それぞれのきっかけ
高校3年生になり受験を決める大事な進路指導がありました。
私は大学受験を決めていました。
ところが担任の吉村先生は女子が大学進学することは
今まで例がないと言って反対しています。
今日の進路指導は、お母さんと一緒に受けることになりました。
「石川さんは大学受験を希望していますが、過去に女子の大学受験は
例がありませんので、できるなら短大に進学を変えて3年での編入をしては
どうかと思いますが、お母さんの意見はどうですか?」
「私たちは娘の希望どおりにと考えております」
「でも劇団に入ってらっしゃるから受験は難しくなりますよ」
「それならご心配はいりません。娘を劇団に入れたのは社会勉強のためにと
私たちが勧めたのです。娘が大学に進学したいのなら
私たちは娘の意見を尊重します。それに過去に例がないのなら殻を破って
新しく始めてもいいと思います」
お母さんの意見に先生は驚いていた。
お母さんだって先生のやり方に腹を立てていたんだね、きっと。
「わかりました、それでは石川さんの進学は4年制大学の進学で了承します。
進学したい学校の願書を取り寄せて届いたら提出してください」
やった、大学進学が決まった。
これから受験で忙しくなるけど頑張ろう。
「ひろみ、今日はラジオの仕事でしょ?
気をつけて行くのよ。進学が決まって安心したわ。
あの先生、頑固だから強気でいかないと勝てなかったわ」
お母さん、かなり苦戦していたんだね。
ありがとう、私頑張るからね。
それから私はラジオ局にある梅田茶屋町に向かった。
ラジオ局に入った時、拓哉くんが先に来ていた。
「おはよう、拓哉くん」
「裕美さん、おはよう」
「今日は忙しかったでしょ?」
「うん、学校が終わってから雑誌の撮影で大変だったよ」
拓哉くんは中学3年生。本当なら今高校受験の話が出るのに
話をしようとしない。寛先生が見たらどう思うかな?
「拓哉くん、宿題見てあげようか?」
「いいよ、いつもダチの尚志にノート写させてもらっているから」
ダメだこりゃ。
拓哉くんの勉強嫌いの壁は固いぞ。
どうしたらいいのかな?
そんな私は次の日の放課後、劇団の稽古場で行って圭織たちに話をしました。
「拓哉の勉強嫌いに苦戦してるんやな。
うちもドリームランドを受けるって言ったら吉村は、
勝手にしなさい!後で後悔しても知りませんよって言ってたわ」
圭織の話を聞いて今度は雅が言った。
「私も拓哉くんと同じで勉強が好きじゃなかったよ。
というよりも教師自体が嫌いだったの。中学の時にイジメに会って
担任の教師は見て見ぬふりで結局不登校になったの」
「それは酷い話やな。とんでもない担任に関わったな」
「ちょっと待って、まだ続きがあるの。不登校の時に
カウンセリングしてくれた先生が家庭教師をしてくれたおかげで
今の学校に受かったの。1年の時の担任の平野先生が成績は
気にしなくていいから学校に来るだけでいいと言われてから
気持ちが変わったの。だから1年も2年も頑張って学校に
来ることができたの。それでね、私思ったの。
他にも私と同じ悩みを持っている子に勇気与えたいなって」
「それで雅はドリームランドを受験したんやな」
「うん、私が舞台に立って同じ悩みを持っている子に
勇気を分けてあげたい。それが私の願いなの」
すごいな、雅はイジメをバネにして強くなったんだ。
私には到底かなわないなぁ。
圭織もドリームランド一本で受験する根性がすごいよ。
私も見習わなくちゃいけないな。
雅の話を切って美紀が話を始めた。
「私も拓哉くんと同じ中産だけど、学校が私立だから
高校もエスカレータ式で進学が決まっているの」
「それって俗に言うお受験ってやつやな」
「うん、でもね。小さいころからバレエやピアノをやっていたから
何か活かせるものがあったらなと思ってドリームランドを受験したの。
でも面接の時に俊治先生から来年来なさいって
言われた時はやっぱり悔しかった」
「美紀は天狗の鼻をへし折られてんな。世間はそんなに甘くないことを
俊治先生は言いたかったんやで、きっと」
「今思えばそうかもしれない。だから舞台を頑張るんだって決めたの」
「あたしも美紀と同じ学校だよ。あたしは自分の意志で決めたのは
ドリームランドが初めてなんだ。それまで親の言うこと聞く
良い子でいたけど、何か物足りなかった。
同期のなかでドジをするけど、いつもひろみや圭織に助けてもらっている。
自分の居場所が見つかってよかったって」
美紀と未来は中学受験というハードルを乗り越えてきた。
私立の学校は中学から受験できて高校はストレートで
進学できるって聞いている。
だけど私のきっかけってみんなとは違う。
拓哉くんに会いたいからって言ったら笑われそうだ。
「ひろみお姉さんのきっかけ教えて」
美紀ちゃんが私に声をかけてきたので
「自分を変えたかったから」って言ってしまった。
自分を変えたい。
今まで何も自信がなかった私自身を変えてみたかった。
「ひろみは拓哉に会いたかったんやろ?」
「確かにそれもあるけど、それって不純だよね?」
「きっかけはなんでもええやんか。あんたの気持ちを知ったから
久美子が願書を取り寄せたんやろ?」
「うん、そうだよ」
「だったら自信持って堂々として頑張りや。
寛先生がラジオの仕事を任せたのかって何か光るものがあるんや。
気持ちを大きく持って堂々としとき。
拓哉の告白も時間かかっていいんやから」
「うん、ありがとう」
私は友達っていいなって思った。
そして支えてくれる仲間もいることに私はとても幸せだった。
それから1週間後、タイムトラベルの時だった。
私は普段どおりにスタジオに入った。
そこで寛先生が拓哉くんに話をしている最中だった。
拓哉くんは勉強嫌い。
高校進学なんて考えていない彼に寛先生はどう思うだろうか?
「拓哉、おまえは進学を考えていないようだが、それではダメだ。
オレは、おまえのオヤジ勇次師匠から
一人前のタレントに育ててくれと頼まれた。
いわば、オレはおまえの保護者代わりだ。
だからオレはおまえを育てていく義務がある。
おまえの気持ちはどうなんだ?」
「オレ、オヤジからも進学しろとうるさく言われてきました。
でも今の話を聞いてオヤジの気持ちがわかりました。
でもオレ成績悪いから大丈夫かな?少し不安です」
「今からの努力で変わってくる。高校に入れば芸の幅が変わってくるし、
人間的に成長してくる。頑張れ、拓哉」
「はいっ、頑張ります。寛さん、オレ必ず高校に行きます」
よかった、拓哉くんの心が開いてくれた。
拓哉くん、受験勉強頑張ってね。
「裕美、どうしたんだ。話は終わったから入ってこい」
「はいっ、失礼します」
「裕美の受験はどうなったんだ?」
「今日の進路指導で大学進学を先生に伝えました。」
「そうか、大学受験は厳しいからな。気を引き締めていけよ」
「はいっ、頑張ります」
大学受験の切符をもらった私は仕事にも学業にも
そして舞台にも頑張っていこうと心に決めていた。
「拓哉くん、一緒に頑張ろう。私は大学受験、
拓哉くんは高校受験に必ず合格しようね」
「ありがとう、裕美さん、オレ頑張るよ」
この時の拓哉くんは明るい笑顔になっていた。
やっと心を開いてくれたことが私は嬉しかった。