1話
幾度か目になるデート。 彼女の紬はいつも楽しそうにしてくれる。 苦い味もしないし嘘ではないのは確かだけど、いつ飽きられてしまうか分からない。
だから行動しなければならない。 戸隠先輩が言っていた相手の好きにあぐらをかかないためにも。
と思ったものの簡単に答えは出てくれない。 一晩考えてみたけどうまく考えがまとまらず、やきもきしただけだった。そもそも人付き合いすら苦手だったのに難しい問題だ。
う~ん……、相談するならあそこだな……。 でも紬もいるからな……、どうしたものか……。
ベットに包まりながら考えていると、部屋の外から父さんが起こしにきた。 「もう起きてる」とだけ言ってベットから出る決意をした。 冬の朝はつらい。
リビングに降りテキトーに朝食を作る。 父さんが今日のメニューを聞きに来た。 「パンと目玉焼き」と答えるとごねる。
「最近、父さんへの愛情が薄れてないか。 父さん寂しい……」
「朝は時間がないんだ」
「父さんだって、仕事のエネルギーがこれだけじゃあな……。 あぁ、夜はロールキャベツがいい!」
「はいはい」
朝の何気ない会話もどこか安心する。 それもあれ以来だ。 以前、紬の心のカケラを集める手伝いをしていたとき、不幸にも父さんは被害に遭ってしまった。
人の心は常に微妙なバランスを保っている。 しかしうれしいことや楽しいこと、逆に悲しいことなどで心のバランスが取れなくなるときがある。 そのバランスを保つために魔女と呼ばれる人が余計な感情を取り払いバランスを保たせてきた。
そうやって心のカケラを集めると魔女は一つだけ願いを叶えることができる。
紬はあのときほしかった服を再販してほしいという可愛いものだった。 綾地さんは、両親の離婚をなかったことにしてほしいという両親を想うものだった。 因幡さんの親友である木月さんの願いは、唯一の親友である因幡さんの病気を治してほしいという友達を想う願いだった。
魔女は自分の願いを叶えるために人の心の安寧を保ち、心のカケラを集めている。
これは普通のやり方。 しかしそうでない方法もある。
それは強引に心に穴を空けることだった。 あまりにも危険であるため禁止されているが、回収できる心のカケラは多い。
実際にこの方法を行った魔女はいなかった。 やったのはアルプという魔女の契約者だった。 正確にはアルプになりかけの小さな子犬になる。
アルプは人の心を知るために魔女と契約を交わして、心のカケラを回収させ人間を理解していく生き物だ。 だけどその子犬はそのことを知らなかった。 本能的に心のカケラを求め、人の心に穴を空けてカケラを回収していた。
その被害に遭ってしまったのだ。 普段のバカが付くぐらいの明るくて陽気な父さんが憔悴しきった暗い顔をしていた。 そして普段は聞きもしない本音を目の当たりにした。
でも紬のアルプであるアカギの協力もあって事は無事に収まった。 父さんも元通りになり、こうやって普通の会話ができる。 そのことがほんの少しだけうれしくもあるが、絶対に口にしない。 恥ずかしい。
「父さん先に行くから戸締りよろしくな。 じゃあ、いってきまーす!」
「あぁ、いってらっしゃい」
家事もそこそこにして紬が編んでくれた手袋をして学校に行った。
教室に着くと真っ先に紬が駆け寄ってきた。 初めて会ったと変わらない髪を後ろで二つに束ねて、男子の制服を着ている。
魔女になるにあたって契約の代償が身体に現れる。 紬の場合は女の子の恰好をすると体調を崩してしまうことだった。 今では願いを叶えたおかげで女の子の恰好をしても体調を崩すことはないが、今更女子の制服を着るのが恥ずかしいらしい。
私服の紬も可愛いし、女子の制服を着た紬を見てみたい気もする。 いや見たい。 けどワガママは言えない。
「柊史君、おはよー」
「おはよ、紬」
「あ、それって……」
紬は俺の手を見た。 真っ赤な毛糸で編まれた手袋。 紬は恥ずかしそうなうれしそうな顔をしてした。
「暖かくていいよ」
「~~~っ!? 私もね! 柊史君がくれたサンタさんの小物入れ部屋に置いてるよ! すっごく可愛くて今日も学校に来る前に眺めてきちゃった」
「ん、うん……」
恥ずかしくてうれしい。 紬もこんな気持ちだったのか。 視線が身体を刺して口内にニガイ味が広がる。 それが気にならないほど俺は幸せを感じられている。
「二人とも、おはようございます」
後ろから声をかけられてた。 振り返ると綾地さんがいた。 俺たちも挨拶を返した。
「教室の前に立っていると他の人の迷惑になりますよ。 入ったらどうです?」
「そうだったね! 柊史君、かばんも置いてないもんね。 ごめんね~」
俺たちは教室に入り、綾地さんを含めて話しをした。