ユキト・シュンサク
――皆様、本日の『ローゼン・バイオ・サイエンス社内工場見学ツアー』はいかがだったでしょうか? 最後に、今日わたくしと一緒にガイド役を務めてまいりました『バイオAI』開発チーム・リーダーであるユキト博士から、皆さんに一言いただきたいと思います。――
白地にライトブルーのラインでコーディネートされたエナメルのブーツにミニスカート、洗練されたデザイン・ジャケットにアルファベットで社名が入ったベレー帽。そんな工場見学のガイド役である女性型レプリカントとは対照的に、いかにも学者然とした白衣。とても接客には向きそうもない草臥れた感のある男が一歩前へ出る。
――それでは博士、お願い致します――
「ええっと、皆さん、お疲れ様でした。楽しんで頂けましたでしょうか? つたない説明で分かり辛い所もあったとは思いますが、皆さんに色々とお話をさせて頂くことができて良かったと思っています。
そして、最後にもうひとつだけ。我が社が掲げるテーマでもあります『人が人工知能と創る明るい社会』について簡単にお話ししたいと思います。
人間の特徴に『自分で学び』『自己を成長進化させる』というものがありますが、人工知能も同じです。前者を『機械学習』とするなら、後者は『ディープラーニング(深層学習)』と言えるでしょう。
ただ、一人の人間が経験できることが限られているように、一体の人工知能が学習できる知識も限られています。これは人や機械の寿命のことを言っているのではありません。
21世紀。ニューヨーク大学心理学者のゲイリー・マーカス教授は――ディープラーニングは、全てのデータが手に入るクローズエンドの世界では完璧な方法である――と論文の考察で発表しました。
では、人間社会にあるような複雑な問題や真理についてはどうでしょう? 既存の情報や答えが既に用意されているものならともかく、時と場合によって正解が変わり、価値観も様々。
その場合。これは人間の思考にも当てはまる事ですが、求められる答えには、その都度新しい情報入力が必要となってきます。しかし、それらを人工知能の為に用意するのは人間であり、全て完璧にとなると事実上無理と言えるでしょう。
更に、経験や人智が及んでいないモノがあるとするなら、そもそも情報のインプットすらしようも無いと言うことになります。
仮に人工知能自身が、その人間の作業を代替えできたとしても、無限にある可能性を全て計算しつくすのは時間的に無理がある。これは、1969年にジョン・マッカーシーとパトリック・ヘイズの論文の中で初めて述べられた――有限の情報処理能力しかないロボットには、現実に起こりうる問題全てに対処することができない――『フレーム問題』にも或る意味共通します。
つまり、オープンエンドな現実世界では、人間同様、人工知能は質問の答えに詰まるか、答は正しいことが多い程度。言い換えるなら、常に正しいとは限らず、まして世間で噂されているような『人を支配』できるほど賢くはないということになります。
こうした現実世界の中。かつて東北大学名誉教授の矢野雅文氏が提唱した生命の『自己言及システム』――自律的に外部環境との調和的な関係を創り、その関係を拘束条件とし、自らの在り方を決めていく――そのような、より人間に近く、社会にとって有益である高度な人工知能を開発する為には、人工知能自身が現在よりも自律と調和できる環境や法整備が必要なのです。
また、それが不安視されているレプリカントにおける『ロボット三原則』の不安定さ、その解消に繋がり、そして何より、皆さんの人工知能に対する正しい理解へと繋がってゆくのです。
私も『人が人工知能と創る明るい社会』を実現する為、今後も微力ながら努めていきたいと思っております。
学者らしいと言えば学者らしい、鯱張った小難しい言い回し。そして、見学ツアーも終わりと言うことで、既に興味を他に移してザワつく観客の空気を察するユキト博士。ふと我に返った彼は、己の不向きさと不甲斐なさを取り繕うように言葉を締めた。
「え~、え~と、本日は、長い時間お付き合い頂き、有難うございました」
――皆様、以上を持ちまして『ローゼン・バイオ・サイエンス社内工場見学ツアー』は終了となります。『人が人工知能と創る明るい社会』その実現と皆さんの御理解を深めるため、我が社は今後も活動をつづけてまいります。
皆様におかれましては、我が社の製品などを通して、より生活に密着した『人が人工知能と創る明るい社会』を体感して頂ければ幸いと存じます。
本日は、御来場まことに有難うございました。お帰りはコンコースを直進、右手のドアより……
※本作品中で使用されている画像は、全て作者のオリジナル撮影写真です。また、この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。




