第6話
「全部初めて食べる様に思える?」
琳はそう言って首を傾げた。相変わらず小さい声だけど、先ほどに比べて幾分か聞き取りやすい声になった。緊張がほぐれてきてるのかな?
「うん。でも、魚は初めてな感じがしないんだ」
「優が、色んなもの食べたら思い出すんじゃないかって言ってたよ」
桜井は結構心配してくれてるんだなぁ。
「でも、無理に思い出さなくても良いって言ってた」
「そっか、ありがとう」
僕が笑うと、琳も安心した様に微笑んだ。もしかして、琳も心配してくれてたのかな?
「それから、昨日は、いきなり抱きついてごめんなさい」
琳はそう言うと視線を落としてしまった。
「・・・似てたから」
琳の表情は伺えなかったが、その声は寂しそうだった。
「ん、まぁ、気にしないで」
それ以上の気の利いた言葉が思いつかない。どうしよう。気まずいな。
「にゃー」
沈黙を破ったのは、仔猫だった。琳の膝の上から身を乗り出し、僕の魚に飛びかかったのだ。
「あ!僕の魚!!」
仔猫は、仔猫とは思えない顎の力で僕の魚をくわえて、仔猫とは思えない脚力で逃亡を図った。
「みけっ!だめだよ!!」
琳も慌てて、仔猫ーみけを追いかける。でも、みけはすばしっこい上に、小さい。棚と棚の隙間に入って行ってしまった。
「みけ!どうしよう。骨が喉に刺さったら大変なのに」
琳は不安そうに棚と棚の隙間を覗いている。僕の魚は埃まみれで食べれそうにないと思うが、仔猫の喉に骨が刺さるのは一大事だ。なんとか引きずり出さないと・・・。
「あ、」
僕は、目の端に止まった、琳がみけと遊んでいた猫じゃらしを手に取った。これならおびき寄せられるかもしれない。
「ほら、みけ。おいでー」
みけに見える様に猫じゃらしを振ると、魚そっちのけで勢い良くたなと棚の間から飛び出してきた。
「捕まえたっ!」
琳は嬉しそうにみけを抱く。
「みけ、ドロボーはダメだよ。喉に骨が刺さったらどうするの?」
みけにはそんな心配どうでも良いのか、僕の持つ猫じゃらしに目を輝かせている。
「あはっ。可愛いな、こいつ」
「みけはまだまだ子供だもの。妹みたい」
みけの話をする琳の笑顔は、やはり、懐かしさを帯びている。
「猫がそんなに好きなの?」
「ううん。猫だけじゃなくて動物が好きなの。ここにいる子達もみんな好きだよ」
琳は僕に満面の笑みを向けた。
僕は、この笑顔を、知ってる?
ふと、脳裏に浮かんだあの夢。
そうだ。動物園に行こう。あのパンフレットの動物園に。何か、何か思い出せるかもしれない。きっと。
「ねぇ、動物が大好きならさ、動物園に行かない?」
唐突な僕の提案に琳は驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔で頷いた。
さっきまでの寂しい感じが、今は感じられなかった。