「夏木立、天鵞絨の木陰で」
point:35.311115 139.532753。夏木立。あの花火大会の翌日。私は学校から少し離れた神社の境内にいた。
家の近所にもお寺はあったけど、こちらの方がひと気が少なく一人きりになるには丁度良かった。そして、天鵞絨の木陰から境内へと抜けて来る夏風が、涼やかで心地よくて、そこに佇む鳥居に切り取られる額縁の風景を彼女が好きだったから。
時折に降りる踏切遮断機。通り過ぎてゆく路面電車。それらを漠然と眺めながら頭の中を整理する。おそらく、ジークムント・フロイトが言った生物学的遺伝子や脳の構造とかではなく、時どき胸の中に芽生える何かモヤモヤしたものをゆっくり溶かすために。
ふと、私は父の言葉を思い出した。
「例えば20世紀。80年代前後の映画なんかを見るといい。人間が人間らしく生きていた時代だ。登場する人や言葉たちは、皆感情豊かで人間らしい」
それは古い映画が好きな父の口癖でもあった。その影響で私も古い映画を見たり、音楽や言葉を調べるようになっていた。確かに、そのどれもが人間臭く、変わらないモノ、美しいと呼ばれるモノがそこにはあった。
いつか見た、どこかと似た風景。ただ、それが生命の定義でいう代謝機能の一つだとして。アラン・チューリングが言うような人間と機械の違いだとして。フィリップ・K・ディックが書いた人間と人造物の違いだとすると。カオリやナンシー、クラスのみんなとは違う、彼女とは違う私は、その全部を理解できないでいる。
この夏の特別な想い出。
誰にも伝え足りない私の胸の中の想い。
もどかしくて、少しだけ切なくて、口ずさみ呟く。
――いつも人は、単純な事を伝えるのに多くの言葉を使う――。
・彼女のSNS:https://www.instagram.com/maki_rombach_0/
・聖地巡礼:35.311115 139.532753(←数字をgoogle検索)
・引用:Nat King Cole - Fly me to the moon(←google検索BGM)
※本作品中で使用されている画像は、全て作者のオリジナル撮影写真です。また、この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。