第2話
「どうした?」
僕が考え込んでいると、桜井が心配そうに顔を覗き込んだ。
「いえ、何でもないです」
僕は何を考えてるんだろう。自分が誰だかも分からないのに。でも、懐かしい何かがあの人にはある。ぼんやりと頭に浮かぶあの人に触れたい。でも、手を伸ばしたら泡のように消えてしまう。
ダメだ。思い出せない。
「まぁ、無理すんなよ。ゆっくり思い出せば良いから」
桜井はまた優しく笑った。
「じゃ、明日には退院して、私の家に来れるように段取りするから」
そう言って、桜井は立ち上がった。
「そうだ。君に名前をつけないとな」
桜井はしばらく俯いて考え込んでいたが、不意に顔を上げて満面の笑みを浮かべた。
「雨の日に倒れてたから、雨で良いな」
得意げな割りにはかなり単純なネーミングだが、僕も良い名前は思いつかないし、無いよりマシだろう。
「じゃ、宜しくな。雨」
桜井が僕に右手を差し出した。
「・・・宜しくお願いします」
僕は彼女の手を握った。