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BLUE-HEAVEN  作者: 月色六華
A nightmare at the end of summer vacation
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“Fly me to the moon”

      挿絵(By みてみん)




「タクム、ロンバッハさんたちが来たわよ! 早く降りてきなさい!」


 高校の三年になる或る晴れた春休みの夜。それが僕と彼女のありふれた出会いだった。彼女の名前は真希まきといい、僕の親父おやじの友人ヴァルター・ロンバッハ教授の娘だった。


「やあ、ロンバッハ教授。よく来たね。遠かっただろ」


 懐かし気に彼を迎えるウチの親父は、ローゼン・バイオ・サイエンスという企業の研究者で、レプリカント用の人工知能を開発している。彼女の親父さんも大学で、脳や遺伝子工学を研究している科学者だった。どうやら、この春から御近所さんになるらしい。


「ああ、徳吉ゆきと。ベルリンの脳科学会以来だ」

――我が家の玄関口。博士の後ろで俯いて立っている彼女は内気なのか? 愛想が無いのか? その名を自分から名乗る事は無かった。

「これは娘の真希だ。よろしく頼む」

――そして、珍しく警察庁の仕事を休んで家に居たおふくろに急かされ、二階の自室から降りて来た僕は渋々というか、照れ隠しと言うか……。

「ど、ども……」

――小さく挨拶をした。と言うのも、彼女の母親は早くに亡くなっているらしく、それで気を使った親父に頼まれ、わざわざお袋は休みを取ってアットホームに出迎えたということらしい。

「真希ちゃん、いらっしゃい。確かウチのタクムと同い年よね? 仲良くしてあげてね」

――存外 、感じが悪い子では無かった。お袋が僕を紹介した時。初めて顔を上げた彼女に表情は無かったが、それでもハッキリとやわらかく心地よい声で口を開いた。

「こんにちは、タクムさん。よろしくお願いします」

「あ、ああ、こちらこそ、よろしく……」


 160cm半ばの身長の割には、華奢きゃしゃなカラダをした色白の彼女。ゆるフワなショートボブは少しブラウンがかって小顔というか、その頬のラインを隠す後れ毛が表情を読み取り辛くしていた。そして、猫のように愛くるしく印象的な青い瞳。そこで初めて、真希がドイツ人と日本人のハーフである事に僕は気付いた。

 そして、その瞳で彼女に見詰められた時。不意に胸が締め付けられるように感じた。というより、知りようの無い彼女の何かに触れたような気がして、じわりと胸が熱くなるような不思議な感覚を覚えた。そんなしっくりこない違和感というか、心許こころもとない感じを思わせる女の子だった。

 そのせいと言うか、以来と言うか。お袋に言われるがまま、毎日の朝夕、家と学校、僕は真希の送り迎えをするハメになった。ただ、そんな彼女の隣を歩くのは、正直わるい気はしなかった……。



 偶然ではなく、真希の父親であるロンバッハ氏の強い意向で、彼女は僕のクラスの転校生となった。それは彼女が病弱なせいもあった。詳しくは分からないが、激しい運動などは控えるよう医者から言われてるらしい。

 そもそも、海が近くて環境の良いこの町に引っ越してきたのも、彼女が僕の御近所さんになったのも、僕が彼女を毎日送り迎えすることになったのも、それが本来の理由だったと後から親父に聞かされた。


 御多分に漏れず体育の時間になると、真希は校庭の日陰で一人見学している事が多かった。相変わらず教室でも口数の少ない彼女だったが、それでもクラスの人気者になるまで時間は掛からなかった――親友のソウタが一番はしゃいでいた。


「真希ちゃん、星座は? 血液型は? 音楽は何が好き?」


 女子連中の幾人かは、「お高くとまった御嬢様」と彼女を揶揄やゆする時もあったが、体育以外の事にはひたむきに取り組む才女であった。

 真希は頭の回転が速く――父親さんの影響か?――特に彼女が語る理系の知識と古い音楽の話は多岐に及んで、親世代である担任の教師でさえ舌を巻くほどだった。自分から話す事は少ないのだが、その薀蓄うんちくは話しかけるクラスメートをことごとく愉快にした。


 仲良し女子のカオリとナンシーが目を丸くして唸っている。


「「へえええ! 真希さんってナンデモ知ってるんだ、スゴ~イ!!」」

さん(・・)、はいい。マキ、って呼んで」


 そんな彼女を――何故か?――誇らしく、嬉しく思う僕。その頃には、一緒に登下校する時間が唯一彼女を独占出来る瞬間で、また交わす会話も自然で楽しいものへと変わっていた。でも、そんな僕たち二人は――ええと――ただの友達で……。




      挿絵(By みてみん)




 そうして、七切通しの桜も散り。五月病になる暇もなく定期考査に打ち震え。季節は進んで帰宅部の夏休み――いち応、僕は科学研究部という得体の知れない部活の部員ではあった。そして、八幡様の夏祭り。


 2079年08月13日。海岸で繰り広げられた花火大会の帰り。家路の道すがらソウタらと別れた僕と真希は、思いのほか自然と国道沿いの砂浜で二人きりになった。

 波間にムーンロードを輝かせ眩く浮かぶ満月。僕らは足を止め、二人並んで夜の海を眺めた。そのシンシンと降り注ぐ月明かりに、真希のしなやかな首筋と頬のラインが白く映える。

 そんな美しい横顔に見惚れ、無意識に彼女を探した僕の左手。でも、そんな儚さにふれようとした指先は、彼女の手首に巻かれた花火大会の入場券代わりであるミサンガに先に触れ、あえなくこぶしを握り戻した。


 思わず、自分だけぎこちなくなった空気を誤魔化すように、ありきたりというか、唐突と言うか、場を繋ぐように僕は言葉をひねり出した。


「あ、あのさ、真希の夢は?」


 そんな僕の問いに、あたかも彼女は自然な流れのように静かな口調で返してくれた。


「わたしの夢?」


 僕とは対照的な冷静さではあったが、考えても見れば、あと半年で高校も卒業。残念ながら僕自身、漠然と親父のような理系か、お袋の勧める警察系の大学に行くんだろうぐらいにしか思っていなかった――僕は勉強も運動もそこそこ出来る子ではあるのだよ。


「そう言うタクム君は?」

「えっ! ボク?」


 まさかそっくりそのまま質問を返されるとは思ってなかった僕は、彼女に確認を取るよう人差し指で自分を指差した――今にして思えば、けっこう間抜けだな。

 そして、頷き微笑む彼女への返答に本気で困った。


「いやぁ、ナンだろ、今が結構楽しいと言うか。このまま夏が続いたらいいな、ナンテ……。そしたら、もっと、ナントいうか、真紀とも……」


 思わず口に出た僕の本音。真希が不思議顔に聞き返す。


「私と?」

「えっ!? あっ! いや……」


 そこで我に返った僕自身が慌てた――突然、何を言い出すんだオレは!――。


「いやぁ……、いや! いやじゃなくて! その、ほら、せっかく真希とも仲良くなれたのになって――そうだ! そこだオレ!――」


 しどろもどろになりながら、もっともらしい言葉を全力で続ける。


「でも、ずっと高校生活が続くワケないし。正直、何て言うか、自分が何したいか良く分かんなくて。なんか情けないな、オレって……」


 彼女に夢を聞いておきながら、自分には何もなかったバツの悪さを隠すように僕は頭を掻きながら笑って誤魔化した――思えば、まだあの頃の俺はオレ(・・)ではなくボク(・・)で、純粋というか、ガキというか。


 すると、真希は月に揺れる波間を見詰め直すと、優しい口調で僕に語り始めた。


「情けなくなんか無いよ。夢が無いのは恥なんかじゃない。その夢を探そうとしないことがダメなんだと思う。夢を探すことが、それ自体が、きっと人間が生きている意味。でしょ?」


 そう言って、最高の笑顔を見せてくれた彼女。


「そ、そう、だね……」


 僕は再び笑って誤魔化しつつも、彼女の本質的な答えに見当違いな自問自答をした――うまく誤魔化ごまかせた? しかも慰められたのか? いや、これで良かったのか?。

 が、無口になりそうな自分に気付いて慌てて気を取り直した。


「いやぁ、オレの事はさて置いて、真希は? 真希は卒業したらどうするの?」

「私?」

「ああ、ナンカ、目標とか」

「……Fly me to the moon」

「えっ!?」


 予想できた返答からは程遠い言葉。確かに彼女なら月面基地にある研究所の助手をやれるぐらいの才能も伝手つてもあるだろう。

 面食らう僕を置き去りながらも、その月明かりに揺れる大きな瞳で真紀は畳み掛けてくる。


「ちがうよ。私を、月に連れてって」

「連れてって、って?」

「そう、あの月。point:0.674081 23.472969」


 真希は夜空を占めるまあるい月を指さすと、幾分弱くだが悪戯いたずらな笑みを僕に見せた。

 確かに彼女に夢を聞いたのは僕で、民間の一般航空会社が月のパック旅行を販売する御時世ではある。が、一介の高校生に過ぎない僕には、まだ月旅行は手の届かない贅沢ぜいたくなモノだった。


 真希の言葉に、若干じゃっかんの脱力感にさいなまれながらつぶやく僕。


「月かぁ……、遠いなぁ……」

「そう、遠い所。別に月じゃなくてもいいの。ただ、月みたいに遠い所……」

「遠い、所?」


 根拠もなくワンチャンあると気を取り直す僕が問い直す。


「例えば?」

「In other word ……」

「In other word? 違う言葉……、言い換える、なら……?」


 謎解きのような彼女の言葉。思案にふける僕をよそに、彼女は何かささやいていた。


「point:35.304136 139.514014。被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現われを待ち望んでいるのです。それは、被造物が虚無きょむに服したのが自分の意志ではなく、服従させた方によるのであって、望みがあるからです」

「えっ? 今のは?」

「ううん、何でもない……」


 そう言ったきり真希は無言になってしまった。だからと言って機嫌が悪くなったわけでもなく、何か困ってる様子でもなく、白く眩い月を眺めながら夜風に吹かれ静かに微笑んでいた。

 そんな沈黙に耐えきれないと言うか、いや、彼女の笑みに意を決する俺。


「分かった。いつか真希を月でもドコでも、オレ(・・)が連れてく!」


 気の利いた言葉も言えないボク(・・)ではあったが、海と言うか、月にと言うか、無性に叫びたくなった。


「オレは絶対、絶対連れてくぞおおお!」


 少し驚いたように、それでいて優しく微笑み返す真希。すると、彼女は僕の目の前に白く細い小指を差し出した。


「約束ね。じゃあ、指切り」

「えっ、あ、ああ、約束!」


 初めて触れる真希の指先。やはり、ぎこちない僕ではあったが、それは花火大会のミサンガのせいではなく。その柔らかくて少しひんやりとした肌の感触に、彼女を想う自身の胸の内を改めて教えられたせいだった。

 そんな、あっという間の短い時間。そして、この時の僕にとっては永遠のような瞬間。だけど、これが僕と彼女との最後の会話だった。



 間もなく高校生活最後の夏休みが終わり、開けた新学期の始業式。そこに真希の姿は無かった。突然の転校。再びの海外へ。やがて、ネットに見つける彼女のSNS(https://www.instagram.com/maki_rombach_0/)。別れの挨拶も出来なかった自分はと言えば、将来の夢や目標も曖昧あいまいなまま、そこにつづられる彼女の軌跡きせきを繰り返し辿っていた。

 そして、丁度この頃から。大学の進学でセントラルシティ(大陸から独立したポリス)へ引っ越しをした後も。数年に渡って未解決なままの、女子高校生ばかりを狙った猟奇連続殺人事件が日本で始まった。






 つづく

・彼女のSNS:https://www.instagram.com/maki_rombach_0/

・聖地巡礼:35.304136 139.514014(←数字をgoogle検索)

・point:0.674081 23.472969(←数字をgoogle検索)

・引用:Doris Day - Fly me to the moon(←google検索BGM)

・2079年08月13日の満月は深夜02:01

※本作品中で使用されている画像は、全て作者のオリジナル撮影写真です。また、この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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∎∎∎彼女のSNS∎∎∎
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