ある日の火曜日
カレーは一日目より二日目の方が旨い。これはよく聞く話だ。では、三日目は?カレーの旨みは二日目がピークなのか、それとも寝かせれば寝かせるほど旨くなっていくのか。そんな下らないこと程喧嘩の火種になる。
昨日の夜、
「いやぁ、食べた食べた」
「お代わりは沢山あるよ」
「いや、いいよカレーは寝かせれば寝かせるほど旨くなるからな」
「いつまで寝かせる気だよ、腐る前に食べてよ」
「腐っても君が作ったものなら何でも食べるよ」
「なにそれ、不味くてもうまいって言うの?バカなの?」
「そんなこと言ってないだろ」
「はいはい、そうですね」
「一体何を怒ってるんだよ」
「もう知らない!」
あれから彼女は部屋に籠っている。そのせいで僕はソファで眠る羽目になり、お陰で首回りが痛い。寝違えたみたいだ。そんな朝を迎えて、僕は仕事に向かう。
「行ってきます」
返事は聞こえなかった。
仕事、僕は家具をデザインして形に起こす事をしている。それを営業の人が売り込みに行く。それで報酬を得る、そんな仕事だ。家具のアイデアは大体月に五、六個は思い付くのだが、今日は全く思い付かなかった。家具より彼女が不機嫌になった原因に頭がいってしまい仕事が手に着かなかった。
「どうですか、今日も面白い家具のアイデアが浮かびましたか?」
そう声を掛けてきたのは営業さんだった。ちなみに、女性。独身で彼氏はまだ居ない様子。胸がデカイ。
「いえ、全くです」
「珍しいですね、何か悩み事でもあるんですか」
うつむくと重力に従う胸。家にいる彼女は比較的スレンダーなので、営業さんとは対照的だ。
「それが、同居人とつまらない喧嘩をしてしまいましてですね、それの解決策に頭がいってしまって…… 」
「彼女さんと喧嘩ですか、ちなみに何が原因で」
「えっと、喧嘩の原因ははカレーは寝かせるのが旨いかどうか、だったと思うんですが、どうしても怒った理由が分からなくて」
「はぁ、カレーですか」
「はい、カレーです。営業さんは何派ですか」
「私は美味しければ何でもいい派です」
「そ、そうですか」
「もしかしたら喧嘩の原因はカレーじゃ無いかもしれませんよ」
「え、それはどういう事です?」
「営業の勘、ってやつです」
結局、営業さんが言っていたことが分からないまま昼時になってしまった。しかも、昼御飯は彼女が部屋に引き込もってしまっていたので何もない。仕方ない、コンビニ弁当にするか。そういえば、コンビニ弁当なんて久しぶりな気がする。ここ暫くは彼女に料理を作って貰ってたからな。とか思いながらコンビニ弁当を口にする。
「……?」
何か以前食べた味と違う気がする。なんだろう。味付けも変わってないみたいだし、何が違ったんだろう。……まさか、味覚か?味覚が変わってしまったのか?この弁当はコンビニの中で結構気に入っていたのに。その時あることに気が付いた。いままで食べ慣れて気付かなかったあることに、
「すいません、今日早退します」
「風邪か?気を付けろよー」
「はい、お先に失礼します」
僕は家に駆けていった、彼女に早くその事を伝えるために。
家に帰ると彼女は寝室で布団にくるまっていた。その布団を剥ぎ取ると彼女は抗議してきた。
「何すんのさ、仕事はどうしたんだよ」
そう言う彼女の目は充血して声もぐずついていた。
「君に伝えたいことがあったから早退してきた」
「…?伝えたいこと?と言うか早退って」
「そう、早退してまで君に言いたかったこと、それは、君の料理は旨いってこと。何を作っても美味しい料理しか無いんだよ。久々にコンビニのご飯を食べたとき気が付いたんだ。だから昨日のカレーも腐る前に全部食べないと」
早口で捲し立てた後ゴソゴソとカレーを温め始める僕に呆気にとられる彼女。
「そ、そんなこと言うために仕事早退してきたの?バッカじゃないの?バカだよ、バカ以外の何者でもないよ…」
「バカで結構、君の作ったものが食べられるなら死んでもいい」
「死ぬのはもっとバカ。はぁ、バカバカ言ってたらお腹が空いた。そういえば朝から何もだべてない…」
「ならカレーにしよう。丁度今出来た。君が作るカレーは一番旨いけど、二日目はなおさら旨い筈だからさ」
「そうだね、それでいいよ」
もしかしたら彼女と二人で囲む食事が一番美味しいのかもしれない。いや、確信した。彼女が笑いながら食べている姿が一番いい事に。