14.願い
無機質な白い部屋に、長く美しい紅い髪をなびかせて一人の女性が現れた。
均整の取れた素晴らしい体つきで妖艶な雰囲気を醸し出している。
服装は上下ともに赤く、袖の短いブラウスと足にぴったりと合う長いパンツを身に着けていた。
血が滴るように鮮やかな紅い色の槍を手に目の前の階段を上る。
上った先、いくつかの部屋を通過するとひときわ大きな扉にたどり着いく。
扉を開けるとそこには一人の男が立っていた。
黒髪に黒い瞳、眼鏡をかけたその男は知的な雰囲気を漂わせている。しかし、その目には明らかな狂気が浮かんでいた。
「どうした『Ⅱ』、何かあったか?」
男の言葉に女性は顔をしかめる。
「実の娘をコードネームで呼ぶなんて、ひどいじゃないおとーさん♪」
「私はもう親を名乗る資格などない……。それで、どうしたウェルズ?」
ウェルズはそれを聞いてにこっと笑うと父の質問に答えた。
「クロートの人形が壊れたわ♪ 多分やったのはカシオペアでしょうね」
「そうか」
「どうする? あの世界から手を引く?」
ウェルズの言葉に男は首を横に振った。
「いや、あの世界は譲れない。覚えているか? カシオペアがまだ我々に協力していたころに唯一落とせなかった世界があっただろう?」
「ああ、あったわね。よくわからない大きな力で特異点ができてつながったあの世界……。もしかして同じ世界?」
「そうだ、今でもほかに比べてはるかに大きな力を有しているあの世界を奪えば目的に一気に近づく。今回ばかりは譲れん」
そういった後、男は部屋の奥にある大時計を見つめた。
「そっか、『Ⅰ』とか素性不明の変な奴らとかに邪魔されたあの世界。心残りだったから丁度いいわ♪ まだあの堅物は生きてるかしら?」
「分からん、特異点を通ったあの時は世界だけでなく時間も跳躍していた可能性がある。会える確率は低かろう。やはり元婚約者のことは気になるか?」
「まさか! あんな奴もうどうでもいいわ♪ ただ戦った相手がちゃんと死んだか気になっただけ。あと……あの青いのがまたいたら厄介だと思ったのよ」
ウェルズは苦々しい表情を浮かべると、吐き捨てるように言った。
「ああ、あいつか。『Ⅻ』並みの武術とカシオペアをも凌ぐ能力・剣技を備えていた奴は一体何者だったのか。カシオペアは歴代で最強の時集めだ。それを超える存在などあり得ないはずなのに」
「あいつが寿命で死んでいることを願っておくわ。それで、引かないってことはあの子はもう殺しちゃっていいのよね?」
「無論だ、ここまで妨害をされてはもう許すわけにはいかん。バカ息子ともども消してしまえ」
男は抑揚の少ない声で、迷うことなく非情な言葉を口にした。
「わかったわ。それにしてもひどい親ね、生きている子供たちより死んだ妻をとるなんて♪」
「お前も人のことは言えんだろう?」
「それもそうね。それじゃあいってくるわ♪ カシオペアも不憫ね。まともに戦ったら私でも絶対に勝ち目はないけど、このクロノスシステムの複製から送られる無限の力にはあの子も無力よ」
そう言ってウェルズは男の目線の先にある大きな時計に目をやる。
「その通りだが油断はするな、お前の危惧するあの青い女が実際にいるかもしれん」
「縁起でもないこと言わないでよ、じゃあね♪」
ウェルズが部屋を出ると男は一人呟いた。
「もうすぐ、もうすぐだ。ようやくまた会える、ホーラ」