも生地と合わせて食べることで丁度良くなるよう調整されているな。チョコレートソースとの相性も抜群だ。我ながら完璧なチョイスだったと言わざるをえない」
「クレープの良さがわかってるね。ところで私への感謝の言葉が抜け落ちていたようだけどどういう事かなコイン君?」
「コインじゃないアインだ。何となくお前に素直に感謝するのは癪にさわ……。すまん、感謝してる! いや~雪さんのお陰でこんな美味しい物が食べられて幸せだな~」
立ち上がり指を鳴らしながら見下ろす雪を見て青ざめたアインがすぐに感謝の言葉を述べた。訓練初日の模擬戦で上下関係ははっきりしてしまったようだ。
そんな様子をにこやかに見ていたカシオペアは自分も食べてみることにした。両手でしっかりとクレープを持つとカプッと生地とピーチをまとめて口に含む。
クリームとピーチの甘みが口全体に広がり幸せな気分になる。カシオペアは夢中で食べ進めた。
「美味しい?」
桃の問いにカシオペアは食べながら頷く。小動物のような可愛らしい食べ方に桃たちは癒されるのであった。