第1話
「おはよう!気分はどう?」
真っ白な部屋の真っ白な天井。眩しいくらいの日の光が照らしていた。僕は眩しさに目を細めながら、僕が寝かされているベッドの脇にいる声の主に目をやった。30歳くらいで長い黒い髪を一つにまとめた白衣の女は、僕と目が合うと微笑んだ。
「・・・悪くないです」
僕はゆっくりと体を起こした。
「良かった。私は桜井。君は?」
僕は声を発しようと口を開いたが、声が出ない。いや、違う。何て言えば良いか分からない。自分の名前が、分からない。
「分かりません」
僕がそう言うと、桜井は少し困った様な顔で「そうか」と言った。
桜井は、ここを病院だと説明してくれた。土砂降りの雨の中、路上に倒れていた僕を、桜井が見つけたのだそうだ。
特に怪我をしたところも無いそうだが、問題は何処の誰だかも年齢も分からないことらしい。僕の所持品は、ポケットの中の首輪だけで、それ以外は持っていなかったと、桜井は話してくれた。
「まぁ、一時的な記憶障害だろう。何か、大きなショックが君にはあったんだろうね」
桜井はそう言いながら僕に青色の首輪を渡してくれた。首輪には銀色の鈴が着いていた。
「ただ、困ったなぁ。君は見た感じ20歳くらいに見えるけど、この近所の子なのかな?君、裸足だったし。もしかして、家出青年?」
桜井は頭を掻きながら言った。
「すみません。何も思い出せないです」
僕が謝ると、桜井がニコッと笑った。
「気にするな。帰るべき場所が分からないなら私の家に来たら良い。まぁ、色々動物を拾ってるから、ゴチャゴチャしてるけどな」
桜井の笑顔はどこか落ち着く雰囲気を持っていた。確かあの人もこんな雰囲気の笑顔だったな。
あの人?あの人って、誰だ?