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0023話 壊滅(1942年8月26日・午前) 

●8月26日 朝一番に南から悪い報告が入って来た。


「第8艦隊」司令部からだ。


 本日早朝、「川口支隊」本隊を乗せラバウルからラビ攻略に向かっていた輸送船団が敵機の空襲にあい壊滅した。

 輸送船2隻が撃沈され1隻が大破した。護衛に付いていた駆逐艦「睦月」は撃沈され「弥生」は大破。 水上機母艦「聖川丸」も中破し、艦載機は2機を残し他は全て空中戦で失われた。

 無事だったのは「哨戒艇31号」だけだ。


 大勢の将兵が海に投げ出され、または船が沈む前に海に飛び込み現在も海上を漂っている状況らしい。

 損傷した艦は救助して乗せられるだけ乗せた将兵と共にラバウルに引き返している。

 

 救助する時に各艦の使用可能な艦載艇は全て降ろされ救助にあたり、今は最も近い陸地であるニューブリテン島のウポルの海岸に向かっている。流石に艦載艇でラバウルに行くのは距離がありすぎる。艦載艇を曳航する手もあるが損傷艦の到着はかなりの時間がかかる。

 唯一、無傷だった「哨戒艇31号」も救助した将兵を満載しウポルの海岸に向かっている。将兵を降ろしたらまた現場海域に向かう予定だ。

 

 現場には輸送船団に合流予定だった「第30駆逐隊」の駆逐艦2隻「望月」「卯月」も向かっており、もうすぐ到着予定だ。

 

 現状では戦死者や負傷者の数はわからない。

 少ない事を祈るのみだ。


 残念ながら「川口支隊」本隊の装備は、その多くが失われた事だろう。

 輸送船が2隻も沈んだとなれば、恐らくは重火器も多くが海に沈んだ筈だ。


 川口支隊長が本隊の将兵を掌握し、武器を再装備させ態勢を立て直しラビ攻略戦に参加するのはかなりの時が必要となるだろう。


「川口支隊」のラビ攻撃開始予定は今夜なのにだ!


「川口支隊」の分遣隊2隊のうち1隊は既に山越えでラビを目指している。もう1隊の舟艇部隊は今夜一気にラビ近郊に上陸作戦を行う予定で今はラビから数十キロ離れた海岸の密林に潜んでいる。

 どちらも軽装の歩兵部隊。重火器は無い。


「第17軍」司令部と川口支隊長は今夜のラビ攻撃作戦をどうするだろうか。

 作戦続行か中止か。

 恐らく予定通り攻撃は開始されるだろう。

 何故なら「第17軍」司令部は史実と同じくラビ周辺の敵兵力は約2000人と見積もっている。


「川口支隊」の分遣隊の総兵力も約2000人だから重火器は無くても夜襲という要素と勇敢な将兵の働きがあれば、同数の敵なら充分に圧倒できると見込むだろう。


 だが、史実によればラビ周辺の連合軍は約1万人にも及ぶのだ。

 現代日本において防衛研修所戦史室が編纂した日本の公刊戦史である「戦史叢書」の第49巻「南東方面海軍作戦1 ガ島奪回作戦開始まで」によると、この時点でのラビ周辺の敵兵力はオースラリア陸軍2個旅団の兵力7429人。その他、工兵隊等が1365人。航空隊が664人。総計9458人となっている。


 ちなみに「戦史叢書」は日本の公刊戦史ではあるが、日本側の記録ばかりで書かれたというものではない。ラビ周辺の連合軍兵力がここまで細かくわかるのも外国の文献が参考文献として活用されているからだ。


 それはともかく、敵との戦力比が数倍にも達するからこそ、史実での海軍陸戦隊によるラビ攻略作戦も失敗に終わった。

 

 まずい。まずいぞ。これはまずい。


 他にも問題がまだまだある。

 

 その一つはミルン湾に「ミルン湾海戦」に参加した敵残存艦隊が遊弋している問題だ。

 遊弋と言うよりは身動きできなくなっている。

 

 恐らくは浮遊機雷のせいだろう。

 「ミルン湾海戦」でばら撒かれた浮遊機雷を警戒して動けないのだ。

 掃海しているのか、それとも掃海艇を待っているのかは不明だが、ミルン湾より出られなくなっている。

 そうでなければ大破した複数の艦を修理施設もないミルン湾にいつまでも留めておく事はしないだろう。

 

 その残存する敵艦数は巡洋艦4隻、駆逐艦5隻。

 殆どは「ミルン湾海戦」で損傷を負い、まともに艦隊戦をできるのは巡洋艦1隻、駆逐艦3隻ほどと見られている。


 だが、手負いで戦闘力を低下させているとは言え、この艦隊の存在はラビ攻略戦の障害だ。

「川口支隊」がラビ攻略戦を開始すれば、損傷している艦とて使える砲で海上砲台の役目くらいはこなせるだろう。

 それは「川口支隊」にとって充分に脅威となる火力となる筈だ。 


 浮遊機雷の存在が仇となった形だ。

 もし、浮遊機雷という要素が無かったならば、敵の損傷した艦は今頃は修理のためにミルン湾を後にしていた可能性が高い。

 

 とは言え「ミルン湾海戦」で浮遊機雷の威力が発揮されなければ「ミルン湾殴り込み艦隊」が文字通り全滅していた可能性があるのもまた事実。

 

 まったく「禍福は糾える縄の如し」とはよく言ったものだ。まさに現状を表すのにぴったりな言葉だ。


「ミルン湾海戦」の後に急遽策定された作戦計画としては、この「ミルン湾」の敵残存艦隊は昨日と今日の航空攻撃により撃滅し、更に「川口支隊」本隊を護衛している「第30駆逐隊」の駆逐艦4隻が夜襲によりとどめを刺し上陸作戦を援護する予定だった。


 たが、昨日の航空攻撃はそれ程成果を上げていない。

 何せ一昨日の夜の時点では「ラバウル航空隊」には、有力な敵艦隊がミルン湾にいるという情報が入っていなかった。

 その為、昨日の朝は当初の予定通り、ラビの敵航空基地破壊の為に「第25航空戦隊」の「第4航空隊」の一式陸上攻撃機24機を出撃させようとしていた。

 その時、積んでいたのは当然、陸上用爆弾だ。前日から積み込み準備していた。

 

 ところが、そこに虎口を脱した「ミルン湾殴り込み艦隊」より、ミルン湾に敵艦隊があり航空攻撃を求める報が入って来る。

 

 ここで混乱が起きた。

 航空隊司令部で全機対艦攻撃に切り替えるべきだと主張する者と、敵飛行場破壊も重要であり少なくとも一部の機は当初の予定通り敵飛行場破壊の任務を行わせるべきだという意見が出て議論になったのだ。


 一方は敵飛行場が健在である限りは敵戦闘機の蠢動により対艦対地攻撃が思うに任せないのは、これまでの作戦から骨身に染みている。飛行場を破壊するのも重要だと主張した。

 

 もう一方は敵艦隊は今はミルン湾にいてもそのうち必ず移動する。この敵艦隊攻撃の機会を逃すべきではなく全力で攻撃するべきだ。敵艦隊は逃げる可能性があるが、飛行場は逃げない。ここは飛行場は後回しにするべきだと主張した。


 どちらにも一理ある。

 この時はミルン湾の敵艦隊の多くが損傷し、また浮遊機雷で足止めされている事を航空隊は知らなかった事から、この機会を逃すなとばかりに全機対艦攻撃に切り替えられる事に決まった。

 

 だが、混乱はそこで終わらない。


 対艦攻撃のために陸上用爆弾から魚雷に搭載替えの命令が出たが、言うは易し行うは難しである。

 まずは全機から陸上用爆弾を降ろさなければならない。

 1機あたり60キロ爆弾が12発で当然、信管付きだから慎重を要する。この爆弾取り外しと爆弾庫への運搬作業だけでもかなりの時間を消費する。


 そして魚雷搭載となったが、これが遅々として進まない。

 魚雷は重量が800キロもあり、専用の魚雷運搬車でなければ運べない。

 その魚雷運搬車は9台あったのだが、運の悪い事に2日前に1台が運転ミスでもう1台と衝突事故を起こし、2台が修理中となっていた。つまり使えるのは7台しかない。

 しかも、一式陸上攻撃機は滑走路に設けられた各引き込み線に分散して機体を休めている。これは敵機の攻撃を警戒しての事だ。

 7台の魚雷運搬車で分散している全機に魚雷搭載を完了させるのにはかなりの時間がかかる。


 そこで魚雷だけでなく、艦船用爆弾も使用する事になった。  

 こちらは、250キロ爆弾2発。60キロ爆弾8発への積み替えだ。 

 もう「第4航空隊」は蜂の巣を突ついたような騒ぎの兵装転換となる。

 

 結局、全ての機体が兵装転換を終えて「第4航空隊」が飛び立ったのは午前9時である。

 朝4時に「総員起こし」の号令がかけられてから何と5時間後にようやく出撃と相成った。 


 ちなみにラバウルからミルン湾までは約2時間の飛行である。

 もし「ミルン湾殴り込み艦隊」より、ミルン湾への航空攻撃の要請が入って来なかったら、今頃は「第4航空隊」は既に敵飛行場への爆撃を終え帰途についていたかもしれない。


「第4飛行隊」には同じく「第25航空戦隊」に所属する「台南航空隊」の9機の零戦が護衛についている。

 これにニューギニア東部にあるブナ基地の零戦隊も合流する予定だった。

 だが、しかし、ブナ基地の零戦隊は合流できなかった。

 ポートモレスビーから飛来したとみられる敵爆撃機編隊がブナを数度にわたり爆撃したため、その迎撃に大わらわになったからだ。  


 そして「第4飛行隊」は敵の虎口に飛び込んだ。

 護衛の零戦隊を凌駕する敵機が敵基地上空で待ち構えていた。

 その結果、「第4飛行隊」は半数を失った。

 攻撃も失敗に終わっている。


 なんて事だ。

 貴重な飛行機と搭乗員を、それも飛行隊の半数を失うとは。

 これはこの方面において痛すぎる損失だ。


 だが問題は他にもある。

 こちらの方がより問題だ。

 「川口支隊」本隊の輸送船団を攻撃してきた敵機の機種だ。

 攻撃して来たのは艦載機。つまり敵空母が付近にいる。 

 珊瑚海に、いや更に近いソロモン海に敵空母がいるかもしれない。


 現在、「ラバウル航空隊」とツラギ島の「横浜航空隊」は偵察に出せる機は全て出し敵空母の行方を捜している。 


 今月17日にあった敵のツラギ島への奇襲攻撃はこちらの目を潰すためだったのだろう。

 ツラギ島の水上機と飛行艇を破壊し索敵能力を低下させ、その隙に空母を珊瑚海に入れるという作戦の一環だったのかもしれない。

 同じ17日に敵空母がハワイ方面から出撃したという情報があったが、その時には既に敵空母はソロモン諸島に近い南太平洋の海域いたのかもしれない。

 

 完全に自分の読み違えだ。

 ミスだ。

 失敗だ。

 史実でのアメリカ軍による潜水艦での奇襲作戦は完全な独立作戦で他の作戦に連動している事はなかった。

 それに加えて今回は敵空母出動の情報が同じ日に来た為、やはり敵潜水艦の動きと連動しているとは思わなかった。


 史実を知っている事が逆に固定観念や先入観となって自分の判断を甘くした。


 それでも敵魚雷艇が蠢動している事と合わせて、こちらの航空戦力をソロモン諸島に向けさせニューギニアより引き離すのが狙いだと敵潜水艦の奇襲攻撃の目的を推測してはいたのだが見誤ったようだ。

 

 いや、それもあるのかもしれない。航空戦力をソロモン諸島に向けさせればニューギニアがその分、楽になるだけでなく、ソロモン諸島南のソロモン海と珊瑚海も手薄になるというのが敵の狙いだったのかもしれない。


 実際、こちらの哨戒機は敵魚雷艇の姿をソロモン諸島内の海域や、ソロモン諸島の更に先の南方海域を重点に哨戒していた。

 その隙に敵空母はすれ違うように珊瑚海からソロモン海へ北上していたのかもしれない。


 読み間違えたと言うより、読みがまだまだ甘かったと言うべきか。

 してやられた。

 

 だが、同じ過ちは二度とは犯さん。 


 それにしてもハワイを空にして空母を南方に出して来たか……

 すぐには日本艦隊がハワイ方面には来ない事を読み切っての作戦か。

 やるなぁニミッツ提督!!


 問題はまだ敵空母がソロモン海、または珊瑚海にいるかどうかだ。

 トラックで待機している「第2機動部隊」に出撃を命じるべきか、否か。

「第2機動部隊」を出撃させたはいいが、敵空母は既にハワイに帰りましたなんて事になったら無駄足になるだけでなく、連合艦隊司令部は敵空母に踊されたと無能に見える。

 それは連合艦隊司令部への不信と不安の種を撒くことになり士気にも影響する。

 更に軍令部から燃料について言われている事もあり、無駄に燃料を使うような事にはしたくない。


 今、それで目の前の連合艦隊司令部の幕僚達が喧々諤々の議論をしている。

 

 今やアメリカ艦隊にとって残存する空母は貴重な戦力の筈だ。

 それ故に空母を使うのは慎重な筈だし、優先度の低い作戦には投入しないだろう。


 今回はピンポイントでこちらの痛い所を突いて来た。

 

 

 午後になり更に悪い報告が入って来た。

 西でも動きがあったのだ。


 東に西にと実に悪い報せばかりで忙しい……

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