あなたを感じていたい
この日、私は病院のベットで一人で眠っていた。
これから始める夢物語が現実になることを知らないで。
病室の外で拓哉くんが私の病室を探している。
夢のなかで私を訪ねてくる拓哉くんに驚くだろうか?
「あなた、城島拓哉くんですね。はじめまして、ひろみの母です。
朝霧裕美はドリームランドでの芸名で娘の本名は石川ひろみと言います。
ひろみが劇団に入る時は反対したんですよ。体が弱いのに大丈夫なのかって。
だけど主人が、社会勉強のつもりでやらせてみたらいいと言って
娘の入団を許したんです」
そして、お母さんは拓哉くんを連れて私の病室に来た。
「これ、お見舞いに持ってきたんです」
「まぁ、これはひろみが大好きな花なんですよ。
ありがとう、私はお花を生けてきますから
ひろみをお願いしますね」
拓哉くんは私の好きな花を知っていたんだ。
そう思うと嬉しくなってきた。
しばらくして私は目を覚ましていた。
夢物語ではない。
拓哉くんが私のそばにいる。
今見た夢は正夢だったんだ。
「拓哉くん、来てくれたの?」
「うん、ダチの尚志が知らせてくれた」
「ありがとう、来てくれて嬉しいわ。
だけど拓哉くんに弱い私を見せたくなかったな」
そう言った私は涙が出そうになっていた。
拓哉くんは私の悲しい顔を見て優しく慰めてくれた。
「オレは今の裕美さんでいい。オレ、裕美さんが好きだから」
突然の告白に私は驚いた。
だって拓哉くんも私を好きでいてくれたなんて信じられなかったから。
驚いて言葉が出ない私を見て拓哉くんは言葉を続けた。
「オレ、ずっと裕美さんが好きだった。
高校受験だって寛さんに言われたからじゃない。
裕美さんにオレの頑張りを見てほしかったんだよ。
オレ、裕美さんを初めて見た時、ドキドキしていた。
今でもそうなんだよ」
拓哉くん、真剣なんだ。
本気で私を好きでいてくれていたんだ。
私は嬉しさで涙がこぼれた。
だってお互いに好き同士だったなんて夢にも思わなかったもの。
「拓哉くん、ありがとう。私のことを好きでいてくれたんだ。
嬉しい、私も拓哉くんが好きだったの。
だけど私のような冴えない女の子は相手にしないって思って
自分の気持ちに蓋をしていたけど、会うたびに好きになっていた。
だけど、こんなに弱い私でも拓哉くんはかまわないの?」
「オレはかまわない。何があっても受け止めてやるよ」
「拓哉くん」
「その呼び名は終わりにして。これからはキミを一人の女として見ていたいから。
だからキミもオレを一人の男として見てほしいんだ。わかってくれるよね?」
拓哉くんの強い言葉に私はうなずいていた。
そして私は拓哉くんに言った。
「これから私のことをひろみと呼んで。あなたには朝霧裕美ではなく、
石川ひろみとしての私を愛してほしいの。
こんな冴えない私でも愛してくれて嬉しいわ」
「わかった。ひろみ、これからキミをそう呼ぶよ。
今の言葉でオレがキミを守ろうと思う気持ちが強くなったよ。
ひろみ、オレたち仲良くやろうな」
「うん、拓哉。私こそよろしくね」
そして私たちはお互いにくちびるを重ねていた。
私のファーストキス、拓哉にあげる。
お互いの気持ちが通じてよかった。
拓哉、私に勇気をくれてありがとう。
あなたがいてくれて私幸せよ。
これからもよろしくね。
「ひろみ、メールアドレス交換しよう」
「うん、いいよ。赤外線通信で交換しよう」
そして拓哉とメールアドレスを交換した。
これで拓哉と毎日おしゃべりできる。
恋人として拓哉と一緒にいられるなんて私、本当に幸せよ。
「ひろみ、オレたち恋人同士になれたんだな」
「うん、あたし嬉しいわ。女優になって拓哉に会えて、
恋人になれるなんて夢にも思わなかった。
だって拓哉には明るくて元気な女の子が似合うと思っていたもの」
「そんなことないよ。ひろみは今のままでいいよ。
オレは控えめで優しく見守ってくれる女の子が好きなんだよ」
「そうなの?」
「うん、正直に言うと初恋なんだ」
「えっ?初恋?」
「そう、初恋。ひろみがオレの初恋なんだ。
だから大切に守りたいんだ」
拓哉にとって私は初恋の女性だったの?
正直、驚いてしまった。
そうよね、中学生って誰でも初恋を経験するものね。
その相手が私だったことは本当に嬉しい。
拓哉にふさわしい女の子になろうと私は思った。
そして翌日、雅たちがお見舞いに来てくれた。
そのなかに稽古を休んでいた圭織が来ていた。
「ひろみ、長い間ありがとう。うちも今日から稽古に復帰するねん。
せやから体を早く治しや。うちのばあちゃんは、家が舞台に出るのを
すごく喜んでくれてたんや。だから、天国にいるばあちゃんに
舞台見せようと思うんや。ひろみには心配かけてしもてごめんな」
「何も謝らなくていいよ。圭織が元気になったらそれで十分だよ。
あたしこそ倒れちゃって逆に迷惑かけちゃったから」
「何言うてんねん。ひろみは一人で倍以上の仕事をしたんや。
その分、同期生はみんなついてきたやないの。
上級生から褒められるなんて誇りに思わなあかんで」
「うん、ありがとう」
「休演するのは残念やけど体早く治しや」
今回は入院加療のため、舞台を休演することになった。
そしてタイムトラベルも退院まで休むことになった。
「そうか、舞台を休演することにしたのか」
「うん、精密検査の関係で入院が長引きそうなんだ。
だから寛先生に了承をもらったの」
「早く良くなれよ、おまえの分までラジオ頑張るからな」
「うん、ありがとう」
こうして電話で話をするなんて夢みたい。
だけど、拓哉も私を好きでいてくれて嬉しい。
ありがとう、拓哉。
早く元気になるからね。
それからずっと仲良くしてね。
「ひろみも彼氏ができたらわかるわよ」
はるみ先輩がいつか言っていたよね。
今私にも恋人ができて、はるみ先輩の気持ちがわかった気がする。
だって、私拓哉とずっと一緒にいたいもん。
拓哉の声を聞いただけで幸せになれるんだもん。
夢だと思っていたことが現実になって今驚いている。
拓哉くんに会いたいと思って受験したドリームランドに入って
タイムトラベルに一緒に仕事をするだけで幸せだったのに、
拓哉から好きだって言われた時は驚いたもん。
だって、私も拓哉を好きだった。
だけど、お互いに思いを寄せていたとは夢にも思わなかった。
拓哉、信じていいんだよね?
ずっと、そばにいていいんだよね?
そう思うと胸がいっぱいになっていた。
今日はタイムトラベルの日、私の担当のコーナーを
拓哉が代わりにすることになったようだ。
拓哉は私のコーナーのファックスを見てスタジオに持ってきていた。
これは寛先生の指示だった。
拓哉に経験を積ませて一人前のタレントに育てるために
寛先生は拓哉に高校を受験するように言った。
そして、拓哉は高校に合格した。
それも私が通う高校の男子部に合格した。
そして私も希望していた大学に合格した。
お互いに受験を励ましあって頑張った成果が実った。
拓哉、高校は尚志くんと同じでよかったね。
一時はどうなるかと思った高校受験も突破して卒業を待つだけだね。
高校に合格した日、タイムトラベルの日で
「高校に合格しました」って寛先生に話したよね。
「よく頑張ったな、おめでとう」って
寛先生は自分のことのように喜んでくれたよね。
寛先生は誰にでも分け隔てなく接するから、みんなから慕われている。
ラジオのスタッフのみんなも寛先生の人柄を知っている。
私は寛先生に出会えたこと、そしてラジオの仕事を
させてもらってよかったと本当に思った。
だってラジオの仕事を引き受けてなかったら
拓哉に会えなかったよね、きっと。
本当に寛先生のおかげで拓哉に会えたし、恋人になれてよかった。
そう思うと寛先生の出会いは大きいものだと自分で認識していた。