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魔王が逃げて、何が悪い?  作者: 冬野ゆすら
第一章 魔王がそこから逃げるまで
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1-11 先代妖皇筆頭を…舐めるなよ?

「本当に出来るのですね…」

「まだ仮縫いでございますよ」

 感嘆混じりのイーリスの声に、仮布のドレスを着せ着けていた女性が応える。この段階で細かい点を修正し、それを型として作り上げる。本来の布を使うのはそこからだったなと、思い出して溜息をついた。

 彼女は妖魔であり、人間である衣装作家に弟子入りしたのだと誇らしげに語っていた。むろん、それはかなり珍しいことである。その師匠はというと、レディの国から望んで乗り込んできた女傑であり、今は隣室で彼女の仮縫いを請け負っているので、この場にはいない。さらに言うと、妹弟子がアヴィの仮縫いを担当しているのだとか。


「いえ…採寸した翌日に、仮縫いがあがってくるとは…」

 手順は以前に聞いたので、まだ覚えていた。採寸の後で原型を作り、そこからドレスになるように線を引いて、型紙を作る。それを布に移して裁断して縫い合わせるという作業を、一日であげてくるのだから大したものだ。


「本縫いはどんなに早い針子でも一日かかりますから、これくらいの早さでないと間に合いませんもの。レディ・グリモアにはご贔屓いただいておりますが、いつも余裕のあるご注文でしたし、今回は腕の見せ所だと針子たちが張り切っておりましてよ」

「ああ…そうなんですか…」

 何やら自分が知らない世界だと、イーリスは呆れ半分、感嘆半分の溜息を吐いた。いや、それしか出来なかった。何しろその会話の間にも、腕を上げてだの、膝を折ってだの、何やら指示を出されまくりなのだ。それ以上のことが出来ようはずもない。


「レディ・グリモアとは違う型の衣装が作れますし、皆楽しんでおりますわ」

 まあ確かに、とイーリスは自身に着せられた衣装を見て呟く。派手なものは好かないと告げたためか、身体の線がはっきりと出る。そのくせ腰部はふっくらと見えるし、足下に向けてすぼめられたかと思えば裾だけは広がり、まるで人魚の尾のようだ。舞踏会用ということで切れ込みが入っているから、足運びには問題ないだろうが…まあ、レディに似合うものではないだろう。


「…似合わなくは、ないですね」

「グリモアさまには、もっともっとお似合いの衣装がございますわ。ご自身も、あまりこういった系統は好まれないようですし」

 誰を指したのかあっさりと理解しつつ、作家嬢は言い切った。まあ衣装や装飾品に五月蠅い彼女のことだから、自分に似合うかどうかまで込みで考えているのだろう。


「さあ、これで仮縫いはようございます。布はお任せされると伺いましたが、何がよろしいでしょう?」

「…色、ですか」

 さて、とイーリスは考えた。鏡は目の前にあるので、全身が映っている。この衣装自体は、どんな色でも良い出来になるだろうが、…それが自分に似合うかとなると、別である。

 その衣装が似合うかどうかは、実は髪の色にかかっていると、イーリスは考えている。極端なことを言えば、髪が黒ければ童顔の少女であっても赤が映えるし、淡い金髪であれば浅葱が映える。濃茶であれば、深緑や臙脂もいいだろう。

 問題は今、自分の髪が何色に当たるか、なのだが。


(虹に合う色ねぇ…)

 正確には、空に架かる虹ではなくて、金属的な光沢がある虹色だ。元の色が銀だったせいか、そんな光沢が残っている。これは自分の好みでもあるので、否やはないのだが…さて、どうしようか。

 一番弟子嬢はにこにこしながら衣装を片づけていて、力を貸す気はないようだ。おそらくその辺りは、レディに言い含められているのだろう。まるで試験を受けさせられているような気分だが、それは別にどうでもいい。他人任せにする気はないし、好みの色もある。

 時間があれば、布見本を確認したいところだが…。


「…あれ? 普通はこういうときって、布見本を持って来るのでは?」

「師匠が持っております。受け取って参りましょうか?」

「……けっこうです…」

 つまり、レディも一緒に造るつもりと言うことだ。…いや、自分たちがオマケかもしれないが。そして自分が夢中になっていて、こちらのことは忘れている、と…まあ、そういうことだろう。どうせなら、自分にかけた拘束も忘れてくれれば、解けてしまって楽なのに。

 そんなことを考えながら、イーリスはあっさりと色を決めた。


「黒。…艶のある、毛足の長い天鵞絨がいい」

 本来の夜会であれば、女性用に黒の衣装などは選ばない。しかし、今代妖皇主催の舞踏会はとても明るくて、黒い衣装も十分に映えるし、参加さえすれば妖皇は何も言わない。

 であれば、やはり黒だろう。


「畏まりました。では明日中にお持ちします」

 特に含む様子もなく、作家嬢は頷いた。その後は、衣装に付ける宝石をどうするか、切れ込み部分の装飾をどうするかなど大まかな打ち合わせだけで帰ってしまうあたり、どんなものが出来るのか、少々不安にならなくもない。


「アヴィもこんな感じでしょうか…妖衣は便利ですけれど、一度は正しく仕立てないと、ですし」

 昨日と同じドレスに身を包み替えて、イーリスは呟いた。

 寝間着にするような簡単なものは、多少作りが変であっても問題はない。しかし、やはり人前に出るとなれば、いろいろと不都合が生じることは否めない。

 まともな服装であること、というのが先代妖皇の命令だったから、何度か仕立てた記憶があるが、ずいぶんと昔のことだ。今はもう、それらを下地にして編纂したものを自分で創るようになったけれど。


「…先代さまは、何処でどうしておられるのやら」

 今上妖皇に譲位したその場で姿を消して、側近だったフェネクスにさえ気取らせずに行方をくらました。机上探索に引っかからなかった以上は、妖皇の支配地域にいないのだろうと判断し、一度は追いかけてみたけれど…何分、世界は広い。人間のような制約もなく、目印になるはずの魔力は次代に受け渡されていて、地道に足で探すしかないとわかったときに、さすがに折れた。

 常々、「何も言わずに姿を消したら追うなよ」と側近やそのほかの仕女に言い置いていたこともあり、…たぶん、一人でも快適に過ごしているのだろう。そのうちに、どこかで出会うこともあるかもしれない。


「どうせなら、レディを連れていけばいいものを」

 隣国の王女でもあった彼女は、留学生の扱いだ。人間の国の技術や考え方を広めるために、幼くして最高学府を卒業した少女が差し出されたと聞いている。

 先代妖皇は「居場所がないみたいだから連れてきた」と、当時既に食客だった勇者に預けて、さほど構わずにいた。まあ、その不憫さで妖皇宮の仕女たちが同情し、心酔し、派閥を作り上げたのだから、間違いではなかったのだろう。

 …しかし、その延長で放置していくとは思わなかった。おかげで今、…よくわからないことになっている。


「…そういえば…今代は何者なんでしょうね…?」

 ふとした疑問が口をついた。妖皇の座を狙うものは少なくない。ただ、先代が示した怪しい面々の中に、今代は含まれていなかったのだ。確かあれは、日頃の言動とその妖力から推測したと言っていたが、当たりをつけた面々はすべて存在していて、彼らも検討がつかないと不思議がっていた。

 今もわからないままだが…それを知るには相当の信頼を得る必要があるだろうから、その気はない。レディの扱いから考えて、彼女に心酔していたうちのひとりなのだろう。その程度でいい。あれで勇者はレディの惚れ込んでいるし、まあ、何かあれば奴が守るだろう。


「さて、と」

 鏡の前に立ち、乱れを確認する…まあ、問題はないだろう。小道具としての扇を開き、にっこりと微笑んで。


「陣中見舞いと参りましょうか」

 行き先は言うまでもないが、とりあえずはレディに断りを入れようと、続き間を通り抜けて、扉を叩く。


 コンコンコンコン


「……?」

 叩いてからしばらく待ってみたが、やはり反応はない。少なくとも扉付近に仕女がいるはずで、無反応はありえないのだが…そう言えば、人の気配もないような?

 嫌な予感がして、反射的に扉を開こうとする。…が、びくともしない。鍵がかかったような感じではなく、まるで初めから動かない作り物のような感触だ。

 その時点で結果を予測しつつ、出てきた部屋の扉を開けようとするが…開かなかった。これもまた、動いた気配がない。


「誰の仕業か知らないが」

 パチンと音を鳴らして、扇を閉じて。


「先代妖皇筆頭を…舐めるなよ?」

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