7話
待ち合わせより早く遊園地に着いた。 紬はまだ来ていない。
何度か目になるデートになるが、ここでデートをするのは二回目になる。 初めは紬に告白するときだった。
とは言っても一度は断られてしまった。 それがショックで死にたくもなったが、紬には理由があった。 紬が払っている魔女の代償は『女子の服装をすると体調を崩す』というものの他にもう一つある。 延長線にあるもので女の子らしいことをしても体調を崩してしまう。 だからデートするだけでも体調が悪くなってしまうし、紬自身が『大切な初デートを男の子の恰好でしたくない』と願っていた。
これが紬がデートを断った理由になる。
それでも俺たちはデートをした。 手助けをしてくれたのはアルプのアカギだった。
紬は俺とアカギが内緒で交わした契約のおかげで、少しの間だけ魔女の代償から逃れることができた。 その限られた時間の中で俺たちはデートをした。 紬は代償を払ってまで欲しかった服に身を包んで、俺はそんな紬は見て思わず「可愛い……」と声が漏れた。
今まで叶えることができなかった念願のデートを漫喫して、紬はあの言葉を言った。 俺が思い出せなかったあの言葉。
そして時間は過ぎていこうとしていた。 世界中のオレンジをこぼしたような綺麗な夕焼けの下、俺は紬に告白をしようとしたが、これまでつき合ったことのなかった俺に告白の言葉を述べることはハードルが高かった。 言葉が詰まり、言いたいことが喉の奥でせき止められるうちに時間は過ぎ、紬に変化が訪れた。
タイムリミット。 俺とアカギが交わした契約の効果が切れ始めた。 紬の顔がだんだん白くなり、今にも嘔吐でもするかのように苦しそうだった。
俺は心の中でアカギに『延長!』と叫び、紬にキスをした。
まごついて紬につらい思いをさせたことに責任もあるし、伝えたいことが伝えられなかったから。 言葉にできないなら初めからこうすればよかった。
作法も何もしらない子供っぽい強引なだけのキスだったと思う。 それでも紬は幸せそうな顔をして受け止めてくれた。 紬の方からも唇を重ねてくれた。
俺たちはあの日、恋人同士になった。
その日の夜、俺に魔女の代償が現れた。
「あっ! お~~い!」
遠くから紬が駆け寄ってくる。 初めてデートしたときと同じ服を着ている。 肩を大きく露出させ、ピンクと白の袴のようなスカートがヒラヒラとはためいている。 やっぱり何度見ても可愛いくて見惚れてしまう。
「ごめんね、待ったかな? 一応、約束の時間に間に合うように家を出たつもりなんだけど……。 って、あれ? 約束の五分前だよね? いつから待っててくれたの?」
「え~っと……十五、分ぐらいかな?」
「十五分も前から!? あぁ、ごめんね! 私ももっと早く家を出ればよかったね。 せっかくのデートだから女の子らしい服を着てたら手間取っちゃって……。 こういう服って実は着るのが手間だったりするもんね……。 本当に待たせてごめんね」
「ん、いいよ。 気にしてないし、可愛い紬が見れてうれしい」
「~~~~っ!? そういうことをサラッと言わないでよ! うれしいんだけど、その、まだ、恥ずかしい……」
顔を赤らめて下を向いてしまう。 あぁ、本当に幸せだ。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
紬と手を繋いで園内に入る。
緑が多い園内で大きなアトラクションがミスマッチしているようにも見える。 それでもみんな同じように晴れやかな顔をして手を繋ぎ合っているカップルも多くいる。
遊園地はそういう力があるのかもしれない。 自然と手を繋ぎ合ってしまうような不思議な力が。
「どれに乗ろっか?」
「う~ん、紬はなに乗りたい? この前みたいに時間制限もないから好きなの乗れるよ」
「この前と同じがいいな」
「それでいいの? ジェットコースターとかいいの?」
「うん、あんまり絶叫は好きじゃないし、その、ジェットコースター乗ると髪が……」
紬は髪をいじりながら申し訳なさそうに言った。
「わかった。 じゃあメリーゴーランド行こっか」
メリーゴーランドの柵の外側で立っていると、紬が目を輝かせながら回転木馬を見つめた。 くるくると回る木馬に笑顔で乗っている子供たちが、こっちに手を振ってくれた。
俺たちは小さく手を振って応えると、縁もゆかりもない人たちも同じように手を振ってくれた。
「この前と同じだね」と紬はうれしそうに言った。
最初の時も同じことをした。 こうやって乗っている人たちの笑顔を眺めながら、手を振り合った。
「どうする乗る?」
「そうだね、乗ってみよっか」
家族連れが多く並んでる列に加わって順番を待った。 それからのまったりしたものを中心にアトラクションに乗って、二人の時間をゆっくり堪能し、あっという間に時間は過ぎっていった。
日も傾いて園内に光が灯り始めた。 ランプの街灯が暖かい色に灯り、観覧車が明るくきらめいている。
「もうこんな時間か……」
「最後にさ、あれ乗ろ」
俺は観覧車を指差して言った。 待ち時間もなしにすぐに乗ることができた。
俺たちは向かい合いながら座り、しばらくは外の風景を眺めながらじっとしていた。
今日のデートは単なるデートではない。 俺が頑張るためのデートだ。 紬が喜んでくれるようにプランを練ってきた。
そして仕上げをしなければならない。
「紬」
「ん、なに?」紬が俺のほうに向きなおる。
夕焼けに照らされた紬の顔にいつもと違った色気が見える。
「今日、どうだった?」
「うん、すっごく楽しかったよ! 初デートのことも思い出しながらデート出来て一番楽しかったよ!」
「そっか……」
「これまでのデートが楽しくなかったわけじゃないよ!」
何かを勘違いした紬が慌てて言いつくろうのを見て、本当に紬と出会えてよかったと思える。
俺は紬を抱き寄せた。
「ふぇ! 柊史君!?」
紬はいつでも暖かくて、うれしいときも怒っているときでも。 俺なんかと違ってときどきじゃなくて、いつでも優しくて一生懸命でいつも助けてられてばかりだった。
紬といるだけで心が救われる。
「俺はいまでも紬に助けてられてばかりだ。 頑張ろうとしてもどうすればいいのか分からなくて、なにもすることができない」
毎回同じようなデートになってしまうのもそのせい。 どうすれば紬が喜んでくれるのか分からない。 何をすれば紬が楽しいと思ってくれるのか分からない。
変に奇をてらったデートで紬がつまらなさそうな顔をしたらと思うと、怖くてなにもできない。
「……そんなことないよ。 私のためにやってくれたことだもん。 それだけでうれしいよ」紬が背中に手を回してくれた。
「そうやって助けてもらってばかりは嫌なんだ。 だから今日は俺が————」
言葉を紡ぐより先に口を塞がれた。 紬の顔が目の前にあって、柔らかくて暖かいものが俺の口に押し当てられている。
「そんなに気を張ることはないんじゃないのかな? 相手のことを考えて、自分よりも相手のことを楽しませたいと思うのがデートなんじゃない? 相手に楽しんでもらえたら、自分も楽しくなる。 そうやってお互いに繰り返していけば、デートはもっと楽しくなる。 柊史君はどうだった? 私とのデート楽しくなかった?」
俺は首を横に振った。
紬はにっこり笑って、また唇が重なる。
空が遠のき、地面が近づいてきた。 係員の人がはっきりと見える。
「ん? 紬あれ見て」
窓の外を指差すと「なに?」と紬が指の先を見つめる。
俺はその紬の頬にキスをした。
一瞬だけ肩を震わせた紬は今日一番、顔を赤くして俺を見た。 俺は何もなかったように窓の外を見て、降りるときを待った。
これが俺が紬にしてあげる精一杯のロマンチックなこと。
なんたって、俺は紬の王子様だから。




