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魔王が逃げて、何が悪い?  作者: 冬野ゆすら
第一章 魔王がそこから逃げるまで
14/64

1-13 だから、信用出来ないのですよ

「いい加減に、諦めてもらいたいのですけれどね、私としては」

 扇で口元を隠しながら欠伸をしつつ、イーリスが呟いた。

 気づかぬうちに閉じこめられたと思ったときは少々本気になりかけたが、なんのことはない、後はただ延々と続く無限迷宮を仕掛けられただけだった。

 特に罠も無く、本来なら簡単に突破…というか、ひっかかりもしないような術ではあるが、そこでレディの制約が効いていた。


『舞踏会が終わるまで淑女の装いを解かぬように』


 会話にだけ作用するものだと思ったのに、しっかりと行動も縛られていて、術が使えない。

 レディの言う淑女とは、…同伴する男性に任せ、相手を立てるという古き貞淑な女性を想定しているらしい。故に、誰ぞの救出活動を待つしかないのだが、…まあ、いったい、いつになるのやら、である。


「それにしても…この時期を狙うとなると、何者でしょうねぇ…」

 暇つぶしに、推理してみる。


「可能性の一、妖皇ーーあり得ませんね」

 術の単調さから言えば、考えられなくはない。理由としては、アヴィに接触するためということが上げられるが、即座に却下する。勇者がともにいる状況で、アヴィに手出しなど出来ようはずもない。久々の舞踏会で各国から客人も来ているだろうし、流石にこんなことをしてまで構いに来るとは考えにくい。


「レディ本人もありえませんし。となると…レディ絡みですね」

 実はそれくらいしか選択肢はない。問題は、筆頭魔王を排除したい面々なのか、妖皇を排除したい面々なのか、だが。


「筆頭排除…となると、私が狙われる理由はありませんし、巻き込まれただけの可能性が高いですが」

 何しろイーリスは筆頭を追われ、最下位にも等しい扱いだ。領地を奪われることはなかったから、返り咲きたいとも思っていないし、それも公言している。普段は隠遁生活に近いし、わざわざ同時に狙うようなことはないだろう。筆頭としての力がないだけで、魔王としての術は使えるのだから…本来は。


「むしろ、…妖皇排除の面々だと厄介…ですね」

 今上妖皇は、全くもって人望がない。魔力こそあるけれど、ろくな事に使わないためだ。魔王たちが造反しないのは筆頭魔王の意向が読めないからであって、忠義からではない。それに彼らも、妖皇になった後のゴタゴタを考えるから、簒奪しても面倒だと思う者が大半だ。故に、誰が妖皇であっても、自分に影響がないなら放置する。情勢を見るために、舞踏会への参加くらいはしようか。となっているのが、現状だ。

 今のこの国は、そう考えない一部の魔王によって運営されている。特別な国交はレディの出身国くらいだし、後はほそぼそとした貿易が行われているだけなので、それで何の問題もないからだ。彼らとしても妖皇に忠義を誓うわけではなく、ただ先代と、初代が築いたこの国を潰すのが勿体ないと、ただそれだけである。

 イーリスの立場としては、前者が近い。ただ、妖皇の正体が不明であるし、あの屋敷を手放すわけにはいかないから、その場に留まっているだけで。


「排除だけなど出来はしない…そうなると、…誰を妖皇に据えるつもりか」

 過去、イーリスは話を持ちかけられたことがある。三代目を廃し、妖皇の座に着かないか、と。その場で拒否し、屋敷から叩き出し、以後そのような馬鹿につき合わずとも済むように屋敷全体を結界で覆うようになったのは、さほど昔の話ではない。


「穏便な方法を取るなら譲位…ですが、妖皇は納得してもレディは拒否しますね」

 妖皇を廃するのではなく、次代の妖皇に譲位させる方法だ。それが、三代目妖皇誕生で使われた手段である。二代目妖皇は何を思ったか、妖皇位を譲れという彼女にうなずき、その場で皇位を譲り渡した。叩き出しても何の問題もないのに、だ。

 今、それが可能なのは…妖皇の一存で魔王筆頭になったレディのみ。しかし、彼女自身にその気がないから、これもまた実現するはずがない。


「それとも何か、方法を考えたのですか?」

 妖艶で冷たい流し目をくれてやるのは、部屋の四隅で自分を閉じこめているつもりの面々ーー仕女と従僕たちだ。

 侵入者を捕らえる仕掛けを利用して無限回廊をしかけたはいいが、それがイーリスの魔力と拮抗していて、動けなくなったというところだろう。その存在は、薄れかけているうえに声も出す余裕はなさそうだ。


「レディに感謝、というところでしょうかね。封じのおかげで、私の身体から流れる魔力はとても少ない」

 侵入者の魔力を奪い、それを元に無限回廊を彷徨わせる仕掛けである。しかし、仮にも妖皇宮の仕掛けなので、ある程度の魔力を持ち、害意があると判定されなければ発動しない。今のイーリスを侵入者として誤認させたはいいが、流出する程度の魔力では回廊が維持出来ず、魔力を供給しつづけーーまあ、正味は吸われ続けているというところだろう。


「でも、あなた方程度に誤認させられるような、生易しい仕掛けではないのですが…さて、誰が協力者でしょうね?」

 予想はつくけれど、その先の言葉は飲み込んでおく。

 罠の存在は知られているけれど、実際にどんな罠があるのかを知る者は限られる。この妖皇宮の主のほかには、移築や建造に携わったものくらいだろう。

 ただ一人を除いて。


「だから、信用出来ないのですよ」

 初代妖皇の友人は、食客として妖皇宮に居着いた。先代は新たに契約を交わし、レディの護衛兼食客としての滞在することにした。唐突な交代劇だった三代目とは、何の契約も交わしていないのに、そのまま住み着いている。

 時折、貿易船の護衛なども請け負うとかで、他国の土産を貰うこともあった。

 だが、エレーミアの船に攻撃を仕掛ける愚か者などいるはずもないし、船員はほぼ全員が妖魔である。勇者の護衛など、必要がない。

 そのことを、土産の返礼に酒を振る舞った際に問いつめてみたけれど、ただ一言ーー


『先代との契約に入っててな』


 それ以上の答えは引き出せなかった。イーリスも二度聞くようなことはなく、それきりではあるけれど。 


「名前も知らないし、聞いても答えませんし」

 自分の名と引き替えにと持ちかけたこともあったが、拒まれたことを思い出し、沸々と怒りが揺れ出す。


『勇者でいいよ。この国の住人だしさ』


 元々が放浪の身で出身の村に愛着もなく、エレーミアに居着いたのも二代目妖皇の誘いがあったから、らしい。二代目によると、皇位に着く前からの付き合いで調べ物を任せているということだったが、その内容について明かされることはなかったから、今でも知らないままだ。


「ええ、それが本心なのでしょう。でも貴方は、妖魔を知らなさすぎる」

 バチバチと周囲で何かが弾け散る。

 通り名ではなく真名を明かす意味も、それを拒む意味も、何もかも知らないままで、この国の住民だと、嘯いた彼に。


「それでもね」

 怒りに任せて、イーリスは扇を閉じた。

 それはあり得ないほどの風となり、イーリスを中心として吹き荒れてーー。


「あなた方よりは、自分を知っているんですよ。ええ、腹立たしいことに」

 四隅に術者を倒れさせた。

 呻き声すらも聞こえないところを見ると、とっくに意識を無くしていたのだろう。


「…そうですね。彼は自分を知っている…まさかこんなことに手を貸すものでしょうか?」

 解けない無限回廊の中で、イーリスは呟いた。

 人質というやり方にレディが頷くはずもなく、だとすれば彼は違う方法を選ぶだろうし、協力もしないだろう。

 まして、四人で仕掛けても途中で意識を失うような魔力しか持たぬ輩を、自分にけしかけるか?


「…ああ、だからこそ、ですかね。失敗しましたね…」

 格の違いを思い知らせるために、敢えて手を貸したか放置したか、であれば考えられた。たぶん、ある程度ので諦めるなり、逃走するなり、まずい事態にはならないだろうと踏んだのだ。

 だが、実際には離脱は叶わず、消滅までの秒読み状態だった。あまりに情けなく、あまりに哀れで、彼らと術の繋がりを断ち切った…のだが。


「敵と認定されてしまいましたねぇ…」

 解けない無限回廊の扉が、一斉に開く。その向こう側に何がいるか、予想はついていた。

また短くなっちゃった…。

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