002話 検証
●『1937年某月某日』
さて、アメリカとイギリスに勝つ戦略を練り上げるために、史実における日本の戦略構想を振り返っておくか。
日本の史実での戦略は「対英米蘭蒋戦争終末促進ニ関スル腹案」だ。
日米開戦前の1941年11月15日に大本営政府連絡会議で承認された。
この中で語られている戦略を簡単に言うと、まずはアメリカの植民地フィリピン、イギリスの植民地マレー、オランダの植民地インドネシアなどを速やかに占領して、日本にとりその重要不可欠な資源地帯を確保し、またその南方資源地帯までのシーレーン(海上交通路)の安全も確保して日本が自給自足できるようにし、戦力も増強していけるようにする。
そして同盟国ドイツ、同じく同盟国イタリアと協力して先にイギリスを敗北させる。
それには日本軍がビルマを独立させてインドの独立も誘発させるようにする事と、インド洋で通商破壊戦を行いイギリス本国とインドとオーストラリア間の海上交通路を遮断する。
同盟国ドイツにはイギリス本土上陸を促し、また独ソ戦を行っているドイツ、ソ連両国を講和させソ連を枢軸国に引き入れる。
アメリカに対してはその主力艦隊を撃破するとともに、通商破壊戦を徹底的に行う。またアメリカ国内世論に厭戦感情を出させ国としての戦意を喪失させる。
中国に対しては上記の戦果を利用して敗北に追い込む。
戦争を終結させる機会としては南方資源地帯占領の成功時、中国の敗北時、ドイツによるイギリス本土陥落時、独ソ戦の終末時が想定されていた。
そして、終戦の交渉には南米諸国、ポルトガル、バチカン、スウェーデンなどを仲介役にするつもりだった。
この戦略で重要なのはイギリスに対して重点を置いている事だ。
そしてドイツの動きに、その勝利に期待していたという部分が大きい。
特にドイツ軍のイギリス本土上陸に寄せる期待は大きかった。
日本は米国を直接降伏させる事ができるとは考えていなかった。
それどころか、イギリスを先に敗北させて、その成果でアメリカの戦争継続の意思を無くさせようとしている。講和が狙いだ。
何せ「対英米蘭蒋戦争終末促進ニ関スル腹案」には、はっきりとイギリスの敗北に際しては直ぐに講和する事なくイギリスによりアメリカを講和に誘導させるとある。
東条英機首相も、会議で通商破壊戦でイギリスの死命を制してアメリカの態度を変えさせると発言してるし、海軍の永野軍令部総長はイギリス・アメリカ連合軍の弱点はイギリスにあるから、そのイギリスを餓死させて敗北させる事が戦争終結への最も早い道だと言っている。
狙っていたのはイギリスの敗北を利用した講和。
期待していたのはドイツの動き。
史実の山本五十六連合艦隊司令長官としては、イギリスよりもアメリカ軍を撃破し勝利する事でアメリカの戦争継続の意思を無くさせようとしていたようだがね。
史実では「対英米蘭蒋戦争終末促進ニ関スル腹案」の戦略構想は完全に頓挫する。
当初は真珠湾攻撃でアメリカ艦隊に大打撃を与える事に成功した事から、アメリカ主力艦隊に妨害される事なく南方資源地帯を占領しシーレーン(海上交通路)も確保できた。
イギリス艦隊も撃破できた。
ここで「対英米蘭蒋戦争終末促進ニ関スル腹案」にある戦争終結の機会の一つが達成された事から、和平交渉に入るべきだという意見も出たが、勝ち戦の勢いを止めるのは難しいという代表例の如く、その声は圧殺され戦争は継続されていく。
しかし、「ミッドウェー海戦」において日本は主力空母4隻を失う大敗北を喫する。
さらには「ガダルカナル島攻防戦」が始まり日本は戦力を次々と注ぎ込んでいく。
その結果、インド洋での通商破壊戦は全戦争期間を通じて徹底される事は無く、一時的に増強された戦力が投入されるか、少数の部隊が継続的に行うという状況だった。
イギリスを先に敗北させるよりもアメリカの反攻の対応に手一杯だった。
ガダルカナル戦が終了した後、1943年2月の大本営の会議では陸軍の杉山総参謀長が「対英米蘭蒋戦争終末促進ニ関スル腹案」での、まずイギリスを敗北させててアメリカの態度を変えさせるという方針に疑義を唱え、先にアメリカの戦争継続の意思を砕くべきだと意見を述べ方針転換を促してもいる。
だが結局、この時の会議では不敗態勢を築くという消極的とも言える方針を確認するにとどまっている。
自分の戦略としては、遅きに失した杉山総参謀長の提案通り、イギリスを利用してアメリカの戦争継続の意思を諦めさせるのではなく、先にアメリカの戦争継続の意思を無くさせる方向で動くつもりだ。
史実の山本五十六連合艦隊司令長官と同じ方向性だが、辿る道は大きく違う事になるだろうし狙う点もかなり違う事になるだろう。
そのために行う作戦についても一部はかなり毛色の違ったものになる予定だ。
そうは言っても戦史という点から見れば自分が行おうとしている戦略は使い古されたありきたりなものにすぎないがね。
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2016年2月24日
読者の皆様、いつもいつも拙作「栄光の勝利を大日本帝国に」をお読みいただき、有り難うございますでおじゃる。
ユニーク・アクセスが10万人を突破したでおじゃる。
重ね重ね有り難うございますでおじゃる。
延べ人数とは言え、10万人に読んでもらえて、とても嬉しいでおじゃるよ。
正直、ここまで読んでもらえるとは思っていなかったでおじゃるよ。
何せ、作中では仮想戦記の面白さである戦闘シーンを省略したり、
架空兵器も一切出さなかったり、
太平洋戦争開戦にいたる過程での日本の責任について言及したり、
人気のある石原莞爾将軍を酷評したり、
山本五十六連合艦隊司令長官擁護論をかましたり、
太平洋戦争で日本の敗北は当たり前という評価が多い中、日本は勝てるとぶち上げたり、
嫌気がさすほど、うんざりするほど、わざと「史実通り」を連発したり、
長い年表のような書き方をして、しかも日本に直接関係の無い事まで書いていたり、
本筋に関係の無い余談が山のようにあったり、
……と問題だらけの作品でおじゃったからね。
読者さんがそっぽを向いても当たり前の作品でおじゃる。
それでもユニーク・アクセスが10万人を突破したでおじゃる。
有り難うでおじゃる。
何もかもみな有り難うでおじゃる。
そんなわけで記念に【宮様、頑張る】の第2話を書いたでおじゃる。
よかったら読んでね、でおじゃる。
【宮様、頑張る】(海軍編)
第002話『続・とある中将の憂鬱』
19◯◯年◯月◯◯日
『海軍軍令部総長室』
今日も今日とて、サングラスを煌めかせながら机の上に両肘をつき顔の前で両手の指を組むようにしている伏見宮総長の前に立つ海軍艦政本部付の平賀技術中将は、とても憂鬱だった。
内心で溜め息をついていた。
前回、伏見宮総長に呼ばれた時は、設計中の戦艦について無理難題を要求された。
どう考えても伏見宮総長の言動がまともとは思えないので、急ぎ海軍病院に連絡したのたが……
平賀技術中将から連絡を受けた海軍病院では、それは一大事という事で直ぐに軍医を派遣した。
総長として宮様としての体面に傷がつかないように配慮して、適当な理由を作り軍医が内密に検診をしたところ、異常は何も無しだった。
検診中に異常な言動や挙動をする事もなく伏見宮総長におかしなところは一切無かったという事で、逆に平賀技術中将の判断力が疑われるという始末。
幸いにも軍医は平賀技術中将が伏見宮総長の身を案じるあまり、つい間違ったのだと好意的に解釈してくれて、総長を疑った事は内密にしてくれるという事で大事にはならずにすんだのだが。
だが、それでも問題は残っている。
無理難題を要求された戦艦の設計だ。これについては何も手を入れておらず変更していない。
それも当たり前というか、伏見宮総長の要求が異常すぎるのだ。
だが相手は海軍軍令部総長である。宮様である。偉い人なのである。
その偉い人の要求を無視はできないのである。
どうしたものか?
戦艦の設計について聞かれたらどう返答したものやら、伏見宮総長の前に立ちながらも、未だに良い言い訳を思い付けずにいる平賀技術中将の苦悩は浜名湖よりも浅く富士山よりも低かった。
そんな平賀技術中将の苦悩など全く知らない気付かない伏見宮総長がサングラスを激しく煌めかせながら重々しく口を開く。
「平賀君、私は回りくどい話は好まない。この際だ。はっきり言おう」
これは、やはりお叱りがくると平賀技術中将は覚悟した。
軍医に話した件がばれたのか、未だ戦艦の設計を変更していない事がばれたのか。
それでも総長相手に宮様相手に返事は一つしかない。
「はっ、拝聴いたします」
「君の設計する艦にはすべて重大な欠点がある」
その伏見宮総長の言葉に平賀技術中将は驚いた。
軍医に話した事じゃなかった。設計中の戦艦の事じゃなかった。と、安堵しながらも「設計する艦すべて」とはどういう事だと疑問が脳裡をよぎる。
自分は造船については日本屈指の専門家だ。いやナンバー1(ワン)だとさえ自負さえしている。
それなのに欠点とは……
「どのような欠点でありましょうか?」
その平賀技術中将の問い掛けに、伏見宮総長は「我が意を得たり!」とばかりにニヤリと笑い、鋭く短く一言、言い放った。
「ドリルだ!!」
「はっ?」
あまりの予想外の言葉に平賀技術中将はおかしな声を出してしまう。
それに構わず伏見宮総長は更にたたみかけた。
「ドリルが足りないのだ!
何物をも貫くドリル!!
天をも貫くドリル!!!
限界をも突破するドリル!!!!
君の設計する艦にはドリルが足りないのだぁ!!!!!」
それは伏見宮総長、渾身の心の雄叫びであった!!
平賀技術中将は唖然呆然フリーズ状態である。
ドリル? ドリル? ドリル? ドリル? ドリル? ドリル?
軍艦にドリル?
数秒間フリーズした後、ようやく平賀技術中将が再起動する。
軍艦にドリルだって!
そんな話は見たことも聞いたことも……いや!? 待てよ? あれか? あれなのか?
その時、平賀技術中将の頭の中に一つ閃くものがあった。
軍艦、それも潜水艦だが、ドリルが付いているものを一つだけ見た事がある!
いや、正確には読んだ事がある!
それは…
それは………
「海底軍●」だ!
(説明するでおじゃる。
「海底●艦」とは明治・大正時代の小説家、押川春浪が1900年から1907年にかけて書いた一連のSF小説シリーズでおじゃる。100年以上前の作品でおじゃるよ。
「●底軍艦」には回転するドリルの付いた潜水艦が登場するでおじゃる。
1963年には、この小説を原作とした特撮映画が制作されているでおじゃる。
更に1995年にはオリジナル・ビデオ・アニメも制作されたでおじゃる。OVAは2巻まで出されたけど完結していないでおじゃるよ。大人の事情というやつで未完でおじゃる。
特撮映画版もアニメ版も原作とは、かなりストーリーは違うでおじゃるし、出て来る艦は、どちらも戦艦と潜水艦を合体させたような艦でおじゃるよ。
誰でおじゃるか、グ●●●●●なんて言ったのは? 廊下に立って反省しなさい!でおじゃる)
平賀技術中将は可愛い孫にせがまれて読み聞かせた事があるため、たまたま「海●軍艦」を知っていた。
伏見宮総長は、あの小説を読んだのか?
あれを真に受けたのか?
あれを実現させろと言うのか?
そんな無茶なーーーーーーーー!!
平賀技術中将は心の中で驚愕の叫びをあげた。
そんな平賀技術中将の様子にお構いなしに、伏見宮総長は机の引き出しから一枚の絵を取り出す。
「平賀君、このような艦を設計してもらいたい!」
そう要求する伏見宮総長が提示した絵には艦首に巨大なドリルをつけた戦艦のような軍艦らしきものが描かれていた。
もう、ここまでくると平賀技術中将の理解の範囲外である。
ドリルを付けた戦艦?
それは平賀技術中将の知っている「海●軍艦」とは大きく違うものであったし、軍艦の常識からすれば、あまりにも異質であった。
なんじゃこりゃ? 状態だ。
実は伏見宮総長が最初に描こうとしたものはアニメ版の艦だった。だが、最後にアニメ版を見たのは度重なる憑依人生が始まる前である。軽く200年以上も前に見たものだからモロにうろ覚え。
それでも何とか怪しげな記憶を頼りに描いたのたが、本物とは似ても似つかぬ、おかしな艦になってしまったというのが実情だ。
だが、そんな事は今は関係ない。
こんなわけのわからない絵を見せられて設計しろと言われた平賀技術中将は周章狼狽だ。
できるわけがない! 平賀技術中将にはそれしか言葉が出てこない。いや出したいけど伏見宮総長相手に流石に言えない。胸の内で叫ぶだけだ。
伏見宮総長は本当にこんな艦ができると思っているのか? と内心青くなるばかり。
それに、やはり伏見宮総長はおかしい、との思いを強くする。
だが、平賀技術中将には、この現状を打開する手段が何も思いつかなかった。
「ドリルの付いた船を造るのだぁ!」と怪気炎を上げる伏見宮総長の前で、平賀技術中将は、ただただ呆然と立ち尽くす事しかできなかった。
平賀技術中将の憂鬱は続く……
【つづく】
<次回予告>
理想とは何か? 現実とは何か?
伏見宮総長の荒ぶるオタ魂が軍令部を震撼させる。
次回「とある軍令部の驚愕」
ご期待しないで下さい。
《と、いう夢を昨晩見たので書いてみました。
前回は最後におかしな声が聞こえましたが、それはきっと気のせい。
そんなわけで「宮様、頑張る」は、これでお終いです。
第3話はありません……たぶん》
『と、言うのが夢なのでおじゃる』
《えっまた?》