第7話
その日の夜、仕事から帰って来た桜井に動物園に行きたいと言うことを話すと、笑顔で承諾してくれた。気晴らしにもなるし、良いだろうとの事だった。次の日曜日に行く予定を立てたが、桜井はその日は仕事なのだそう。琳はそれを聞くと少しガッカリしていたが、動物園に行くこと自体は楽しみらしく、当日まで何度もパンフレットを眺めていた。
当日、日曜日という事もあり動物園は家族連れで賑わっていた。ただ、8月の日差しが強く照りつけ、かなり暑い。
「ゾウだよっ!」
動物園の門をくぐってすぐ、琳はゾウへ向かって嬉しそうに駆け出した。
この動物園に琳が来ているという事が僕にとっては嬉しかったが、その反面、胸が締め付けられる様で痛い。
この感覚は何だろう。ぼくはやっぱり琳を知っているのだろうか?・・・ダメだ。思い出せない。
「雨、無理しなくて良いんだよ?」
考え込んでいると、いつの間にか目の前に琳が立っていた。
「何かを思い出せると思って、ここに来たんでしょ?」
琳の瞳は真っ直ぐで、確信を持っている様だった。なるほど、僕の意図はお見通しなんだね。
「うん。思い出したいんだ。思い出さなきゃいけない気がするんだ」
僕がそう言うと、琳は少し悲しそうな顔をした。
「思い出さなくても良いこともあるのに。だって・・・」
琳の声は人混みに消えてしまった。
「ごめん。僕の勝手な思いで連れ出しちゃって」
僕の言葉を聞くと、琳は首を大きく横に振った。
「ううん。ずっと、この動物園に来たかったから、嬉しいよっ。だから、何もかも忘れるくらい、楽しもう」
何もかも忘れちゃってるんだけどなぁ。まぁ、いっか。
琳の笑顔は眩しいくらいだった。
「そうだね。じゃ、次は何見る?」
琳は蛍光ペンの印だらけのパンフレットを開いて、指さした。
「赤ちゃんライオンを抱っこ出来るんだって。ここに行こう!」
「赤ちゃんライオンかぁ。楽しみだなぁ」
僕と琳はライオンのゾーンに向けて足取り軽やかに歩き出した。
その後、僕らは予定通り赤ちゃんライオンを抱っこして、飽きるくら園内を歩いた。日が傾くまで何周しただろう?キリンも見たし、シマウマも見た。何を見ても琳は嬉しそうな顔してたな。
そんなことを考えながら、僕は園内のベンチに腰掛けた。琳も続いて僕の横に座った。
「うはぁ。疲れたぁ」
僕はベンチに深く腰掛け、空を仰いだ。もうだいぶ日が落ちてきてるなぁ。空が赤みを帯びてきてる。
「疲れたね。でも、楽しかった。ありがとう」
琳はにこにこしながら僕を見た。
あれ?にこにこしてるけど、何かいつも以上に寂しそう。というか、悲しそう?
「あ、私ちょっと、飲み物買って来る」
「あ、うん」
琳はベンチから立ち上がると、自動販売機を探しに行った。
それにしても、本当に疲れた。
僕はゆっくりと目を閉じた。そして、夢を見た。