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魔王が逃げて、何が悪い?  作者: 冬野ゆすら
第一章 魔王がそこから逃げるまで
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1-9 ところでアヴィ。別に禁忌じゃないから、そろそろ起きていいぞ?

すみません、抜け部分を追記しました。最後のほうです。これぬかすと、次の話が唐突に感じます。

「ところでアヴィ。別に禁忌じゃないから、そろそろ起きていいぞ?」

 唐突なフェネクスの言葉に、レディが目をしばたかせた。フェネクスが何も言わないから、てっきり彼は眠っているものだと思っていたのに、と。


「なんだよ、ばれてたなら言えよ」

 ぼやく彼に、ふふんと笑ってみせる。それを見て、レディが目を軽く見開いた。昨日の彼は、こんな雰囲気ではなかったと。


「おはよう、レディ。こんな格好でごめんな」

 格好が寝間着なのは、そんな時間に訪問した自分にも問題があるから構わない。だがそれよりも、豹変と言えるようなこの雰囲気の変わり様は、とフェネクスを見る。


「これが本来のアヴィだよ。昨日のは…まあ、現出したてで不安定だったというか…」

 何処か疲れたような声を不思議には思うけれど、たしかに現出したての妖魔はその存在が不安定だとは聞く。…しかし妖魔の現出自体が滅多にない事例なので、噂に聞くとか、不安定だったとか、その程度の情報でしかないが。

 それでもまあ、とレディは微笑んだ。気安い彼の方が、好ましい。


「お目覚めでしたら、着替えましょう? 女性二人の前でその姿は、あらぬ誤解を招きますわよ?」

「……女性って…」

 言いたいことはあるようだったが、フェネクスは口を噤んでいる。うん、どうやら女性姿であるという自覚は出来たらしいとレディは満足気に笑う。

 頷きはしたものの戸惑った顔を見せたアヴィに、レディが首を傾げる。その視線の先を見て、ああと納得がいった。


「勇者の服を借りたままでしたのね。…そのまま複製してみてはいかがです?」

「複製…で、いいのか?」

「別に、意匠は変えてもいいが…面倒だぞ?」

「フェネクス」

 ぴしゃりと警告されて、フェネクスが肩を竦めた。あきらめと言うより、…なにやら本気で怖がっているように見えなくもない。


「まずは全く同じに作るといいでしょう。すぐに慣れますよ。昨日のあれと、要領は同じです」

「……同じか?」

 淑女然とした態度に変えて、フェネクスが助言する。違う気がするとぼやきつつ、アヴィは勇者の服を手に取りーー一瞬で、同じものを身に纏う。


「あら」

「流石。動いて確認してみなさい。問題はないと思いますが」

 寸分違わぬ出来…ではなくて、細かいところはアヴィの身体に併せて調整されている。だから彼が腕を伸ばしたり、身体を捻ったりしても違和感もなく、見た目にもおかしなところは出来ない。その辺りは、なんというか、そういうもの、らしい。生粋の妖魔ではないレディにこの術は使えないので、便利だという程度の認識しかなく、それでいて、技巧を凝らす必要がないのは何というか、勿体ないことだとも思う。

 念のため言っておきますが、とフェネクスが口を挟んだ。


「それ、魔力を実体化させているだけですからね」

「実体化? …ああ…え、じゃ、これ、身体と素材が一緒?」

「素材というのは変な感じですが…まあ、その解釈で間違いではありませんね。なので、極端な話をすれば…身体を維持できなくなる前に服が消えます。まあ、貴方のような生成型がそんな状態に陥ることは滅多にありませんが…覚えて置きなさい」

「フェネクス。…何を考えています?」

 問いかけるレディの目つきは険しい。何か、騒動を起こすつもりかと…それも、彼を巻き込んで何かを引き起こす気かと疑ったのだろう。


「特には。…彼は何も知らないから、教えているだけですよ」

 答える気はないと言外に告げて、フェネクスは視線を外す。その先には窓があり、…窓掛は閉じられたままだ。 

 けれどそれは、妖皇の手の内だからなのか、それとも…それに名を借りての拒絶なのか、彼女には分からない。ことによると、フェネクス自身、そこまでは考えていないだけかもしれない。彼との付き合いなど、その程度でしかないと、レディ自身は承知しているし、今更ではあるけれど…一抹の寂しさが拭えない。


「貴様ーー姫様に何をした?」

 不意の闖入者に、全員が呆気にとられる。それが勇者で、フェネクスの喉元に短剣を突きつけていたから、尚更だ。

 何も、とフェネクスは呟くように応え、その短剣を握りしめる。アヴィが息を呑むが、彼の手は傷つかず、ただ砂のような何かがその拳から流れ落ちるのが見えた。

 そしてレディも、額を押さえてはいるけれど、あわてた様子がない。


「答えろ…堕ちた魔王」

 武器を無くしたにも関わらず放たれる一言に、空気が凍り付く。

 それは比喩ではなくて、レディの吐く息が白く煌めき堕ちるほどで。

 氷の彫像と見紛う氷付けの勇者が出来上がった瞬間でもあった。

 ひゅ、とレディが息を吐く。それが凍気を吸い込まないためだと、気づいたのはアヴィだった。


「フェネクス!」

 アヴィの声で氷付けの勇者が砕け散り、室内の凍気が霧散する。もちろん、フェネクスの仕業だ。

 まるで、躊躇いはなかったが、それが本物ではないからだということは、アヴィにも分かっていた。彼が叫んだのは、ただレディの様子がおかしかったからだ。


「レディ?」

 あまり心配はしていない様子ではあるが、フェネクスが声をかけた。

 大丈夫、という代わりにレディは口元を覆い、幾つかの荒い呼吸を吐く。そうしてから、顔を上げた。


「ありがとう、アヴィ。…まさかここまで冷えるとは思わなかったので、失敗しましたわ」

「あー…、室温の方は、…まあ、アヴィが原因なんですけどね?」

「ええ、それは分かります。まさかここまでとは、思いませんでしたが」

 フェネクスによると、短剣を掴んだ瞬間に凍気を伝えて凍らせただけ、らしい。普段なら体内の魔力を流し込むだけで終わるが、たまたま今はアヴィの魔力が充満していて、それが主であるフェネクスの意志に同調し、室内の気温そのものが極寒と言える寒さまで冷えてしまったという。

 まさかそうなるとは思いもしないレディは、その凍気を吸い込んでしまい、呼吸が乱れたということだった。元が人間という弊害だと、彼女は笑う。


「目に見えない魔力を実体化するというのは、魔力を圧縮して密度を上げてる状態だからな。…普通は、着衣を造ればそれで精一杯…少なくとも、溢れるようなことはないんだが。…お前、いろいろと規格外だな」

 フェネクスはどうやらこの状態を楽しんでいるらしい。それならそれで、何かがあったときの対処はきっちりしてほしいとアヴィなどは思うのだが、まあ規格外の中身は分からないようだし、無理な注文なのだろう。


「まあ、だから慣れてくると、着衣に攻撃術式や防御術式なんかを仕込んだりも出来るんだが」

「早急にその段階まで引き上げた方が良さそうですわよ?」

「いや、魔力の生成抑制が先だ。下手なことをすると暴走しかねん」

「…ないとは、言えませんわね」

 よほど衝撃だったのか、フェネクスの口調が素に戻っていて、レディもそれを咎める様子がない。このほうが楽だとは思いながら、とりあえずは今の偽物勇者が気になった。まあもう一つ、自分が何かずいぶんな言われような気がしなくもないが。


「ああ、今のは傀儡(くぐつ)だな」

「妖皇からの護衛ですわ…私の心境に反応するらしいのですが、正直なところ、暴走が酷くてお返ししたいと常々、訴えてはいるのですが」

 訴えるたびに消えはするが、いつの間にか復活しているらしい。その都度多少の改良は加えられているそうだが、根本的な問題には結びつかないと言う。


「表情や言葉遣いが丁寧になっても、所詮、傀儡ですから。私の意志で呼べるものでも、制御出来るものでもありませんし」

「怖っ」

「力はさほどではないので、あれが役に立ったこともありませんけれどね」

 投げやりなレディから視線を外し、フェネクスに向ける。…が、そちらにも視線を外されたので、どうやらフェネクスも、これには利を感じていないらしい。


「レディは筆頭にふさわしいだけの魔力があるからな。…あと、今のお前でも余裕で対処出来るぞ、あれ。木偶だからな」

「あー…うん、なんかそんな気はした…」

 フェネクスのようには出来なくても、腕を掴むなどすれば投げ飛ばすくらいは出来るのではないかと、思ってしまったくらいには動きが鈍かったように思うし、どうやらそういうことらしい。


「木偶ですからね、あれは。でも、空間移動が出来ますから、多少は面倒かもしれませんよ」

「接近戦を挑んで来る分には問題ないさ。必ず何か、しゃべるしな」

「なにそれ…せっかくの利点、自分で潰してんじゃん」

 実際、どうやって現れたのか見えていなかった。フェネクスはあっさり対処していたが、それでも剣を突きつけられてから動いていたし、やはりそこは同じなのだろう。


「空間の揺れを察知するような結界を張れば、まあ出てくる前に対処出来なくはないんだが」

「あの程度のものには、ちょっと勿体ない大業ですわね」

「なんとでもなるしな、あの程度」

 送り主がいないせいか、二人とも言いたい放題である。が、実際…その程度の存在にしか見えず、その程度でしかないのだろう。


「…妖皇って、それで務まるの?」

「魔力と練度は違うからな」

 結局は、そこに落ち着くことになるらしい。強ければいいという、かなり単純な話のようだ。


「まあ、継承にはいくつが用件があって、それを満たす程度の知能はあるけどな。…で、アヴィ、お前の魔力だが」

「ん?」

 あまり触れたくない話題なのか、それともこちらが重要なのか。フェネクスが少々強引に、流れを変える。


「魔王フェネクスが主としてメモリアに命じる。魔力の生成を抑えろ」

「っ……」

 その言葉に、アヴィが一瞬だけ身体を硬直させた。それはすぐに溶けて、代わりに少しだけ息が荒くなり、しかしそれもすぐに収まってケロリとした顔になっていた。


「…解けましたわね、命令が」

「ああ。…やはりほとんど効果がないな」

 呆れたという風情で、フェネクスはアヴィを見た。今のところは問題なさそうだが、それだけの膨大な魔力を造ることによる生成機関の負担はかなりの不安材料だし、何より周囲の魔力に気づかれたら、それを利用したい輩で面倒なことになる。むろん、そんなものを寄せ付ける気はないが…集る虫は、いないに越したことはない。


「え、あの…おれ、なんか、不味いことした?」

「いや、何も」

「規格外だらけで、対処方法に悩んでいるだけですわ。貴方に問題などありませんとも」

 苦笑しながら、二人が答えた。それはやはり、アヴィが問題になっていることに違いはないのだが、言い繕う気はないらしい。


「レディ。すまないが、アヴィをしばらく頼みたい」

「それは構いませんが…どちらへ?」

「屋敷から何か取ってくる」

「やめたほうがいいぞ、それ」

 不意に割り込んだのは、今し方砕かれた勇者…ではなくて、本物の勇者だった。宣言通りに湯浴みをしてきたらしく、こざっぱりとした服に着替えている。


「あ、勇者だ。おはよー」

「よう、起きたか。あんまり早くもないけどな」

「勇者どの…」

「無理だから」

 非難するレディに勇者が示す先。そこに扉はなかった。どうやら、先ほどの傀儡を壊したときに一緒に破壊したらしい。


「扉を巻き添えにしてたか…」

「そこまで意識はしていませんでしたわね…」

 壊したことに気づかないのはどうなんだろうと思うアヴィだったが、自身もまあ、扉のことなど失念していたので、何も言えることはない。


「何があったかはまあ、いいけどさ。舞踏会が近いってことでけっこう、警戒が厳重になってるからさ。出ることは出来るだろうけど、戻れるのか?」

「なくはない…程度に。無謀か」

 あっさりと認めて、フェネクスは諦めることにした。溜息をついた彼は、嵌めていた指輪を外した。


「アヴィ、着けてろ。舞踏会が終わるまで、貸しておく」

 アヴィは渡された指輪を嵌めて、とりあえずゆるみなどはないことを確認する。念のため、落ちないかと手を振ってみたが、問題はないようだ。


「主が命じる。制御し切れぬ魔力はすべて、その指輪に注げ」

 飾られた石が輝き、どうやら無事に稼働したとみてフェネクスは息を吐く。まったくこの命令権は、効くときと効かないときの差が激しい。アヴィの命に関わることくらいは、素直に効果を発揮して欲しいものだと内心でぼやく。


「二,三日をこれで凌ぐくらいは大丈夫だろう。…あまり、よくはないが」

「え、でもこれ、フェネクスの魔力だろ。別にいいんじゃねぇの?」

「…まあ、本来ならな。主に耐久面に不安があるんだ」

 契約のある主従の魔力だから、反発することはない。基本的には主に同調するし、本来であれば、何の問題もない。ただこれにはオマケがいるし、まあアヴィに何かと言うことはないだろうが、指輪の方がどの程度持つのかが、正直なところは不安だった。何しろ注がれるのは、息の中の水分を凍らせてしまうほどの変化を起こした魔力だし、元の用途とは違うしで、フェネクス自身にも予想がつかないのだから。


「あ、そうだ。勇者に服、借りたままだけど…あれ、どうすればいい?」

「ん? お前、今着てるんじゃ…ないのか。へえ、もう構築出来るんだ? どうせ洗濯に出すだけだし、貰ってくよ」

 けっこう唐突なアヴィだったが、勇者は全く気にする様子がなかった。寝台から降りたアヴィが衣服を返し、勇者は彼をマジマジと見る。


「確かに完璧だな。…便利だよな、構築術って」

「まあ、そこそこには、ね」

「…かなり便利だと思うけど?」

「アヴィ。ほら、フェネクスは…」

 あ、とレディからの耳打ちに納得する。気にしていなかったが、そういえば今のフェネクスは女性体で、構築が出来ないとか言っていなかったか。


「要は構造を知っているかどうかの話だからな」

 触れたくない話題なのか、フェネクスの様子は少々不満気味だった。

 何となく。本当に何となく、その様子が拗ねた美少女に見えてしまうので、とても可愛らしい気が、しなくもない。


「なあフェネクスさ、いつもその姿でいろよ。アヴィに守らせればいいじゃん?」

「ーーあ?」

「え?」

 主従の反応は、ほぼ同時だった。まあ、アヴィの反応は一瞬でも遅れていたら、固まることしか出来なかっただろうが。そしてその奥で、レディは額を押さえている。…とても、上品に。


「何、その反応…アヴィ、お前、美少女嫌い?」

「いや、嫌いじゃないけど」

「主人が美少女ってのは憧れないか?」

「違うよなそれ!?」

 アヴィは思わず勇者の肩を掴んでいた。


「えー。俺はフェネクスくらいの美少女だったら、ぜんぜん文句ないけど。お前、理想がきびしくない?」

「だーかーらーっ」

 美少女云々はどうでもいいんだと、アヴィは勇者を揺さぶった。主人が美少女だとか、そういうのもどうでもいいんだ、と、かなり必死に。


「違うからな、それ」

「……」

 視線を合わせ、はっきりと告げる。アヴィの中の何か…そう、本能に近い何かが、ここではっきり否定しないとおかしなことに成りかねないと、警告していた。


「なあ、フェネクス」

 肩を掴まれたままで、勇者はフェネクスに問いかけた。


「何があったんだ? アヴィ、昨日と違いすぎないか?」

 いや、とフェネクスが苦笑する。これが本来のアヴィだから、と。


 信じられん、と勇者は繰り返し呟いた。


「昨日のアヴィだったら、即答で頷いたはずだ…!」

「そこかよ!?」

「おい勇者、お前本物だろうな!? あとアヴィ、お前昨日、勇者と何を話した!?」

「そんな内容で話した覚えはないっ!」

 昨日はずっと、ダンスの練習だった。採寸のために中断して、…その後しばらくしたら、フェネクスが来た。実は勇者と二人きりだった時間は、さほど長くない。

 そのことを指摘すると、フェネクスは一瞬、動きを止めた。


「…まあ、確かに、な」

 そう、なのだ。採寸には時間がかかったけれど、それでも仕立屋は手早くすませてくれたから、アヴィの練習に合流できた。その時間を鑑みれば、…まあ、アヴィを信じる分には問題ないだろう。

 そう、アヴィを信じる分には。


「俺、相変わらず信用ない?」

 それなりに長い付き合いだと思うんだけど、と勇者が恨めしげにフェネクスを見る。


「…腕に信頼は置いているがな? 今のあれを見て、どこがどう信用に値するのか、言って貰おうか?」

 フェネクスからしてみれば、前妖皇の在位中からの付き合いだ。それなりに、人と成りは掴んでいる。しかし、未だに勇者の名を知らない。聞いたからと言って呼び方を変える気になるかはまた別だが、彼の立ち位置はーーまあ、同僚といった辺りだろう。だから頼みごともするし、アヴィを任せたりもする。以前に自分が頼まれ事を片づけたこともあった。

 だが、何れも、持ちつ持たれつ、だ。これだけ癖のある相手を、信用出来るかと言えば難しい。


「…気づいていませんの?」

 レディが不思議そうにフェネクスを見る。何を言い出したのかと彼はレディを見るが、応えはない。


「いいよ、レディ。別に、言うほどのことじゃない」

 あれ、とアヴィが勇者を見た。今し方…そう、ほんの今し方、自分とじゃれ合っていた勇者に違いないのに、何処か違う雰囲気があったからだ。


「…貴方がそう言うなら、かまいませんが…」

 レディは勇者に目を向け、頷いた。そしてその視線が、アヴィを流し見て、フェネクスに移る。


「ところで、フェネクス?」

 レディはそのほほえみを、フェネクスに向けた。

 それは楽しげな笑みだった。アヴィが思わず肩を竦めるくらいに。


「筆頭魔王・グリモアとして命じます。舞踏会が終わるまで、淑女の装いを解かぬように」

「……っ!」

「な、に…っ!」

 アヴィが飛び出しかけたけれど、勇者が抑えた。溢れた魔力は指輪が吸い込み、結果としては何も起こらない。


「大丈夫だよ、別に何も起きないから」

「けど、今…っ」

 フェネクスに網が掛けられた。それが、彼を拘束している…アヴィの目には、そう見えたのだ。


「レディの拘束魔術は、別に罰則とかないよ。フェネクスがボロ出さないようにってとこかな」

「…ぼろ…?」

「今もそうだろ、口調が男に戻ってる」

「……あ…」

 言われてみれば、そうだった。部屋に帰ってきて戻ったのは分かるけれど、そう言えばレディがいるのに、ずっと男のままだ。ドレスも身につけているのに。


「平気、です。…少し、言葉遣いに拘束を受けるだけです、から。それに舞踏会終了時まで、なら…そのほうが楽ですよ」

 わー、とアヴィはその場で多々良を踏んだ。

 そこにいたのは、かなり苦しそうな美少女である。目を伏せて額を抑える、何やら儚げな美少女である。

 

「…ちょっとだけ、わかったかも」

 ごく幽かに、勇者にしか聞こえないようにアヴィが呟く。

 勇者は口の端だけで笑って見せた。


「さ、フェネクス。そろそろ参りましょうか」

「…何処へです?」

「仕立屋が仮縫いを持ってくるころですよ。せっかく仕立てるのですから、最高のものに致しましょう」

 ふふふふと楽しげに、とても楽しげに、レディは彼の腕を抱き締めて、引きずっていく。


「…あれも、同伴?」

「いやー…連行、かな」

 部屋の中では、そんな会話が交わされていた。

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