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数字と珠と、それから私。

作者: 佐木 呉羽

 静寂の中に響く算盤を弾く音が、緊張感を掻き立てる。


 二か月に一回の頻度で開催される珠算検定。


 十月の第四日曜日である今日は検定日であり、珠算教室に通い検定を受ける生徒が集合していた。


 検定開始まで、あと十分。

 受験者は思い思いに、指慣らしに精を出す。


 小学校四年生から珠算を習い始めて、私は今日、四級に挑戦する。

 算盤を弾く手を止めて、机と椅子が学校の教室と同じように並ぶ室内を見渡した。

 小学校低学年の児童から中学生まで皆が下を向き、数字を目で追い黙々と算盤を弾く。

 そこかしこから不揃いに奏でられる珠のぶつかり合う音が波のように押し寄せ、高揚感と緊張感が私の中でない交ぜとなる。


 熱を持つ顔を正面に戻し、前に座る先生の動向を確認した。

 検定の問題用紙を確認しつつ、時間を気にしているようだ。


 私は鉛筆を中指と薬指、小指で握り込み、親指と人差し指を擦り合って指の腹の感触を確認する。

 左手で算盤を持って傾け、五珠を全て下に揃えた。人差し指を走らせて五珠を全て上に上げ、試しに一から十を順に足していく。


 一+二+三+四+五+六+七+八+九+十=五十五


 算盤を習っている人にしてみれば、全てを足して五十五になるのは常識らしい。


 人差し指の腹で五珠を下ろし、爪先で上に弾く。

 珠を通している竹の軸である桁と、珠の摩擦具合は良好。

 パチリと気持ちのいい音がする。


 算盤で計算していて怖いのは、途中で珠が動いてしまうこと。


 今日の感じなら、大丈夫だ。


「じゃあ、始めます」


 先生の号令で、練習用に出していた問題をカバンにしまう。

 出しているのは、鉛筆と消しゴム、そして算盤。

 裏返して配られた問題に、私の鼓動が落ち着きをなくしていった。


 小学校で受けるテストでは、胃が縮こまるほどの緊張を感じたことなどない。

 点数が悪くて恥ずかしいという気持ちは芽生えるけれど、学習内容を理解しているか確認するだけのテストでは、まぁいいか……という気になってしまうのだ。


 だけど、珠算検定は違う。


 点数に達さなければ、結果が残らない。


 珠算検定十級から受け始めて今日で四級なのだから、検定という場の回数は重ねてきた。

 始まる前の張り詰めるような緊張感に慣れる日は、はたして来るのだろうか。


 席に戻った先生が、引き出しからタイマーを取り出す。


「はい、スタート!」


 ピッという電子音と共に、算盤を弾く音が爆発する。

 先生の声に驚き、ビクリと肩を揺らした私は急いで算盤を傾け、羅列する数字の上に置いた。

 五桁の数字を十段足し引きする見取り算を十問。七桁の掛け算を二十問。六桁の割り算を二十問。

 三十分の間に全て解く。

 掛け算と割り算は、やり方さえ間違えなければ比較的簡単だ。

 問題なのは、見取り算。

 見取り算こそ、珠が一つでも間違えば全てが水の泡になる。

 家で練習するときに、タイマーを使って問題を解くスピード感覚は掴んだから、


 きっと大丈夫!


 時計の針を確認しながら、私は掛け算と割り算をテンポよくこなしていく。

 練習通りの時間で二つを終わらせ、見取り算の一問目を上から順に足し始めた。


 ぶつかり合う珠の音。滑らかに動く指。


 いい感じだ。


 頭の隅で鼓動を強くする心臓を感じながら、確実に数を足していく。

 時間内に全て答えを書いた私は、確認作業に入った。

 上の段から順に足して、算盤に出た数字と答えに書いた数字を見比べる。

 二回目の六問目の答えを出した私は、背筋が冷たくなった。


 あれっ、答えが違う……!


 どこが違ったんだろう。


 六問目を三回繰り返し、二回続けて出た数字は一回目に書いていた答えと同じだった。

 安堵して時計に目を向ければ、残りはあと五分。

 確認したい問題数は、あと三つ。

 間に合うか微妙なラインだ。でも、やるしかない。

 満点を取りたいけれど、三百点中二百十点取れば合格はできる。


 ギリギリまで諦めるな! めげるな、私!


 自分を鼓舞するけれど、滑らかに動いていたはずの指がかすかに震え始めた。


 指の腹と珠の離れ具合も、いまいち好ましくない。


 十問目の最後の珠をパチリと動かす。

 すぐさま、書いてある数字と算盤が弾き出した数字を見比べた。


 あっ……違う。


 血の気が引くのと同時に、タイマーがけたたましくアラームを鳴らす。


「はい、そこまで」


 終わりを告げた先生の声が、再度確認作業に入ろうとした私を硬直させる。

 手にした算盤の珠が重力に従って下がり、全ての珠がバチリと鳴った。


仲間内のお題企画で書きました。


この時のお題は『おと』でした。

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