Behind the scenes02:Matilda / マチルダ
母なる青い星『地球』をのぞみ、静かに浮かぶ赤い星『火星』。
極冠の氷を溶かし、人類の移民計画が始まってから四半世紀。その地球とは程遠い劣悪な環境の下に建設されたドーム連結型の都市も、今や急速に発展を遂げる技術革新に過去の遺物となっていた。
人々は更なる自由な環境を求めて火星を移動し、赤い大地を緑に覆っていった。
かつて開発エリアにあった無数のドームは、今や新都市に隣接する10個足らずが衰退しながらも稼動するだけで、それ以外のものは放棄されたに等しかった。
あるものはスラム化し、あるものは人の住まぬ廃墟と化し、あるものは砂漠化し忘れ去られた。
そして、それは地球政府の名の下に行われた開発・移民計画ではあったが、遠く離れたこの地では、その管理は杜撰なものでしかなかった。
そんな朽ち果てた旧ドーム都市に一人孤独に取り残された少女がいた。彼女の名前は『マチルダ』。彼女は移民計画の初期の頃に連れて来られたレプリカント(人造人間)だった。
火星開発初期。人間には不向きな労働や過酷な環境下での仕事を目して造られた彼女は、感情表現の乏しさを除けば、長い寿命や知能は言うまでも無く、その美しさもあって傑作とまで謳われた。
しかし、火星の居住環境が整備されて人々の行動に自由と豊かさが獲得されると、人はより人間に近い、むしろ短命ながらも感情表現が豊かで社交性に優れたレプリカントを求めるようになった。結果、年をとらず、従順なだけの旧式は忌み嫌われた。その裏には伸び悩む火星への入植者数も一因となっていた。
人々は、人間らしさに飢えていた……。
火星の夜空に淡く輝く衛星フォボスとダイモス。
その窓辺に浮かぶ幻想的な月の夜空を眺めながら、ひとりマチルダは朽ち果てる時を待っていた。
既に彼女の主である者の行方は知れない。彼女自身、自分が取り残された事には気づいていた。しかし、その従順というプログラムから逃れる事はできず、もはや主は愚か、人々さえもいなくなった町から離れることが出来ずにいた。
マチルダは記憶と記録をたどっていた。何故たどっていたのかは自分にも分からなかった。
人間に仕えている間に人に近い感情と行動が芽生えることは分かっていた。それが理由かどうか、彼女の脳裏には地球で生まれて火星に着いたばかりの事が浮かんでいた。
あの頃、夢や希望を抱いて語る主の未来像に、彼女も不思議な胸の鼓動を覚えたのを思い出した。あれから長い年月彼女は主に仕え続けた。
そうして、今ようやく、彼女の終わりは近づいている。それはまさに灯火が消えるがごとく訪れる。その最後まで時を超えて美しい姿は変わることなく、ただ静かに途絶えてゆく。
繰り返し今夜も彼女は小さく呟く。
――もう、想い出せるものも少ない――
END