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魔王が逃げて、何が悪い?  作者: 冬野ゆすら
第一章 魔王がそこから逃げるまで
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1-17 魔王が逃げて、何が悪い?

 一瞬の眩暈を感じた後、アヴィの前にはイーリスがいて、その後ろ――そして周囲には、森が広がっていた。

「あのさ、…ここ、どこ?」

 そこは、森と言って差し支えないだろう。付け加えるなら、とても深い、と。

 イーリスの手を取ったと同時の眩暈だから、空間移動だと見当はつく。


「私の領地の一角だな。泉から出るとここに来るようにしてあるんだ。まあ、…招かざる客に出会うのが難点かな」

 それが誰かを指すのかなど考える必要もなく、立ちふさがるかのように勇者が姿を現した。


「よぅ」

 どこか苛ついた様子で、勇者が声をかける。イーリスは応えず、ただアヴィの腕に抱きついた。


「ここはもう、お前の領地じゃない。転移は許されない」

「だろうな」

 実り豊かな森であるが、あくまで、三代目妖皇に使える魔王としての領地として与えられたものだから、それは予想がついていた。そうなると歩くしかないので、出来れば取り上げられる前に移動したかったが、疲労に負けた以上、無い物ねだりである。


(やろうと思えば、出来るんだが…)

 妖皇の制約を振り切るには、莫大な魔力を消費することになる。だが、不可能ではない。しかし、アヴィに無理をさせると連鎖的に夕闇にも無理が祟るので、最後の手段的な位置づけである。


「流石にさ、レディ一人じゃ大変なんだよ。落ち着くまでさ、手伝おうって思うよな?」

 血走った目でそんなことを言われてると、アヴィとしては逃げたくなる。しかし、一歩を下がる以上のことを、イーリスが許さない。


「…あのさ、怖いんだけど…?」

 こっそりとイーリスに囁くが、不敵な笑顔が無言で返される。どうやら勇者には絶縁状を叩きつけるつもりのようだと理解し、こっそりと溜息をついた上で、付き合うことにした。


「レディを教育したのは私だ。この程度、動乱のうちに入らないさ」

 イーリスに促されて、アヴィは勇者の傍らを通り抜けようとする。


「逃げるのかよ」

 腕を捕まれて、アヴィは反射的に振り払う。驚いたような顔は、自分なら振り払わないと思われていたからだろうか?

 その様子を見ていたイーリスは、満足げに笑って言った。


「ああ、そうだな。私は別に、この国に未練はない」

 この森を失うことはちょっとだけ、勿体ないと思わなくはない。けれど、世界中を旅することを考えれば――手放しても、惜しいものではないのだ。


「亡命でもする気か? ああ、それならあの屋敷もいらないってことだよな。渾沌泉の研究をしたいって人間がいるから、そいつらにやってもいいってことだな?」

「……そこまで莫迦だったか、勇者」

 イーリスは嘆息し、足を止めて勇者を見る。


「あの屋敷も、土地も…泉もすべて、初代妖皇から与えられた私の財産だ。お前にも、誰にも権利などない」

「お前がいなきゃ一緒じゃん? なあ、人間に優しい外交官さま?」

「そんなもの、厳命があったからに決まっているだろう」

 外交官時代、焼き討ちを掛けられたことは、一度や二度ではない。ほぼ無傷で消し止められることもあり、問題にしたこともなかったが…火事など何の影響も受けない妖魔が何故わざわざ消化活動などしていたのか。それは単純に、妖皇からの命令があったからだ。


(イーリスって、別に厳命がなくてもやってそうだけどな…)

 アヴィの内心が的を射ているのだが、そんなことを言おうものなら勇者が図に乗ることは明白なので、何も言わない。たぶん、本当に占領されてもある程度は交渉で立ち退かせるだろう。


「…亡命ってかさ」

 ふと、アヴィがイーリスに問いかける。


「この国ってさ、そもそも戸籍制度…あるの?」

「ないな、そんなもの」

「――あ?」

「妖皇との契約がすべてだ。…まあ、そのあたりも含めて、レディが創っていくんだろうさ」

 イーリスが笑うのは、この場でその疑問を口にしたアヴィが面白くて、だ。しかし…勇者は、そうは受け取らなかった。


「ふざけてんじゃねぇ…お前、魔王だろ…!」

 突然の激高、同時に勇者がイーリスに切りかかる。

 けれどそれは、アヴィによって阻まれていた。片手でその剣を、刃を受け止めるという無茶な方法で。


「お、出来た」

「…アヴィ?」

 流石に信じられないと、イーリスが問いかけた。白状するなら、実はしばらく前から夕闇の助言で構えていたのである。ちなみに魔力の制御も、彼の仕業だ。

 そしてそのまま、――剣が、砕け散る。


「おー、出来た出来た」

「アヴィ…」

 言い掛けて、イーリスは指輪に目を向けた。どことなく、宝石が一瞬だけ煌めいたように見えた。


「無理をするな、お前たち」

「平気平気」

 お小言は軽く流し、勇者を睨む。


「なあ、勇者さま?」

 イーリスを背後に庇い、問いかける。


「魔王が逃げて、何が悪い?」

「…わ…悪いに決まってるだろ!?」

「何で? 魔王なんて、ただの魔力中継基地だろ? 魔道具でもなんでも、創ればいいじゃん?」

「な…っ!」

 その発想はなかったな、とイーリスが笑う。けれど実際、それで事足りるだろう。つまりは、それだけのことなのかもしれない。

 

「勇者。お前は忘れてるみたいだが」

 固まったままの勇者に、イーリスが告げた。


「私が契約したのは先代妖皇だ。…今代とは何の契約も交わしていないし、次代とも交わす気はない。…あと」

 その耳に口を近づけて、極微かな声で何事かを告げた。顔を真っ赤にした勇者が剣の柄で切りかかるが、しかしそれを、イーリスはあっさりと受け止めて取り上げる。


「なんだ…やっぱりこれか。お前、まだ使い方に気づいてないのか。…やっぱり、道化でいいよ、お前」

 そう言って、勇者の足下に柄を放り投げる。キン、と澄んだ音がしたが、勇者がそれを拾う気配はない。いや、動く様子すらもないようだ。


「…あれ? 固まってるの?」

「ああ、時の流れから切り離したんだ。面倒だしな。さて、行こうか」

「ん。…て、旅支度は? いいの?」

「ああ、まあ…なんとかなるさ。二人がいるなら、な」

 アヴィはそれ以上、聞こうと思わなかった。何せ相手は百年では済まないだけ生きてきた魔王様だ。

 ここでウダウダしているより、先へ進んだ方が楽しいに決まっている。


「では、魔王さま」

 改めて、アヴィが手を差し伸べる。勿論魔王は、その手を取った。


「取り敢えずは逃避行かな?」

「ああ、勇者がこれで納得するはずないからな」

 まだしばらくは時の流れに戻ってきそうになかったが、それでも早い方がいい。固まる勇者を置き去りに、二人は先へと進み始めた。

かなり短いですが、これにて一章、終幕です。

・・・あれ、アヴィがほとんど特殊能力使ってないぞ・・・?


次章にご期待くださいっ

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