久美子との別れ
それは突然の出来事だった。
私は美由紀からの電話にショックを受けていた。
「嘘でしょ?久美子が事故に遭ったなんて」
「嘘でなければ電話なんてしないわよ。久美子が乗った列車が
マンションにぶつかって大事故だったのよ」
「それより律子は知っているの?久美子の事故のこと…」
「律子は今フランスで頑張っているから日本に帰れないのよ。
それで病院には身内だけじゃなく、友人も来てと言っていたわ」
「美由紀、それって久美子は…」
「今、延命治療中なの。だから久美子は危篤に近いだろうだろうって。
雅と圭織さんには私から話した。そしたら二人とも明日行くって言ってくれた。
ひろみも出られるようなら明日久美子の病院に来て」
「わかったわ、私も明日病院に行ってみるわ」
私はショックからフラッとなった。
「大丈夫か?美由紀さん、なんて言ってきたんだ?」
「拓哉、久美子が…」
あとは言葉が出なくなり、拓哉の腕の中で泣いていた。
「落ちつけよ、まだ死んじまったわけじゃないんだろう?
とにかく、明日病院に行ってみよう」
そして拓哉はテレビのスイッチを押した。
すると特別番組でKT線福島線の列車事故のニュースが報道されていた。
ニュースの画面にはマンションにぶつかった列車の残骸が生々しく残っていた。
「これなの?この事故に久美子が巻き込まれたの?」
「どうやら、そのようだな。久美子さんの自宅は
KT線福島線の津島駅だったからな」
「信じられないわ、久美子が事故に巻き込まれたなんて。
久美子は私をドリームランドの女優になる時背中を押してくれた。
だから、生きていてほしいの」
「ひろみ、大丈夫だ。久美子さんが助かることを祈ろう。
今夜はオレ泊まるから」
今夜は拓哉と一緒にいたい。
久美子が生きていてほしい。
久美子は私の親友だもの。
お願い、久美子。
どうか、無事でいて…。
そして翌日、私は拓哉と一緒に久美子の病院に行った。
病室にはジェミニの亮二くんがいた。
拓哉は驚いて「おまえ、亮二か?」と聞いていた。
すると亮二くんも「そうだよ」と返答していた。
「おまえ無事だったんだな。だけど事故に遭ったのは誰だ?」
「兄貴のほうだよ。兄貴はオレが久美子と付き合っているのを
知っていながら久美子に付きまとっていた。
だから久美子がずっと悩んでいたんだよ」
「そうだったのか。亮二、兄貴が亡くなってショックが大きいよな」
「ありがとう、兄貴が根っからのワルじゃないのを
わかっているのは拓哉だけだね。だけど、今は久美子が心配だよ。
今、病室にウエディングドレスを飾ったんだ」
「ウエディングドレス?それじゃ久美子さんと…」
「オレ、久美子と結婚するんだ。だけど兄貴が納得してなかった。
自分よりも弟のオレを結婚相手に選んだことに腹を立てていたから」
「そうだったのか、おまえも久美子さんも亮一に認めてもらえないままに
なってしまったんだな」
ウエディングドレスを飾った。
久美子の気持ちは亮二くんだけだったんだね。
久美子、お願い。目を覚まして!
それからしばらくして圭織と雅が病室に来てくれた。
「ホンマ、いまだに信じられへんわ。久美子が事故に遭ったって。
うちらの初舞台の時にお祝いに来てくれたのが昨日のことのようや」
「美由紀からの電話で桂先輩のこと思い出したわ。
桂先輩も事故で亡くなったんだもの。だから久美子には生きてほしいの」
桂先輩は飛行機事故で亡くなった。
2年生で未来がケンカした時、ライバルと認めた彼女。
高校3年で同じクラスになり静岡での事故に巻き込まれて亡くなった彼女。
今、生きていたら4年生になっていたと思う。
「患者様の容体が急変しました。
身内の方もしくは友人の方は病室に来てください」
看護婦さんからの突然の呼び出しに悪い予感が的中したと思った。
私は久美子に必死で呼びかけていた。
そして、美由紀も雅も圭織も必死で呼びかけた。
その呼びかけも虚しく、久美子は静かに息を引き取った。
「悔しいな、久美子みたいな健気な子をなんで連れて行くんや」
「初舞台を祝ってくれて本当の友達だったのに…」
そう言って圭織も雅も悔し涙を流していた。
私は美由紀と一緒に久美子の亡骸にすがって泣いていた。
私には真理恵先生の次に久美子まで天国に連れて行ったことが悲しかった。
拓哉も亮二くんも涙を流していた。
久美子は亮二くんを愛していた。
私が拓哉を愛するように。
だけど、愛する人がなくなるというのは、なんて酷いことだろう。
そう思うとよけいに悲しくなってきた。
そして延命治療のスイッチから解放された久美子は、
看護婦さんから化粧をしてもらっていた。
口紅をつけてもらった時、久美子が生きているかのように錯覚をしてしまった。
「こんなに生きている時と一緒やのに信じられへんわ」
「私もよ、読んだら声が聞かせてくれそう」
「本当よね、悪い夢であってほしいわ」
美由紀も雅も圭織も同じことを考えていたんだ。
私も久美子が起きてきて「みんな、どうしたの?」って
声をかけてくるのではないかと思ったから。
「ひろみ、顔色悪いで。大丈夫か?」
私は圭織の言葉が聞こえないまま意識をなくして倒れてしまった。
看護婦さんが急いで私を空いている病室で手当てをしていた。
「ひろみはオレがついているから」
拓哉は私の意識が回復するまでついていてくれた。
「うちら個人レッスンあるから帰るわ。ひろみのこと頼んだで」
「久美子のこと、未来と美紀にも話して4人で久美子のお葬式に行くから。
ひろみが目を覚ましたら伝えて」
「わかった、ちゃんと伝えておくよ」
友達の死をどう受け止めていいのだろうか?
私は眠っているなか久美子の楽しかったころの夢を見ていた。
ところが、夢のなかの久美子がお別れを言ってきた。
そして、私の言葉を遮って西方浄土に行く船に乗ってしまった。
夢であってほしい。
夢なら覚めてほしい。
私は夢の中でもがき苦しんでいた。
「ひろみ、ひろみ」
私は拓哉の声で目が覚めた。
「ずいぶんうなされていたぞ、大丈夫か?」
「拓哉、久美子が夢に出てきたの。さよならって」
「辛いけど、久美子さんはこの世にいないんだよ。
たった今、久美子さんは教会のほうに行ったよ」
「生きていてほしかった。お互いに結婚して子供同士が一緒に遊んで、
いつまでも仲良くしようねって言っていたのに…」
あとは涙で言葉が出なかった。
ただただ涙があふれて止まらなかった。
拓哉は黙って私を抱きしめてくれた。
私も拓哉がいなくなったら悲しい。
そうなったら生きていけない。
「ひろみ、久美子さんの分まで生きていけよ。
オレがついている。必ず幸せにしてやる。
亮二のような悲劇を絶対に見せない。約束する」
拓哉の言葉に強い意志を感じていた。
生涯たった一人と私にいた時と同じだったからだ。
拓哉、ありがとう。
私は幸せです。
あなたがそばにいてくれて幸せです。
いつか、共に生きていける日が来ることを願ってます。
久美子の分まで私、あなたと幸せになります。
いつか悲しみが癒えるまで待っていてください。
私には拓哉、あなただけなのですから。




